TSよわよわVtuberはバズっても外には出ません ~かわいくなったら余計他人が怖くなったんだけど!~   作:あずももも

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7話 おもらししておしまい!

「くちっ。…………………………あっ」

 

――その声を優花に聞かれまいと慌てて両手で鼻元を押さえたのと、お腹から思いっきりくしゃみが飛び出たのとで――決壊寸前のダムは、男のそれと比べると発泡スチロールでできた構造も同然で。

 

そんなところへ災害史上前例のない鉄砲水が突き刺さって――大爆破。

 

じわっ――ちょろちょろ。

 

「あ……あぁ……っ」

 

一度緩んだ門は、あっという間に中からこじ開けられる。

 

「で、出ちゃうっ……だめっ、戻ってっ」

 

無駄だと分かっているのに、口は懇願する。

 

けども現実は非情。

 

「や、やだぁ……っ」

 

ただでさえ場所が変わった上に構造が変わったからか、1回緩めちゃったらもう止めようとしてもどの筋肉をどう動かせば良いのか分からなくて。

 

健康診断の尿検査のあれとかは得意だったはずなのに、今の僕は両手で抑えるくらいしかできない。

 

「やだっ、出ないでぇ……っ」

 

股の――男だったら「座ってするときの残尿が気になるならここを押そう」とかいうライフハックで押していた、象徴と玉と尻の真ん中くらいの場所に相当する場所。

 

「ぼく、おとな……なのにぃっ……」

 

そこがにわかに熱さに包まれ、これまで数分か十数分か必死にせき止めていた筋肉を緩め――当然のように決壊した滝が、けれどもまだ必死の抵抗をしているために幾筋かの細い、観光地にはならなさそうな滝としてちょろちょろと両脚の太ももの内側を流れ始め。

 

「やっ……だめぇっ……漏らし、ちゃっ……やぁ……っ」

 

思わずでさっきまで押さえていた手でパーカー越しにぎゅっと抑えちゃって。

 

「……んぁっ」

 

勢いは一見緩んだように見えたけどもだんだんと抑えている手のひらが、そしてパーカーが濃く染まった周辺から同心円状に下腹部が、熱い液体に染まっていく。

 

「……あ……あああああぁ……」

 

そしてびちゃびちゃと足首から足の裏までを跳ねる水滴。

 

広がっていく、床の水面とパーカーの裾周辺。

 

「ぁ……」

 

――もう、だめだから、いいや。

 

そう諦めたら――映画館で我慢しきったあとみたいな快感がほとばしり、お腹の中の熱がお股から脚へと流れだしていく。

 

「――――――――…………」

 

「………………………………」

 

「………………………………」

 

「……は……あ……」

 

気がつけば僕は電気の点いてない天井を見上げていて、なんで見上げているのかって思ったら涙が出てたらしくって。

 

肩がぶるってお腹から震えて、びりびりって電流がお股から脳天までを突き抜けて。

 

「……ぁ……」

 

数秒、あるいは十数秒、または数十秒。

 

「あ……、あぁ…………」

 

がくがくと震えている脚に手のひら、だくだくと汗だくの足先から頭のてっぺんまで。

 

下から昇ってくる――幸いにして、酒飲みの習性としての本能からか目が覚めてからだけでペットボトルの水1本を呑みきったおかげか、それとも味覚を検証するために常備していた缶コーヒーの成分のおかげか。

 

どうやらこの美少女、いや、子供、それともロリっ子のおしっこは寝起きなのにそこまで臭くはなく、それよりもなぜか甘い香りを放ち続け。

 

「は、……あ、ぁ……」

 

ストレス性のはずの汗もまた、目が覚めてから特に何もしていないのに、まるで香水のような香りを放ち。

 

「……ん……はぁ……」

 

――ぺたり。

 

べちゃり。

 

あたたかい液体へ、おしりと太ももが浸かって、気持ちいい。

 

「んぅっ……」

 

じわっ。

 

自重を支えきれなくなった脚が、無意識の女の子座りへと移行し――お尻からパーカーの裾から、まだ熱と香りを放射し続ける液体を吸い始める。

 

「…………………………」

 

全身鏡の前には――真っ赤な顔をして涙を目尻に浮かべ、口は開き目はとろんとしていて、汗だくで髪も乱れて恍惚としている幼い女の子が座り込んでいる。

 

両手はパーカーのポケットを前から掴んだままで、そこまで温かい液体でぐっしょりと濡れていて。

 

その子の息は荒く、胸を上下させながらリズミカルに、口をぱくぱくと動かしながら呼吸だけをし。

 

きっと最低でも10歳は超えているだろう彼女が、トイレの失敗をしただけではしてはいけないはずの表情を浮かべ、開放感と体から脳を突き抜ける、じんじんとした謎の感覚でときどき無意識で体のあちこちの筋肉が痙攣している。

 

「ん……あ、んっ……」

 

ぴくり、ぴくり。

 

体が、僕の意識に逆らって痙攣する。

 

目の前が、ちかちかと光っている。

 

そのたびに「あっ」とか「んっ」とか、呆けた顔のままで本能的に声を発している。

 

ぴく、ぴく。

 

体じゅうが、勝手に動く。

 

……知らない。

 

こんな感覚、知らない。

 

まるで体中の虫さされを一気にかきむしったらこうなるんだろうっていう、「気持ちいい」っていう感覚そのもの。

 

それに僕は、お腹から深い荒い息をして耐えることしかできなかった。

 

「…………………………」

 

「…………………………」

 

――昨日まで、腐っても高卒の資格まではある成人男性で、腐っても家族からは「ダメダメだけど、まだ一応は優花の兄」として配慮されていた「兄」で。

 

『それは、心の風邪だから。重い、風邪――だから、ゆっくり療養して。それで、ちょっと元気になったら教えてね』って、家族から見放されずになんとか生きていた存在で。

 

存在。

 

プライド。

 

そういうものが、この瞬間に――「完全に喪失した」んだって、自覚して。

 

「……ふぇ……」

 

――――――ぷつん。

 

兄。

 

男。

 

大人。

 

そういう――どんなに辛いときでも僕を押しとどめていて、逆にそのせいで辛くもなったりするプライドっていうものが、消し飛んだ感覚。

 

「……ふぇぇぇぇん……」

 

僕は、もうだめなんだ。

 

そう思ったら、さっきまでとは違う涙が止まらなくなって。

 

――「いい大人が泣くものじゃない」。

 

――「男のくせに泣くな」。

 

――「直羽はお兄ちゃんなんだから」。

 

そういう、僕を僕たらしめていたプライドが――泣き声と一緒に、どこかへ飛んでいく。

 

「えぇぇぇぇん……ふぐぅ……えぇぇぇぇーん……」

 

服越しでも排泄物に染まった手のことも気になんてしていられずに――両手で目を覆い、まるで優花の子供のときみたいな――けれども、最後の一線として声を抑えながら、数秒、それとも数分、あるいは数十分の間、泣きじゃくった。

 

――男でも成人でも、「綾瀬直羽」でもなくなった――喪失感のせいで。

 

 

 

 

「ふぐっ……うぇ……」

 

僕は、腐っても男だ。

 

大切な相棒が腐り落ちても、心はまだ男で居たい。

だから、なんとか立ち直った。

 

女の子みたいに、子供みたいに盛大に泣きじゃくったけども、立ち直ったんだ。

 

……その理由が、泣き疲れたからというのは見なかったことにして。

 

あれから足下が冷たくなるまで泣きじゃくっていたし、それからもしばらく――今度はやらかして濡れたパーカーを脱いですっぽんぽんになるかどうかの葛藤で気がつけば1時間が過ぎてたけども、立ち直ったんだ。

 

「ぐすっ……ぐすっ……」

 

おもらしと泣くのが止まらないのは……体の反射だ。

 

ネット上のデータを参考にしても、やっぱり小学校高学年と言わざるをえない体格の、つまりは幼い女の子な肉体がもたらすものだ。

 

決して僕のせいではない。

むしろ、かなりがんばったはずだ。

 

そう、言い聞かせて――いまだにすんすんと泣いてはいるけども、気持ちの上ではそこそこに立ち直った僕は、ネットに向き合っている。

 

「すん……ひん……」

 

かたかたかた。

 

「すんっ……」

 

………………………………。

 

【今夜の配信は休みます】

 

ぴこん。

 

全世界に公開される――が、実際には繋がっている十数人のリスナーへだけ届く、僕の言葉。

 

これを見る彼らの頭で再生されるだろう、まだ昨日までの僕の声で――特徴なんてないからこそ「普通の男の声だな」と評される――生まれ持った声帯自体はしょうがなくても、最低限の滑舌と聞きやすさだけは改善していると思い込みたかった声で――話しかける。

 

「……もう、なくなっちゃったけど……うぇえ……」

 

あ、そう思ったらまた悲しくなってきちゃった……。

 

だめだ、この肉体、見た目通りの年齢のせいで勝手に鳴き声もとい泣き声を発する。

 

「やだぁ……うぇ、ぐすっ……」

 

ぐしぐしとシャツの袖を引っ張って涙を拭ってるあいだに、なぜか僕なんかの配信を見てくれている、顔も知らない彼らからの返事がぶら下がってくる。

 

【りょ】

【月二十何日配信のこはねちゃんがか、おつー】

【昨日ブロンズトップ取ったもんなぁ、お疲れ】

【盛り上がったせいか結構呑んでたもんなぁ、疲れてるときに酒は良くないぞ】

 

【ねぇねぇTSした感想は? 感想は?】

 

「ひっ!?」

 

がたっ。

 

思わず体が縮み上がった拍子に吹っ飛ばしたマウスが、かたかたかたと床に転がる。

 

「……うぇ、ひん……ぐす……」

 

……ただでさえ泣きやんだらまた泣きだしてくるとかいうサイクルから逃れられないのに、そきコメントで――僕はまた泣いた。

 

泣きながら、僕自身のメンタルとこの肉体の弱さに絶望しながら。

 

あと、なぜかとことん「TS」を連呼してくる――ほぼ確実に小中学生で、覚えたての概念をきゃっきゃと楽しく使ってるだけだろう視聴者のことを、恐ろしく感じながら。

 

 

 

 

「ぐすっ……ずびっ……」

 

僕は、泣きに泣いた。

 

「ちーんっ……うぇぇ……」

 

疲れているから省エネモードで、すんすんと泣いた。

 

「うぅ……ゆうかぁ……」

 

おかげでさすがにもう声はほとんど出ない。

涙も枯れている……あ、普通に出てきた。

 

「こわい……うぇ……」

 

ダメだ、完全にこの肉体が怯えちゃってるものだから、僕の薄弱すぎる意思ごときでは泣きやむことなんてできそうにない。

 

「わぁぁん……すん……」

 

おそるおそるで投げ捨てちゃってたマウスを戻した僕は、しばらく机に突っ伏してしくしくとすすり泣いた。

 

なんかもうわけが分からないくらいに悲しくって怖くって、とにかくぐすぐす涙が出た。

 

だって仕方ないじゃん、この体、女の子で子供なんだもん。

僕自身が泣きたいわけじゃないもん、そうだもん。

 

「………………………」

 

……かた、かた、かた、かた。

 

指の長さ、手の大きさ、腕の長さ――座高の問題で打ち間違えばかりなキーボードと苦戦しながら、僕にしては珍しくリプ欄の視聴者たちとレスバってのをする。

 

スマホ?

 

指が震えて操作できないけど?

 

あと指汗がひどすぎて誤タップばっかりで役に立たなかったけど?

 

【お前らのせいでTSしちゃったんだけど? この件、どうしてくれるのか】

 

ぴこん。

 

がんばって、昨日してたみたいな軽口を――テンションがすごく上がってるときじゃないとできないそれを、演じてみる。

 

【え? マジ?】

【草】

【もしかして:二日酔い】

【あー】

【草】

 

【そういうことか】

【ノリツッコミな冗談とか珍しい】

【もしかして:迎え酒とかしてテンション深夜のまま】

【草】

【お酒って普通に寝ただけじゃ完全には消えないからねぇ】

 

……よし。

 

みんなの納得したコメントを見ていたら、ちょっとだけ手の震えが止まってきたし、しゃくり上げるのも収まってきた。

 

――普通の人は、見知らぬ他人がTSしたとかいう言葉を、そのまま受け取りはしない。

 

だって、「現実にはあり得ない」から。

そうだ、この状況はあり得ないんだ。

 

【こはねちゃんダメでしょ! 美少女ロリが飲酒してからの二日酔いとか言っちゃ!!】

 

【え? 何の話?】

【昨日の配信、いかにこはねちゃんさんをTSロリにさせるかって話題で盛り上がったのよ】

【草】

【マジで? 見ときゃ良かった】

【アーカイブ見ろ ロリっ子こはねちゃんがかわいいぞ】

 

かたかた。

 

【ロリとは言っていないが?】

 

昨日のテンションのまま――昨日までの僕のまま。

そう思わせるように、レスバをしていく。

 

【ロリでは?】

【ひより先生の絵柄的にロリでしかないが】

【そもそも妹ちゃんの妹ちゃん設定だし】

【だっておっぱいないもん】

【草】

 

かたかたかたかた。

 

【妹の妹とかいう屈辱的な存在だとは誰も言ってないが?? 妹は存在するし僕は引きこもりダメニート兄ではあるが、僅差で妹より肉体年齢だけで勝っているはずだが??? あとそれは胸が慎み深い女性に対する冒涜だが??】

 

【草】

【草】

【なるほど把握】

【こはねさんがリプと戦ってるの珍しいけど、二日酔いで迎え酒はNGよ?】

【なるほど、こはねさんは慎ましいお胸が好みと】

【年に1回あるかどうかのテンションで草】

 

よし、やはり誰も不審には思っていない。

 

「……えへっ。………………………ふぐぅ……ぐすっ」

 

僕は、しばらく――たまたま暇な時間帯だったのか、妙にレスの早い視聴者たちと戯れて思わず笑い。

 

――そのかわいさで、漏らしたり泣いたりしてたし、なんならまた目尻がじんわりとしたのを思い出して数分かけてむせび泣いた。

 

メンタルが、わずかなプラスから思い切りのマイナスへと急降下。

 

……僕は僕、男、成人、25、ニート、引きこもり……あれ、プライドの要素、みじんもない気が?

 

 

 

 

「すんっ……心はまだ男だもん……」

 

――戯れもそこそこに、僕は、今となってはデスクトップパソコンなんて希少種になりつつある世の中で自作PC――といってもパーツの相性を調べてくっつけるだけだけども――な高性能機器で、調べさせてみる。

 

最近になって、気がついたら部分的にはすでに僕たち人間を超えるシンギュラリティーってのを迎えたらしいAIさんへ、【今朝起きたら幼い女の子にTSしてしまっていたんですけど、どうしたらいいんでしょう。今後の生活とか人間関係とか法律的なこととか】――と。

 

彼らは僕たち人類よりも優れているらしい。

 

ならば、きっと適切で的確な助言を――

 

【それは大変ですね。まさか、朝起きたらTS――性転換していて、しかも「成人男性幼い女の子に」というのは、夢だったのか、それとも異世界的な何かが起きたのか。現実的にはありえませんが、物語の始まりとしてはなかなか面白いです。もしこの状況を元にして何か書きたいのであれば、設定を一緒に作っていくこともできますよ:たとえば―】

 

「使えない……! お前はいつもそうだ、答えられないことをそれっぽく返してくるなぁ……紛らわしいじゃないかぁ……!」

 

思わずマウスをベッドに放り投げたくなる気持ちを抑える。

 

……ふん、たかがニートの何千何万倍と電力を食い散らかすだけの人工知能が、僕の現状を理解できるはずがなかったんだ。

 

ニートっていうお荷物は、燃費っていうただの1点だけで、あとは分からないことを「分からないです」って言えるだけ、まだまだ人工知能に優っているんだ。

 

とりあえずで最近は楽をさせてもらっている人工的な、優秀だけどまだまだ未熟な――学校の宿題とかレポート程度なら楽勝でも、ネットに多く上がっていない情報に関してはまだまだぽんこつらしい存在――AIを投げ捨て、素直にリアルタイム検索を駆使した。

 

『TS』『性転換』『魔法』――いずれもぽんこつが示す創作物か、あるいは妄想か、そしてまさかの僕のつぶやきへのツリーの内容しかヒットしない。

 

まぁそうだとは思ってたけどさ。

 

「……つまり、少なくとも何か起きたら即書き込むこの世界で、まだこうなった人は居ない――か」

 

普段通りに背もたれへ体重を預けるも、普段通りの「ぎぃ」という音はイスの背もたれからは響かない。

 

「……わっ!?」

 

リクライニングしようとしてできなかった僕は、思わずでイスから振り落とされそうになって慌てた。

 

「ふぅ、危ない……体重、たぶん半分くらいになってるんだろうなぁ、見た目的に……はぁ……」

 

僕は、僕の新しい肉体から放出された液体を吸い込んだせいでとどめを刺された、臭くて着られなくなった服たちや脱ぎ捨てられたパーカーを見やり、ため息をひとつ。

 

……幼稚園以来、もはや20年ぶりくらいにお漏らしをした事実は、確定している。

 

さすがにやらかしたことを無かったことにするほど、僕は厚かましくはないんだ。

 

あのあと泣きながら、とりあえずで服たちに水分を吸わせ、床はアルコールで消毒して――泣いてたら肘が当たって高濃度のお酒をこぼして。

 

それがまた父さんの知人からのおみやげってことで普段飲んでる価格帯のじゃなかったからもったいなくってまた泣いちゃったともいうけども、とにかく汚れは拭き取って。

 

まだやらかしてから1時間未満、かつ、なんとか顔が見られないように換気したから異臭はしないものの、ちゃんと何回か拭かないと唯一の聖域が臭くなるだろう予測と、優花が出かけてから洗わなきゃいけなくなったうずたかく積み上がっている洗濯物に、ため息をふたつ。

 

僕は――女の子になっているんだ。

 

それも、外に出ようものなら先ず間違いなくトラブルを引き起こすだろうレベルの、美少女に。

 

そういや、優花も言ってたもんな。

「容姿に優れていると――特に女は苦労することも多いんです」ってさ。

 

「……僕は、僕ですらなくなっちゃったんだな」

 

そう呟いて鏡を見てみる。

 

――そこには、実に悲しげな、けれどもやはり顔というのは大事で、つまりは憂いを帯びた美少女としか表現できない姿が映っていただけだった。

 

「………………………………」

 

僕は「彼女」を――しばし、見つめる。

 

その、目を――「対人恐怖症」のせいで、少なくとも数回会わないとできないはずの、視線を合わせて。

 

「……人見知り、発動してない……うっぷ」

 

その美少女は、口元を抑えてえずく。

胃液が上がるし、人々の嘲笑が聞こえる気がする。

 

「……じゃない、あくまで軽いだけだ……家族未満で、子供のころからの知り合い以上くらい……。あ、でもそれって、やっぱこの体、顔のこと……結構慣れた人程度には、僕だって認識してる……?」

 

首をひねるも、答えは出てこない。

鏡の向こうで難しそうな顔をしているかわいい顔が返ってくるだけだ。

 

かわいいのに、見つめていると吐き気を催す。

僕はとんでもなく不幸な気持ちになった。

 

「……あ」

 

違う、そうじゃない。

 

僕の、VTuberとしてのアバター。

 

動作も軽いし、いちいち消すのがめんどくさいからってつけっぱにしていて、だからいつもパソコンの画面の隅っこに映ったままだった姿――つまりは「鏡」。

 

「鏡」越しに1年近く馴染んでいたから、それで「ちょっと慣れた」判定なんだ。

しかもそれが、ひより大宇宙先生の絵柄だから癒やされているんだ。

 

「……良かった。これが完全な赤の他人判定で、僕自身を鏡で見るたびに過呼吸と吐き気と動悸起こしてたら、引きこもっての日常生活すら地獄になるしな……引きこもった上、鏡とかまで見ないようになると本当にマズいからって、優花も言ってたし……」

 

はぁ、とため息をつく。

 

――鏡の向こうの、いや、「この肉体がしているだろう表情」も――ひより先生プレゼンツな、大層にかわいい代物だった。

 

「かわ――うっぷ。よ、酔い止め飲もう……」

 

――ただし、見つめていると胃液が上がってくるけども。

 

さすがに下から大放出して大惨事になった直後に上からも大放出してもっと大惨事になるのは回避したい僕は、なめくじみたいに這って引き出しを漁った。

 

ああ。

 

今の僕は――なんて儚い存在なんだ。

 

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