TSよわよわVtuberはバズっても外には出ません ~かわいくなったら余計他人が怖くなったんだけど!~   作:あずももも

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76話 アイデンティティーの危機

「精神は、肉体の状態に釣られる――日常生活で最もそれを実感しやすいのは、疲労、空腹、そして眠気でしょう」

 

先生が、言う。

 

「疲労を感じていれば全体のパフォーマンスは低下し、食事が足りなければ空腹で物事に手が着かなくなり、睡眠が足りなければ他のすべてを投げ出してでも寝たくなる。病気、体調――そして、肉体の性別と年齢。それらすべてが、人の精神状態を決定するものなんです。人の精神力というのは、肉体のコンディションに大半を左右されるものと言って良いでしょう」

 

「……だから僕の、この状態は」

 

「断言はできません。症例も限られていますし、こはねさんのこれまでの状態からして――正常とはほど遠いものでしたから。けれども」

 

如月先生は――本来の僕よりたったの数歳上なだけで、本来の僕が引きこもって遊んでいた時間を惜しむように勉強して研修とかを受けて、苦労してお医者さんになったお姉さんは――僕の肩をそっと抱いて、優しく話しかけてくれる。

 

「何度でも言います。こはねさんは、健康な――少なくとも肉体面では――成人男性。運動量が過度に少ない生活だったとはいえ、人間の中では最も活発な20代の男性の体から、一夜にして第二次性徴を迎え始める程度の少女のそれへ――強制的に『載せ替えられた』。物心ついてからでも20年慣れ親しんだ体から、いきなり全くの別人の肉体へ――それも異性へ。1ヶ月――いえ、たったの数ヶ月程度で慣れるものではありません」

 

――最近の僕は、ひどく記憶があいまいだ。

 

それに隙あらば泣くし、漏らすし、甘えるし、だめだめになるし――や、だめだめなのは前からだけども――

 

「――むしろ。こはねさんの心配されている、『あまりにも子供らしい――少女らしい言動や自我』というものは、『その肉体としてこはねさんが産まれていたら』。そして『過去の苦しい経験がなければ』――そうなったであろう、意識。私としては、そう解釈しています。ストレスのない、快適な状態――そういうものだと」

 

「……あんなに子供みたいにしててですか」

「ええ」

 

先生は、肯定してくれる。

 

「あんなに甘えていてですか」

「ええ」

 

「妹へでも」

「ええ」

 

だからこそ、尋ねる。

 

「あんなふうに、先生とおふろに入っても平気なこともですか」

 

「!?」

 

目の前に先生が居ても――悲しい男の習性で、思い出そうとすれば思い出せてしまう先生の裸体をなるべく思い出さないようにしつつも――僕は、尋ねる。

 

……女性にとって、裸を見られるというのは――男に見られるのは、きっととても困ることだから。

 

場合によっては責任を――取るにしたってあんまりにも足りなさすぎるけども――せめて、慰謝料くらいは……働いて、なんとかって。

 

「――ええ。こはねさんだって、小学生のころまでは女性の体を見ても……多少目が引かれたことはあっても……でしょう? 男子とはいえ、子供に事故で見られてしまったからといって……恥ずかしくはありますが、気にするものではありませんよ」

 

「……そうですね。済みません、こんなことを言って」

 

そうだ。

小学生――いや、僕の場合は中学生まで、女体に興味がなかったんだ。

 

なんだか違うなぁと思っていたし、見たら良くないものって認識はあったし、そりゃあ胸とかおしりとか膨らんで見える以上自然に見ちゃっていたとはいえ、あくまで「ただ目に入るから」って理由だけ。

 

あれだ、散歩をしている犬の耳とか尻尾が動いているのとか、交差点待ちをしているときに横切る車をなんとなく見ちゃうとか、そういうレベルの本能的――生殖本能を抜きにした本能っていう意味でしかない。

 

……ああ。

 

やっぱり、たったの何歳かとはいえ、この人は僕よりもお姉さんなんだ。

心の成熟具合から、なにもかも。

 

「ですので、こはねさんの『まるで別人になってしまったような感覚』は、正常なんです。……生理はまだの様子とはいえ、肉体は女性になろうとしてきている年頃のもの。脳内のホルモン――女性ホルモンという、こはねさんが男性として生きてきたときに多かった男性ホルモンから全く別のそれが分泌されているんです。違和感があって、当然なんです」

 

「……そう、ですね」

 

「一般的に、女性は男性よりも感情の起伏が激しく、肉体の状態に左右されやすい――ご存じでしょう?」

「はい。優花はそこまででもありませんけど、生理などで辛そうなことは……中学に入ってしばらくのころ、辛いと相談されたりして」

 

そうだ。

 

優花は、僕のことをいつも頼ってくれていた。

なのに途中から、僕の都合ですっかり……。

 

「……良いお兄さんなんですね。それを知っているだけで、世の中の大半の男性よりも、ずっと女性への理解がありますよ」

「……そうだと、良いんですけど」

 

理解はしているし、納得はしているんだ。

 

けども――「まるで女の子みたいになっている」あいだのことは、記憶すらおぼろげだし、なにより「そこに僕は居るんだけども……部屋のベッドで寝ているあいだ、ドアとかパソコンに向かって誰かがしゃべってくれている」、あの感覚が……少し、怖いんだ。

 

「……お薬。必要なら、飲んでくださいね。薬は必要なとき、適量を使うことで結果として状態を悪化させずに早く良くしてくれるものですから」

 

「……そうします」

 

「ええ。………………………………そ、それと」

「?」

 

急に声のトーンが変わった先生を見上げると――なんだかそわそわしている?

 

「……げ、げろげろを」

 

「? すみません、良く聞こえなくって」

 

「あっ……い、いえっ! また嘔吐するほど具合が悪くなるのなら、早めに知らせてほしいと思いまして!」

 

……この先生は、すごく面倒見が良すぎる気がする。

なにか僕ができることでお返しができたらって思うんだけども……うーん。

 

 

 

 

「やだ」

 

じりっ。

 

「そこをなんとか」

「やっ」

 

じりじり。

 

「こはねさんが恥ずかしがってくれていないと、かわいい服を着せても……ぐっとこないんです!」

 

「や」

 

僕は追い詰められている。

安全なはずの、僕の部屋の隅っこに。

 

「もちろん、兄さんが甘えてくれる状態で楽しそうにお洋服を着てくれるのは嬉しいんです! ですが……やはり、兄さんが兄さんの状態で恥ずかしがってくれるときが1番にきゅんきゅんとくると理解したんです! ええ、今のように全力で恥じらいつつも!」

 

「ゆうかぁ……」

 

どうしよう。

僕が、この体のせいで女の子な意識になってるあいだに優花の着せ替え人形になっていたせいで、妹が知ってはいけないなにかを知ってしまっている。

 

「……兄さんを……体が戻っても、女装させて……」

「やめて」

 

「そうです、兄さんだってお化粧をすれば」

「やめて、おねがい」

 

じり、じり。

 

優花が――頼れるはずの妹が、敵になっている。

 

「そうやって顔を赤くして抵抗している姿……ああ、普段とは違う興奮が」

「しょうきにもどれ」

 

「兄さん! 今なら女装ではなくお着替え扱いです!」

「まだまにあう」

 

だめだ。

優花がはぁはぁ言ってて言うことを聞かない。

 

「……泣くぞ!」

「それはそれで……」

 

しまった、優花は無敵だ!

 

「す、ストレスのせいで僕がまた幼児退行したらどうするんだ!」

「むっ……それはいけませんね」

 

お、この方向性なら。

 

「仕方ありません……こちらのふりふりはやめておきましょう……かわいいのに」

「ふぅ」

 

「ですが、兄さん」

「?」

 

服のそこかしこがふりふりふりふりしているような――生粋の女の子でもまず日常生活で着るはずのない服を収めた優花が、僕を見てきている。

 

「……普通のシャツにスカート姿は、平気なんですか?」

「えっ」

 

僕は、足元を見る。

 

――ふりふりではないにしても、朝に優花が着せ替えてくれた女児用の服だ!

 

「……着替えてくる! ……服がない!」

 

「え、ええ……最近は私の部屋でお着替えしていますものね」

「あっ……」

 

僕は、意識を新たにした。

 

――これはいよいよ男としての自覚をしっかりと持っておかないと、じきに完全な女の子になっちゃうぞって。

 

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