TSよわよわVtuberはバズっても外には出ません ~かわいくなったら余計他人が怖くなったんだけど!~ 作:あずももも
階下の状況は、混沌としていた。
「俺たち、ただ服買いにきただけなんですけどー!」
「てか何? あんたたちただの一般人でしょ? 何の権利があってあたしたちの通行を邪魔してるわけ? ケーサツ呼んでもいいんだけど?」
【そうだそうだ】
【おっさん邪魔、どけよ】
【こいつら警備員の格好してるけど本物じゃないんだってな】
【本物の警備員の人に確認取ったもんな!】
【エスカレーターもエレベーターも邪魔してきてうざくない?】
彼らのことは、最初こそビルの各店舗の本来の店員たちや勇気ある客たちが止めようと試みたものの、その凶暴さに恐れをなして集団を遠方から眺めるのみとなっている。
挑発のために「介護班」を名乗る民間人相手へ――スマホのカメラをわざと相手の顔にぶつかる直前まで近づけ、大声で「正当な理由」をまくし立てる十数人。
この場の首謀者と思しき「配信者」たちが、無数の「正義の声を上げる視聴者
」たちのコメントを読み上げたりしながら抗議し続けて、すでに数分。
そんな、集団という暴力の塊になった群れがエスカレーターの前で蠢く。
顔を全世界にさらされ、罵倒され、小突かれたり転んだフリで押し倒さんとされ続けている彼らは――しかし。
「くっ……コイツ、体幹やべぇ」
「この爺さん、押しても押しても……!」
「……あっ。この人、アスリートの……」
力に自信があると思しき男性配信者たち――その周囲では女性も罵声で攻撃を加えている――彼らが中心となり、エスカレーターやエレベーターの前で立ちふさがる「私服の警備服を着ただけの何も法的根拠を持たない邪魔な存在」を押しのけて上へ向かおうと試みる。
しかし、数人に対して数十人で押し続け、それが数分経とうとも――――――わざわざ警備の役目を買って出た「介護班」の彼らは、びくともしない。
【草】
【――さんたち、力無さすぎて草】
【よええ】
【普段力自慢してるクセしてよわよわで草】
【口の勢いはすごいのに全然進めなくなってて草】
【ちょっと体格の良いおっさんとかよぼよぼの爺さんなんだから、数人で突き飛ばしちゃえって】
【――さんはこの前お巡りから目をつけられて不当に拘束されてマークされてるから、こういうとき弱気なんだよなぁ】
そんな彼らを応援しているのかしていないのか。
いや――ただ「祭り」を楽しむだけの無邪気で残虐な視聴者たちが、その様子に盛り上がり、好き勝手にあおり立てる。
ヒマを潰したいだけの――視聴者の中には目的が誰なのかすらも良く分かっていない者も居る中、ただ「早くしろ」――「早く次の展開を見せろ」と叫ぶ彼らは、画面の向こうで起きている争いを娯楽として認識しているだけだ。
「……繰り返します。現在、こちらのビルのオーナー様へ特別な許可をいただいて上のフロアを撮影のため、使わせていただいています。申し訳ありませんが、あと10分――」
「そこの人、痛いです。押さないでください。暴力行為と見なしますよ。……あなたの顔、知っていますからね」
「おや、何ですか? あなたが私たち一般人の顔をネットにさらして中継しているのですから、こちらにも同じ権利はありますよね? ああ、私のスマホに触れないでください。うっかり落として壊してしまったら弁償はしてもらいますからね?」
それに対するは――大声の罵声にもびくともせず、体重を乗せて押しのけようとしてくるのにも、これまた筋力という骨格で動揺しない、鋼の扉。
何人もの人間が肩を組み、物理的な壁を構築し、しかも「撮影会のための」ボディカメラやスマホで敵を牽制する。
そのおかげで特別に強硬な手段が取られず、押し問答で留まっているのだ。
【つよい】
【これはつよい】
【冷静に群集を押しとどめている一般人】
【逸般人では?】
【介護班こわい……】
【草】
【ここに裏切り者が居ないって分かってるから言うけど、警備担当さんたちってば現役警察官・黒帯・軍人・予備役・消防隊員・レスリング選手とフィジカルが圧倒的なんだよな】
【こはねちゃんのためにって志願した人たちだからやる気も半端ない】
【コスプレの制服! コスプレの制服だけど! あれ筋肉でがっしり盛り上がってるからな】
【あの爺さん……なんか押される力、完全に受け流してね……?】
【ひぇっ】
【つよすぎる】
【心強すぎて草】
【あくまで個人、非番の一般人として、ちゃんと施設の所有者に許可を取った上でたまたま法に触れない範囲のコスプレ会をしていたら、たまたまその場所がエスカレーターとかエレベーター、階段と非常階段の前で、たまたまコスプレ撮影会と中継が盛り上がって動けないだけだもんな! たまたま他の撮影者たちとバッティングしちゃったからどうしようか困ってるだけだもんな!】
【草】
【草】
【建前って大切ね】
【まぁそのせいでこっちからもやつらを押し返せないんだが】
【立場がある人は何されても反撃はできないからね】
【柔道の有段者とかって、正当防衛でも反撃しちゃうと……ねぇ】
【命の危険を覚えてても不利になるってのは、正直、法律がおかしいけど】
【それもまた法律……法律には従わないとな】
【だからこそ、ただのコスプレ会場にいちゃもんつけてきてるやつらへは何もせせず、ただ突っ立って談笑してるだけ……よく考えるわ、こんなん】
【仲が良いから肩組んでるだけ、仲が良いから撮影会してるだけ……言い訳としては完璧だな!】
駅前のビル、その入り口からは続々と行動力だけは人一倍の存在たちが流れ込み続け、その異様な光景を見た一般通過者たちが次々と警察への通報をしていく。
【一般のお買い物客の人たちと店員さんたち、本当にごめんなさい】
【明らかに邪魔しちゃってるもんなぁ】
【営業妨害どころじゃないもんなぁ】
【けど、まさかやつらがこんな規模で凸してくるとは】
【流石に想定できないわ】
【現段階で特定した配信者の数だけでも100人以上……まだまだ増えるな】
【こはねちゃん関係で何回も爆撃したけど、そのせいで炎上が大好物な界隈からは認知されちゃってるからなぁ】
【そもそもVとか配信者って狙われやすい立場だし】
【さらには女性、そのうえ美人揃いって噂になってる以上なぁ】
【俺たちのこはねちゃんが人気になっている】
【ファンが99人居れば絶対的なアンチが必ず1人は湧くからね】
【理由はなくって、ただ単純に「気に入らないから叩く」んだよな】
【どんな業界でもどんなことをしてても必ず生まれるからなぁ】
【ただ「人気」ってだけで気に入らない特性を持った人だもんな】
駅前の商業ビル――その遠くから、サイレンの音が風に乗って流れてきている。
時間は、介護班の味方の――はずだ。
◇
「……これが現在の状況とのことです」
「ちょっと下へ応援に行ってきます」
「お願いします」
ばたばたと慌ただしく、ファッションフロアでこはねのお着替えを満喫し終えて気力の充実した男性たちが、あらかじめ用意されていた「警備員のコスプレ」を着こなしながら階下へと降りていく。
【戦力追加】
【頼もしい】
【駅前に到着したけど……ダメだ、もう入れない】
【そこまでか……】
【一応通報はしてるしビルの警備員さんが対応してくれてるし、一般人たちも遠巻きにスマホ向けたりしてるから牽制にはなってるけど、地下駐車場とか非常階段の出口にも数十人単位でやつらが群がっている 外への脱出もできないな、こりゃ】
【警察の到着待ちか】
【まぁ待てば助かるから】
【こはねちゃんは大丈夫そう?】
「こはねさん……」
「怖い。声が……怖い……」
僕は、震える体を抱きしめる。
「こはねちゃんさん、大丈夫です」
「そうです、たくさんの人が守ってくれていますから」
寒くないはずなのにがちがちと震える僕を、みんなが抱きしめてくれる。
――けども。
「僕に向けられてくる、嫌な感情と言葉が……頭に入ってくるんだ……」
見たくもない、聞きたくもない言葉。
学校でも、僕のことをひそひそと噂で盛り上がり、僕が教室に入ると急に静かになったりしてたのだけでもダメだったんだ。
それから隠れて離れたって、どんな本でも映画でも僕にとって辛いシーンはすぐさま――たとえそれが物語的に必要で大切な場面でも、絶対にスキップするほどに弱いのが僕なんだ。
そういうのを、配信で口にしたことがある。
多少は、慣れていたつもりだった。
でも、今は小さな女の子の体になっちゃって、だから震えと吐き気と涙が止まらないんだ。
「……これも、配信先のコメントでしか接触したことのない相手のリアルの顔を認識できるのと同じく、こはねさんのなにか特別な、第六感の……? そのせいで、今回は大量の悪意を離れていても……」
【なるほど】
【女医さんの見解助かる】
【そうだよな 今日も初めて会ったはずの店員のコスした介護班たちのこと、怖がってなかったもんな】
【こはねちゃんの人見知りが発動しないとか】
【現代の科学ではまだ分からないけども、なんとなくみんな超能力的なのとか超常現象とかは確かにあるって感じてるもんな】
【ただ感覚と勘が鋭かったりする結果でそういうのを感じられたとしても、やっぱ特殊な能力だよなぁ】
【こはねちゃんの場合、それが初対面の相手……今回で分かっちゃったように、自分に悪意を向けてくる相手に、それが……】
【なかないで】
【ふるえないで】
【俺たちは、ただ、楽しそうなこはねちゃんが好きなんだ】
【だから、みんなで守護るの ……私も行ってくる】