TSよわよわVtuberはバズっても外には出ません ~かわいくなったら余計他人が怖くなったんだけど!~ 作:あずももも
「――早く通せって!」
「こはるちゃん?こはなちゃん?って子が居るんでしょ? 私、友達だから通してよぉ」
「営業妨害? それ、フロアまるまる占領してる配信者さんの方じゃないんですかー!?」
「えぐっ……」
体が、勝手に震える。
「僕の体」が、大きな人たちの怒鳴り声に怯えているんだ。
それを僕は、頭では理解している。
そもそも僕は成人男性のときでも同世代どころか高校生女子、中学女子、なんなら小学生男子の集団に囲まれたら縮こまるしかなかったんだ。
僕は、そういう恐怖に弱い性格なんだ。
もちろん、実際に危害を加えられることは――少なくともこの公衆の面前で、みんなに守られた状態では、事故でもない限り至らないことは理解はしている。
――理解はしていても、それは大声のカラスが頭上をかすめたときみたいなあれのように、青信号の横断歩道へぐいっと曲がってきた車のように――アルコールは体に悪いから呑んじゃダメとは知ってても呑んじゃうあれのように、意思では止められないんだ。
生物的な、本能。
恐怖。
僕のそれは、小さいころから人一倍なんだ。
ちょっとした失敗で盛大に自爆して大学を自分から退学――してなかったらしいのは、まだ詳しく聞いてないけども――したつもりになって、自室に引きこもって、けれども中途半端にトイレとお風呂と食事と、全部甘えて。
本気で人から離れたかったんなら山奥とか離島とかにでも逃げれば良かったのに、無意識でみんなに甘えて隠れたフリをしていて。
ずっとずっと家族へ、優花へ迷惑を掛けてるって理解していながらも――僕は、つい最近に「どうしようもない理由が起きたから叩き出された」だけで。
「ふぐっ……うぷっ……」
「こはねちゃんさん……」
さすさす。
背中を撫でてくれる手があったかいけども、僕の体は言うことを聞いてはくれない。
「――こはねさん。耳だけ、貸してください」
「うぇっ……?」
すぐそばまでしゃがんでくれていたらしい如月先生の声がしたと思ったら、彼女が「それら」を読み上げ始める。
【こはねちゃん……】
【誰だって怖くなるわなぁ】
【なかないで】
【苦しかったら吐いてもいいんだよ】
【みんな、こはねちゃんのことを大切に想ってるからね】
【あいつらはね、こはねちゃんのことを見ていない こはねちゃんに対して言ってる言葉じゃないんだよ】
【恐いことには変わらなくたって、あれだ 威嚇するでっかい野良猫みたいに、ただ鳴き声を発してるだけ 近づかなければ、大丈夫】
少しずつ声音を器用にも変えながら、先生が教えてくれた――みんなの声。
「……こはねさんは、今感じている悪意以上の好意を――いいえ。愛情を、向けられているんです。数と想いの強さで言えば、きっと何倍、何十倍のそれを」
「せんせぇ……みんなぁ……」
それらはどれも、とっても優しくって。
「……うん、分かる……えぐっ、やさしいっ、気持ちが……っ」
――怖いから震えてるのは、もう収まっている。
けども今度はどうしようもなく嬉しくって、勝手に泣いちゃうんだ。
「……こはねちゃんさんは、とっても優しい人なんです。だから、周りの人の気持ちにも敏感すぎて……でも、私は……そんなこはねちゃんさんが、大好きです」
「兄さんは、昔から優しかった……ええ。小さいころから、幼い私が粗相をしても怒ることはなくて。……引きこもる前後の不安定だった時期でも、絶対に声を荒らげたり暴力を使おうとはせずに……だから私たち家族は、静かに見守ろうって……!」
【ひよりママ……】
【ゆうかお姉ちゃん……】
【ないた】
【こはねちゃん、他人への攻撃性が低すぎるんだよなぁ】
【攻撃されたら自分が悪いからって思っちゃうんだよな】
【優しすぎるって現代社会だと不遇だから】
【それな】
【SNSでもわけ分からん理由で暴言浴びせられたりする時代だし】
怖い。
嬉しい。
でも、やっぱり怖い。
体が震えて力が入らなくって――僕は、結局守られたままなんだ。
【あっ】
【え?】
【警備の方の配信】
――どすっ。
ごんっ。
重い音が、響く。
「――!? こ、こら!」
「ひゅーっ!」
「すげぇ――さん! それ飛び越えてエスカレーターに!?」
「いってぇ……けど、入っちまえばこっちのもんだ!」
【あああああ】
【あああああ】
【やばい、1人抜けた!】
【2メートル近い高さから抜けてくるとは】
【逃げてぇぇぇぇ】
「……こはねさん」
「私たちが、守りますから」
「こはねさんを堪能した私たちも、守ります」
「この人数で肩を組んで人垣を作ればカメラに映らないはず……!」
優花、ひより先生、如月先生が僕の前に出る。
今日着せ替えのお世話をしてくれたみんなが、ぎゅうぎゅうとくっついている。
「おっしゃ――はぁっ!? 何だお前ら!?」
「何だ、はこちらのセリフですよ」
「こちらは施設の許可を取り、あと5分といえどこのフロアを占有する権利を得ています」
「それに対する対価を支払っています」
「知らねえし! こよりってのはどの子だ!?」
「『こより』……さぁ?」
「本当に知りませんねぇ」
「知らない以上はお答えできませんねぇ」
「てめえら!?」
【草】
【草】
【もしかして:こはねちゃんとひよりママがくっついてる】
【娘とママがくっついてるだって!?】
【ふぅ……】
【草】
【あー、マジでこはねちゃんのことなんか知らないんだな、こいつら】
【知ってるとしてもこはねちゃんの住所とか特定するため調べてた数人だろうし】
【じゃあ何? こはねちゃん、ただ有名人だから脅されてるの?】
【最近の、本人に特段問題のないパターンの炎上ってそうだよ?】
【でも今凸してるやつの同接……やっぱえぐいわ】
【うわぁ……】
【こはねちゃんのこっちのも多いけど増え方が違うわなぁ】
【そもそもこはねちゃんのは身バレ防止にぼやけた映像過ぎて】
【ひとまずは店員介護班たちの顔しか映ってないからセーフか】
【女性が大半とはいえ大人たちが隊列組んでるからな しゃがんでればまず絶対見られないだろ】
「――また1人……いや、2人抜けてしまった! 申し訳ない!」
「おっさんたちにはこんな芸当できないだろ!」
「突撃取材のために鍛えてて良かったわー」
どたどたどた。
「ひっ……!」
エスカレーターを駆け上がる、重い足音。
それに僕は怖がって――縮こまって。
【やばい】
【しかもフロア借りてる時間、もう……】
【本来の店員さんたちが来ればなんとかなるか?】
【いや、この勢いだと手出しできないぞ】
【警備員さんたちも下のフロアで動けなくなってるし】
【警察は?】
【もうまもなく】
【でも、この群集を分けて5フロアも上がってくるのには……】
【こはねちゃん……どうか、苦しみすぎないで】
怖い。
とても、怖い。
――けども。
「……いざとなったら、私がこはねちゃんさんのフリをします。あの人たち、こはねちゃんさんのことを『背の低い女の子』としか分かっていないみたいだから」
「……分かりました。そのときは私もひよりさんをこはねさんとして守る演技をしながら、こはねさんに目が向かないように……」
「……それしかありませんね。なら、私は怯えながら文句を言うように見せかけて、私の体でこはねさんを隠しながら後ろへ下がるように……」
「――――………………………………」
――妹、年下の女の子、年上だけど賢くて優しい人。
僕と同世代から退職した年齢までの、いろんな人たち。
みんなに、守られっぱなしなんて。
『……それは、いや?』
嫌だ。
『どうして?』
僕は、僕の涙で濡れている足元を見つめながらも、思う。
――僕は、これでも男なんだ。
みんなに迷惑を掛けて――庇護対象として守られ続けるのは、本当は嫌なんだ。
できることなら、僕自身でなんとかしたいんだ。
『………………………………』
『ねぇ、それなら――』
声が、聞こえる。
今の僕と、同じ声が。
僕は「彼女」の声へと、手を伸ばし――