TSよわよわVtuberはバズっても外には出ません ~かわいくなったら余計他人が怖くなったんだけど!~   作:あずももも

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88話 「僕」の、全力疾走

「援軍も付近に到着しましたが、駅前の騒動を大きくする可能性があるので待機ということです」

 

「了解です。ひとまずは目の前の彼らを……こはねさん!?」

「こはねちゃんさん……?」

 

【!?】

【何?】

【あれ、こはねちゃんさんが】

【良かった、立ち上がれたか】

 

【おお】

【がんばった】

【えらい】

【こはねさんが動けるんなら、どこかに隠れるプランも】

 

ゆっくりと立ち上がり――目元をぐしぐしと拭い、しゃがみ込んだせいで埃の付いた服のすそをぱんぱんと払った「こはね」。

 

彼女は、新しく買い与えられた靴をとんとんと感触を確かめているようだ。

 

「……こはねさん!?」

「ダメです、今はまだしゃがんでて――」

 

それに気がついた優花たちが慌てて声をかけようとするも――

 

「……えっ」

 

思わずで伸ばされた優花の手を、軽いステップで躱す。

 

【!?】

【!?】

【こはねちゃん!?】

 

【まさか……】

 

【レッサーパンダに……?】

 

【草】

【レッサーパンダは笑っちゃうからNGって言ってんだろ!!】

【強すぎるワードはお控えください】

【シリアスがないないされるからやめろ!!】

【ごめんなさい】

【草】

【で、でも、レッサーパンダなら動けるだろうし、今のうちに……】

 

「……みんな」

 

「こはね」が、言う。

 

「これまで……ありがと」

 

目元が真っ赤なままではあっても、先ほどまでの泣き顔ではなく――笑顔を浮かべている、幼い少女。

 

彼女は、着せられたばかりの服の感触を確かめるために袖をあちらこちらに引っ張り――最後に帽子を深く被ってから、言う。

 

「この状況は、良くないよね。このままだと、お巡りさんが来てくれて無事だったとしても――みんながそのあとに面倒に巻き込まれちゃう。だから」

 

――とんとんっ。

 

彼女のつま先が、軽い音を奏でる。

 

 

 

 

「――僕が、あの人たちを引き離す。出てったら、みんなもすぐにここを離れて。……またね、『こっちの』視聴者さんたち」

 

「こはねさんっ……!」

 

「………………………………」

 

――僕へ、転びかけながらも手を伸ばしてくるお姉ちゃん。

 

その手を、とっても取りたい。

 

さいごは握り返せなかった、この手で、ぎゅっと。

 

でも。

 

「……またね」

 

僕はその手を――今度はあえて、取らないで。

腰を落として、得意だった運動会のリレーを思い出して。

 

「――――ふっ」

 

とっ――――かつっ、かつっ、かつっ。

 

おしゃれなお店特有のつるつるとした廊下でグリップが効かない。

そもそもとして新しい靴、そもそもとしてスニーカーでもない靴。

 

「……でも、動けなかったときよりは、ずっと動きやすいんだ」

 

「――――――、――――っ!」

 

服屋さんのある、このフロアの全体図は着せ替えでうんざりしてた「こはね」としてマッピングが終わっている。

 

今はフロアの真ん中にあるエスカレーター前が視聴者さん――「こっちの介護班」さんたちと悪い人がにらみ合いをしている。

 

「こはね」の耳が聞いていた下の階からの連絡によると、どの階段も非常口も――みんなが盾になってくれてるから入って来はしていないものの、ドアを開けたら目の前にカメラを構えている人たちが居る。

 

「……マスコミさんたちは、いつだってしつこい。うん、知ってる」

 

彼らは、絶対僕を逃がさないだろう。

 

だって、この追い詰められた状況で逃げるとしたら、最も危険なエスカレーターじゃなくって、エレベーターか階段しか「あり得ない」から。

 

この状況は、すでに包囲済み。

 

僕たちは詰み、彼らはお巡りさんが来るまでになんとか押し込めば僕の姿を映せると確信している。

 

だから、

 

「じゃ、逆を選べば良いんだよね。FPSでの一騎打ちとかの、読み合いにだまし合いとおんなじだ」

 

僕は軽い体を利用して、お姉ちゃんたちから離れてまずは真横へ駆けて壁際に到達しかけ――がしっとつかんだ服を見せびらかす棚を視点に、勢いを落とさずに方向転換をする。

 

フロアの中央奥から、中央奥の右端へ到達。

 

体重が軽いから速力自体は低いけれども、小回りは利く。

それが、小さな僕の得意な戦術だ。

 

くるり。

 

僕はフロアの壁に沿って走り抜け――そして、エスカレーター前を横切る。

 

「「――――!?」」

 

現在地、中央右端――エスカレーターから、5メートル。

 

悪い人たちと対峙してくれていたみんなが、僕を認めて目を見開く。

 

「……しーっ」

 

僕は、かわいいっていつも褒めてもらえていたウィンクをしながら口元へ人差し指を当てる。

 

「「      」」

 

……僕がこれをすると、みんななぜかしばらく白目を剥くんだけども……さすがに気絶とかはしてないよね?

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

そのまま走り抜けた僕は、さらに直進を続け――ずに、すぐに到達したお店の入り口で、今度は更衣室の壁へ足をかけて再度に90度のターン。

 

――2メートル遠くなって、1メートル縮まった。

 

息が、苦しい。

 

……こっちのこはねったら、健康なくせに引きこもって、その上お酒まで飲んでたからすっごく体が重い……!

 

あの子にとっては、それが必要だったのは知ってる。

 

けども、

 

「……せめて、週に1回くらいは全力で走り込みくらいはしないと……こういう、いざってときに……っ」

 

酸素が足りなくって体も脳みそも悲鳴を上げる中、それを気合で押し込めてお店の中を走り抜ける。

 

エスカレーターまで――4メートル、3メートル、2メートル。

 

その先は――

 

「――――こはねさん、駄目えぇぇぇぇっ!」

 

――エスカレーターのための、四角い吹き抜けの空間。

 

エスカレーターまで――0メートル。

 

たんっ。

 

僕は、走ってきたモーメントをそのままに地面を思い切り蹴っ飛ばし――金属の手すりへ足をかけ、がしっとアクリルの透明な三角の板を掴み。

 

「……ふぅっ。――おにーさんたちっ!」

 

僕は、止まった瞬間にぶわっと吹き出てきた汗を気にすることもなく、悪い人たちへ声をかける。

 

「? なんだ?」

「!? おい、あれ!」

「子供!? 危ないから降りろ!」

「いや、確か追いかけてるのって――」

 

「……そこまで悪くない人も、お金と人気のためなら悪くなっちゃう。いつどこでも、どんな世界でも変わらないね」

 

振り返って僕にスマホやカメラを向ける人、向けようとして僕を止めようと走り出す人。

 

「……悪いことしたら、ごめんなさいしてちゃんと謝ろうね。死んじゃったら、そういうことはできなくなっちゃうから」

 

【!?】

【こはねちゃん!?】

【いかん、やつらのカメラにこはねちゃんさんが】

【いやいや危ない降りて】

【落ちる】

 

視聴者さんたちの心配する声が、電波で流れてくる。

 

【居たぁぁぁ】

【かわいい】

【え、いや危ないでしょ!?】

【――さん、助けたげて!】

【やり過ぎだって言ってたろ!】

 

悪い人たちの視聴者さんたちも、とっさのことだからこそ――半分くらいが僕への嫌な気持ちを忘れている。

 

だから、

 

「……ざーんねんでした!」

 

あえて、彼らを引きつける。

 

僕が出せる――息が切れていても出せる、精いっぱいの声で。

 

「ドッキリ、第2弾――『顔を隠して配信してる女の子へ凸しよう配信……へ、逆ドッキリ!』――ふぅっ。引っかかったね!」

 

そう、挑発して――ひらり。

 

僕は、体を躍らせた。

 

「「きゃああああ!?」」

「「うわぁぁぁ!?」」

 

「子供が飛び降りたぞ!」

「下! 撮影なんて良いから救急車!」

 

「は? 何が?」

「? なんか上から――」

 

みんなが、僕の一挙手一投足のすべてに驚き戸惑う。

 

「……それが、アイドルだからね。けどっ」

 

――だんっ。

 

小学生のころみんなと遊んでいたときに、友達のマンションの2階から半1階の天井に飛び降りるチャレンジでは、僕が1番得意だったんだ。

 

だからエスカレーターの手すりの真ん中の金属の坂へうまく着地――

 

「あっ」

 

できたけども、そのあとはバランスを取れずに前へつんのめる。

 

そうだ、ここはエスカレーターの斜めの手すりと同じくらいに斜めで、だから着地がうまく行かなくって。

 

「やば――――」

 

思わずで突き出した手が――力強い誰かに引き寄せられ、

 

――――どふんっ。

 

「みゃっ」

 

僕は、何かとても頑丈で――けれども弾力性のあって安心のできる壁に包み込まれた。

 

「……ふぅ、間一髪」

 

「あ、すっぱだかにグローブ姿で土俵の上で戦ってる人」

 

そこには、すっごく硬い筋肉に包まれた、着慣れない警備員さん服を着たおじさん――お兄さん?――おじさんが居た。

 

「……パンツは穿いているし、あれはリングって言うんだが」

「そうなんだ!」

 

顔を上げた先には、テレビで観たことのある――「強かった」人。

その人が、しくった僕を抱きしめるほどに元気な姿で、ほっとしている。

 

「それよりも――」

「ねぇ」

 

僕は、なにかを言いたげな彼を制して、お願いする。

 

「……ね。このままエスカレーターから駆け抜けたいんだ。その方が――」

 

僕は、一瞬のできごとに硬直しているカメラさんたちを見て。

 

「――みんなを、この建物の出口から引き出せる。このままじゃ、この人たちもみっちみちで、そのうち絶対ケガ人とか出ちゃう。だから、お願い――ひよりちゃんや優花お姉ちゃんたちのためにも」

 

「………………………………」

「………………………………」

 

僕たちは、見つめ合う。

 

それは数秒、それとも10秒以上。

 

そして――僕の「男」としてのお願いは、「男同士」の無言の信頼として、届いた。

 

「……合図をしたら、しゃがんで姿をくらませてくれ」

「うん、ありがとうおじちゃん――あ、そうだ」

 

僕はふと、それを思い出して言う。

 

「お兄さん? ――どれかは分からないけど、『冬のタイトルマッチ』には気をつけて。海外の、すごく強い人とのやつ。そこで頭をやらないようにね。――それさえなければって、奥さんがテレビで泣いてたから」

 

「な、何を――――」

 

「じゃっ」

 

とんっ。

 

僕は彼の胸元からすとんと地面へ落ちてしゃがみ込み――残り4回の飛び降りミッションへ向けて、ふぅと息をついた。

 

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