TSよわよわVtuberはバズっても外には出ません ~かわいくなったら余計他人が怖くなったんだけど!~   作:あずももも

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9話 スマホ型変声器・♂↔♀・双方向のボイチェンですべて解決

「……これは、現実だ。僕は、ひよりミラクル先生のオリキャラという被創造物になってしまっている。そう思うと歓喜するしかないんだけども……問題は、これが現実ということだ」

 

僕は、小さくなって細くなっている両手のひらを眺める。

 

「こんなことなら、手相とか――優花が好きだった話題にも、もうちょっと乗ってやるんだったなぁ……手のひら、手相が、前の体の手とどれだけ違うのかが分からないし……」

 

スマホのロックが指で解除できなかった時点で指紋は変わっていて、顔認証で弾かれた時点で顔も変わっている。

 

それは分かっているけども、オカルトであったとしても手相とかいう未来を暗示している不思議な模様くらいは一緒であってほしかった気がするから。

 

……分かっていても、高校入学直後から彼女を拒絶して引きこもった、僕自身が憎い。

 

「……けど、普通、分からないじゃんかよぉ……ある日突然、女の子になるだなんて……!」

 

――ばちんっ。

 

「み゛ぃっ」

 

耳には幼い女の子が絞り出すような声が届き、思わずでほっぺたを叩いたものの、たいした威力もなく、ほっぺと両手にじーんとした痛みだけが返ってくる。

 

「……いたいぃ……ふぇ、ぐすっ……」

 

あ、泣きたい気持ちがこみ上げてきた。

 

さすさすとほっぺたを撫でて痛みを……なんだこれ、予想外にすべすべでもちもちで柔らかいぞ!?

 

「ふぇ……もちもち……」

 

もちもち。

 

もちもちもちもち。

 

「もちもち……えへ、もちもち……えへへ……」

 

――頼みのパーカーも汚染され、いまや母さんか父さんがどっかの観光地で買ってきただけの――成人男性用の、1回だけ義理で着ただけでしまい込んでいた、フードの紐をちょっと引っ張らないと肩がずり落ちてくるオーバーサイズなおかげでふとももまで隠れるシャツ1枚でイスに座り、足が着かないからとあぐらをかいている女の子の体で、小さい慟哭から復帰。

 

……戻ろう。

 

僕の味方は、ネットだけだ。

人気がないからこそ優しい人たちに慰めてもらうんだ。

 

そう思ってすがる思いでSNSを見ると――

 

「ひゅっ」

 

お風呂っていう大事業から戻ったら……珍しく10を超えるコメントがついている。

 

「だ、大丈夫……炎上とかじゃない……ぐす……違うよねぇ……?」

 

すっごく悲しくなってきた僕は、片目だけ閉じてどうにか通知欄を開く。

 

「………………………………」

 

「……へあぁぁぁぁー……」

 

……大丈夫だった。

 

ほっとした僕は机に突っ伏すと同時に変な声を上げる。

 

この体……本当に子供なんだな。

気持ちがそのまま声になっちゃうんだ。

 

目を細めての流し読みで、とりあえずで炎上じゃなさそうなのだけ確認した文章を、今度はちゃんと読んでみる。

 

【え、でも、そもそもこはねさんは「自称」ただのヒキニートだし……ぶっちゃけTSして幼女になったりしても問題ないんじゃ……? ほら、前に配信で家事とかはしてるって言ってたし、唯一同居してる妹さんとも顔合わせないって言ってたし……顔は合わせないし仕事はしてないけど家族仲は良いみたいで、そっとしておいてくれてるし……これはもう、TSするために産まれてきた存在では? TSしても困るどころか1年くらいはバレようがないんじゃ……ほら、こはねさんの普段の生活リズム的にさ? 俺、こはねちゃんさんの一視聴者はいぶかしんだ】

 

僕のリプへのリプでは、さっきまでの会話がなぜか延々と予想外の方向へすっ飛んでいたらしい。

 

……こいつら……他人をTSさせる妄想が、そんなに好きなのか……!?

 

【もしかして:ただの家事手伝い】

 

【野郎ならただのニートでも、女の子ならとたんに家事手伝いになる不思議】

【ずるいよなぁ】

【ずるいとかじゃないだろ草】

【さっさと働けよ草】

 

【だが断る】

【byこはね】

 

【草】

【草】

【ハイな時期のこはねさんなら言いそう】

 

男だったら内心ではうなずくような、元同性たちの慟哭。

今はもううなずけないどころか、そっち側に戻りたくて……あ、泣きそう。

 

「くぴくぴ……!」

 

ふぅ。

 

お風呂上がりは効くなぁ、アルコール。

 

【そういや、ちょっと前にこはねちゃんさんが「ボイチェンすげぇ」って言ってたくらいに今のボイチェンはすごいし、やろうと思えば前の声に近いのすら出せて、ドア越しとかなら家族でも騙し切れるのでは……? ほら、某小学生名探偵みたいに  あれ、今の技術じゃ普通のスペックのスマホがあれば普通にできるんじゃね? あとは小さくてもbluetoothスピーカーとかあればさ】

 

【草】

【そういやそうだったわ草】

【時代が追いついてたか】

【すげぇな現代】

 

【スマホとネットでだいたいなんとかなるもんな】

【完全に魔法の道具なんよ】

【良かったねこはねちゃん! いつでもTSできるよ!】

【だから早くTSロリになって自撮り上げようね】

 

【ひより「早く見たいです!!」】

 

【草】

【ほら、推しの絵師先生も言ってるぞ、こはねちゃん!】

【バ美肉志望の男子でもロリっ子でも大好物だよぐへへ】

【待て、本当に自撮り上げてもらう場合は事前に性別をだな……】

 

炎上どころか、みんなは配信コメントのまま冗談交じりの談義で楽しんでいた。

 

「……あはは。誰も信じないよな……そうだよな」

 

ああ、やっぱりここが、僕の居るべき場所。

友達が1人も居ないからこそ、僕はここに居るべきなんだ。

 

かたかたと、少し指が慣れてブラインドタッチが戻りつつある指で、適当な返事をする。

 

――今の僕は「風邪」だと言っている。

 

そして――この体になってから無意識に締め直したけども、僕のバイタルを定期的に送信するマップルウォッチも装着している。

 

昨夜はたまたま充電したまま寝ちゃって外していたけども、そういうのはかなり多い。

 

僕のものぐささを知っている優花なら、風邪でちょっと体調崩してサボっていても不審には思わないだろう。

 

だから毎日の儀式さえつつがなく――と感じるようにしておけば、もしかして、僕が僕じゃなくなったなんて知られずに済むんじゃ……?

 

「……うん。優花は約束通り、僕に何かあったときしかドアを開けてこない。なら、ボイチェンで僕の声を……」

 

コメント欄の――気がつけば僕がTSした前提の大喜利と化した流れにときどきツッコミを入れつつも、僕は、少し前に楽しんでみてもだえたほどに優秀な、今どきのボイチェン――それらを片っ端から試していく。

 

「優花。優花。……優花。心配かけて悪かった、なんとか声が出るように……よし」

 

そのうちで、ひとつ。

 

「優花――ん、これだ」

 

――僕の配信の、再生するたびに身もだえするダサい男の声が響く配信と比べながら、今の声帯をマイクへ吹き込む作業をいくつも繰り返し……ほんの1、2時間で、ようやく昨日までの、男だったときの声を再現できてほっとする。

 

うん、今の技術ってすごいよな。

 

ロリヴォイスが一般男性ヴォイスに早変わり。

ほんの少しの元の声と今の声だけで、ここまでできるんだから。

 

風邪だって伝えてあるから多少声が違っても違和感はないだろうし、なにより話してる本人だから声のクセとかは同じはずだし。

 

とはいえ、精度を高めるにはもっとサンプルを入れないといけないっぽいけども……とりあえずのアリバイ工作としては上出来だろう。

 

続けるのなら過去のアーカイブから僕自身の元の声を抽出して……うん。

 

む……雑音とかBGMを取り除くのとか、こんなに簡単にできるのか……いや、多少はノイズも入るけど。

 

「やばいな今の技術……ちょっと調べたら僕だってできるって理解できちゃう……ニートの穀潰しでも悪いことできちゃう……」

 

ここまですごいと、ちょっと怖いけどね。

ほら、やろうと思えば偽物をいくらでも作り出せるんだし。

 

でも――まさかロリ寄りの女の子の声が特徴のない成人一般男性のそれになるだなんて、誰も想像もしまい。

 

よって、これは完全犯罪となるんだ。

 

「これで、ドア越しならバレないはず……だけど」

 

数着ぶんの服という布で吸い取った、僕の新しい女の子の体から吐き出された水分の山を、ちらりと眺める。

 

数時間後に起きた優花が学校へ出たタイミングで、急ぎ洗濯機へ放り込むべき洗濯物。

汚いとかそんなこと言ってる場合じゃないし、眠くなっても寝てる場合じゃない。

 

完全犯罪のためには眠気程度はクリアしないとなんだ。

 

けども――いずれ。

 

いずれ、バレるだろう。

 

一つ屋根の下、十数年一緒の家族だ。

 

何かのきっかけで、僕が僕じゃない、って。

 

けども。

 

「そ、そのうち戻るかもしれないし……うん、そうだよ、起きたら突然女の子なったんだから、起きたら男に戻ってるのも……うん」

 

とりあえずは1年くらい、このままで。

 

僕は、そう納得することにした。

 

納得、したかったんだ。

 

 

 

 

「……良かった。流行の、たちの悪い風邪ではなかったようで」

 

「『うん、心配かけてごめん。置いてもらった風邪薬飲んで寝たら、少し良くなったよ。この通り、声も……違和感はあるけど、出るようになって』」

 

「ええ、少しかすれてはいますけど安心しました。ですが、油断は禁物です。家事は良いですから――」

 

『用意してくれたお粥とかはちゃんと食べるし、栄養ドリンクも飲んでしっかり寝てる。熱が高くなったら絶対に言うし、マップルウォッチも着けて寝るよ』

 

そうやりとりをし――安心した声で廊下を後にして玄関へ、学校へと向かう声。

 

――どうやら僕は、最難関のはずの会話を、科学の力という力技で突破できてしまったらしい。

 

「……ぷはっ。世の中、意外と何とかなるもんだなぁ……」

 

安心した僕は、安心して1杯をあおった。

 

 

 

 

「行ってきます」

 

――がちゃり。

 

優花の、いつもの声。

 

「……ぷはぁ……」

 

がちゃっ――僕は、ようやくにドアを開け、安心して廊下に出ようとして――引き返し、からからになった喉を潤す。

 

「と、水、水……んくっ」

 

寝起きで盛大にやらかした僕は、あれ以後、できる限りに水を飲まずに耐えた。

 

そしてなんとか優花が寝静まったと確信できる真夜中になるまで耐え、トイレへ行き――漏らすよりは遙かにマシと、もう諦めてシャツをめくっておしりと股をさらけ出した。

 

大丈夫、お風呂よりはマシだ。

 

そう思って。

 

そうして初めて僕自身の意思で排出してから「恥辱よりは羞恥と罪悪感の方がマシ」と、安心感だけがあって。

 

「恥ずかしいは恥ずかしいけど、1回しちゃえば後はもう大丈夫……でも、今夜からどうするかなぁ」

 

――ボイチェン。

 

僕自身は小さめな声でドアから少し距離を取り、耳を澄ませ、優花の声に応える返事をマイクからパソコンへ。

 

ボイチェンソフトを経由し、速い会話でなければ違和感なんてないラグで出力された、元の僕の声に限りなく近い声が応答――無事、毎朝の儀式は終わった。

 

実際、僕が聞いても僕の声に近かったしな……配信のアーカイブから声を切り抜いてボイチェンソフトに読み込ませたり調整したりとちょっとは手間がかかったものの、以後はこの女の子な声も、部屋に居る限りは一瞬で元の男の声になる。

 

ということで優花への返事はクリア。

 

そしてトイレは、夕方前から深夜までは水分を我慢することで――深夜まで耐えたらクリアできると判明。

これだけ気をつけていてトイレのために廊下に出てばったりとか悲しすぎるもん、我慢するしかない。

 

優花は真面目な学生だから、ちゃんと日が変わる前に布団に入るし基本的に朝まで目を覚まさない。

 

そして学校が充実しているから、週末以外は朝から夕方まで家には居ない。

だから、声とトイレさえなんとかなれば――しばらくは、持つ。

 

……とはいえ、さすがに我慢できないこともあるはず。

 

だから、もう買っちゃったよ……災害用の携帯トイレ。

 

あと、漏斗。

使うとしたら後者だろうけども。

 

うん……高いし無駄なことしてるなぁって思うけど、トイレに行ってばったりってのはあんまりにも悲しすぎるから。

 

まぁ届くのは今夜だけど、今夜から使えるんだからいいや……どうせゴミ捨ては僕の仕事だ、どっちだとしてもバレやしないだろう。

 

「……服の洗濯もゴミ捨ても僕の担当で良かった。いや、高校生も3年になって、まだ兄である僕に下着まで洗わせて平気な優花も優花だけどさぁ……まぁ下着はネットに放り込んで洗って、乾燥機に入れられないからネットから取り出して手ずから干して……いや、やっぱ年頃の娘が兄にさせることじゃない気がする……いや、単純に僕が兄とも男とも認識されていないだけか……あれだ、昔の高貴な身分の人は下の身分の人を人と認識していないあれだろうなぁ……」

 

どうせ「使用人B」あたりに格下げになったんだろうしな、大学中退あたりで……いやそれでも、それまでもずっと下着を平気で渡してくるのは……うーん。

 

「まぁ絶対にとっかえひっかえしてるだろう彼氏さんとかに比べたら僕なんて……くぴくぴくぴくぴ……!」

 

妹がどこかの男と付き合う。

 

そう考えるだけで頭が真っ青になって吐き気が止まらないんだ。

兄ってのは最も弱い種族なんだ。

 

ぐっしょりと水分を盛大に吸い込んだ服の山を洗面所に運び、きちゃなくなったそれらだけをお風呂場に持っていって、シャワーで先に洗う。

 

……さすがに無事だった服と、なにより優花の服を僕のおしっこまみれにしたら――洗剤とすすぎ多めなら衛生的には問題なくとも、僕の心が苦しいんだ。

 

「ふぅ……お粥、わざわざ作らせるのは悪いんだけど」

 

部屋の入り口――お盆の上に載せてある、つい10分ほど前にできたてだろうそれを眺めながら、罪悪感のため息。

 

普段料理しない彼女ががんばってくれたのは嬉しい。

けども、優花は味の調節が苦手だからなぁ……。

 

「ボイチェンに掛けた声も微妙に変なクセあったし……これも風邪ってことで納得してもらわないと。まぁドア越しならバレようがないけどさ」

 

優花は、長い日には10分くらいかけて学校のことを話してくる。

 

それには相づちだけで良いんだけども……耳が良い彼女のことだ、油断はできない。

 

「とりあえず、もっと精度高めなきゃ……ああ、先にお粥と、ゼリー系飲料買っとかないと……」

 

僕は、ぽてぽてと――小さくなった足の裏で、てしてしと廊下を歩いた。

 

 

 

 

「こんばんは。もう風邪は大丈夫なので……こっちのゲームの新モード、やってみます」

 

【草】

【早くない??】

【今朝アプデ来たばかりのやつか】

【攻略情報一切ないから助かる】

 

【そらまぁ普通は仕事か学校……あっ】

 

【草】

【お前……】

【こはねちゃんは自由なんだよ】

【そうだよ】

 

【風邪報告した割にはお休み1日とか……さては配信中毒だな?】

【こはねさん、体には気をつけなきゃダメよ?】

【配信もゲームも体力使うからね】

【普段両方ともやってる=実は結構体力あるこはねちゃん】

 

【日の光に当たれないだけだからね】

【吸血鬼かな?】

【草】

【ほんと、対面じゃなきゃどうにでもなりそうなんだけどなぁ……】

【でも1年の半分がハイとローなもんだから、ローの期間が鍵だな】

 

「ん、病み上がりなのは分かってるって。あ、喉の方は普通に違和感あるので、当分は実況少なめ。ちょっと変な声だけど我慢してね。風邪のときとかってガラガラするよね」

 

【りょ】

【確かに喉、枯れてる感じだな】

【語尾の方が……いや、まさかな……】

【無理するなよー】

 

【ひより「せっかくのこはねちゃんさんの声が……!」】

 

「先生はまず学校の宿題とイラスト制作しましょうね」

 

【ひより「はい……」】

 

【草】

【ひよりちゃん先生に対しては厳しいヒキニート】

 

【「大切な人ほど自分のようになってほしくない」とかいう、これ以上ないし拒否できない説得力よ】

 

【草】

【草】

【ヤマアラシのなんとかかんとか】

【つよい】

【けど良かった、いつものこはねさんだ】

 

【だがTSっ子になっている】

 

【ダメか?】

【いや、むしろ嬉しい】

【まだ引きずるのか……】

【なんかムイッターでそのツリーがバズってたしな】

【草】

 

「そうだぞー。お前らの悪ノリのせいで、僕はTSしたんだからなー」

 

かちゃかちゃ。

 

モニターの隅っこで――リアルの僕の顔と同じ顔が、いたずらっぽく笑う。

心の中では、絞り出すように叫びながら。

 

――結局、声の問題さえクリアすれば元の通り。

 

考えてみればこの2年、優花と顔すら合わせていないし、僕がトイレに出るときも――たぶん、僕のドアを開ける音と足音を察知して、彼女の方が遠慮して合わせないように時間をずらしてくれている。

 

だからトイレでばったりも――っていうかこの2年間で数えるほどだったんだから心配いらないんだけども、逆に言えば数ヶ月に1回の頻度で確率的に遭遇するということで……やっぱり携帯トイレさんにお世話になるか。

 

漏斗とペットボトル?

 

注文はしたし、コスパ的にはこっち一択だけども、たぶん無理だと思う……その、狙いとかつけられないし、勢いとかコントロールできそうになかったし……なによりも最後の一線って感じで抵抗がすごいし、それで部屋がおしっこまみれとか悲しすぎるもん。

 

あと、普通に恥ずかしいし……おまるみたいで。

 

うん……男は立ちションしてもおかしくはない――今は法的にも倫理的にもアウトになりはしてるけども、緊急時にはみんなしょうがないって思ってくれるから――その一方で立ちションも野外ションも許されない女の子はトイレが不便ってのは本当だったんだね……。

 

家事は基本的に僕の分担――食材とかの買い物はネットでどうにかで、なるべく優花の出かけてる時間に配達してもらって自分で引き込むから問題はない。

 

問題があるとすれば、必ず家から十数歩は出ないと実現しないゴミ捨てくらい。

 

けどもそれだって早朝ならほぼ人に見られることはないし、フードをかぶったパーカー姿で――下も、今配送中になってるズボンならば違和感はないはずだ。

 

そして生活も、ベッドでごろごろするかパソコン弄るか電子書籍読むしかない部屋の中で完結する。

よって、座高さえクリアすれば――ちょっと使いにくくなったけども、キーボードとマウスはこれまで通り。

 

「……なんだ。僕が女の子になったとしたって、なんにも変わらないじゃないか」

 

ぽつり。

 

安心、それとも悲しい気持ち。

 

普段の自虐よりも数倍に重いそれが、僕にのしかかる。

 

【草】

【え? マジでTSを!?】

【ついに認めたな】

 

あっ。

 

「うぷっ……」

 

さあっ、と、顔から血の気が引いて胃液がこみ上げてきそうになる。

 

【こはねちゃん、さては味を占めたな?】

【実際、あのリプの嵐見て来たリスナーで同接伸びてるしな】

【バ美肉専門のやつらが食いついてきてるからな】

 

……けども、大丈夫だったらしい。

 

TSネタで構ってやったおかげで、このネタをしつこく擦ってるって思われる程度で済んでいる様子。

 

【あいつらすげぇよ……「むしろ男の方が安心するし興奮する」とか】

 

【わかる】

【ひぇっ】

【ちょっと分かる  興奮する】

【えぇ……】

【草】

 

とはいえ危なかったな……独り言でも呟くクセのせいで、うっかり本当のところがバレたらどうなるか。

 

そのおかげで、なんにも考えずにゲーム実況とか雑談とかで間が持つ気がする程度には気まずくならないんだけども、今回に限ってはよろしくない。

 

「今日の同接は30……来てくれてありがとう。でも気持ち悪くなるので以降は数えません」

 

こくっ。

 

きゅっとなっている胃袋をもみほぐすイメージで、お酒を1杯。

 

【草】

【気持ち悪いって言われた!?】

【初見に気持ち悪いって言う斬新な配信よ】

 

【まぁこはねちゃんの事情はなんとなく分かったし】

【そうそう、それに興奮するし】

【えぇ……】

 

「でも、そういう設定が……なぜか昨日の夜にできただけの男なので、嘘つきとか言わないで、嫌ならそっと切ってください。ただのネタなので」

 

よし、こう言っておけば大半の新規の人たちにはお帰りいただけるだろう。

 

僕は少人数相手にこぢんまりとちやほやされるのを求めているんだ。

バズとか人気とかは……あ、胃液。

 

 

 

 

増えた視聴者を認識すると、やっぱりお腹が痛くなってくる。

 

新しい視聴者――新規、つまりは知らない人。

初対面の人とまともにしゃべるだなんて、ネット越しでも……あ、胃液。

 

「新規の人って……やっぱ認識するだけで気持ち悪くって吐きそうなのでイヤホンとかヘッドホンはやめといた方が良いと思います。コミュ障でリアルで初対面の人、相手にするとパニック起こすレベルなので、いきなり耳元で吐く可能性もあるので。音量も最小限が良いと思います」

 

僕は、予防線だけは張るのが得意だ。

こう言っておけば、不測の事態にも怒られずに済むはずだから。

 

【草】

【草】

【そう言われるとヘッドホンにしたくなるな  した】

【スタンバイOK  いつでも良いよ】

【えぇ……】

 

【こはねちゃんさん、今日もテンション高い?】

【こはねさん、メンタル弱い言うわりには強いな】

 

【男でも良いし、TSして男ぶってる女の子って想像するだけで興奮するんだ……! そんな子がASMRゲロしてくれると思うと……!】

 

【えぇ……】

【無敵で草】

【やべーやつでしかなくって草】

 

【やべぇ、あの大喜利のせいで厄介なのを招き寄せてしまったかもしれん】

【おいTS連呼してたやつ! なんとかしろ】

 

【え、TSと耳もとで嘔吐ささやかれる趣味って関係ないし責任なくない?】

 

【草】

【草】

 

【責任はあるぞ  そのせいで配信の空気がやべーんだよ】

 

【え、知らないけど】

 

【草】

【うん、まぁそうねぇ】

【さすがに言いがかりレベルだよね】

 

【TSはよく知らないけどありがとう  新しい扉を開けたよ】

 

【ひぇっ】

【こわいよー】

【もう遅かったか……】

【責任取ろうね♥】

【草】

 

「こわ……」

 

怖い。

 

コメント欄の狂気が怖い。

でも僕は他人のパニックを見ると安心するんだ。

 

なんでだろうね。

おかげで気持ち悪さは引いてくれてるけど。

 

【ひより「でも、声は大事なので配信とお酒は控えめにして休んでくださいね」】

 

おや、ひより先生。

 

「そういう先生は早くお勉強しましょうね。Yで『今は試験期間』だってつぶやいてましたよね? 『勉強が間に合わない疑惑』ってつぶやいていましたよね?」

 

【ひより「はい……」】

 

「こうやってリアルをある程度特定されちゃうから、つぶやきとか気をつけましょうね。特に今どきはSNSとかでの発言は可燃性抜群で、しかもその期間が10年とか平気で持続しますからね。今は大丈夫でも有名になってお仕事もらったタイミングで過去の先生が刺してくるんですよ良いんですか先生。試験期間は大体どこも同じですけど科目とかと普段のつぶやきを考察してくる変態がいっぱいいるんですよ先生」

 

ひより先生の日ごろのムィートはほほえましい。

 

けどもそれはどう見ても学生さんかつ女子だって誰にでも分かるから、将来が心配なんだ。

あと、うっかりいろいろ漏らしちゃわないかって。

 

僕みたいにメディアリテラシーってのがしっかりしてれば、あとは実績もないし有名にもならないそのへんの男Bなら別だけど、将来は大成するに違いない大先生(予定)にはぜひともに気をつけてほしいから。

 

無名ならどれだけやらかしても誰も気にしないけど、有名になったとたんにあら探しされる側に回るんだ。

 

……かつて、ムーチューブでおすすめ欄に来たからなんとなく見てたVtuberとか配信者が居た。

 

なんとなくでYでもフォローして密かに応援していた。

 

けども再生数が跳ねて人気になって「ちょっと遠いところに行っちゃったな」、なんて思ってたら理不尽な言いがかりを浴び続けて辞めちゃったのをこの目で見たし……あ、胃がきゅーってなってる。

 

【ひより「気をつけます……」】

 

そう、だから先生にはぜひぜひに気をつけてもらいたい。

 

「そうです。だから勉強もしましょうね」

 

ついでにお勉強が苦にならない範囲でがんばってほしい。

先生、なんか勉強がつらくてぴえんとか、たまにつぶやいてるから。

 

【ひより「はい……」】

 

「よし。素直なのは良いことです、先生」

 

こんな引きこもりニートダメ人間が真っ当な学生さんの反面教師になるんなら、嫌われる覚悟でいくらでも言うんだ。

 

それでひより先生の活動が良いものになったら僕が嬉しいんだ。

 

【草】

【草】

【なんだこのやりとり草】

 

【一応個人同士とはいえVTuber、ママと子供だから】

【なるほど、通りでなかよしなわけだ】

 

【TSっ子疑惑で来ただけだけど、数字のわりにおもろくない? あ、ごめん、あおりじゃなくって普通に】

 

「普段はテンション低いので、もし見てくれるなら作業用で……その、配信タイトルは過疎ゲーとかなので。いや、僕は好きだから言いたくないけど、知らない人の方が多そうだし。一応知らない人にもなんとなく分かるようには実況しますけど、あ、僕は楽しいけど知らない人が楽しいから保証できないっていうか」

 

【やさしい】

 

【※こはねさんはハイとローを繰り返すタイプで、現在ハイの頂点です  落ち込む時期はマジで実況がほとんどない実況になるので今のうちに楽しみましょう】

 

【登録ももちろんしたな?】

【通知もオンにしたな?】

【SNSもフォローしたな?】

 

【ひぇっ】

 

【古参が圧力をかけてくる配信】

【こわいよー】

【草】

【人数が少ないとね……新規を囲めってなるからね……】

 

「過疎コンテンツは確かに新規さんを囲みたい。僕もそういうゲームをプレイして布教したいってのもある。でも強制はダメだよ」

 

知らない人に囲まれると怖くて逃げ出しちゃうからね。

人は見知らぬ他人に囲まれると絶望しちゃう存在だからさ。

 

【草】

【はーい】

 

【配信主が言ってるんだ、古参はおとなしくしろ】

 

【チッ……しったかの新参が……】

 

【えっ】

 

【草】

【空気悪くて草】

 

そうして僕は――ボイチェンという新技術のおかげで、まるでおとといまでのように、まるでただの男だったままで、今起きているのはすべて悪夢だったかのような錯覚を覚えながら。

 

「なぜか」普段よりも上下する感情のおかげで――同接と登録者数が、その日から増え始めた。

 

 

 

 

「兄さん、喉の風邪みたいですけど……市販薬で治りそうで、良かった」

 

制服姿で家を出た優花は、安堵していた。

 

「ええ、」

 

彼女は――「スマホと無線接続をしているイヤホン」に耳を澄ませながら微笑み。

 

「――配信でも、こんなにも元気そうだから。……声のかすれが心配ですけど、兄さんには私が配信を見て聞いているだなんてバレてはマズいですし……」

 

そのスマホの画面で、開いたままの配信。

 

そこには――「兄の元気な姿」があった。

 

「………………………………」

 

「けど」

 

彼女は、上着のポケットから――「30センチ以上はある薄紫色の毛髪」の入った透明な袋を取り出す。

 

「……他人が怖い兄さんが、女性とはいえ――いえ、女性だからこそ招き入れるはずが。なら、やはり宅配便に紛れていただけ? ……ひとまず、帰りに鑑定に出さないと……」

 

その毛髪を見つめる彼女の瞳は――光を受け入れていなかった。

 

 

 

 

「……? やっぱり、変……なんだろ、うまく言えないんだけど……」

 

ピンクと白と水色のカーペットやベッドカバー、ぬいぐるみの多い、ファンシーな子供部屋。

 

友達からは『少女趣味だね』と言われるけど、それが落ち着くのだから仕方がない。

 

勉強机で問題集を広げつつ、ちらちらと――耳だけで「こはねちゃんさん」の配信を楽しんでいた少女が、首をかしげる。

 

「こはねちゃんさんの……なんか。声が、ぎざぎざしてる……? それに、しゃべり方とかなんとなく……。……風邪、のせいなのかなぁ……」

 

天野ひより。

 

ネットでは「ひより」として――まだまだ駆け出しの、「ちょっと上手」「味のあるウマ下手」「癒やされる」と評される絵師――イラストレーターをほんのりと目指している、高校1年女子。

 

明るい栗色の髪は肩まで伸ばし、お気に入りのカチューシャを――風呂上がりの今は外していて、パジャマ姿の彼女は、配信主から叱られてから素直に始めていた勉強を手に着けられず、首を右に左に――イヤホンの左右に代わる代わる集中させながら、ペンを置いてかしげていた。

 

「早く戻ると良いなぁ……落ち着く男の人の声だもん、こはねちゃんさん」

 

――投稿するイラストの方向性やSNSでのリプやつぶやきから、気がつけば「JCかJKの絵師」としてほぼ特定されてしまい、「そういう目的」なDMなどが頻繁に来るせいで基本的には特定の誰か――ましてや男性と分かっている相手は無視するしかない彼女。

 

だが、去年の今ごろ。

 

それ以前から、いつもイラストへ優しいコメントを熱心に書き込んでくれていて――そして下心のないように見えるアカウントから「立ち絵を書いてほしい」と頼まれたのを思い出す。

 

「どんな人なのかな」――そう思ってSNSのプロフィール欄から配信へ飛んだ彼女は、人も少ないし、彼女自身がよく知らないゲームをぽつぽつと実況しつつ配信している「こはね」を知った。

 

知って、なんとなくで絵を描くときなどに流しっぱなしにしていて――気がついたら、その、決してイケボではなくても落ち着いていて、力を抜いて普通に話しかけてくる声の虜になっていた。

 

いや。

 

イケボだ。

 

普通の声だったとしても――「イケボ」に「なってしまった」。

 

まるで、居たら「兄」として安心できるだろう存在の、年上の男性の声。

 

初恋。

 

そういうものかもしれなかったが――残念ながら天野ひよりは引っ込み思案、かつほわほわ系小動物として学校で女子に守られる生活をしていたため、自分の気持ちがどのようなものなのかを理解していなかった。

 

――ちなみに少女マンガに憧れはあるが、ちょっとでもお色気シーンの雰囲気が出てくると顔が真っ赤になって読めないタイプだった。

 

そのせいで、彼女の絵柄は「小学校前半の女児が楽しめるコンテンツ」に強く影響されている。

 

「早く、治るといいなぁ……あ、そうだ。今日のイラスト、元気になぁれって……あぅ、勉強しなさいって言われるから、試験終わってからにしよっと……」

 

そうして問題集と格闘を再開しつつも――彼女のノートは、消しゴムの痕と赤ペンの多い結果になった。

 

 

 

 

「こはねちゃん、ようやく人気出始めたね」

 

「う、うん、良かった……のかは分からないけど……」

「あー」

 

あるムィスコードでの音声通話。

 

「人見知りはガチだからねぇ」

 

「ず、ずっと聞いてたから知ってるけど……他人が怖くて引きこもったって話とか、あれ、絶対キャラ作りでやってるレベルじゃなくって」

 

「――――――――うん。だって――私たちのことを、2人分の人生を救ってくれた人だからね」

 

「――――――――ん。私たちの、人生を救ってくれた神様だから」

 

なぜか、声のトーンが一瞬だけ下がる2人。

 

「………………………………」

「………………………………」

 

「けど、声が」

「心配だよねー」

 

「……あの。添付したけど、今日の波形データなんだけど――」

 

「こはねちゃんさんのリアルがどうだったとしても、私たちはこはねちゃんさんの味方。でしょ?」

 

「……うん。そう。そうだね」

 

彼女たちの会話は――「こはね」の配信を実況し、終わってからも続いていた。

 

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