TSよわよわVtuberはバズっても外には出ません ~かわいくなったら余計他人が怖くなったんだけど!~   作:あずももも

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91話 僕の、全力疾走

「はっはっはっ」

 

思えば、僕は小さいころから周りが気になりすぎる性格だったんだと思う。

 

薄ぼんやりとある幼稚園のころの記憶も、周りの人が――特に両親が喜ぶからって意識して笑うようにしていた。

 

小学校の初めには、もうサンタなんて存在しないのには――なんとなくで気づいていた。

けれどもクリスマスの朝にはプレゼントを無邪気に「サンタさんが来た!」って喜びながら親の前まで持っていって開封していたんだ。

 

たとえそのプレゼントが――悲しいかな世代と流行りの違いによって、どれだけ親が考えてくれたものであっても、僕が本当に欲しかったものじゃ無かったとしても。

 

胸の奥でずきずきと痛むのを感じながら僕ができる最上級の喜びを表現して、少なくとも春になるまではそのおもちゃやゲームで遊んでいたんだ。

 

人間は、残念ながら10人居れば1人は苦手または嫌いな人が居るし、30人のクラスなら1人くらいはわざと突っかかりたくなる人も居るものらしい。

 

だから小学校低学年のころから――いや、幼稚園のころから、恐らくはこんな僕の薄っぺらい無意味な愛想を見抜いたから嫌ってくる人が居たんだろう。

 

そういう子――特に男子からはにらまれ小馬鹿にされ小突かれるたび、彼らの感情を、悪意を――「直接耳に怒鳴られた」ような気になって、勝手に怯えていた。

 

けども、そんな他人の奥底を覗ける人はそんなに多くなくって――だから、クラスの中でも盛り上げ役をやっていた僕は、女子にモテていて。

 

そうだ、子供ってのは、話がうまくて明るくって足の速い男子がモテるものなんだ。

当時の僕は、幸運にもそのポジションに居た。

 

だから子供らしい告白とかバレンタインチョコのイベントとかで気持ちを伝えられると――僕は恋ってものが分からないからもったいないことに全部やんわりと断ってた。

 

もちろん子供なりになるべく傷つかない言い回しで――だから円満には済んだんだけども、フラれた事実を言いふらした女子たちによって、彼女たちを好きな彼らからはさらに悪意を向けられた。

 

……運良く本当に悪い人は居なかったらしく、ために積極的ないじめには発展しなかったんだけどね。

たぶん、僕の表面的なコミュニケーション能力で人気者になれていたおかげもあって。

 

「はっはっ」

 

でも、中学になってそういう僕自身が嫌いになってきて、だから自然――小学校からの知り合いがほとんど居ないクラスになったのを良い機会として、僕は僕本来の性格で中学デビューすることにした。

 

なるべく僕自身に正直に、静かに慎ましく。

小学校のころは夕方までみんなと駆け回っていたのを、なかったことにして。

 

おかげで僕の中学3年間はすごく気持ちの良い快適な時間だった。

 

なにしろクラス全員と教師たちの顔色をうかがって、すべての会話やすべての目線を意識する必要もなく、彼らの望む演技をする必要もなくなったから。

 

「頭の中で聞こえてくる気のする彼らの声を見なくても済んだ」から。

 

特におもしろくもないけども気に留めることもない、地味な男子生徒。

そのポジションが、とっても安心できて。

 

けども――高校に入ったときに状況は変わってしまった。

 

「う゛ぇっ……はっ、はっ」

 

ちょっと高望みをして入った高校――なにしろ中学はヒマだったもんだから、今も続けているゲームとか本以外の楽しみが勉強しかなかったんだ――は、基礎能力が高い、いわゆるチャラい同級生が多いところだったんだ。

 

なんていうか、生きる本質が違う存在。

 

そもそもとして頭が良くって体も丈夫だし体力もあって運動能力も平均的に高く、みんなで仲良く騒ぐのが大好きで――良い人たちではあったんだけども、僕にとってはまぶしすぎて。

 

「なんで心から人生を楽しめているんだろう」って――嘘をつきっぱなしな小学生までと、嘘をつかない代わりに静かだった中学時代を経験してきた僕にとって、カルチャーショックすぎて。

 

彼らは、本当に良い友人になってくれた。

 

毎日のように学校帰りに買い食いやカラオケ、休日にはみんなで――10人単位で集まって遊びに行ったりするほど男女ともに仲が良くって。

 

学校のイメージが真面目で進学率の高い高校じゃなければ、きっとみんな髪を派手に染めて着崩していたところを、そうでなかったから羽目を外しすぎることもなく。

 

うん。

 

彼らは、本当に良い人たちだったんだ。

けども――それが、苦しくて。

 

だって彼らは、心の底から僕との時間すら楽しんでくれていた。

僕が演技をしなくたって仲間として扱ってくれて――声に出していないはずの声たちも、僕へ悪意を向けてくることもなくって。

 

だから僕は自然に彼らに引っ張られて小学生の頃の僕に戻っていった。

後半にはもう、クラスの中でわざととぼけて笑いを誘ってみたり、文化祭でみんなと盛り上げてみたりした。

 

けども――そんな生活は、彼らと離れ離れになった大学生活で致命的なエラーを起こした。

 

そうだ――忘れていたんだ。

 

世の中には、他人の奥底を見抜く人だってたくさん居るし、そもそもとして気に入らない人が一定数居る人の方が多数派なんだって。

 

そうして僕は、大学に合わせて染めた髪と、それに合う服装で通い始めてすぐに――聞いちゃいけない声をたくさん聞いて、無自覚でたくさん浴びせられた。

 

それが3年目にお情けで拾ってもらったゼミで、とうとう我慢できなくなって――

 

 

 

 

「……それは、本当の」

 

「ええ。主治医になっている私が、保障します。――こはねさん、いえ、『綾瀬直羽』さんは、数ヶ月前まではれっきとした成人男性でした」

 

駐車場に停めてあった車に乗り込み配信を閉ざした空間で、如月なつみは天野ひよりへ真実を告げる。

 

「それが『TS』病――漫画や小説で聞きなじみのある表現の方が良いでしょうね。本当に漫画のように人によってはコスプレのような獣の耳が生える『ねこみみ病』などもあるようですし」

 

「……そちらは初耳です、如月先生」

 

「こはねさんの前で言ってしまいますと、不安にさせると思いまして。……それにより、一夜にして少女へ肉体ごと変化しました。こはねさんが風邪を引いたと数日休んでいた、あのときです」

 

「……そんな……あっ、だからあのときから声が……」

「妹である私も、最初は分かりませんでした。こはねさんは――兄さんは、普段接することを避けていたので」

 

『ディーフェンス! ディーフェンス!』

『な、なんだ!? このジャージ集団!』

『すんませーん、今、急にここで次の試合の練習したくなっちゃってー!』

 

【草】

【こいつらも介護班か……?】

【どうやら助っ人介護班らしい】

【えぇ……】

 

【なんでまた増殖してるの介護班……こわい】

【お前も介護班にしてやろうか?】

【ひぇっ】

【草】

【やっぱこいつら炎上系よりタチ悪いじゃねーか!!】

 

彼女たちのスマホの画面では、駅前を駆けていく――その大半は疲労でばたばたと歩く程度だが――こはね目当ての配信者たちが、なぜか往来いっぱいに広がって邪魔な動きをしている、けども避ければ普通に通れる程度の運動着姿の学生たちを邪魔そうに避ける姿が映っている。

 

「こはねさんに追いつけず戸惑う配信者たちを、絶妙な距離感で停滞させている……ありがたいですね」

「ええ、先ほども兄さんに水分補給などをしてくれたそうで」

 

車が、ゆっくりと地下から地上へと復帰する。

周囲にはサムズアップをして彼女たちを見送る、すでに脱出した介護班たちしか居ない。

 

先ほどまで騒いでいた彼らは「こはねの挑発」によって警察や警備員に捕まった以外は……あとは日ごろの運動不足で道の隅にしゃがみ込んでいる以外は、こはねを追ってすでに数百メートル先へと移動しているから。

 

「子供にとっての8歳差は、とても大きくて……私の物心ついた頃の兄さんは、とても明るい人でした。それが中学になって少し静かになって、高校に入った頃から急にまた明るくなって……ですが」

 

「大学――恐らくは、同級生たちと馬が合わなかった。それがきっかけだったのでしょう。思春期の学生にとってはクラス替えや転校、進学で周囲の友人がリセットされることで助かることもあれば――窮地に陥ることも、多いので。本人が変わらずとも環境のせいで……天国から地獄にということも。それが、人間です」

 

綾瀬優花は、かつての兄を思い出す。

 

「高校と変わらずに明るい雰囲気のままでは、あったんです。……心配していたようにはサークル活動やアルバイトで――外に『女』を作ったりはしなくて――」

 

一瞬、彼女の周囲の重力が軋むが――

 

「ふぇ……?」

 

「兄の次に守護るべき存在」の声に、通常空間へ復帰した。

 

「――ごめんなさい、言い間違えました。よく揶揄されるような、大学はろくに出席せずに遊び歩き、不純異性交遊を楽しむだけの軽薄な大学生にはならなかったということです。それに安心もしましたけれども、次第に部屋に籠もりがちになっていって」

 

「……きっと、人の機微には元から人一倍――いいえ。TS病のように『尋常ならざる何か』――第六感とでも表現できるそれで、他人の感情を強く感じとっていたのでしょうね。……そのせいで彼は、3年生で」

 

車は、信号で止まる。

 

「……ある日急に『大学を辞める』と。両親がいくら説得しても、兄は焦点の合わない目で……様子のおかしさでそれを受け入れつつも、懇願して診察だけでもと連れて行った精神科の先生方は『しばらく休養が必要でしょう』――と」

 

「恐らくは、相当な精神的ストレスが積み重なっての決断――特に男性はプライドがありますので、親に対して子供が――大学生であっても学校を辞めるという相談、決断を伝えるというのは、すでにその時点で限界というSOSだと言います。合わない大学生活を強要しなかったその判断は、間違っていなかったと思いますよ。実際、その傷も少しずつ癒え、配信を始めてからは社会性は取り戻しつつありましたから」

 

「……そうですよね。こはねちゃんさんは、嘘をついたり曲がったことが嫌いな、優しい男の人……うん。配信で聞いてたイメージと、おんなじです」

 

――対面から10台近いパトカーが来て後ろへと走り去る姿を眺めながら、3人は、ふらふらと走るこはねの姿を配信で追っていた。

 

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