TSよわよわVtuberはバズっても外には出ません ~かわいくなったら余計他人が怖くなったんだけど!~   作:あずももも

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95話 【「こはね」のレッサーパンダ】

「……んぅ……ぷはっ」

 

僕は、久しぶりに大きく息を吸った。

 

久しぶりすぎて、喉がすっかりからからだ。

 

「けほっ、けほっ……むぇ?」

 

目を開けると、最近には目にすることのなかった、暗い天井。

 

家に居たころは電気を消して真っ暗になった部屋の中をぼんやり見るのが好きだったのに、途中からは真っ白な部屋でいつも電気が点いてたから、それが新鮮でしばらく見続けて。

 

「……しゃぶい」

 

もぞもぞと、僕は起き上がって――

 

「……? なにこれ……真っ白な服……ぺらぺらじゃん、寒いわけだよ……」

 

普段とは違って寝心地も悪ければ、もぐっていたのはぺらっぺらの真っ白で薄い布が1枚だけ。

まるで、ふと夜中にもぞもぞする気配に目を覚ましたときの優花お姉ちゃんみたいな格好。

 

寝ていたベッドは寝心地が良くなくって、枕カバーか何かが顔の上にひっついていて。

それをぺって剥がしても部屋はとっても寒くって、なんだか変な臭いがして。

 

「すんすん……あんまり好きじゃないにおい」

 

てしっと降り立った床は冷たい石でできていて、目がはっきりと覚める。

 

手のひらも足の裏も、とっても冷たい。

 

だからか、やけに心臓が熱くって――どくっ、どくって、とっても元気だ。

まるで全身の血管という血管が、新しいお仕事に喜んでいるような――そんな、不思議な感覚で。

 

……「あっちの僕の体」で、体が悪くなる前に公園で駆け回ったみたいな全力疾走したときみたいに、指の1本1本までがうずうずしていて。

 

「?」

 

ふと見回すと――どうやら大部屋らしく、何人かの同室の人たちがすやすやと寝ているベッドがあって。

けども、なんだか雰囲気は変で。

 

「あ、うるさくしてごめんなさい……み゛ゃっ!?」

 

とんっ、と。

 

ふらふらしていたもんだからおしりがぶつかっちゃったベッドの人へ謝ろうとしたら、その人の顔の上までかかっていた布がひらりと落ちて――――

 

「………………………………ぞんびぃ――――!?」

 

――息もしてない、冷たい、青白い――「意識が伝わってこない」、ただのゾンビだ!

 

みんなで観た怖ーい映画の、徹夜明けのみなみちゃんみたいな顔だ!

 

「ぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

 

僕は悲鳴を上げる。

 

「あ゛――――――ん!!」

 

てちてち、てちてち……たったったっ――――――ばんっ。

 

僕は廊下へ逃げながら、優花お姉ちゃんへ助けを求める。

 

「だずげでぇぇぇぇぇお姉ち゛ゃああああ――ん!!」

 

――こうして良くびっくりして泣きじゃくるから、友達からは「まるでレッサーパンダみたいだね、こはねちゃん」って笑われたのを思い出しながら、人の気配の多い方向へと走り出した。

 

 

 

 

「……気が滅入るわね」

 

「ええ……お年を召した方も長患いも方も、もう慣れているので覚悟はできていますが」

 

かつ、かつ。

 

必要な手続きを踏むため、地下へ降りてきた看護師たちがぼやく。

 

「あんなに小さい子が……」

「まだ高校生にも……ううん、学校に通えていたのは中学までっていうし」

 

「病棟の……病院全体のアイドルだったこはねちゃんが……ね」

「ずいぶんがんばっていたのに……神様なんて、居ないのよね」

 

「子供が、―くなるなんて」

「神様は、ひどいえこひいきをするのよね」

 

静かな廊下を、陰鬱なため息が木霊する。

 

「居たら、私たちの仕事はないもの」

「……そうね。私たちは死神だから」

 

彼女たちは、毎日何十も繰り返される悲しみの中でも――子供のそれに、心を落としている。

 

「綾咲こはね」――「彼女」は、自分を不治の病と知りながらも最期の日までを健気にも――同じ病の人々へ、その家族へと配信を続けていた「アイドル」――「だった」。

 

「――――――…………」

 

「推し……。うん、私の推しって、生涯あの子だわ」

「同じー。お葬式にも……ん? なんか声が」

 

「――――――…………ぁぁぁぁ……」

 

ふたりは、聞こえ始めた奇声に耳を澄ませる。

 

「?」

「?」

 

「――あ゛あ゛あ゛あ゛――――――ん!!」

 

「「!?」」

 

廊下の先から響いてきた、小さな子供の叫び声――それが、2人の心臓が止まるほどの恐怖を包む。

 

「「………………………………」」

 

――ぞわっ。

 

顔を見合わせた彼女たちはその声に心当たりがあり――だからこそ、心の底から震え上がる。

 

「……き、気のせい……」

「う、うん……きっと上の階の子供さんが」

 

「――――――――――あ゛あ゛あ゛あ゛ーん!」

 

――そう言った直後に廊下の先から走り出てきた「生きているはずのない」小さな姿に――

 

「「……出たぁ――――――――!?」」

 

「!? み゛ゃあぁ゛ぁぁぁぁぁぁ!?」

 

一瞬にしてパニックになった廊下は――死者と生者の運動会と化した。

 

「病院の女神」たちが書類やタブレットを放り投げてまで全力で逃げる後を、両手を上げた「病院のかよわきかわいいいきもの」が追いかけるリレーは――階段を駆け上がった3人が地上階の廊下を疾走してもなお続いた。

 

 

 

 

「……皆様。これまでのお付き合いを……本当に……っ」

 

【ゆうかちゃん】

【お疲れ様……って言って良いのか分からないけど】

【がんばったね】

【妹ちゃん、無事に……】

【弟くんだぞ】

【そうだな  うん、そうだ  「こはね」ちゃんは、男の子なんだから】

 

【男の娘だったよな……】

【生やすな】

【生えてないのも良い  ……って、最期まで笑ってくれたよな】

【ああ  あの子は最期まで男――漢だったんだ】

 

すすり泣きの広がる個室――数時間前までは「居なくなった彼」の居た場所。

 

【こはねちゃん、さいごに100万登録者、行ったよ  いろんな人たちが応援してくれたよ  今でも、がんばったのが広がっていてもっと増えて……個人として――歴史に、残ったよ  「Vtuberこはねちゃん」として】

 

「……ええ、ええ……っ! みなさん、ありがとう……っ!」

 

悲しみに潰れる「彼の姉」を、そっと抱きしめる友人たち。

病室は――「介護班」たちの、最後の時間を映している。

 

「Vtuberこはね」が病に伏せり、いよいよという段階になってからは「バーチャルなアイドル」としての禁忌を破ってまで姿を遺すようになったついでに映っていた彼女たちは、静かに悲しみへふけっている

 

病室内での「■」の配信――通常は許されない冒涜の所業。

しかし、それは■者が肯定したことにより、許されている。

 

「……こはね゛ち゛ゃんは……っ、さいごっ、までぇ……!」

 

【ひよりちゃん……】

【くるしい】

【ひよりちゃんの方がつらいんだぞ】

【うん……がんばる】

【良いんだ、泣いて  ずっと、がんばったんだから】

 

【こはねちゃん  ひよりちゃんね、先生になったよ  漫画賞を取って、担当さんがついて……】

【あと、ちょっとだったのに  最近は意識もほとんどなかったから伝えそびれちゃって】

 

【でも、しあわせそうだったよ  幸せな寝顔だったよ】

【そうだな  最期は安らかに】

 

【きっとこはねちゃんも、天国からひよりちゃん……ううん  「ひより先生」の連載を――】

 

優花にしがみついている小柄な女子――ひよりは、枯れることのない涙を流している。

 

「……あはは、負けちゃった。こはねちゃんに……配信者として。憧れるお姉ちゃんじゃなく、競い合うライバルになっちゃったよ……ねぇ……っ」

「うん。こはねちゃん、たったの1人で……ううん。介護班さんたちと、楽しんだもんね」

 

そんな彼女たちのそばで、ただ立ち呆けているVtuber仲間の少女たちは――どこか現実感のない声のまま、つぶやく。

 

【ハルナちゃん……】

【ハルナお姉ちゃん、なかないで】

【ミナミちゃんも、もう何日も寝てない……】

【ふたりとも、そろそろ休もう  お別れは、ちゃんと済ませたんだから】

【そうだよ】

【きっとこはねちゃんも……天国で……】

 

――がらがら……ばんっ。

 

「――こはねさんっ! 海外での臨床結果が出た新薬がようやくにっ! り、理由は分かりませんが『特例措置』が下りたので国内の患者さんにも――――――……あ、あぁ……っ」

 

航空機で帰国した足で駆けつけてきた――病室へ駆け込んできた、白衣姿の女性――如月は、「それ/死」を悟ると、抱えてきた書類と新薬のカプセルを胸に――崩れ落ちる。

 

【ああ……】

【死に目に……】

【それほどまでにこはねちゃんのことを】

 

【如月先生  ありがとう】

【きっと、こはねちゃんとおんなじ病気の子が、こはねちゃんとおんなじことにはならないように……】

 

【リモートで失礼します  優花様……この度は】

【俺たち学友一同、こはねお嬢様の悲しみは、一生忘れません】

【優花様も、どうかご自分をお責めになりませんよう】

 

【各Vtuber、配信者……こはねちゃんと交流のあったみんなから、哀悼の意が  ……愛されていたね、こはねちゃん】

 

【愛されてるんだよ  ずっと】

【うん、そうだよな】

 

――――――「彼」の存在した病室に、悲しみが広がる。

 

「綾咲こはね」。

 

つい今朝までは無菌室にしか居られなかった彼女は、数年ぶりに親しい人々と手を重ね――先ほどに、静かな場所へ送られた。

 

享年は1ー歳――それは、あまりにも早すぎる終わりで。

 

「……優花さん。ご両親は」

 

「……ええ。今、向かっていると」

「分かりました。……葬儀は親近者のみとのことで――――――」

 

この場の年長者、なによりも主治医としての責任からか如月は毅然と立ち上がり、涙を拭いながら「今後」の予定についてを伝えていく。

 

「……このお薬は、こはねさんのお友達の――さんへお願いします。私の妹――弟なら、きっと……っ」

「ええ。きっと、こはねさんもそう、言って……っ」

 

【もう仕事が手に着かない】

【勉強もできないよ……】

【如月先生も、声、枯れてる……】

【今日くらい、こはねちゃんのために泣いたって良いよね】

【誰も怒らないよ  好きな人を看取った日くらい……さ】

 

人は、いずれ死ぬ。

産まれた以上、死ぬ。

 

――ただ、それを「親しい子供/アイドルが経験する様」を見つめてきた人々は、そう簡単には立ち直ることはできない。

 

きっと、この後に控えているさまざまな手続き、忙しい葬儀――その後も何度に渡って繰り返される儀式によって、少しずつその傷が癒えて立ち直っていくのだろう。

 

「――――――!」

 

――――――だけども。

 

 

 

 

『……僕が、だめだめでよわよわだったとき』

 

『僕を、優花を――みんなを助けてくれた、君』

 

『もし、なんでもって言うんなら僕じゃなく、あの子のことを――――――』

 

 

 

 

どこか遠くから――すごくすごく、遠くから。

 

声が……届いた。

 

 

 

 

「――――――…………!!」

 

【?】

【どうした】

【いや、なんか遠くから声が】

 

【病院だからな……そういうことは重なるさ】

 

【ああ……】

【つらいな】

【いつかは俺たちも……誰かが経験することだ】

【優花お姉ちゃんたちは気丈だし覚悟ができてたけど、そうじゃないご家族の方が多いからな……】

 

【私より年下の人の最期は……そう経験したくないな】

 

【こはねちゃんのリスナー……「介護班」のみんな  こはねちゃんが言ってたよ  どんなにつらくてもがんばって生きて、親御さんや大切な人よりも長生きしようね  つらかったらみんなに相談してね】

 

【こはねちゃんを助けたくって、医学部に入ったよ  ……絶対、こはねちゃんみたいな子を助けてみせるよ】

 

「――――――…………」

 

「……? 廊下から……」

 

妙に騒がしい――この場にふさわしくない、「あり得ない声」が響き渡る廊下に、一同は不審がる。

 

「……ごめんなさいね、今、ドアを閉めます」

「いえ、先生。両親も間もなく、とのことですからそのままで……いえ、そうですね。私たちも、そろそろ行きましょうか」

 

ひよりの上げた顔の先――廊下に向かい、喪った人々は立ち上がる。

 

いつまでも、そのままでは居られないから。

だからせめて、せめて。

 

「優花さん……」

 

「――せめて、見送りくらいは笑えるように……少し、風に当たりたいので」

 

「分かりました。……私もご一緒しても?」

「わっ、私も! お姉さんと一緒に!」

 

優花へ抱きつくひより。

気丈な少女たちが、から元気でも動き出す。

 

「じゃ、私たちも……ね?」

「視聴者のみんな、この後は式が終わってからでも良い……かな」

 

アイドル仲間の少女たちは、静かに「配信主の存在しなくなった配信」へ語りかける。

 

【もちろん】

【みんな、がんばったね】

【俺たちのことは気にしないで】

 

【親近者の後にしてくれる式には、行くからね】

【バーチャルな式なら、遠慮なく多くの人が行ける  良い時代だよな】

【ミナミちゃんとハルナちゃんのおかげで、みんなが行けるオンラインの場  ありがとう】

【こはねちゃんの遺言通り、最期の日、最期の瞬間まで見届けさせてくれてありがとう】

 

【私、こはねちゃんのおかげで引きこもりからニートになれた  だから、スーツも買って……就職するためので、行くよ  こはねちゃんに褒めてもらうために】

 

【僕、こはねちゃんのおかげで完全に道を見失わずに済んだ  罪を償ってから、お墓に行くよ  それでも良いって、あの子が言ってくれたから】

 

「――――――………………ぁぁぁぁぁあ゛あ゛……」

 

――悲しみが包む荘厳な空間へ、なにやらの奇声が響き渡る。

 

【廊下がうるさいな】

【しょうがないさ  さっきの俺たちもそうだっただろ?】

【そうだな……誰でも、な】

 

【変だな……まるでこはねちゃんがレッサーパンダになってるときのギャン泣きな声が聞こえる気がするんだ】

 

【草を生やしたいけど生やせない】

【良いんだ  こはねちゃんなら、きっと笑って許してくれる】

【こはねちゃんの配信は泣きながら笑える配信だったからな】

 

やはり空気が台無しということで、そっと如月が閉じたドアの中、病室では衣擦れと書類、鞄の留め具の音がやけに耳を突く室内で、それぞれが支度を済ませていく。

 

「……じゃ、配信はひとまずこれまで。次回は――――――」

 

たすったすったすったすっ。

 

廊下を「まるで裸足で疾走する足音」がぐんぐんと近づいてきて――やがてはスライド式のドアをがた、と大きくつかむ音で室内へ緊張が走る。

 

そのまま勢いよく開かれたドアからは――――――

 

「――ぁぁぁぁあ゛お姉ち゛ゃ――――――み゛ゃあ゛!? ぞんびぃ!?」

 

「な――いや゛ぁぁぁぁ!? こはねちゃんのゾンビぃ!?」

 

――厳かな空間の入り口であるドアを、体重をかけて音を立てた存在に――たまたま最初に支度ができたから前に出た先のドアへ寄りかかってスマホの画面に意識をとられていたみなみが――その衝撃的過ぎる姿と声にスマホをぶん投げ、それにまたその対面の存在も驚き、お互いに奇声を上げる。

 

しまった――今の月見ミナミは三轍明けだ!

その顔は、まるで「ゾンビ」だ!

 

「や゛ぁぁぁぁぁぁぞんび! ぞんびぃぃぃぃぴぃぃぃぃ!」

「あ゛ぁぁぁぁぁぁなむあみだぶつなんまんだぶぅぅぅ!!」

 

「み゛ぃぃぃぃぃぃぃ」

 

「あっ……徹夜のせいで動悸が……」

 

【草】

【草】

【草】

【草】

 

【一体何が】

【おろろろろろ】

 

【あ、こはねちゃんのベッド……】

【スマホさんは無事か】

 

【え、けど、この声……?】

【カメラに映ってる、姿……】

 

「――――――、え」

 

優花は――「綾咲優花」は、目の前の存在を信じられず、硬直する。

 

「え」

 

だが――

 

「――嘘。そんなこと……奇跡でも、起きない限り……」

 

「……お姉ち゛ゃぁぁぁぁん! ぞんびに食べられるぅぅぅぅぅ!」

「わ、わっ……!? え、えっ……?」

 

――ぽすっ。

 

「存り得ない存在」が自分へ突撃してきて――胸元へダイブしてきて。

 

――どくっ、どくっ。

 

確かな、心臓の音が伝わってくる。

 

「あ゛ぁぁぁぁーん……」

 

――彼女の「妹/弟」が「レッサーパンダ」になったときに奏でる鳴き声が、響き渡る。

 

「……あ、あったかい……え、でも……」

「み゛ゃああああ――――――…………」

 

自分へ力の限りにすがり付き、泣き叫ぶ――「レッサーパンダ」と人気だった鳴き声の少女を、恐る恐るで抱きしめ返す。

 

確かに看取ったはずの――心臓も止まり、体温がゆっくりと下がっていたはずの体が――動いている。

 

「……え、そんな……」

「嘘……でも、目の前に」

 

「……はい、はい。……ふふっ。現代医学なんて、まだまだですね。――みなさんには、まだ信じられないことを伝えなければならないようです。ええ、嘘だと言いたくなるだろう――けれども、嘘だと信じたくなるような事実を」

 

「………………………………」

 

その光景を少しずつ受け入れ始めた彼女たちの中で――ふらふらと、「こはね」へ近づく影。

 

「……こはね、ちゃん……?」

 

「! ひより゛ち゛ゃぁぁぁん!」

「……ああ、ああっ……! こはねちゃんだぁ……」

 

予想外の力で抱きつかれたひよりは、勢いのままに床へと転び――その重さと声と、なによりも温かさに、すべてを悟る。

 

【これが、奇跡か】

 

【ああ】

【毎日数え切れない悲劇があるんだ  たまには良いじゃないか】

【だよな】

【感動した】

【\50000】

 

【あっちで見たよ、こはねちゃん  がんばってたね】

 

【きっとまた、あんな走りができるよ】

 

【小6の大逆転のリレーみたいにがんばってたね】

 

【ああ、レッサーパンダ  あっちでも聞いたけど、やっぱり私たちにとっての本物はこっちのこはねちゃんだよ】

 

【? なんのこと?】

 

【それは……ひみつ】

【見た人だけの特典……かな】

 

 

 

 

【……うっかり魂を同化して塗りつぶさせちゃいそうになった「彼だった彼女」な、TSっ子こはねちゃんからの、お願い】

 

【大変な目に遭わせちゃったお詫びは――ちゃんと、渡したよ】

 

【あ、でも、こっちのこはねちゃんも精神的なTSっ子ってことで、あと何十年は楽しめそうかな】

 

【もともと男だった女の子、女の子だったけど男って自覚した子……どっちも楽しめば、良いよね】

 

【2人とも、これから嬉し恥ずかしなTS生活を大人になって、よぼよぼになるまで過ごして――「TSよわよわVtuberこはねちゃん」としての生活を、そのいろんな気持ちを配信で教えてくれたなら】

 

 

 

 

「じゃ、またね。……ふぅ」

 

ぽちっ。

 

「……ムーチューブの配信画面、オフ……良し。立ち絵ソフトオフ……良し。マイク、引っこ抜いて良し、カメラも上に向けて……良し。……ふぅ」

 

指差し点呼――うっかりのないようにさらにはパソコンを落としてからのため息。

僕は、久しぶりの疲労感を味わいながらイスにもたれかかる。

 

……今の僕の体重じゃリクライニングしてくれないから、小さい体を活かしてずるずると滑り落ちながら。

 

そうだ、僕はなめくじ。

流体だから流れ落ちるんだ。

 

「……兄さん」

「んぅ?」

 

僕は、上から降ってくる声を見上げる。

 

「……先ほどのは……」

 

「ん。『あっちの僕』のことだけど……やっぱり、信じられないよね」

「いえ」

 

優花は――最近になって伸ばし始めている艶やかな黒髪を撫でつけながら、言う。

 

「兄さんの言うことなら、嘘のはずがありませんから」

「……ありがと」

 

――妄想だとしか思えないだろうし、僕自身も冷静になればそうだとしか思えない光景――記憶。

 

それがなだれ込んできてちょっとのあいだ僕の記憶も自我も曖昧になったけども――おかげで、僕の知らないもうひとつの人生を知った気がするんだ。

 

「あ、あと優花」

「? はい」

 

「――大学の教授。今度、連絡取りたいから……連絡先、教えてくれないかな」

 

「……兄さん」

 

「今すぐにってわけには行かないとは思う。けども、ひとまずでお礼を……文章でも伝えたいし、元気だってことも伝えたいし」

 

僕は、部屋の隅から真ん中近くに出世した全身鏡を眺める。

 

淡い紫の髪は、肩から先の毛先は桜色に自然に変わる毛質。

 

それをひと房だけ三つ編みにしたおさげを、胸元に垂らしている。

結った髪を結んでいるのは――「向こうの優花がプレゼントしてくれた」リボンで。

 

どう見ても小学生女子――その中でもとりわけに幼くて臆病で、そのくせ身内には強気でわがままばっか言ってる、子供の顔つきに背丈。

 

そんな服装を、今日は着慣れた成人男性サイズでMのぶかぶかなパーカーで隠していて。

 

けども――如月先生の診察からも、肉体としては小学校高学年から中学生で……未だに来ていなくってほっとしている生理ってのが間近な、第二次性徴を向かえ始めた少女のもので。

 

僕はきっと、この人生を――やり直す人生を、この小さな体で乗り越えなきゃいけないんだろう。

 

感覚で、分かる。

僕は、もう男には戻れない。

 

実質的に「別人に生まれ変わった」から、こそ。

 

「……そろそろ、僕のペースなもんだから長かった休憩の時間は終わったんだ。まだ先生とか父さんたちとも相談中の今後――『成人男性の僕』のままで行くか、『小中学生女子の僕』で新しく行くかは決めてないけども、そろそろ」

 

僕は、開いているカーテンの先の窓を、見上げる。

 

「――これだけみんなに心配してもらったんだ。そろそろ、僕のペースで……外に、出なきゃね」

 

その空は、雲ひとつない真っ青な光で――子供のころのようにまぶしかった。

 

 

◆◆◆

 

 

このあともTSよわよわVtuberこはねちゃんの日常や配信はお届けされますが、こはねちゃんがTSするおはなしは、いったんここでおしまい。

 

すごく小さくなってちょっとだけ成長できたこはねちゃんは、よわよわでも前を見上げて……ときどきレッサーパンダになりつつも、今日も元気です。

 

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