ハンターハンター世界で死霊使いやってます   作:煤けた人

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第1話

 

 2001年8月某日。

 

 世界に名だたる大国である、カキン帝国は、人類史上最大規模の航海計画を発表した。

 

 建造されたのは、全長1キロを超える巨大客船ブラックホエール号。

 

 その目的地は新大陸と公表されている。

 

 しかし一部の関係者は知っている。

 

 それが、暗黒大陸であることを。

 

 五大陸を取り囲む、人類が決して踏み入れてはならない未開の地。

 世界の五大国が数百年に渡り情報を封印してきた、禁忌の領域。

 

 巨船には、多くの人々が乗船している。

 上層には王族と各国の政財界の要人、中層には富裕層や著名人、下層である3層以下には庶民である一般渡航者。

 

 表向きは「新大陸への移住計画」。

 

 さらに、船内ではもうひとつの極秘計画が進行していた。

 

 その実態は、カキン王であるナスビ=ホイコーロが計画した「継承戦」という名の、王位を巡る生存競争だった。

 

 14人の王子たちが、それぞれの念獣と共に、互いの命を狙い合う。

 

 最後に生き残った一人だけが、次の王となる。

 

 念能力者、マフィア、王子達────

 あらゆる思惑が渦巻くこの巨船は、もはや海に浮かぶ一つの「国家」と言える規模だった。

 

 そして、その混沌の中に────

 

 1人の異質な男がいた。

 

 額に真っ直ぐ走る縫合跡。後ろに結い上げた髪に、五条袈裟。

 どこか浮世離れした雰囲気の男が、穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「このカキン船内でね、ちょうど今、封印を解いたんだ。私が契約してきた百人の念能力者たちの」

 

 その言葉に、目の前の金髪の青年────クラピカの呼吸が一瞬止まった。

 白い指先が、5指に装着された鎖にわずかに触れる。

 

「……『封印を解いた』?」

 クラピカの低く、押し殺した声。

 

 しかし内側では、感情が爆ぜていた。

 (まさか……)

 

「そう」

 

 袈裟の男────羂索は淡く微笑む。

 まるで、春先の風を語るような調子で。

 

「300年かけて集めた私の呪物たちだ。彼らの念と、そして抗争に巻き込まれた非念能力者の新たな覚醒」

 

「可能性は、いつだって混沌から芽生えるものだろう?」

 

 その声はやさしく、それでいて冷たい。

 凍てついた手で花を撫でるような、異様な優しさが含まれていた。

 

 カキン帝国の巨大船、ブラックホエール号。

 暗黒大陸へ向けて進むこの船の下層では、今もどこかで静かに抗争が始まっている。銃声が響き、血と悲鳴が混じっている。

 

 その現実を、男はまるで愉快な娯楽の話のように語った。

 

「混沌は、いつだって美しいだろう?」

 

 羂索の瞳に、どこか懐かしさすら宿っていた。

 その表情を見た瞬間、クラピカの中で何かが切れた。

 

 鎖が床を打ち、甲高い金属音が鳴る。

 空気が一瞬で冷え、船室の照明が微かに揺らぐ。

 

 緋の眼────エンペラータイム発動。

 クラピカの瞳が緋色に、紅蓮に燃える。

 

「……貴様は、正気なのか?」

 

 低く、重い声。

 怒りと恐怖が、冷たい理性の膜の下で緋色に煮え立っていた。

 

「この船には、罪なき人々が何万人もいる。彼らを蠱毒の素材にして使い潰して、何を生み出すつもりだ!」

 

 羂索は笑った。

 静かに、どこか退屈そうに。

 

「素材? 違うよ。私は『可能性』を解放しただけさ。殺し合うのは彼ら自身の選択さ」

 

 その言葉の薄ら寒さに、クラピカの拳が震えた。

 

「『選択』? 貴様は現状を知っていてこの状況を作ったんだろうが!」

 

 オーラが爆ぜ、床がきしむ。

 漂う怒気に、羂索の死霊たちの囁きさえ一瞬止まった。

 

「おお、怖い。……結構怒るね、君は」

 羂索は手を合わせ、生徒に教えを授ける教師のように微笑みながら言った。

 

「でも私から見れば、君の“復讐”も似たようなものだよ。死者の意志を利用して、生者を裁く。どこが違うの?」

 

 その瞬間、空気がはじけた。

 鎖が閃光のように走り、羂索の頬をかすめる。

 血の一滴が空中に舞った。

 

「……違う!」

 

 クラピカの声が船室を震わせる。

 

「私は奪われたものを取り戻すために戦っている。お前は、生きている者の心を壊して、死者を縛り、生を汚しているだけだ!」

 

 羂索は頬の血を指先で拭い、舐めて微笑んだ。

 

「ふふ、いいね。その怒り、とても純粋だ。それもまた、人間の可能性だね」

 

「黙れッ!!」

 

 鎖が地を裂き、壁を砕く。

 冷気のようなオーラが迸り、空気が凍り付く。

 

 緋の眼の奥で、クラピカは一瞬、迷った。

 怒りに任せてこの男を倒すことは簡単ではない────直感でわかる。

 

 だが、このまま放置すれば、その間にまた誰かが死ぬ。

 何千、何万という人間が。

 

 羂索はその葛藤を見抜いたように、薄く笑った。

 

「今ここで私を殺しても、100人の能力者たちは止まらないよ。むしろ、君が私と戦っている間に、下層では新たな戦火が広がるだろう」

 

「なにせ、君の仇でもある、『幻影旅団』もこの船に乗っているからね」

 

 クラピカの表情がわずかに歪む。

 羂索はまるで教師が生徒に教えるように、続ける。

 

「特別に教えてあげよう。『モレナ』という女がいる」

 

「20数人の人間にレベルを付与し、人殺しをポイント制にする能力者だ。彼女の兵士たちが暴れれば、カキンマフィアが鎮圧しようとする。ヒソカを追っている幻影旅団もヒソカを探すためマフィアと手を組むだろう」

 

「私の『念能力に目覚めた者たち』も次第に巻き込まれていく。下層はすぐに地獄に一直線さ」

 

 静寂が落ちた。

 クラピカは拳を握り、深く息を吸う。

 やがて、背を向けた。

 

「今は、事態の収拾と王子たちの安全が最優先だ……」

 

 羂索は肩の埃を払う。

 「おや、いいのかい? さっきも言ったけど、君の仇である────幻影旅団もいるんだよ?」

 

 クラピカの足が、一瞬止まった。

 だが、振り向かない。

 

「……無辜の民を犠牲にしてまで、私の復讐を成そうとは思わない。だが、覚えておけ、ゲトウ」

 

 その名を聞いて、羂索は口元を緩めた。

 

「実はゲトウという名前は、この体の元の持ち主の名前でね。どちらかと言うと『羂索』の方が適しているかな」

 

(この男…死者を縛るだけでなく、死そのものさえも穢そうと言うのか…)

 

 クラピカの胸の奥で、理性と怒りがせめぎ合う。

 彼は、言葉を絞り出すようにして告げた。

 

「……では、羂索。私はお前を決して許さない。いつか、必ず罰を下す」

 

 その場を後にするクラピカの背中を見送りながら、羂索はふっと笑みをこぼした。

 

「『罰』か……いいね。それもまた、人間らしい希望だ」

 

 男の声が、静寂の中に溶けていった。

 

 時を遡ること、2年前────

 

︎♦︎

 

 

 1999年1月7日のザパン市。

 

 無数の受験者が集まる、第287期ハンター試験の地下道のような薄暗い会場。ヒリつく空気の中、ゴンとクラピカ、レオリオは受験票を受け取った。その直後、小太りの男がゴンたち3人に笑いかけ、近寄ってきた。

 

「よぉ、新顔くんたち。オレはトンパ、よろしくな」

 

 軽く握手を交わして自己紹介した後、彼はゴン達に有力な受験者の説明をしつつ、人の波をざっと見渡した。

 

 その視線が、ある一点で止まる。

 

 壁際。

 黒い袈裟を纏い、長髪を後ろでまとめた男が、静かにスマートフォンを弄っていた。

 指先が止まるたび、スマホの画面に浮かぶ奇妙な文様が微かに光る。

 人の声も喧噪も、まるで彼の周りには届いていないかのようだった。

 

「……あいつは」トンパが小声で言った。

 

「やめとけ。近づかない方がいい。さっき説明したヒソカと並んで、雰囲気がヤバい」

 

 ゴンが首を傾げる。

「あの人も受験者なんだよね?なんか雰囲気がすごく暗くて、ピリピリするけど…」

 

 トンパはさりげなく下剤入りジュースを勧めながら、ゴン達に向き直った。

 

「受験者なんだろうけどよ……ああいうタイプは『ヤバい』ハンター志望だ。賞金首(ブラックリスト)ハンターみたいな犯罪者まがいのな。…空気が違うだろ?」

 

 クラピカも僅かに視線を向ける。

(ただ者じゃない……雰囲気が、異質だ。まるで深い闇の底に沈んでいるような────)

 

 レオリオは軽口を叩こうとして、やめた。

「確かになんか妙な感じがするな……まるで葬式みたいだ。絡んでいったら、もしかしたら試験どころじゃなくなるかもしれねぇ」

 

 スマホの画面を閉じた男────羂索がゆっくりと顔を上げた。

 

 額の縫合跡が、蛍光灯の光に白く浮かぶ。

 目が合った瞬間、トンパの背筋に冷たいものが走った。

 

 (なんだ……この圧……)

 

 羂索はにこりと笑う。

 まるで親しげな表情で、小さく手を振ってきた。

 しかし、その笑顔はどこか温度が欠けていた。トンパの背筋に冷たいものが流れ、身が一瞬すくむ。

 

 ────そのとき。

 

「やぁ、面白いオーラをしてるね❤︎」

 

 一人の声が響いた。

 派手なトランプ柄の服を着た男、ヒソカがまるで吸い寄せられるように歩み寄ってくる。

 周囲の空気がさらに張り詰めた。

 

 羂索は微笑みを崩さず、スマホを片手に目を細める。

 

「奇術師、か。……君も、退屈を嫌うタイプみたいだね」

 

 ヒソカは口角を吊り上げた。

「ボクにとって、退屈は死より恐ろしい♠ でも君は────まだ生きてるのに『死』が見えるね♥」

 

 ヒソカの言葉に、羂索の口角が自然と上がり、微笑みが溢れた。

 

「ふふ……お互い、似たような性分かもしれないね」

 

 ヒソカがわずかに目を細める。

 (『似たような』……?♦︎いや、違うな。この男の『死』の感覚は…、まるで、一度死んでからもう一度塗り直されたような匂いがする♣)

 

 見つめ合う二人の間に、異様な静寂が流れた。

 その圧だけで周囲の受験者が数歩後ずさる。

 

 トンパが青ざめながら呟く。

「……やっぱヤベェ。あいつら、同じ種類の人間じゃねぇか……」

 

 羂索は微笑んだままスマホをポケットに仕舞った。

「それじゃあ、退屈しのぎに、少し話しながら歩くかい?」

 

「ああ、いいよ❤︎少し静かなほうへ行こうか♦」

 

 その会話を背に、ゴンたちは無意識のうちに身構えた。

 クラピカが木刀の感触を確かめる。

 (あの袈裟の男……悪人ではないかもしれない。だが、純粋に危険だ)

 

 試験会場の空気が、彼らの間だけわずかに歪んで見えた。

 その瞬間、試験官サトツが現れ、試験受付時間終了を告げる目覚ましのような音が響く。

 

 羂索とヒソカが並んで歩き出す。

 まるで『狂気』と『理性』が同じ速度で進んでいくかのように。

 

 ざわめくハンター志望の群衆の中で、羂索はヒソカと話しながら歩む。

 眼前に広がる人々の無意識に垂れ流したオーラが、まるで発光する培養槽の中の被検体に見えていた。

 

(いいね……ネテロの管理するハンター試験のこの環境。誰もが何かを渇望している。欲望、虚栄、承認欲求……。これこそ『可能性』の温床だ。)

 

 口元に微笑を浮かべながら、袈裟の中のスマホを柔らかく触る。黒い画面が微かに明滅し、その奥で死霊のオーラが微かに脈打った。

 

  ——これは、300年を生きた死霊使いの物語である。

 

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