カイゼル髭を蓄えたスーツ姿の試験官──サトツが、受験者達を引き連れ走る。
「二次試験会場まで私についてくること。これが一次試験でございます」
サトツは振り向きもせず続ける。
「場所や到着時刻はお伝えできません。ただ私についてきていただきます」
それを聞いたクラピカは、納得して頷いた。
「なるほど、体力テストだな…」
ゴンが首を傾げる。
「変なテストだね」
レオリオが拳を握る。
「さしずめ持久力試験ってとこか。望むところだぜ。どこまでもついていってやる」
クラピカはあくまで冷静に試験内容を分析する。
(どこまで走ればいいのかわからない中、走らされるのはかなり心理的負担になる。精神力も同時に試されるというわけか…!)
受験生たちがサトツに遅れをとるまいと必死に走り出した。地下道を埋め尽くす群れは、まるで巨大な生き物のように蠢いている。そんな中でゴンがふと思い出したように言った。
「そういえば…」
「あの袈裟を着た人、どうなったのかな?」
その言葉に、レオリオの顔が若干引き攣り、クラピカの表情が引き締まる。
クラピカは慎重に言葉を選びながら言った。
「危険人物とされる人間と関わり合おうという人種だ、関わり合いにならない方がいいだろう」
その言葉にレオリオも頷きつつ同意する。
「これに関しちゃ同意だ。トンパも言ってたが、ヒソカってやつは袈裟の男に話しかける前に、ぶつかったってだけで人の腕を切り落とすような人間じゃねえか。あんな奴らに関わると命がいくつあっても足りねえ」
そんな会話をしていると、スケボーに乗った銀髪の少年が、背後からゴン達を抜かす。その背中に、レオリオが声を張り上げる。
「スケボー!?反則じゃねーか!きたねーぞ!」
クラピカはそれに対して冷静に教え諭すようにレオリオに言い放った。
「ハンター試験は持ち込み自由、なんら問題はないよ」
レオリオは青筋を立てながらもペースは崩さず走る、という掛け合いが地下道の雑踏の中に響く最中、銀髪の少年キルアがゴンに話しかける。
「キミ、何歳?」
それに対してゴンは笑顔で返した。
「俺はゴン。もうすぐ12歳なんだ!」
「ふーん、俺はキルア。よろしく」
銀髪の少年は何を思ったのか、スケボーから降り、四人は互いに自己紹介しながら走っていく。
そうしてサトツについていくだけの一次試験は30分を過ぎ、1時間を過ぎ、2時間を過ぎ、4時間を過ぎていった。
ハンター試験志望の受験者達といえば、一人一人が何らかの達人であり、トップアスリートに匹敵する逸材達である。そんな彼らでも、額に玉のような汗が浮かぶ。そんな中、体力の限界がきたのか大粒の汗をかき、レオリオのペースがどんどん落ちていった。
(信じらんねえ、もう4、5時間は走ってるんだぞ…。なのに、脱落者が一人も出ねえなんて…!)
(ハンター試験を舐めてたぜ…!)
ハンター試験会場にたどり着くのさえ一万人に一人の、ごく低い確率の奪い合い。さらに、
(選ばれし者しかなれないという職業…。オレみたいな凡人には到底夢のまた夢だったって訳か…!)
ついにカバンを取り落とし、下を向き立ち止まって息をつくレオリオ。そんなレオリオにゴンは受験者の集団から離れて駆け寄り、声をかける。
「レオリオ、大丈夫!?」
どこまでも他人思いなゴンに対し、キルアは冷たい目で一瞥して言った。
「ほっとけよ。ハンター試験は遊びじゃないんだぜ」
クラピカはそんな彼らに目もくれず、黙々と前方の集団についていく。
その時────
一瞬、地下道の照明が落ちた。
暗闇の、奥。
その中から、ゆっくりと人影が浮かび上がる。
黒い袈裟。
額の縫合跡。
穏やかな微笑み。
羂索だった。
「やあ、君たち」
声が、闇から響く。
ヒュッと息を呑むレオリオ。「あーびっくりした。音がほとんどしなかったよ」と驚くゴン。
それに対して、キルアは無意識に一歩後退する。
脳裏に蘇る、あの通路での光景。
気味の悪い、潰されそうな圧と、見えない力での攻防。
ヒソカの血と、黒い煤。
(こいつ…あの時のヤバイ奴だ)
暗殺者としての本能が、警告を発していた。そんな彼をよそに、羂索は微笑んだまま、レオリオを見つめる。その瞳に、どこか懐かしげな光が宿った。
「よかったら、これ飲みなよ」
羂索の袈裟の中が生き物のように奇妙にうねり、袈裟の裾から水入りのペットボトルが出てきた。
その言葉に、警戒しつつレオリオは返した。
「水で恩を売っておくつもりか?…あからさまに怪しい物は受け取らねえ」
羂索は微笑んだまま、ペットボトルを開けて水を飲む。
「ほら、何も入ってないよ」
蓋を閉じ、レオリオの足元に転がす。
レオリオは、じっとそれを見つめた。
(……受け取るべきか?)
プライドが囁く。
──こんな奴の世話になるな。
でも、喉が渇いている。
体が、水を求めている。
数秒の沈黙の後、レオリオはペットボトルを拾い上げた。
「……一応、礼は言っておくぜ」
水が、喉を潤す。
冷たい。
──助けられた。
その事実が、レオリオの胸に刺さった。
「どういたしまして。一次試験を受かったら、また会おう」
音もなく3人の前を立ち去っていく羂索。
レオリオは口をぬぐい一息つくと、ペットボトルを放り投げた。スーツとワイシャツを脱ぎ、半裸になって気合いを入れると、再度走り出した。
♦︎
一次試験を完走した受験者たちは、長い階段を駆け上がり、二次試験会場──ヌメーレ湿原へと到着した。
そこで彼らを待っていたのは、霧と不気味な静寂。
死んだように見えるサル型の魔獣を連れた人間が、受験者たちに叫ぶ。
「俺が試験官だ!あのヒゲの男はサルの魔獣が化けた偽物だ!…この人面猿を見ろ!人に扮して受験者を惑わし、一網打尽にするつもりだぞ!」
だが次の瞬間、ヒソカが無造作に、その人間と死んだフリをしているサル、本物の試験官サトツにそれぞれトランプを投げつけた。
人間は一瞬で地に倒れ、猿は逃げようとして切り裂かれる。サトツは高速で飛翔するトランプをキャッチし、そのまま捨てた。
「ほらね、これで決定❤︎試験官はそっちのスーツさんだね♦︎ハンター試験の試験官は審査委員会から選ばれた熟練ハンターがつくもの♠︎あの程度の攻撃を防げないわけがないからね♣︎」
その直後、サトツが冷ややかに言った。
「今の言葉…褒め言葉と受け取っておきましょう。しかし、次に私を狙ったら、いかなる理由があろうと即失格にします」
厳重注意を受け、ヒソカは笑みを浮かべる。
霧が徐々に深くなる。
二次試験会場までの湿原を、サトツの先導で進む受験者たち。
だが、その道中──。
霧が後方の受験者達の方向感覚を乱し、霧の中から現れる魔獣や原生生物たちが、無防備な受験者たちを次々と襲い、半数以上の命が失われていった。
「どうやら、後方集団の我々は別の方向に誘導されてしまったようだ」
焦燥を帯びたクラピカの声。
「ちくしょう、武器はゴンの持ってるトランクに置いてきちまった……!」
レオリオが汗を拭いながら叫ぶ。
そのとき──霧の奥で何かが笑った。
殺人鬼・ヒソカの視線が、二人の背後を舐めるように追っていた。
一方そのころ。
羂索は、受験者の悲鳴をよそに、湿原の奥を一人歩いていた。
「森林公園に自由に入れる機会なんて、ハンター試験くらいだ。……ちょうどいい、死霊の調達といこうか」
念スマホを取り出し、画面をスワイプする。
ツチグモのアイコンをタップ。
黒い霧の中に、無数の腕を持つ巨影が顕現する。
ツチグモの多腕が、草木の間を這う魔獣たちを次々と叩き潰していく。
背中に苺に似た擬似餌を生やし、人を惑わすカメ型魔獣――キリヒトノセガメ。
そして、人が通るのを地中で待ち構える巨大ガエル――マチボッケ。
それらが次々と肉塊となり、ツチグモの腕の下に沈んでいく。
「これだけ刈り込んで、ようやく一体……。今回はまあまあの効率だね」
羂索の念スマホが、死霊の出現を検知した。
画面が淡く光る。
────────────
【キリヒトノセガメ】
強さ ★★☆☆☆
オーラ量 ★☆☆☆☆
おぞましさ ★☆☆☆☆
特性 擬似餌で標的を誘導する
釣りますか?
▷はい
いいえ
────────────
羂索は迷わず「はい」を押す。
瞬間、スマホの右側面からリール状の取っ手が出現。
煌めく念糸が画面から伸び、カメ型の死霊に絡みついた。
抵抗するカメ。
羂索は指を鳴らし、ツチグモに指示を出す。
無数の腕が叩きつけられ、死霊の抵抗が止む。
その隙にリールを巻き、羂索は死霊を念スマホの中へと吸い込んだ。
「……釣り上げ完了」
羂索はスマホを懐にしまい、霧の奥を見つめた。
「さて、そろそろ戻るとしようか」
羂索が魔獣を狩り終わった頃、ヒソカに「合格❤︎」と太鼓判を押され、彼の「お気に入りリスト」に入ったゴン達。
気絶してヒソカに担がれていったレオリオの
「奴は『試験官ごっこ』をしていた…。おそらく、試験官の代わりに我々を裁定したんだろう」
「うん。オレはヒソカに釣竿で一撃喰らわせたけど、レオリオは殴りかかって一撃で倒されちゃったよ…。それでも『合格』だって」
「……おそらく、自分と同じような匂いを嗅ぎ取ったんだと思う。ヒソカにハンターの資格があるとは思えない……だが、しかし──」
(あの超人的な身のこなし。大勢を相手にしても隙を見せずに殺戮をこなせる戦闘能力。
闘いという一点においては、天才的と認めざるを得ない…)
「才ある者が同じような才の持ち主を発掘するのはよくある話だ。ヒソカなりの勘と経験で、ハンターとしての素質や将来性を感じ取ったんだと私は思う……」
「今殺すのは惜しい、そう考えたのかもな。……いや、すまない、無神経な発言だった」
「ううん、謝らないで」
ゴンは走りながら答えた。
「オレも少しずつわかってきたんだ。目の前で人が沢山倒れて、殺した本人のヒソカが現れた時……」
「圧迫感も恐怖もあったけど、怖くて逃げ出したり背を向けることもできなくてさ。
戦っても勝ち目なんてないのに……不思議と、ドキドキしたんだ」
その言葉に、クラピカは横目でゴンを見た。
ゴンの瞳は恐怖ではなく、どこか野生じみた輝きを帯びていた。
「……やれやれ。試験会場でヒソカと共に見たあの袈裟の男といい、君もやはり危ういところがある」
「袈裟の人……あの後レオリオに水をくれたけど、名前を聞くの忘れちゃった」
「そうか。私はヒソカと同等……いや、それ以上の『何か』をあの男に感じた。あの気味の悪い圧迫感と静けさは、ただの人間ではない」
「うん……あの人の近くにいると、息が浅くなる感じがする。怖いわけじゃないけど、すごく『死』に近い匂いがするんだ」
「……それが、彼の『本質』なのかもしれないな」
二人の言葉は霧に溶け、遠くからはまだ悲鳴と咆哮が響いていた。
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【前話で書ききれなかった念能力詳細】
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【ステータス】
死霊は三つの軸で評価される。
①強さ:総合的な戦闘力
②オーラ量:潜在的なオーラの量
③おぞましさ:術者や周囲への悪影響
各★1〜5で表示。
特性も一文で表示。
【釣り上げの過程】
念糸が死霊に絡むと、念スマホ側面にリール状の取っ手が出現。
取っ手を引いたり緩めたりして、死霊を釣り上げる。
釣りの最中、捕獲済みの死霊で一度だけ攻撃を加え、一時的に弱らせることも可能。
【制約とリスク】
・念糸が絡んだ瞬間、死霊はこの能力の全容を理解する
・釣りに失敗すれば、死霊が襲いかかるリスクや、憑依される恐れがある。
・釣りを任意で中止できる。
・12体を超えて捕獲すると、古い死霊から順に解放される。解放された死霊の行動は未知数。
・死霊を捕獲した際と合体して姿形が変わった時、名前をつけることができる。羂索は真の名を呼ばず、呼び名で呼ぶことで、死霊への支配力を強め、精神負担を軽減している。
例:ツチグモ(多腕の死霊)
・多くの制約をつけることで、死霊操作時の支配力と精神負担を可能な限り軽減している。