ハンターハンター世界で死霊使いやってます   作:煤けた人

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第6話

 

 ガコン、と頭上で石の擦れる音がした。

 

 見上げた先、天井の一角が口を開け──影がひとつ、落ちてきた。

 

 本来なら響くはずの落下音も、膝をつく衝撃音もない。

 猫のように床へ降り立った袈裟の男を見て、レオリオがぎょっと肩を跳ねさせる。背後で石の擦れる音がして、穴が閉じた。

 

「うわっ……またお前か」

 

 埃ひとつ立てずに顔を上げたのは袈裟の男、羂索(けんじゃく)だった。

 

「やあ、久しいね。──そういえば、正式には名乗っていなかった。私はスグル=ゲトウ。以後よろしく」

 

 袈裟の男は穏やかに微笑んだ。

 

「二次試験も通過できたんだ、大したものだよ」

 

「げ……なんで俺の心配してんだよ。誰も名前なんか聞いてねーし」

 

 レオリオが半歩引くのと対照的に、ゴンは屈託なく駆け寄った。

 

 近づくにつれ、ゴンの息はわずかに浅くなる。海の深いところへ潜った時の、あの水圧に似た重さが、この男の周りにはいつもある。

 

 それでも、ゴンの足は止まらなかった。

 

「ゲトウさんっていうんだ!オレはゴン!ゲトウさんも、あの料理試験、最初にクリアしたんでしょ!?オレ、寿司の作り方なんて全然思いつかなかったよ」

 

「ああ、あれはまあ……前世の知恵だよ」

 

「前世って何だよ」

 

 キルアがジト目で横から差し込む。

 

 羂索は問いには答えず、ただ、その視線をすっとキルアへ滑らせた。──で、君は? とでも言いたげに。

 

「……キルア」

 

 問われる前に、吐き捨てるように付け足した。名乗らない、という選択肢が消えたことへの不服を隠しもしない。

 

「ふふ、よろしくキルア君」

 

「気安く呼ぶんじゃねーよ」

 

 レオリオは、袈裟の男を睨んだまま顎をしゃくった。

 

「……レオリオだ。恩はあるが、別にアンタと仲良くする気はねえからな」

 

「クラピカだ」

 

 最後の一人は、短くそれだけを言った。余計な言葉は一切足さない。ただ、名を告げる間も、視線は袈裟の男から外れなかった。

 

「ゴン君、キルア君、レオリオ君に、クラピカ君。うん、覚えたよ」

 

 羂索は一人ずつ確かめるように頷いた。

 

 その律儀さが、かえって薄気味悪かった。

 

 そこでふと、羂索は思い出したように、自分が落ちてきた天井を見上げた。

 

「それにしても、確か常連受験者の……トンパ君だっけ? 彼が本当は、ここに落ちてくる隠し扉の仕掛けを見つけたんだけどね。私が声をかけたら、逃げてしまって」

 

 肩をすくめる。

 

「そんなこんなで、私が代わりというわけだよ」

 

「……それはいいけどよ」

 

 レオリオが腕を組み、じろりと男を睨め上げた。

 

「アンタ、本当に俺たちと協力する気あんだろうな?イマイチ信用なんねーっつうか……」

 

「こう見えて、大抵の荒事は解決できる自信がある。まあ大丈夫だと思うよ」

 

 質問の答えになっていない。だがそれを指摘するより早く、クラピカが静かに割って入った。

 

「こうやって会話している間にも、時間は押している。まずは、そのタイマーを着けてもらおう」

 

 壁の窪みには、五つ目のタイマーが残されていた。○と✕のボタンが付いた、多数決用の装置らしい。

 

 四人の腕には、すでに同じものが嵌まっている。

 

 羂索が右腕にタイマーを着けた──その瞬間。

 

 重い駆動音とともに、石壁の一部がゆっくりとせり上がっていく。

 

 現れたのは、一枚の鉄扉。その中央に、標識と電光掲示板が掲げられていた。

 

「なるほど。五人揃ってタイマーを嵌めると、ドアが現れる仕組みか」

 

 クラピカが得心したように頷く。

 

 五人の視線が、自然と扉の中央に書かれた文章へと集まった。

 

『このドアを開ける? ○=開ける ✕=開けない』

 

「……こんなとこから始まってんのか」

 

 レオリオが呆れたように鼻を鳴らす。

 

「んなモン、答えは決まってるだろ」

 

 五人分の○が揃い、扉が軋みながら開いた。

 

 その先は、すぐ壁だった。通路は左右へ二股に裂け、どちらの道も数歩先で鉄格子に阻まれている。壁には、次の設問。

 

『どっちに進む? ○=右 ✕=左』

 

 五人がタイマーを操作する。

 

 電子音とともに、結果が表示された──○が三、✕が二。

 

 ゴゴ、という音と共に、右の通路の鉄格子が上がる。

 

「迷ったら左だろ、普通!」

 

 ✕を押したレオリオが吠える。ゴンも「あ、オレも左押した」と手を挙げた。

 

「迷った人間は、左を選びがちだ」

 

 クラピカが涼しい顔で答える。

 

「だから私は、その逆をついて右を選んだ」

 

 羂索は愉快そうに肩をすくめる。

 

「ごめんね。私は右が面白くなりそうだから、右を選んだよ」

 

「どっちでも同じだろ」

 

「お前らなぁー!」

 

 レオリオの声が通路に反響し──そして、ふっつりと途切れた。

 

 静寂が落ちる。冷えた空気が薄く流れ出していた。

 

 その静けさに染み込ませるように、クラピカが口を開く。

 

「……ゲトウ。今、『面白くなりそう』と言ったな」

 

 声は静かだった。だが、目は逸らさない。

 

「このタワー、貴方はもう構造を把握しているのか」

 

「だいたいはね」

 

 羂索は悪びれもせず頷いた。

 

「ハンター試験の情報収集は、試験前から始まっているものだよ」

 

 そして、思い出したように付け加える。

 

 袈裟の袖の陰では、いつの間にか取り出された黒いスマホが、淡く明滅していた。

 

「ちなみに、この先の分岐──どこかで囚人と戦わなければならないかもしれなくてね」

 

「……それが本当だとして」

 

 レオリオが腕を組み、探るように目を細めた。

 

「なんで教えてくれんだ」

 

「理由かい?」

 

 羂索は少しだけ首を傾げ、微笑んだ。

 

「君たちがどう選ぶか、少し興味があってね。──あとは強いて言えば、二次試験前のマラソンで、得体の知れない男の水を飲んでくれたお礼かな」

 

 レオリオは一瞬、言葉に詰まった。

 

 あの薄暗い地下道。限界だった足。転がされたペットボトル。

 

 ……たしかに、あの水に救われた。それは事実だ。

 

「……チッ」

 

 舌打ちして、視線を逸らす。

 

「気に入らねぇが、恩は恩だ」

 

「もちろん。どういたしまして」

 

 羂索はスマホを袈裟の内側へしまうと、開かれた右の通路へ、先んじて歩き出した。

 

 その背中を見送りながら、ゴンがぽつりと呟く。

 

「……やっぱりあの人、不思議だよね」

 

「不思議、じゃなくて」

 

 キルアが低く言った。

 

「ヤバい、だろ。あのスマホ、さっき……こっちを見られた気がした」

 

 ゴンが瞬きする。だがキルアはそれ以上言わず、通路の先を睨んだままだった。

 

 やがて、通路が開ける。

 

 五人の眼前に現れたのは、巨大な地下空洞だった。

 

 空洞は、塔の内部とは思えないほどの広がりを持っていた。

 

 吹き抜けの闇の中央に、石の舞台がぽつんと浮かんでいる。四隅の篝火が炎を揺らし、敷き詰められたタイルの目地に赤い影を刻んでいた。舞台の一辺には、○✕の表示装置らしき大型のディスプレイが据え付けられている。

 

 だが──橋がない。

 

 ゴンたちの立つ足場から舞台へ渡る道は、どこにも見当たらなかった。舞台は四方をぐるりと闇に囲まれ、覗き込んでも底の知れない深みが口を開けているだけだ。

 

「……なあ、あっち」

 

 キルアが顎で示した。

 

 舞台を挟んだ対岸。ちょうど真向かいに、複数の人影がひしめいている。彼らの側にも、渡り道はない。

 

 人影の一つが、壁際の監視カメラへ向かって何事かを告げた。

 

 直後、かしゃん、と乾いた音。男の手首から手錠が落ち、粗末な貫頭衣が脱ぎ捨てられる。

 

 現れたのは、剃り上げた頭に無数の古傷を刻んだ大男だった。立ち姿に無駄がない。鍛え方に、規律の匂いがある。

 

 男は空洞全体へ轟くように声を張った。

 

「我々は、この試験の審査を任された『試練官』──ま、要するに長期刑の死刑囚どもだ!」

 

 悪びれもせず言い放ち、男は五本の指を立てる。

 

「お前たちは、俺を含めた五人の試練官と戦ってもらう。勝負は一対一、出られるのは各自一度きり、順番はそちらの自由!三勝した側の言い分が通る──多数決だからな!」

 

「戦い方も自由だ。ただし引き分けはない。決着は、どちらかが負けを認めた時だ!」

 

 そして男は、自らの厚い胸板を親指で叩いた。

 

「一人目の試練官は、この俺だ。さあ、そっちも選べ!」

 

 声の残響が、奈落へ吸い込まれて消える。

 

 五人は自然と輪になった。口火を切ったのはクラピカだ。

 

「初戦は、できれば取っておきたい。三勝先取である以上、先行した側が心理的に優位に立つ。……もっとも、それは向こうも同じ考えだろうが」

 

「で、誰が行くんだ? 一番腕に自信あんのは──」

 

「んー……じゃあ、オレ行くよ!」

 

 ゴンが元気よく手を挙げる。それを、白い手がひょいと押し下げた。

 

「やめとけって。あの手のやつは、オレ向きだ」

 

「キルア?」

 

「別にお前を信用してないわけじゃねーよ。ただ、ああいう筋肉と場数で来るタイプはさ──慣れてんだよ、オレ」

 

 クラピカがキルアの目を覗き込む。

 

「……任せていいのだな?」

 

「さあね。ま、負ける気はないよ」

 

「おいおい、大丈夫かよ? なんならここは年長者の俺が──」

 

 レオリオが言い終わる前に、キルアは首を振った。

 

「無理無理。あれ多分、元軍人か傭兵崩れだぜ? あんたじゃ荷が重いって」

 

「ま、まじかよ。……っておい、お前はその相手に行く気か!?」

 

「へーきだって。見てなよ」

 

 そう言うとキルアは輪を離れ、舞台側へと歩き出した。

 

 ──が、数歩で足を止め、くるりと振り返る。

 

 視線の先には、袈裟の男。

 

「……あと、あんたの出番はないから」

 

「じゃあ、お手並み拝見といこうかな」

 

 羂索は、へらりと笑ってそう返した。

 

 その顔を一瞥し、キルアは小さく鼻を鳴らす。

 

(──その余裕ぶった面が気に入らねーんだよ。一発で度肝抜いてやる)

 

 ゴゴ、と石の軋む音がして、奈落の上へ細い橋が渡された。

 

 キルアは両手をポケットに突っ込んだまま、散歩のような足取りでそれを渡っていく。舞台に上がると、対岸から同じく渡ってきた大男を見上げた。

 

「ルール、どうする?」

 

「ガキの相手とはな……気は乗らんが、これも試練官の務めだ」

 

 男は首をごきりと鳴らした。

 

「デスマッチを提案する。どちらかが死ぬか、降参するまでだ」

 

「おっけー。……ねえ、あんたも犯罪者なんでしょ? 何やったの?」

 

「ふっ──強盗殺人。刑期は199年だ。満足したか?」

 

 男は腰を落とし、両腕を広げて低く構えた。

 

「では──勝負!!」

 

♦︎

 

 自信過剰。身の程知らず。世間を知らんクソガキ。

 

 ベンドットが目の前の少年に下した査定は、その程度のものだった。

 

 なるほど、所作に無駄はない。だがそんなものは、武術をひと通り齧れば誰にでも身につく。本物の殺し合いを知らない小僧が、習い事の延長で戦場に立った──そう見えた。

 

 刑期をわざわざ明かしてやったのも、余興のためだ。すぐに転がして、それから存分に泣かせてやる。時間はこちらの味方なのだから、ゆっくり、たっぷりと。

 

 その見立ての誤りを、彼は思考ではなく──胸の熱で知った。

 

「……な、に……?」

 

 駆け出したはずだった。少年に向かって、確かに一歩目を踏み込んだはずだった。

 

 だが、視界に少年がいない。

 

 振り返る。

 

 少年はそこにいた。ベンドットの背後に、静かに。

 

 その白い手に──どくん、どくん、と脈打つ赤黒い塊を載せて。

 

 どっ、と全身から汗が噴き出す。

 

 胸の中心を貫く鈍い熱。足元へ滴り落ちていく自分の血。そして少年の手の上で、まだ健気に動き続けている臓器。

 

(オレの……心臓──)

 

 理解が追いついた時には、体はもう指一本動かなかった。

 

 少年が、笑った。

 

 年相応のあどけない顔に、まるで似合わない──刃物のような笑みだった。

 

 ぐしゃり。

 

 白い指が、握り込まれた。

 

 ベンドットは崩れ落ち、二、三度痙攣して、動かなくなった。

 

 強盗殺人犯ベンドット。残刑期199年──執行完了。

 

♦︎

 

「あいつ……一体、何者なんだ……」

 

 レオリオの声が掠れる。ゴンが、あ、と口を開いた。

 

「そっか、みんなは知らないんだね。キルアんち、代々暗殺者の一家なんだって」

 

「あ、暗殺一家のエリートォ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げるレオリオ。その騒ぎの中を、キルアは橋を渡って戻ってくる。

 

 ふと、視線が合った。

 

 ゴンは目を丸くしていた。頬に、一筋汗が伝っている。──驚いてはいる。当然だ、目の前で人が死んだのだから。

 

 それでも。

 

「キルア、すごいね。全然見えなかった」

 

 その声に、怯えの色はなかった。探るような遠慮も、殺人者を見る目もない。ただ、いつも通りの真っ直ぐさだけが、そこにあった。

 

 キルアは、きょとんと目の強張りを解く。

 

 胸の奥が、少しだけくすぐったくなった。

 

「……ふん。当たり前だろ」

 

 そっけなく返して、キルアは壁際へ歩き出す。口元に滲んだものを、誰にも見られないように。

 

 そして壁際に腰を下ろした──その時、ふと、視線を感じた。

 

 顔を上げる。

 

 袈裟の男が、こちらを見ていた。

 

 いつも通りの、穏やかな微笑。何も言わない。からかいもしない。ただ、目が合っただけ。

 

 それだけで、キルアには十分だった。

 

 ──見られてた。今の、全部。

 

 ゴンの言葉に目元が緩んだことも。口元に滲んだものを隠そうと俯いたことも。

 

 耳の先まで熱が駆け上がる。

 

 キルアは眦をキッと吊り上げ、音が鳴りそうな勢いで顔を背けた。

 

(……コイツ、オレの様子を全部見てニヤつきやがった!!)

 

 袈裟の男は、何事もなかったように視線を舞台へと戻した。

 

 その横顔は、やはり笑っていた。

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