ハンターハンター世界で死霊使いやってます   作:煤けた人

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第7話

 

 対岸がざわめいていた。

 

 トリックタワー担当試験官リッポーが、刑務所側と交わした取引──受験者を一時間足止めするごとに、刑期を一年短縮する。

 

 つまり彼らにとってこの試練は、勝つことよりもまず、長引かせることに価値がある。

 

 粘り、時間を稼ぎ、あわよくば勝つ。勝てば受験者はそこで敗退。制限時間切れまで足止めでき、稼げる刑期は最大になる。それが囚人側の戦略のはずだった。

 

 その皮算用が、初戦で砕かれた。

 

 元軍人の腕っぷし自慢が、開始数秒で心臓を抜かれて転がった。稼げた時間は、ほとんどゼロ。

 

 ざわめきの中、一人の囚人が静かに進み出て、壁際の監視カメラへ何事かを告げた。

 声は距離と反響に呑まれ、対岸までは届かない。

 

 ──俺を行かせろ。

 

 ただ一人、羂索(けんじゃく)の耳だけが、その呟きを正確に拾っていた。

 

 かしゃん、と枷の外れる音。

 

 男はフードを下ろし、渡された橋を進んだ。

 

 中肉中背。これといった特徴のない体格──ただ一点、半袖から露出した肌のすべてを、隙間なく文様が覆っていることを除けば。首筋から手の甲、指の先まで、びっしりと彫り込まれた文字とも紋様ともつかない刺青。それが篝火の明かりにぬらりと浮かんでいた。

 

 男はゆっくりと舞台の中央へ歩み出ると、倒れたベンドットを肩へ担いだ。

 

 そのまま橋を渡って囚人側へ戻り、静かに降ろす。そして何事もなかったかのように、再び舞台へと歩み出た。

 

 足音が、しない。

 

 肩も揺れない。呼吸の上下すら見て取れない。

 

 炎が揺れ、影が踊る石舞台の上で、その男の輪郭だけが、切り抜かれたように静止して見えた。

 

 壁際に座っていたキルアが、ふと顔を上げた。

 

(……なんだ、アイツ)

 

 目を細める。

 

(さっきの軍人崩れとは違う。殺気も、気負いも、まるでねー。……こういうの、知ってる)

 

 脳裏をよぎったのは、ゾルディック家の古参の顔だった。

 

(爺ちゃんと同じだ。本当に強いやつほど、静かなんだ)

 

 そして、もう一人。

 

 羂索もまた、舞台の男を遠目に見ていた。ほんのわずかに、目が細められる。

 

(『纏』の練度が高いね。オーラが肌に吸い付いて、微塵も漏れていない。肉体も悪くない。見たところ、基礎だけならプロハンターの中堅クラス……。『発』を含むと、それ以上かもしれない)

 

(それにしても囚人の中に、念能力者を混ぜるとは……。試験官の判断か、それともネテロの差し金かな)

 

 クスリと笑った後、羂索は四人へ向き直った。

 

「……アレは、私でないと無理かな。残りの君たちでは、万に一つも勝ち目はない」

 

「はぁ?」

 

 レオリオが素っ頓狂な声を上げる。

 

「そりゃ全身タトゥーはヤベー見た目だけどよ、他はフツーのオッサンじゃねーか。俺でも戦えそうだぜ?」

 

「根拠はなんだ」

 

 クラピカだった。静かな、しかし退かない声。

 

「あの男の所作に無駄がないのは見て取れる。だが、アナタになぜそこまで言わせる?」

 

「うーん、ちょっと説明しづらいんだけどね」

 

 羂索は困ったように頬を掻いた。

 

「君たちと彼とでは、とある技術力に差がありすぎる、というか……」

 

 そして、思いついたように付け加えた。

 

「──そうだね。あそこに立っているのがヒソカだと思えば、一番わかりやすいかな」

 

 四人の空気が、変わった。

 

「……なんだと」

 

 クラピカが目を見開く。あの湿原の光景──霧の中に転がっていった人々と、その中心で嗤っていた男の姿が、否応なく蘇る。

 

 ゴンが困惑した様子で問いかける。

 

「そんなに強い人なの? 確かに、雰囲気はすごく静かだけど、そんなにゾワゾワしないような……」

 

「お、おいおい、そんなアブねー奴なのかよ!?」

 

 レオリオの顔から軽口が消えた。

 

「そう心配しなくていい。負ける気は、あまりしないからね」

 

 羂索は軽く言った。

 

 ──あまり。

 

 その一言に、誰も触れなかった。

 

 キルアだけが、何も言わなかった。

 

 ただ、舞台の男と、隣の袈裟の男とを、順に見比べる。

 

(……ヒソカと正面からやり合ったコイツが、言うんだ)

 

(ハッタリじゃねーだろ)

 

 誰も、羂索に反対しなかった。

 それが答えだった。

 

「じゃあ、行ってくるよ」

 

 まるで近所へ散歩にでも出るような、軽い調子だった。

 

 袈裟の裾を揺らし、静かな足取りで橋を渡っていく。

 

 その背中を見送りながら、クラピカは目を細めた。

 

(……この戦いで、あの男の実力の一端が示される)

 

(見せてもらおう。ゲトウ……アナタの、実力を)

 

♦︎

 

 舞台の中央。二人の男が向かい合う。

 

 先に口を開いたのは、囚人の方だった。

 

「……奇妙な出で立ちだな」

 

 タトゥーに覆われた男は、羂索の袈裟を無遠慮に眺めた。

 

「ジャポンの和装に似ている。それにオーラの質も、常ではない」

 

「おや、知ってるのかい」

 

 羂索は嬉しそうに袖を持ち上げてみせた。

 

「お察しの通り、ジャポンの住職の装いでね。お気に入りなんだ」

 

 そして、世間話の続きのような調子で問う。

 

「ところで……君の名前は、何かな?」

 

 男の眉が、僅かに寄った。

 

「……なぜそんなことを聞く」

 

「もし君が死んだら、墓に名前を書くとき困るだろう?」

 

 羂索は、微笑んだまま言った。

 

 場の空気が、一段冷えた。

 

「──ちなみに私の名前は、ゲトウと言うんだ」

 

 男はしばし黙り込んだ。値踏みするような沈黙だった。

 

 やがて、その口元がほんの僅かに歪む。

 

「……いいだろう。その名、お前の墓に彫ってやる」

 

 男は分厚い胸の前で、拳を合わせた。

 

「俺はタロス。タロス=ストーンだ」

 

「タロス君ね。良い名だ」

 

 羂索は満足げに頷くと、指を三本立てた。

 

「では、勝敗の条件を決めようか。……死ぬか、降参するか、三分以上、まともに動けなくなるまで。この三つのどれかで決着、というのはどうだろう」

 

 羂索はすっと指を持ち上げ、頭上──空洞の高みに据えられたカメラを指した。

 

「判定は、あのカメラの向こうの試験官に委ねればいい」

 

 タロスはつられて一瞥し、それから羂索へ視線を戻した。

 

「いいだろう。乗ってやる」

 

 願ってもない条件だ、と男は内心で嗤う。

 

(戦闘不能にならなければ、勝負は終わらん。俺が耐え続ける限り──時間は、俺たちの味方だ)

 

 両者の間を、奈落から吹き上がる風が撫でていった。

 

 開始の合図は、なかった。

 

 ただ、両者がほぼ同時に──示し合わせたかのように、全身のオーラを引き上げた。

 

 『堅』。

 

 纏うオーラを『練』によって常の何倍にも膨らませ、その状態を維持し全身を守りで包む。念能力者同士の戦闘における、最も基本にして最も堅実な構えだった。

 

 羂索の目が、タロスの纏うオーラの膜を撫でた。

 

(いい『堅』だ。……まだ、発展途上だがね)

 

 タロスが動く。拳を顔の高さに据えたまま、摺り足で、じり、じりと間合いを詰めていく。一足飛びには来ない。堅実な、教本通りの前進。

 

 対する羂索は動かなかった。

 

 ただ、黒衣の袖口が、ぼこりと内側から盛り上がる。

 

 次の瞬間、袖の闇から黒光りする得物が吐き出された。三つの節が鎖で繋がれたそれは──三節棍・游雲。節の表面には、細かな文様が刻まれている。

 

 それを無造作に受け取ると、羂索は、床を蹴り抜いた。

 

 轟、と石材の爆ぜる音。

 

 舞い上がる瓦礫の群れへ、返す游雲が一閃──その全ては瞬時に粉へと変わり、視界を灰色に塗り潰していく。

 

 視界が、死んだ。

 

「うおっ……なんか今、背筋ちょっとゾワッとしたぞ!?って、何も見えねえじゃねえか!?」

 

 観戦側の足場で、レオリオが身を乗り出す。

 

「……煙幕を張ったのか」

 

 キルアは目を細めた。──両者の目に見えない何かの圧に、肌が粟立っている。

 

「いや、違う。手の内を見せないためだ。オレたちにも、あの囚人にもな」

 

♦︎

 

 砂塵の中。

 

 羂索は既にスマホを走らせていた。画面が淡く光り、渦を巻いて──「それ」が這い出す。

 

 濁った視界の先、タロスの目が、赤いものを捉えた。

 

 揺れる砂埃の向こうに、ぼんやりと浮かぶ、大ぶりの苺にも似た鮮やかな影。

 

(──何だ?)

 

 思考が、そちらへ流れた。

 

 ほんの、一瞬。

 

 その一瞬の死角から、黒衣が翻った。

 

 游雲の第一節が唸りを上げ、タロスの脇腹へ、深々と打ち込まれる。

 

 ──硬い。

 

 羂索の眉が、ぴくりと動いた。

 

 肉を打った感触ではない。骨の軋みもない。まるで鎧の上から岩盤を叩いたような、鈍く、分厚い抵抗。

 

(……ほう)

 

 打ち込んだ游雲を引き戻しながら、羂索は嗤う。

 

(この威力を、『堅』だけで受けたわけではないね?)

 

 打撃音が連続する。ごっ、ごっ、と鈍い音が響くたび、タロスの巨体が揺れた。

 

 口の端から、血が糸を引く。

 

 それでも──男は、止まらなかった。

 

 打たれる。揺れる。だが、退かない。一打を浴びるたび、半歩。また一打で、さらに半歩。着実に、羂索との距離を削っていく。

 

 後退しながら、羂索は見ていた。

 

 游雲が着弾する刹那。男の肌を覆う文様が、淡く明滅する。

 

 首筋の文字が、手の甲の紋が。打たれた箇所を中心に、さざ波のように光が走っては、消える。

 

 そして、この打撃の感触。

 

 鎧の上から岩盤。いや、それ以上だ。

 

(『凝』で見る限り、本人のオーラとは別に、もう一枚鎧を重ねているように見える)

 

(あの神字が光るたび、外側の鎧がわずかに薄くなる。それに比例して、游雲の打撃も少しずつ通り始めている。……そして、開始からこれだけ攻撃を浴びせてなお、本人のオーラに陰りは見えない)

 

(なるほどね)

 

 羂索の目が、すっと細まった。

 

(あの神字にオーラを貯蔵しているのか。外付け電池、といったところかな。普段の防御とオーラの補充に、その蓄えを使っているようだ)

 

(──ただ、彼自身の顕在オーラは一度も膨れていない。蓄えは限界を押し上げるものじゃない……増幅器(ブースター)ではなく、予備タンク兼追加装甲というところかな)

 

(道理で、硬いわけだ)

 

 羂索は大きく後方へ跳んだ。

 

 同時にスマホに指を走らせる。砂塵の中から赤い擬似餌が躍り、キリヒトノセガメの巨体が、追い縋るタロスの進路へ割り込んだ。

 

♦︎

 

 ──来た。

 

 タロスは、この瞬間だけを待っていた。

 

 打たれ続けたのも。血を呑んで前に出続けたのも。すべては、あの得体の知れない棍の使い手が距離を取るこの一瞬のため。

 

 奴は速い。棍の間合いも広い。まともに追えば捕まらない。

 

 だが──放たれた獣は、別だ。

 

(デカブツは、軌道が読める──!)

 

 オーラが、滑るように両の腕へ集まっていく。

 

 『凝』。

 

 それを戦闘の流れの中で淀みなく行う、熟練者の『流』。

 

 迫る亀の巨躯。振り下ろされる質量の踏み付けを──タロスは、真下から両腕をクロスして受けた。

 

 衝突。石畳に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。

 

 ……一秒、二秒。

 押し負けたのは、亀だった。

 

 巨体が大きくのけぞり、腹が晒される。

 

 タロスは組んだ腕を解き放ち、腰を沈めた。全身のオーラが右拳一点へ吸い込まれ、集約され、凝縮する。

 

 『硬』──。

 

「──ォオオオオッ!!」

 

 渾身のアッパーカット。

 

 拳が、甲羅ごと巨体を打ち抜いた。

 

 キリヒトノセガメが、宙を舞う。

 

 その巨体が巻き起こした風が、リングを覆っていた砂塵を薙ぎ払った。晴れていく視界の中、亀はゆっくりと弧を描き──リングの縁を越え、

 

 落ちた。

 

 奈落の闇が、音もなくそれを呑み込む。

 

「──お、おい、今の何だよ……!?」

 

 レオリオの掠れた声が響く。

 

 対岸の四人に見えていたのは、こうだ。

 灰色に閉ざされた視界の奥で、くぐもった轟音が鳴った。直後──砂塵が内側から弾け飛び、晴れていく視界の中を、「何か」が宙を舞って、奈落へ落ちていった。

 

「見て、石畳……あんなに割れてる。それに、さっきの音。あの人、砂埃の中でずっと何かと戦ってたんだ」

 

 ゴンの声は、確信めいていた。見えない。けれど、いた。両者の放つ圧を肌で感じたからこそ、そう言い切れる響きだった。

 

「…………」

 

 クラピカは答えられなかった。目で追える情報と、実際に起きている現象が、まるで噛み合わない。

 

(技術の差、と彼は言った。……これが、そうなのか)

 

 キルアだけが、無言のまま拳を握り込んでいた。掌に、じっとりと汗が滲んでいる。

 

 着底の音は返ってこなかった。

 

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タロス=ストーン

 

神字積皮(タトゥー・ユー)

放出系、操作系

全身にくまなく彫られたタトゥー。その正体は念能力の発動を補助する「神字」。

それにオーラを封じ、予備貯蔵庫とすることで、任意の操作で供給を受けられる外付け電池とすることができる。

さらに本人のオーラに加え、神字に蓄えたオーラを鎧のように纏うことで、防御力が飛躍的に向上する。

また神字の鎧は、あらかじめ設定された操作により、防御時には自動的に『纏』と同等の状態となるが、『堅』『硬』などの応用技術として運用することはできない。

つまり本人が『纏』『堅』などを使用することで、本人のオーラと神字の鎧による二重の防御となる。オーラ供給と防御時には神字が光る。

総じて、防御、持久戦に強い。

 

ただし、顕在オーラや潜在オーラを、その時点での限界を超えて直接引き上げることはできない。また、神字に蓄えたオーラを攻撃へ直接転用することもできない。神字はあくまで外付け電池であり、消費したオーラを補うための補充、および防御にしか使用できない。

 

神字を刻むには、神字の知識を持つ念能力者による施術が必要。さらに、全身へ刻んだ神字にオーラを蓄積するため、長い準備期間を要する。そのため、容易には再現できない。

 

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