ハンターハンター世界で死霊使いやってます   作:煤けた人

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第8話

 

 奈落は、どこまでも黒かった。

 

 舞台の縁から一瞬見た羂索(けんじゃく)が、軽く肩を落とす。

 

「あちゃー……これは回収は無理そうかなぁ。もう、リリースだね」

 

「……何をぶつぶつ言っている」

 

 タロスが血の混じった唾を吐き捨て、拳を構え直した。

 

「貴様が何をしてこようが、同じことだ。耐えて、反撃するだけだ」

 

「そうかもね。……じゃあ、攻め方を変えようかな」

 

 羂索の指が、スマホの画面を滑る。

 

────────────────────

 キリヒトノセガメを、リリースしますか?

 ▷はい

  いいえ

────────────────────

 

 迷いなく、「はい」。

 

(まあ、あの程度の死後念獣だし、ネテロのいるハンター協会ならどうとでもできるでしょ)

 

 画面が短く明滅し──奈落の底との繋がりが、ふつりと切れた。

 

 入れ替わりに、新たな影がひとつ、画面から零れ落ちる。

 

 死霊、ナマズ。

 

 ボタリ。

 

 黒い泥のようなそれは、石畳に触れた瞬間、まるで水面に沈むように吸い込まれ──消えた。

 

「ジャポンではその昔、大きな(なまず)が地面の下にいると考えられていてね。そいつが身じろぎするたび、地震が起きるんだそうだ」

 

 語りながら、羂索は思う。

 

(切り札を開示させるために、あえて亀への攻撃は見逃したけど──もう、隠し種はなさそうだね)

 

 そう言いながらスマホを操作する、その一瞬。

 

 羂索の構えが、緩んだ。

 

 隙。

 

 タロスは迷わなかった。石畳を蹴り、最短距離を一直線に詰める。

 

 その、二歩目だった。

 

 踏み込んだ足の先で──地面が、大きく傾いた。

 

「なにっ!?」

 

 踏ん張れない。落ちる──体が勝手に仰け反り、均衡が砕け、タロスは背中から石畳へ叩きつけられた。

 

 ……固い。地面は、少しも傾いてなどいない。

 

「足場が崩れたと思っただろう」

 

 羂索が、教え諭すように言った。

 

(はた)から見るとね、君が勝手にひっくり返っただけなんだけど」

 

 起き上がるタロス。だが羂索は、すでに次の操作を終えていた。

 

 重い金属音とともに、画面から「それ」が降り立つ。

 

 頭部は潰れ、顔は無い。一本きりの足。腕だけが、異様に太い。

 

 死霊、イッポンダタラ。

 

 それがずる、と足を引き摺るたび、石畳が焦げたように黒ずんでいく。

 

 羂索は手の中の游雲(ゆううん)を、軽く鳴らしてみせた。

 

「そうそう。君が打ったこの游雲、よく働いてくれているよ」

 

 潰れた頭が、僅かに揺れた。頷いたようにも、見えた。

 

 そこからは──嵐だった。

 

 正面から、游雲による変則的な連打。足元からは、断続的な揺さぶり。そして、いつの間にか背後へ回り込んでいた太い腕が、背中にがしりと組みついた。

 

 途端、体表からごっそりと何かが抜けた。

 

(オーラが……吸われて──!?)

 

「この能力の利点はね、手数の多さだ」

 

 游雲の一撃が、また脇腹を打つ。

 

「一体を攻略されようと、次の一体を放てばいい。もっとも」

 

 背中の剛腕が、ぐっと食い込んだ。

 

「攻略する間も与えず、こうして畳み掛けるのが一番いいんだけどね」

 

 視界が揺れる。足場が傾く。背中から顕在オーラが抜けていく。正面からは、重さを増した絶え間ない打撃。

 

 ──どれか一つなら、耐えられた。

 

 だが、全部が同時に来る。

 

「……君、勝つ気がないね?」

 

 打撃の合間に、袈裟の男が言った。声だけが、変わらず穏やかだった。

 

「時間を稼いでいるだろう。……そうはいかないな」

 

 図星だった。

 

(だったら、何だ)

 

 タロスは奥歯を噛み締める。

 

(そうだとしても──降参だけは、せん……!)

 

 全身の神字が、一斉に灯った。

 

 底をつきかけていた自身のオーラへ──神字に蓄えた全てを、注ぎ込む。開幕の頃の守りには遠く及ばない。それでも、防御に残る全てを賭けた。そして、これが最後の補給だった。

 

 光の鎧を纏い、タロスは正面の男へ真っ直ぐに突っ込んだ。

 もう駆け引きは要らない。何発貰おうが構わない。捕まえて、潰す。それだけだ。

 

 ──それこそが、思う壺だとも知らずに。

 

♦︎

 

 来る、と分かっていた。

 

 退路を塞がれた獣は、直進しかできなくなる。

 

 羂索は大きく後方へ跳び退きながら、スマホに指を走らせた。足元が、激しく揺らぐ。突進の勢いのままタロスの体が泳ぐ。それでも、倒れない。歯を食いしばり、耐え、踏み止まる。

 

 その、硬直の一瞬。

 

 翻った黒衣の裾から、鈍色の金属が覗いた。

 

 左腕に装着された、小型のスリンガー。

 

 そして、乾いた射出音。

 

 黒い小さな塊が緩い弧を描いて飛び──タロスの首筋で、爆ぜた。

 

(──命中)

 

「ぐ、ああぁぁっ!?」

 

 絶叫が、空洞を貫いた。

 

(喉が……眼が……肌が、灼けるっ……!!)

 

♦︎

 

「ば、爆弾かよ!? さっきから何なんだ、勝手に転んだと思ったら今度は爆発って……なんつーモン持ち込んでんだあの縫い目野郎!」

 

 対岸で、レオリオが仰け反る。

 

「……煙?風に乗ってきて、目がピリピリする」

 

 ゴンが目元を擦った。対岸まで流れてきたのは、薄い余波にすぎない。それでも、粘膜を刺激する。

 

「あの悲鳴……致命傷の声ではない。爆発そのものが目的ではなく──痛みを与えるための爆弾、という事か……?」

 

 クラピカの声が、硬い。

 

 キルアだけが、口を開かなかった。

 

(……毒だ。それも、痛めつけるためだけの。──趣味わりーな)

 

♦︎

 

 舞台の上。

 

 羂索は游雲をゆるく振るい、その風で残った粉塵を払っていた。

 

「火ぶくれ弾……とでも、呼ぼうかな」

 

 のたうつタロスを眺めながら、世間話のように続ける。

 

「昔読んだ物語に、似たようなものがあってね」

 

 その目が、すっと細まった。

 

(首筋の神字が焼けたね。……オーラを神字のタトゥーに封じ込めるなら──あの部位に蓄える事は、おそらくもうできない)

 

 タロスは、まだ立とうとしていた。

 

 だが、もう何もかもが噛み合っていなかった。

 

 灼けつく激痛。焼け落ちた神字。底をついた神字の蓄え。守るべきか、攻めるべきか。──判断が、一拍ずつ遅れる。慌てて全身へ張り直したオーラの膜は、背中の死霊に吸い上げられ、これまでのどの瞬間よりも荒く歪だった。そして、あれほど淀みなかった『流』が、乱れ、千切れる。

 

 補給のない籠城戦は、兵糧が尽きた。

 

 あとは、落城を待つだけだった。

 

 背後にしがみつき、なおも吸い続ける剛腕。正面から迫る、唸りを上げる游雲。防ぐ腕はもう上がらず、打撃だけが規則正しく続いた。鍛冶場で、鉄を打つように。

 

 やがて、タロスの巨体が膝から崩れた。

 

 うつ伏せに倒れ、指先が二度、三度、石畳を掻く。それでも、降参の言葉だけは、最後まで口にしなかった。

 

 地中から、タロスの背中から。死霊達が、音もなくスマホへと吸い込まれていく。

 

 羂索は、動かなくなった男の傍らに立っていた。

 

「惜しかったよ。君の守りは、見事だった」

 

 独り言のような声だった。

 

「でもね。亀のように閉じこもっていては、新しい地平を拝むことはできないよ」

 

 空洞に、静寂が戻った。

 

 勝敗の条件は──三分以上、まともに動けなくなること。

 

 裏を返せば、三分以内に立てば、勝負はまだ終わらない。

 

 羂索は急かさなかった。倒れた男の傍らで両手を袖の中へ仕舞い、静かに待つ。

 

 一分。

 

 タロスの指が、石畳を掴もうとして、滑った。

 

 二分。

 

 片肘がほんの少し浮く。震えながら、上体がわずかに持ち上がり──崩れた。

 

 二分半。倒れたまま、タロスの拳が、まだ握られようとしている。開いて、僅かに閉じようとして……形にならない拳を、それでも作ろうとしている。

 

 対岸の四人は、声もなくそれを見ていた。誰の目にも、勝敗はとうに明らかだった。それでも倒れた男の身体は、まだ諦めていなかった。レオリオが何かを言いかけて、やめた。

 

 三分。

 

 指先の動きが、止まった。

 微かな呼吸音だけが、石舞台に残った。

 

(……いい執念だ。この魂なら、死の先でも形を残せるかもしれないね)

 

 立ち上がり、頭上の監視カメラ──その向こうの試験官へと、ひらりと手を振る。

 

 受験者側の通路入り口上部、勝数表示が『2』に切り替わった。

 

 勝者、スグル=ゲトウ。

 

 タロス=ストーン、戦闘不能。

 

 

 

────────────────────

 

【ナマズ】

擬似震源(アースクエイク)

地中に潜航。敵の真下に到達後、その足元のオーラを振動させ、敵の平衡感覚を狂わせる。

その結果「地面が傾いている」と錯覚させる。敵は体勢を崩して、転倒する。

 

 

【イッポンダタラ】

頭部の潰れた、一本の足を持つ死霊。元鍛冶屋で、念具の作成も可能。

装甲融解(メルトダウン)

接触した相手の顕在オーラ(体外に出ているオーラ)を吸い上げる。

 

【火ぶくれ弾】

小型の爆弾。中身には魔獣の猛毒が仕込まれており、飛び散った毒素が肌を焼け爛れさせ、火の粉を浴びたかのような灼熱痛をもたらす。毒素は体内に数日間残留し、激しい疼痛と倦怠感を引き起こす。爆発の威力よりも毒素によるダメージの蓄積に重きを置いたもの。

連射できず再装填までに僅かに時間が必要。

左腕のスリンガーから放たれる。

弾速は銃弾より遅く、念能力熟練者に対して当てるには工夫が必要。

余波の粉塵を浴びるだけでも効果がある。

元ネタはデルトラクエスト。

 

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