私には弟のような男の子の知り合いがいる。
その子は私の通っている道場の先生のお孫さんだそうだ。
始めは特に気にしていなかったが、ふと彼を見るとなんだか元気がないように思えた。
彼の事を先生に聞いてみると、先日ご両親を亡くして落ち込んでいるとの事だった。
何も考えず、言われた事をただ熟しているだけの彼を見ていられなくて、私は彼に話しかけるようになった。
最初はあまり反応が無かったが、話しかけたり、強引に遊びに連れ出したりしている内に、どんどん元気を取り戻して行った。
そうして世話を焼いている内に私は彼にお姉ちゃんと呼ばれるようになった。
私が道場に来るといつも近くにいて後をついてくる。
なんだか本当の弟のように思えてきてより一層可愛がるようになった。
一年も経てばそこは男の子、武術の腕も私よりも上達しその辺の大人よりもキレのある動きをするようになっていた。
やはり先生のお孫さん、才能だろう。
少し悔しかったが、それよりも誇らしかった。
そしていつの間にか彼の繰り出す技の一つ一つに見惚れるようになっていった。
繊細であり尚且つ力強い。
そんな彼の動きに見惚れ、そしてこの時初めて弟と思っていた彼を『男の子』として意識してしまった。
それからは彼に悟られない様にいつも通りに振る舞って行った。
いつまでも一緒にいたかった。
でもそれは無理だった。
私は沙耶宮家の一人娘であり、媛巫女でもある。
いつかはここを離れ沙耶宮家の長女として、そして媛巫女としてその職務を全うするため修業をしなくてはならない。
彼と離れなくてはならないと思うと涙が出て来て1人で泣く事もあった。
そんなある日1人で泣いている所をお爺様に見られてしまって理由を聞かれたことがある。
私は堪えきれずにお爺様にすべて話してしまっていた。
怒られると思った。
しかしお爺さまは優しく笑って、
「彼の事が好きか?」
と聞いてきた。
私は離れたくないと答えた。
そしたらお爺様は、
「わしに任せておけ。」
と言って私の頭を優しく撫でてくれた。
この事がどういう事だったのか知ったのは、修業から帰ってきてしばらくしてからだった。
何年か経ち、等々道場をやめ本格的に媛巫女としての修業に入ることになった。
彼に道場をやめる事を告げると彼は涙を堪えながら、
「馨お姉ちゃん、僕強くなるよ。
馨お姉ちゃんを守れるようになる位、強く。」
何て言ってくれた。
思わず きゅん と来てしまった。
もうここに来ることはないだろう。
媛巫女としての修業が終わればすぐに沙耶宮家として学ばなければならない事が沢山ある。
ここの通っている暇はない。
彼が私の事を覚えていてくれたらいいな・・・。
私は彼の事をずっと忘れないだろう・・・。
彼との別れから数年、私は正式な媛巫女となり正史編纂委員会東京分室室長という肩書を得た。
その間も彼の事を忘れる事はなかった。
まあ、女子高に通っていたこともあって、そう言った出会いが無かったのもあるが・・・。
代わりに女の子からデートの誘いを受ける事が増えた。
自分で言うのもなんだが、中性的な容姿をしているからな・・・・。
男のように対応していたら癖になってしまった。
僕が高校3年になって、時間が出来たので久しぶりに彼に会いに行こうとした時があった。
そんな時に限って厄介ごとが舞い込んできた・・・それも特大の。
この日本に初めての神殺しが生まれたのだ。
その人物は普通の一般家系の出の草薙護堂という少年。
彼の出現にあたってその事の対応に追われすぐに忙しくなった。
彼自身はとても好印象を与える人柄だが、その戦闘による被害は相当な物だった。
よってこの一年は彼に振り回される忙しい年になった。
エスカレーター式とはいえ大学進学も決まり、『最後の王』との戦いもひと段落ついた頃、先生が亡くなったという話を聞いた。
葬式もすべて終わって後に話を聞いたため彼に何もしてあげることが出来なかった。
それにもう何年も前の事だ。
彼も僕の事を忘れているに違いない・・・。
せめてもと思い何かあれば力になると言う手紙は出しておいた。
大学入学も近づいてきた頃、イタリアでまつろわぬ神が顕現されその神を封印したと言う報告が入った。
何やら胡散臭い話だった。
案の定、封印式は見せかけで何も封印されてなかったみたいだ。
そしてその封印を行ったとされるイタリアの結社<赤銅黒十字>の騎士エリカ・ブランデッリが草薙護堂の学校に留学してきたと言う報告まで上がった来た。
何やら面倒なことになってきた。
そしてエリカ・ブランデッリの留学してきた理由は彼と婚約関係を結んだから少しでも一緒にいたいとの事・・・。
その彼が僕の思い人でもありそして・・・・。
そのエリカさんだが、日本では彼の家に一緒に住んだいるらしい。
何と羨ましい事だ。
そして日本の呪術界について日夜調べているらしい。
せっかく日本に来たのだ、情報収集に余念がないのだろう。
5月に差し掛かろうとしていた頃、僕のところに一本の連絡が入った。
彼からだった。
その時所要で僕自身が出られなかったが、何でも相談したいことがあるらしい。
せっかく彼に会えるチャンスが巡って来たのだ。
何とかスケジュールを調整し、彼と会う時間を作った。
そして今日・・・。
指定されたカフェが見えている。
店内にはもう彼の姿がある。
見間違えるはずもない。
成長しているが間違いなく彼だ。
背も伸びてかっこよくなっているな。
店の前にたどり着き、意を決して中に入る。
中に入ると僕に気付いた彼が立ち上がり近寄ってくる。
「お久しぶりです、馨お姉ちゃん。」
そう言いながら手を差し出してくる。
本当は抱きしめたかったが、
「僕の事をまだお姉ちゃんと呼んでくれるんだね。
本当に久しぶりだ、昴君。」
そう言って久しぶりに会った僕の想い人『神藤 昴』の手を握り返した。