イギリスでのグリニッジ賢人議会との会談は簡単に終了した。
始めは警戒の色が強かった人達も、アリスさんの説得のおかげで僕達の考えを飲んでくれた。
何やら脅していたような気もするが、この際気にしない。
今後の僕の活動で本当の信頼を掴もう。
そして今、僕達はアリスさんの誘いである所に向かっている。
「本当に大丈夫なんですか?
お忙しい方だと聞きますし、お邪魔したら迷惑なんじゃ・・・。」
「心配しなくても大丈夫ですわ、昴様。
昨日の内に昴様を連れていく事は伝えてありますし、それなりの準備をしているはずです。」
「覚悟を決めなさい、昴。
それにいい機会じゃない、あのお方は神に関する知識が豊富な方よ。
確かに気難しい方ではあるけれど、仲良くなれば力強い味方になるわ。」
「それにご両親の事でお礼を言いたかったんだろう、だったら尚更行かないと。」
僕達は今コーンウォールへと向かっている。
そこに居るイギリスの神殺しアレクサンドル・ガスコインその人に会う為だ。
コーンウォールにはアレクサンドル様が立ち上げた結社『王立工廠』がある。
美術館を結社の本拠地にしていて、そこには多くの神にまつわる品物が展示されている。
その中の多くは無断で拝借した物だ。
『拝借書』は有名で、欲しい物がある時はこれを置いて勝手に持ち出し、必要があれば自分の管理下に置いている。
以前から両親の最後を聞きたいと思っていたけど、こんなに早く会う事になるなんて・・・心の準備が・・・。
そうこうしている内に到着した。
結構立派な美術館だ。
が・・・人がいない。
その事を不思議に思っていると、
「あの人は部下にカンピオーネの襲来に備えろ、迎え撃てなんて指示は出さず、速やかに撤退と指示しているはずです。」
「そ、それじゃあ、僕が来たから今日は誰もいないって事ですか?」
「その通りです、何と言っても昴様は今噂のヴォバン侯爵の再来ですから。」
とてもいい笑顔でアリスさんが教えてくれた。
・・・そうでした、今の僕は魔王の再来でした。
という事はアレクサンドル様も僕の事を警戒しているって事かな。
悩んでいると、皆がもう美術館の中に入ろうとしていた。
「何をしているの昴、早く来なさい。」
「あっ、待ってください。」
急いで追いかける。
中に入るとそこは荘厳な雰囲気のある場所だった。
いくつものショーケースが置かれ、多くの展示物が並べられている。
そして殆どの物が神にまつわる物だと、僕の勘が言っている。
実際神気を微量ながら発している物もあった。
周囲を見回していると不機嫌そうな声が掛けられた。
「わざわざ貴様の話に乗ってやったんだ、とっとと要件を済ませて帰れ。」
「あらあら、そんな事だから女心がわかっていないと言われるんですのよ。
客人を持て成す位やったら如何なのですか?」
「ふんっ、俺はお前たちを招待した覚えはない。
お前達が勝手に来たんだろうが。」
現れたのは黒髪黒目、黒のジャケットを着こなしている白皙の美男子だった。
眉に皺が寄って機嫌が悪い事を隠そうともしていない。
そしてさすがは歴戦の神殺し、僕達が入って来てから一度も警戒を解いていない。
「・・・それで例の新たな神殺しが俺に何の用だ。」
今までアリスさんに向けていた鋭い視線を僕に向ける。
今にも襲い掛かって来るのではないかと錯覚するほどの殺気と共に。
それに怯まず真っ直ぐに見返す。
そんな僕を見て感心したように笑みを浮かべる。
「若いとはいえさすがは神殺しだな、この程度の殺気では大した権勢にもならんか。」
そう言って殺気を収めてくれる。
隣にいたエリカさんと馨さんは顔に冷や汗を浮かべていた。
・・・アリスさんはケロッとしていたけど。
「・・・それで何の用だ。」
再び問われたので今度はちゃんと答える。
「御初に御目に掛かります。
この度新たに神殺しとなりました、神藤 昴と申します。
先達に当たるアレクサンドル様にご挨拶に伺いました。」
「挨拶だと??
俺にも勝負を挑みに来たという訳か・・・生憎俺は忙しい、他を当たれ。」
これで話は終わりだと言わんばかりに切り捨て、奥に引き帰そうとするアレクサンドル様。
慌てて引き止める。
「えっ、い、いや、ちょっと、ま、待ってください、僕は別に戦いに来たわけじゃないです!!」
「ヴォバンの再来と言われているお前が何を言っている。」
僕の言葉を聞いちゃくれない。
何とかしなくてはと次の言葉を発する前にアリスさんが助け舟を出してくれた。
「だから少し待ちなさい、アレクサンドル。
あなたともあろう御方が噂話を真に受けて、真実から目を背けるのですか?」
「・・・どう言う事だ。」
さすがは古くから付き合いのあるアリス様。
さらに不機嫌さは増したがこちらに耳を貸してくれた。
そんなアレクサンドル様を楽しそうに見ながら何も話さないアリスさん。
「・・・いいだろう、お前の言う真実とやらを見極めてやる。
神藤 昴、ただ挨拶に来たという訳じゃあるまい、早く本題に入れ。」
「は、はい。
・・・アレクサンドル様は十年前倒したまつろわぬ神について覚えておられますか。」
「・・・いったい何の話だ・・・・・まぁ、いいだろう。
十年前だったな・・・あぁ、イタリアから頼まれた奴か・・・それがどうした。」
「その時その場にいた二人の日本人は覚えておられますか。」
「あぁ、俺が着くまで戦っていたあの二人か・・・それがお前に何の関係がある。」
突然の話題に訝しげなアレクサンドル様。
「・・・私の両親です。」
僕の言葉に眉間の皺がさらに深くなる。
でもその表情に不機嫌さはない。
「この度はアレクサンドル様にお礼を言いに来ました。」
「・・・礼だと?」
「はい。
・・・両親の遺体を保護してくださり・・ありがとうございました。」
「そんな事を言う為に俺に会いに来たのか、お前は。」
「・・お時間を取らせて申し訳ありませんでした。」
伝えたい事は言えた。
これ以上は迷惑になる。
それでなくとも突然押しかけたのだ、紹介してくれたアリスさんには申し訳ないが、用件が済んだのだから早い内に御暇した方がいいだろう。
そう判断して振り返る。
そこには優しい笑みを浮かべたエリカさんと馨さん、今でも楽しそうな笑顔のアリスさんがいた。
「もういいの?」
「はい・・・これ以上ここに居ても迷惑でしょうから。」
「わかったわ。」
エリカさんを先頭に後にしようとした所に声が掛かった。
「・・・・・待て。」
その声を聞いた瞬間アリスさんの笑みが深くなった。
笑っている筈なのにどこか怖かった。
・・・何か面白いネタを手に入れたかのように。
それは置いて僕達は立ち止まる。
「・・・・・そろそろ昼だな。」
突然どうしたんだろう。
不思議に思って振り返ると、こちらに背を向けていて、その表情はわからない。
そこにアリスさんが声を掛ける。
「どうかされましたかアレクサンドル。
私達は邪魔にならないように帰ろうとしていたのですが。」
それを聞いた瞬間体中から不機嫌オーラが溢れる。
多分からかわれているのが分かったんだろうな。
「ちっ!!
・・・この辺りはお前が来たから誰もいない、全員避難させた。
もちろんここにも誰もいない。
しかし俺は腹が減ったからな・・・自分で作る。」
「はぁ・・・。」
いったい何が言いたいのだろう。
確かにもうお昼の時間だし、お腹も減っている。
この街に誰もいない事は分かっているからどうしようかとエリカさん達と相談しようと思っていた所だ。
どう反応していいのか悩んでいると、またしてもアリスさんが楽しさを隠す事なく話す。
「あらあら、もしかしてアレクサンドルが私達の食事でも用意してくれるのですか。」
「えっ!!」
「・・・・・ちっ!!」
そう言われた瞬間アレクサンドル様は部屋の奥へと去って行った。
見送るしかできなかった僕達にアリスさんが促す。
「さあ、行きましょう、アレクサンドルが食事に招待してくれるそうですよ。」
「えっ・・い、いや・・けど・・・。」
「彼は色々と捻くれていますから、あんな言い方でも私達を誘ってくれていたのですよ。」
そう言って自ら先頭に立ち進んでいく。
帰る訳にもいかず僕達も付いて行く。
アリスさんは迷う事無く進んで行くから、恐らく何度も訪れた事があるのだろう。
すると次第にいい香りが漂い出した。
アリスさんがノックもせずに一つの部屋に入ると、そこには一人黙々と食事をしているアレクサンドル様がいた。
そしてそのテーブルにはあと四人分の食事が用意されていた。
「恐らく私達が来る前から用意してあったのだと思います。
言ったでしょう捻くれ者だと。」
アリスさんはそう言うととっとと席についてしまった。
置いて行かれた僕達。
ため息をつきながらエリカさんが前に進み出る。
「私達もいただきましょう。
せっかく用意してくださったのだから、食べないと失礼よ。」
「それもそうだね、頂こうか。」
「わ、わかりました。」
そうして僕達も席に着く。
テーブルに並べられていた料理は和食だ。
白いご飯に味噌汁、魚の干物に豆腐、漬物まである、完全に日本の朝食だ。
そしてそれがたまらなく嬉しかった。
イタリアに来てから今まで和食とは縁が無かったから。
「いただきます。」
手を合わせて挨拶をすると、こちらの様子を気にしていたアレクサンドル様が、
「・・・・・ふんっ!!」
と恥ずかしそう?に返事?をしてくれた。
こちらを見ていた訳じゃ無いけど、こっちを気にしているのが丸わかりだった。
そして食事に手を付ける。
まずはご飯から。
炊き立ての香りが食欲を刺激する。
噛めば噛む程甘味の増すのがたまらない。
次に魚。
いい焼き加減で、ふっくらとしている。
身をほぐすと中から湯気が立ち上り中までちゃんと火が通っているのがわかる。
味も絶品だ。
豆腐は自家製だろうか。
少々不恰好だがまたそれがいい味を出している。
味も文句の付け所がない。
漬物も塩梅が完璧でとてもおいしい。
最後に味噌汁をすする。
心に沁み渡る様な優しい味だ。
両親やおじいちゃんの事を思い出した。
とても堪能した。
あっという間に食べ終えてしまった。
おかわりが欲しい位だ・・・そんな事言わないけど・・・。
そしてふと顔を上げると全員が僕を見ていた。
エリカさん達は微笑ましそうに。
アリスさんは楽しそうに。
アレクサンドル様は少し驚き交じりに・・・すぐに不機嫌そうな顔に戻ったけど・・・。
見られていたのが恥ずかしくて顔を俯かせたのは仕方ないと思う。
先に食べ始めていたアレクサンドル様とあっという間に食べ終えた僕。
他の皆さんは未だ食事中。
普段なら話すエリカさん達も沈黙・・・カンピオーネの前だからだろう。
アリスさんは意図的だ。
多分この状況を楽しんでいる。
アレクサンドル様は指を叩きながらイライラしているご様子。
「あ、あの、ここに展示してある物拝見してもいいですか?」
「・・・貴重な物が多い、触れるなよ。
いや・・・壊されたら堪ったものじゃないから、俺も行こう。」
思い付きを提案したらうまくいった。
これで少しはこの雰囲気を脱する事が出来るはず。
立ち上がり歩き出すアレクサンドル様。
「私達も食べ終わったらすぐに行くわ。」
エリカさんの声を背にアレクサンドル様に付いて行く。
連れられて来たのは一般公開されている所。
「どうせお前も神話について学んでいないのだろう、ならここで十分だ。」
そう言って設置してある椅子に座り、腕と足を組んで黙り込んでしまった。
ここなら広いしそこまで苦しい空気になる事はないだろう。
それに神殺しになってから神話の勉強をするようになった。
ここにあるのは一般公開されているだけあって、誰でも知っているようなビックネームの物ばかりだ。
その為ここにある物のほとんどを理解する事が出来た。
・・・始めたばかりでまだエリカさん達には敵わないけどね。
ギリシア神話に北欧神話とヨーロッパの物が多い。
それにこれらすべてが本物だとわかる。
今まで見てきた美術品と違い、少なからず神の力を感じられるからだ。
・・・だからこそこうして収集して管理しているんだろうな。
一つ一つ見ている時に気になる物を発見した。
他の展示物と違いはっきりとした力を放っている。
それは北欧神話に出てくる毒蛇ヨルムンガンドについて記された石版だった。
気になってじっと見ていたら突然後ろから声を掛けられた。
「・・・・・それがどうかしたか。」
「うわっ!!」
「・・・・・・・・・・。」
驚いて変な声を上げたら冷めた目で睨まれた。
「す、すみません。」
「・・・・・それで。」
「あ、ああ、はい、この石版なんですけど・・・。」
先程の石板を指さす。
訝しげにそれを見つめているアレクサンドル様。
もしかして気付いていないのかな?
「・・・これがどうしたと言うのだ。」
「い、いや、これだけ他の物と違って神の力が強かったので・・・。」
「何だと!!」
気付いた事を伝えると僕を押しのけて石板に齧り付く。
じっと石板を観察しているアレクサンドル様。
「・・・・確かに力を感じる。
いや・・・今まさに強くなっていっているな。」
小さく呟きが聞こえてくる。
突然振り向いて僕を睨みつけて来た。
「なぜ気づいた。」
「えっ??」
「どうしてこれに気付いたのかと聞いている!!」
「は、はい!!
・・・えっ??
神殺しの方なら全員気付くような事ではないのですか?」
「それはない。
個人の力量にもよるが、神殺しのそのほとんどが己に関係する事にのみその力を発揮する。
だから聞いているのだ、何故気付いた。」
「それでしたら、僕の持っている権能が関係しているのではないかと・・・。」
「・・・権能か・・・・・どういった力だ。」
「この間日本に現れたウプウアウトから簒奪した探知の権能です。」
そう伝えたらまた考え込んでしまったアレクサンドル様。
暫くすると何やら決意したのか顔付きが変わっていた。
懐から鍵を取り出すと石板の入っているショーケースを開け取り出す。
そして・・・。
「・・・行くぞ。」
「へっ??」
僕の襟首を掴みそのまま引き摺る様に歩き出した。
「い、いや、ちょっと、待ってください、行くっていったい何処へ。」
「着いたらわかる。
今は話している時間が惜しい。」
・・・問答無用みたいだ・・・これはとてもじゃ無いけど逆らえないな。
知的に見えてこういう処だけカンピオーネなんだなぁ。
「せ、せめてエリカさん達に・・・。」
「ダメだ。」
そして僕は何処かわからない所へ連れて行かれるのだった。
Side エリカ
久しぶりの和食を堪能して昴の所に向かったが・・・。
「何処に行ったのかしら?」
「こっちにもいなかったよ。」
昴とアレクサンドル様の二人がどこにも見当たらない。
あの短い間に何処に行ったというのだ。
「2人ともこっちに来て。」
馨さんと悩んでいると、アリス様から声が掛かった。
声のした方へ行くとアリス様が開きっぱなしのショーケースを見つめていた。
「アリス様、どうかされましたか?」
「いえね・・・ここだけショーケースが開いていて・・・しかも少しだけど神気を感じるの。」
真剣な表情で何かがあった場所を見ているアリス様。
ショーケースの表示には『ヨルムンガンドの石板』と書かれていた。
「・・・!!もしかして・・・。」
「何かわかりましたか?」
「・・・恐らくなのだけれど・・・突然ここにあった物が力を帯びて来たからそれをアレクサンドルが調べに行ったのではないかしら。」
「・・・あり得ますね。
それに神器に気付いたのは昴君だろうね。」
「という事はつまり・・・神気に気付いた昴を何かの役に立つかと思ってアレクサンドル様が一緒に連れて行った・・・って所かしら?」
「・・・私も同じ考えです。」
思わずため息をついてしまう。
まさかこんな事になるとは・・・。
「・・・追いかけるにしても何か手がかりが無いと。」
「ここにはヨルムンガンドの石板と書かれているわね。」
「確かこれはスウェーデンの結社が保管している物をくすねて来た物だったと思います。」
「・・・・・それじゃあ追いかけましょうか。」
私は叔父様に連絡を入れ昴の行方を追うべく一路スウェーデンへ向かう事となった。