Side 昴
「皆さんしっかりして下さい!!」
神の神気の当てられて呆然としている彼らに声を掛ける。
彼らの様子から見てこの様な出来事に巻き込まれるのは初めてだろう。
ヨルダンさんですら僕が声を掛けるまで心ここに在らずの状態だった。
「ジークルーネさん、電話を貸して下さい。」
「は、はい。」
先程渡しかけていた電話を受け取った。
急いで操作して電話を掛ける。
・・・・・・・・・・繋がらない。
電話が繋がらず困惑していると、僕の様子を見て他の人達も自分の電話を確認してくれた。
・・・そして誰一人として繋がる事は無かった。
「確かこの辺りに電話の通信所があったはずです。
もしかすると先程の落雷で止まってしまったのかもしれません。」
この状況を判断したヨルダンさんの言葉。
確かに先程ほどではないが今も断続的に雷が鳴っている。
可能性としてはあり得る話だ。
でも・・・それならどうする。
まだ確認はしていないが、この体の高まりからまつろわぬ神が出現したのは確実だろう。
今も神の神気がこの辺り一帯を覆っている。
雷とは別に大きな音・・・恐らく足音も聞こえている。
この雷とヨルムンガンド・・・顕現した神の予想はつく。
今ここに対処できるのは二人。
その一人は現在神獣の対処をしている。
連絡がつかない以上、エリカさん達の助けは望めない。
今日会ったばかりの彼らにいきなり神との戦いに巻き込む訳にはいかない。
・・・腹を括ろう。
「ヨルダンさん・・・この辺りの封鎖は完了していますよね?」
「は、はい、我々以外は全員避難させました。」
「・・・でしたらあなた達も早く避難を。」
「し、神藤様は・・・。」
「僕は現れたまつろわぬ神の所に向かいます。」
そう言って海の方へ足を向ける。
「それでしたら我々も一緒に・・・。」
「ご心配なく。
これでも僕は神殺しの一人です。
大丈夫ですよ。」
彼の提案は断った。
他の人達は未だに体の震えが止まらず、ヨルダンさんも顔色が悪い。
提案自体は有り難いが、正直あの様子では何もできないだろう。
「ここから避難したら如何にかしてこの事を赤銅黒十字に伝えて下さい。
僕の電話を預けておきます。
ここに赤銅黒十字の総帥の直通番号が入っていますから。」
電話をヨルダンさんに預け僕は走り出す。
まだ見ぬ神の下へ・・・。
海辺に辿り着くとそこには燃えるような目と赤髪と赤髭を持つ大男の姿があった。
荘厳さと力強さ、そして圧倒的存在感。
その全てが今まで見た生物を凌駕している。
大男は悠然とした足取りで歩き続ける。
向かっている先は先程まで僕がいた崖。
・・・恐らくヨルムンガンドの所だろう。
だが今はアレク様の権能で閉じ込めている。
今まで目覚めたはずのヨルムンガンドが現れていないのはそう言う事だろう。
・・・だったら僕のやる事はただ一つ。
僕は大男に向かって全力で走る。
彼を見た瞬間から全身に力が漲っている。
彼が僕に気付いた様子はない。
恐らくただの人間だと思っているのだろう。
神様は基本的にただの人には見向きもしない。
今もただ真っ直ぐに崖を目掛けて歩いている。
相手より先に崖近くの海岸に辿り着いた。
アレク様の力は崖の下から感じられる。
恐らくあの穴の中は地下に続いていたのだろう。
あの地下をすっぽり覆っている感じだ。
まずは僕に気付かせる為に普段抑えている氣を開放する。
その氣に気付いたのか彼は足を止めてこちらを見た。
「貴様・・・神殺しだな。」
「・・・その通りです。
私は今代の神殺しの一人、神藤 昴と申します。
もし宜しければ貴方様の御名をお聞きしても宜しいでしょうか。」
僕の問い掛けに彼は答えた。
その手に巨大な槌を持ち高らかに・・・。
「問われれば答えねばなるまい!!
我が名はアース神族の一員にして最強の戦神トールである!!」
雄叫びと共に槌を振り上げる。
すると彼・・・戦神トールに稲妻が迸る。
それはただの稲妻ではない。
凄まじい神の力を宿し、普通の稲妻の数倍の威力はある筈だ。
それを自ら浴びたトールだが特にどうといった様子はない。
雷の神にして北欧神話最強の戦神・・・。
僕はその事を意識しながらもトールに問い掛ける。
「御身はいったいどの様な事をお望みなのでしょうか。」
「私はこの先に居る筈の蛇に用がある。
神殺し・・・確か神藤 昴といったな、邪魔立てしてくれるなよ。」
くそっ!!
やはりそうか・・・。
豪胆あるいは乱暴な性格といわれるトール。
ここで引き下がってはくれないだろう。
「申し訳ありませんが・・・それは出来ません。」
「何っ?」
一瞬にしてトールから発せられた言葉に苛立ちが篭ったのが分かった。
激しやすいと言われるのも納得してしまった。
「二度は言わぬぞ。
邪魔をするなっ!!」
トールはそう言うと手に持つ槌を振り下ろした。
そして先程の稲妻が僕の目の前に落ちた。
爆音と共に凄まじい爆風に曝されるが何とか踏ん張って耐える。
「その蛇・・・毒蛇ヨルムンガンドを外へ出す訳にはいきません!!」
「邪魔をするなと言ったはずだっ!!
私はあの蛇を殺しに行くのだっ!!」
僕の言葉が一つも耳に入っていない。
・・・やはり言葉での説得は無理だったか。
トールは今にも襲い掛かってきそうだ。
「・・・でしたら仕方ありません。
僕が御身を止めさせて頂きます!!」
「ふんっ!!
分かり易くて結構じゃ・・・叩き潰してくれるっ!!」
僕は拳を構え、トールは手に持つ槌『ミョルニル』を振り被る。
ここに北欧神話最強の神と神殺し神藤 昴との戦いが始まった。
Side パオロ
昴君がプリンセスに連れられてイギリスに出かけて数時間。
私はいつもの様に職務を熟している。
そんな時ふと思った。
今日はいつもより結社の騎士達の士気が低く思えると・・・。
彼が指導をする様になってからというもの、いつも以上にやる気にあふれていたのだからそう思えても仕方のないのかもしれない。
我々赤銅黒十字はメンバーの中でも最近まで昴君の事を『ヴォバン侯爵の再来』という噂を信じ恐れていた者も少なくない。
それも勇気ある若い騎士見習い達のおかげで払拭された。
彼の雰囲気は普段から噂とは全くの正反対。
思い切って話してみたくなるのは当然だろう。
・・・世界中の魔術師は未だあの根も葉もない噂で『魔王 神藤 昴』に恐怖しているだろうが。
昴君が指導してくれた数週間の間に結社全体の力が底上げされた。
これはカンピオーネとしての力ではない。
彼自身が幼い事より培って来た物だ。
前神道流当主にして昴君の祖父『神藤 統一郎』。
彼の指導を一番身近で感じ、その教えを受けて来た。
統一郎殿は優れた指導者だったと聞く。
そんな彼から受け取った物はとても多い事だろう。
彼が亡くなってからは、昴君が当主として指導を行っていたと聞いた。
その力がここでも発揮された。
とても喜ばしい事だった。
世界でも・・・いや日本でもあまり有名ではない『神道流』だが・・・魔術師・騎士にとっては多くの大切な事を学べる流派だ。
魔力の使い方、体の動かし方、剣の振り方・・・数えたら切がない。
そう言う私も彼の両親から教えてもらった。
今の私があるのは彼らのおかげといってもいい位だ。
彼の指導を最初から受けていた中の一人に、見習い騎士から正式な騎士に昇格させてもいい実力の者も出て来ている。
後は現地にて実践経験を積めばすぐに上げようと考えている。
その様な事を考えながら仕事を進めていると電話が鳴り響いた。
電話に表示されているのはエリカの名前。
「もしもし、私だ。」
『エリカです、叔父様。
少々緊急の連絡があり電話いたしました。』
予想通りエリカからだった。
しかしその声から少し疲れが見えるな。
「何かあったのか?」
『昴がアレクサンドル様と共に失踪しました。
・・・こちらから連絡がつきません。』
エリカの言葉に思わず動きを止めてしまった。
・・・どうしてそんな事になったのだ。
『恐らくアレクサンドル様が昴を強引に連れだしたものと思われます。』
「・・・この際理由は気にしない。
それに彼の事だ・・・大丈夫だろう。
・・・行先に心当たりは?」
『プリンセス・アリスがスウェーデンに行っただろうと・・・。』
「スウェーデン?
・・・少し待て。」
そう言って一旦電話を離す。
確か先程確認していた書類に・・・・・あった。
「エリカ、行先はスウェーデン北東だ。」
『北東ですか?』
「こちらでは詳しくは分からないが、ここ数日で急に強い魔力を感知した地があると報告が上がっている。」
『・・・・・こちらもプリンセス・アリスが同じような報告を貰っているそうです。
私達はこれから昴を追いスウェーデンに向かおうとを思います。』
「・・・わかった。
・・・カンピオーネが二人も揃っているんだ。
恐らく何らかの騒動が起こるのは確かだ。
準備を怠るなよ。」
『わかっていますわ、叔父様。
それではこれで失礼いたします。』
エリカとの電話はそれを最後に切れた。
確実に起こるであろう騒動を思い私は深く息を吐いた。
エリカの電話から数時間後、再び電話がかかって来た。
登録者の名前は神藤 昴。
急いで電話に出る。
「もしもし、昴君かい?」
しかし電話から聞こえたのは聞いた事の無い男の声だった。
『そちらは結社赤銅黒十字の総帥パオロ・ブランデッリ様でよろしいでしょうか。』
「誰だっ!!」
『申し遅れました。
私スウェーデンで小さな結社のリーダーを務めております、ヨルダンと申します。
この度緊急時の為パオロ様に報告の指示を受け、神藤様の電話をお借りしいたしました。』
「彼はどうしている!!」
『い、今報告いたします。』
ヨルダンと名乗った彼は声を震わせながら今の状況を報告してくれた。
・・・少し怒鳴りすぎただろうか?
「・・・よく分かった。
報告ありがとう。
それで、昴様は今まつろわぬ神と戦っていると・・・?」
『・・・はい。
私達が避難している間にも凄まじい爆音が鳴り響いておりましたので・・・。』
「・・・そうか。」
報告された内容は大方予想通りの事だった。
さすがに2人もカンピオーネが揃えば、こんな事にもなるか・・・。
「・・・すでに我々の結社の者がそちらに向かっている。
君達の結社に向かっているはずだから彼女達の指示を受けなさい。」
『・・・わかりました。』
普通なら他の結社に指示を出す様な事はしないのだが、今は緊急事態だ。
彼も声が震えていたが初めて見たまつろわぬ神に対する恐怖が抜けきっていないのだろう。
それに我々はカンピオーネの庇護下に入っている結社だ。
彼もそれを十分に理解しているのだろう。
全ての報告を終え彼は電話を切った。
・・・深いため息を吐く。
ここに来てまつろわぬ神との遭遇。
彼も大変な星の下に生まれたのだろう。
・・・神殺しを成し得た時点で何を言っても遅いだろうが。
私は気を取り直して今の事をエリカに伝えるべく再び電話を取る。
今まさに激戦を繰り広げているであろう昴君の無事を祈りながら・・・。