ようこそ『喫茶キヴォトス』へ   作:ホットミルクしか勝たん

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ブルーアーカイブにハマりました!


episode.1
01 早瀬ユウカの悩み事


 キヴォトスD.U.の外郭地区、近代的な高層ビルが所狭しと林立する市街地の一角。最近、連邦生徒会が新設したという連邦捜査部S.C.H.A.L.E──通称シャーレの拠点から徒歩で約五分ほど。

 

 周囲の街並みに溶け込むような外観が施されたその建物は、今日も今日とて心に葛藤を抱く者達の来店をただ静かに待ち侘びていた。

 

『喫茶キヴォトス』の経営理念は、学園都市に暮らす生徒達に居場所と安息を提供すること。

 

 窮屈で不合理な現代を強かに生き抜く生徒達がどうか、肩の荷を下ろして心を落ち着かせられるように。

 

『喫茶キヴォトス』の営業は、今や彼女達を導く立場にない“俺“を肯定するための唯一の手段で……あとから思えば、選択をあやまり続けた大人の心に残ってしまった情けない──未練だったのだろう。

 

 

 

***

 

 

 

『喫茶キヴォトス』は、店長である“私“のこだわりを究極まで追求した芸術のアトリエである。

 

 学園都市に暮らす生徒達に居場所と安息を提供するというコンセプトのもと、『喫茶キヴォトス』はメニューの一つから内装の細部に至るまで徹底的なこだわりが施されている。

 

 自然の温かみを取り入れた木目調のインテリアに、柔らかで居心地の良い空間を演出する間接照明。ふとした瞬間に見上げた奥行きのある天井の隅々まで、妥協は一切許さない。

 

 学園都市に暮らす生徒達をメインターゲットに定める以上、SNS映えする空間作りは欠かせないのだ。

 

 しかし、一喫茶店の店主としてはやはり厳選に厳選を重ねた焙煎豆達と、この黄金比を体現した白磁のコーヒーカップを──。

 

「……ながい、説明が長すぎます店長」

 

 ピークタイムを迎えた平日の時間帯。

 

 優雅なBGMを背景に饒舌となった私のこだわりを長々と説かれ、カウンター席に腰掛ける女子生徒が頭を抱えてため息をこぼした。

 

「え、長いですか……でも早瀬さん、私としてはやはりSNS映えよりもこのコーヒーカップが──」

「はぁ……店長が淹れるコーヒーの味を最大限に引き出す知識の結晶、なんですよね」

「その通りです。さすが早瀬さん、わずか二ヶ月で私のコーヒー美学を理解して下さるとは……っ」

「何回聞かされたと思ってるんですか……」

 

 キヴォトスにおける三大学園が一つ。歴史が浅く新興の学園であるものの、最先端の科学技術を特色とするミレニアムサイエンススクールの洗練された制服を着こなした女子生徒──早瀬ユウカは、もううんざりだと言わんばかりに頭を抱える。

 

「あはは……すみません。早瀬さんがあまりにも聞き上手な方でしたので、つい興が乗ってしまいまして」

「き、聞き上手って……お世辞はいいですから」

 

 早瀬さんはカウンターに立つ私から視線を逸らすように手元のメニュー表へと意識を向けた。

 

「それよりも注文です、注文! 店長の長話を座って聞かされていたせいで、すっかり忘れてしまったじゃないですか! ……全くもう、私じゃなかったら今頃冷やかされて帰っちゃってますよ」

 

 何やら忙しなくメニューを確認している早瀬さんだが、彼女が注文する内容はおおかた予想出来ている。

 

「えぇっと、んん…………店長、今日も()()()()でお願いします」

「かしこまりました」

 

 早瀬さんから注文を受け、私はカウンター背面に配置されたキャニスターを手に取った。片手間にポットをセットしお湯を沸かしつつ、抽出に用いるコーヒー豆を用意する。

 

 スケールの上でコーヒー豆の重量をグラム単位で正確に取り出し、挽き目を思い通りに調節出来る特注のグラインダーに投入する。

 

「……あれ、店長。今日は手動のミルを使わないんですか?」

「ピークタイムを迎えている頃合いですから。それに、時間をかけずとも短時間で正確に挽いてくれるので最近では重宝しています」

「え、でも私以外にお客さんは…………あ、いえすみません、何でもないです」

 

 店内を見渡してすぐさま視線を落とした早瀬さんをよそ目に、私はドリッパーにフィルターをセットし、先にお湯をくぐらせて道具を温める。

 

 喫茶店を経営するものとして、看板メニューであるコーヒーの淹れ方は最も神経を注ぐべき工程であり、それをお客様に提供する上で努めて意識していることがある。

 

 それは──決して自分自身の感覚や経験を頼らないこと。

 

 美味しいコーヒーを淹れる上で一番重要なのは数字。圧倒的な経験値や自慢の舌ではなく、今この瞬間にドリッパーの下敷きとなってるスケールだ。

 

 何よりも数字こそが私の掲げる正義なんだと豪語すると、世のコーヒー愛好家達は血相を変えて飛び出してくるのだろうか。

 

……そんな御託は胸中に留めつつ、私は挽いた豆の分量に応じて適温のお湯を繰り返し注いでいく。

 

 円を描くように一回注ぎ、蒸らす時間を設けてまた一回と繰り返し、フィルター内の粉末を撹拌させてコーヒーを抽出していく。

 

「……良い匂い」

 

 抽出を繰り返すたびにコーヒー豆の持つ成分が芳香(アロマ)となって立ち上り、嗅覚を伝って心に込み上げてくる期待感を刺激する。

 

 今すぐにでも私の芸術を自身の舌で味わい尽くしたい衝動に駆られるが、当然ながら、今は喫茶店の営業中。私は自身の欲求を抑えられない獣などでは断じてないのだ。

 

 そして、時間をかけて抽出した液体を保温したコーヒーカップへ丁寧に注ぎ、完成だ。

 

「──お待たせしました。こちら、当店自慢の“キヴォトスコーヒー“になります」

 

 『喫茶キヴォトス』看板メニューである“キヴォトスコーヒー”は、産地や銘柄の異なるコーヒー豆を混ぜ合わせた研究の賜物。まさしく“崇高”の域に到達したといっても過言ではない、店長イチオシのオリジナルブレンドだ。

 

「『喫茶キヴォトス』のメニューは全て、私の故郷から仕入れた特別な焙煎豆を使用しています。ここでしか味わえない経験を、ぜひ冷めないうちに」

「確か、店長ってキヴォトスの外から来た方ですよね? ……あれ、じゃあこの“キヴォトスコーヒー”って……」

「名前はさして重要ではないのですよ……ええ、さあどうぞ、冷めないうちに」

「…………いただきます」

 

 何か言いたいことがありそうな早瀬さんだったが、コーヒーを味わう上で温度はとても大事な要素。

 

 コーヒーは淹れたての瞬間が一番美味しい。

 

 それはここキヴォトスの世界に限らずコーヒーを嗜む者達が抱く共通の認識であり、普遍の事実なのである。

 

 早瀬さんはカップを手に取り、優雅な所作で口元へと運ぶ。

 

 コーヒーの嗜み方は人によって様々だが、一喫茶店の店主である私は五感全てを駆使した楽しみ方を推奨している。

 

 洗練された白磁のカップに注がれた濁りのない世界を目で見て楽しみ、取っ手を伝う温もりをその肌で感じ取る。

 

 凪いだ水面から立ち込める上品な香りを満足のいくまで堪能したら、カップの曲線に沿うように唇を近づける。

 

 そして口いっぱいに広がる複雑でまろやかな芸術を舌で味わい、身体の奥へと静かに流れる熱をありのままに受け入れるのだ。

 

「……はぁ。やっぱり、店長の淹れるコーヒーが一番美味しいですね」

「そう言っていただけて嬉しいです、早瀬さん」

「言っておきますけど、お世辞じゃないですからね」

「『喫茶キヴォトス』一番の常連である早瀬さんのお言葉ですから、疑う余地もありません」

 

 私がここキヴォトスにやって来たのは、今から約一年ほど前。

 

 自身の密かな趣味を仕事にしてみたい、喫茶店を経営したいと思い立ち、慣れない事業計画書の作成や物件探しと開業に必要な作業を続けるうちに月日が流れた。

 

 奔走の末に念願であった喫茶店『喫茶キヴォトス』をオープンし、今日でちょうど開業二ヶ月を迎える。

 

 この身は駆け出してまもない青二才だが、早瀬さんは知名度の少ない『喫茶キヴォトス』に足繁く訪れてくれる常連客の一人だ。

 

 さらに付け加えると、早瀬さんはここ『喫茶キヴォトス』へ足を運んでくれた記念すべき一人目のお客様でもある。

 

「それにしても、早瀬さん。今日はなんだかお疲れの様子ですね」

 

 先ほど使用した器具を片付けながら、私は穏やかな表情でコーヒーを啜る早瀬さんに声をかけた。

 

 開店からの二ヶ月で早瀬さんと会話を幾度か繰り返した影響か、私は目の前の彼女の表情からどこか沈んでいるような雰囲気を感じ取った。

 

 それに、普段はシワひとつ付いていないミレニアムの制服も黒く煤けているような箇所が点々としている。

 

「あぁ、これですか……」

 

 私の言葉を受けて、早瀬さんは上着の煤けた箇所を右手で軽くはたいた。

 

「店長はキヴォトスの情勢についてどの程度把握されていますか?」

「早瀬さんほど詳しいわけではありませんが、数週間ほど前から連邦生徒会の会長が失踪されている……といった情報程度であれば」

 

 私は洗浄を済ませた器具の水滴を丁寧に拭き取りながら、早瀬さんの質問に答える。

 

 喫茶店の名として拝借した”キヴォトス”とは、数千に及ぶ学園が統治する”自治区”と、行政機関の役割を担う連邦生徒会の管轄である”District of Utnapishtim”によって構成された連邦都市のことである。

 

 超巨大学園都市と謳われるキヴォトスであるが、現在はその行政を司る連邦生徒会の会長を務めていた人物が行方不明となっているらしい。

 

「連邦生徒会長の失踪によって……キヴォトスは、それはもう大混乱ですよ!」

 

 なんでも、連邦生徒会長は連邦生徒会が行政機関として機能するために必要なサンクトゥムタワーの最終管理者だったらしい。

 

 そんな彼女が失踪してしまったことによって、キヴォトス全体の犯罪率が現在爆発的に増加しているのだとか。

 

「各自治区の至る所で問題が立て続けに巻き起こっているにも関わらず、連邦生徒会からは何の説明もなくて……なので私はミレニアムのセミナーを代表して、今日の午前中に直談判したんです」

 

 早瀬さんの言葉通り、連邦生徒会長の失踪は『喫茶キヴォトス』が立地するD.U.の物流にも多大な影響をもたらしている。

 

「納得のいく回答は得られましたか?」

「はい、まぁ、一応……結果的に現状サンクトゥムタワーは機能を取り戻していて、キヴォトスの混乱も時期に収束していくと思います」

 

 これを見てくださいと、早瀬さんはSNSのトレンドが一覧となったスマホの画面を提示してくれた。

 

──連邦捜査部S.C.H.A.L.E活動開始! 担当顧問に就任した”先生”の巧みな指揮が光る!

 

──超法規的機関シャーレ発足。顧問を務める”先生”の活躍により、サンクトゥムタワーの機能が回復。

 

──学園都市キヴォトスに”先生”が就任! 彼女を指名したのはなんと、失踪した連邦生徒会長!?

 

「…………なるほど、キヴォトスに先生が就任されたのですか……ん?」

 

 その他多くの記事が絶え間なくアップされる様子を見て、私の視界にふと気になる画像が目に留まった。

 

「こちらの画像に写り込んでいる生徒は、もしかして早瀬さんですか?」

 

 連邦生徒会に不満を抱いた不良達が暴動を引き起こした様子の画像であるが、そんな彼女達と戦闘を繰り広げる生徒の中に早瀬さんの姿があった。

 

「……そうなんです。何でも、連邦捜査部の担当顧問に就任した先生がサンクトゥムタワーの制御権を復活させるためには、シャーレの建物へ案内する必要があったらしくて」

「なるほど、それで偶然その場に居合わせた早瀬さんが先生と協力して、建物の奪還に成功したのですね。ちなみに、先生とはどのような印象の方なのでしょうか?」

「先生ですか? うーん、最初は何だかふわふわしているというか、穏やかでちょっと抜けてるなぁって印象でした。ただ、戦闘指揮に関しては一転して……」

 

 早瀬さんに状況を説明されて、私はふと思い出す。

 

 そういえば午前中、喫茶店の外が何だか騒々しかったような気がする。

 

 シャーレの部室が存在する建物はどうやらここから徒歩五分ほどの距離にあるらしい……なるほど、通りで今日は普段以上に店内が広いと感じるわけだ。

 

 静かに頷いて納得すると、まるでタイミングを見計らったように入り口のドアベルがなる。

 

「いらっしゃいませ……四名様ですか? お好きな席へどうぞ」

 

 店にやってきたのは、ちょうど学園での授業を終えたであろう生徒達だった。

 

 私の声を受け、裏側の厨房に控えていた『喫茶キヴォトス』の従業員が人数分の冷水とおしぼりをトレーに乗せて接客へと向かう。

 

 生徒としての身分を示す黒のセーラー服の上からエプロン──デフォルメされたクジラの刺繍が施された──を着用し、慣れた所作で彼女達から注文を取っていく。

 

 最後にぺこりと生徒達に一礼し、従業員の彼女が私の元へと戻ってきた。

 

「店長、注文を承りました……キヴォトスコーヒーを一つ、カフェオレのホットを一つ、ホットココアを一つ、オレンジジュースを一つ、軽食のフライドポテト大皿を一つ……以上です」

「ありがとう。それじゃあ、ホットココアとオレンジジュース、フライドポテトをお願いしてもいいかな」

「承知しました」

 

 私の指示を受け、彼女は裏側の厨房へと戻っていく。

 

 私は早速注文されたメニューを手際よく同時に進めていく。

 

 その間、カウンター席に腰掛ける早瀬さんはコーヒーを啜りながら特に何かをするわけでもなく、私の作業をじっと見つめていた。

 

「……」

 

 少し気恥ずかしい気もするが、淀みない作業の一部始終をお客様と共有することは、店内の一体感や安心した空間の形成に繋がる重要なパフォーマンスの一つ。

 

 キヴォトス一のバリスタを志す者として、私はより一挙手一投足を洗練させていかなければならない。

 

 注文を承ってからしばらく。無事に完成したメニュー四品をトレーに乗せて、厨房から出てきた彼女が生徒達に届ける。

 

 役割を果たした彼女は最後にもう一度一礼し、再び厨房の奥へと戻っていった。

 

「……そういえば、今まで聞いてこなかったなって思ったんですけど」

 

 私が器具の片付けに移った段階で、早瀬さんが私に声をかけてきた。

 

「店長のもとで働かれている彼女って、キヴォトスの生徒ですよね?」

「ええ、名は()()()と言います。彼女は少々内気な性格でして……こういった手隙の際はよく、厨房の整理整頓を担当してくれているんです」

「ああいえ、無理に紹介して欲しいわけではないんです。ただ、彼女のセーラー服が採用された学園がどこだったかなって、気になってしまって」

「キヴォトスには数千を超える学園が存在していますから、全てを網羅するのは難しいでしょう」

「そうですよね。すみません、変なことを聞いてしまって…………アロナちゃん、か……喫茶店の外で見かけたこともないし、ミレニアムに戻ったらノアに聞いてみようかしら」

 

 そんな調子で早瀬さんと他愛のない雑談を続けていると、いつの間にか彼女が手に持つコーヒーカップの中身が空になっていた。

 

「あ、すみません店長。コーヒーおかわりいただいてもいいですか?」

「もちろん」

 

 早瀬さんから新たな注文を承り、私は再度キヴォトスコーヒーを抽出するための準備を始める。

 

「作業中は……その、あまり話しかけない方が良いですよね」

「そんなことはありませんよ、私も早瀬さんとお話しするのは楽しいですし、所作はこの身に叩き込んでいますので」

「……っ、そ、そうですか。……では、お言葉に甘えて。店長は普段、休日に何をされているのですか?」

「休日ですか?」

 

 早瀬さんから予想の斜め上をいく質問をもらって、私はしばらく考え込む。

 

「そう、ですね……新しいメニューを考案したり、ライバル店舗を視察したり……あっ、最近はよく射撃訓練場に足を運びますね!」

「……何だか今、急に物騒になりましたね」

「キヴォトスは銃火器の携帯が許可された銃社会ですから。最近色々と物騒でしたし、自衛のためには必要かなと」

「確かに。店長はキヴォトスの外から来た人ですから、銃弾一発が致命傷に……えっ、それ大丈夫なんですか!?」

「はい。これでも身体はしっかり鍛えているつもりですので」

「確かに店長、身体つきは………………まぁ素晴らしいと思いますけど。……いやいやいや、筋繊維で鉛玉は弾けませんから!」

 

 どうしてキヴォトスで喫茶店を開こうとしたんですか……と、ため息まじりの声が早瀬さんの口からこぼれた。

 

「ただ私はキヴォトスに来てから日も浅く、銃の扱いにはなかなか慣れなくて……」

 

 銃社会であるキヴォトスの特色ゆえ、都市の至る所に射撃訓練場や銃火器を販売するお店が立ち並んでいる。

 

「少しでも自身の身を守るために、定休日はよく近所の射撃訓練場に足を運んでいますね」

「なるほど……ふぅーん、そうなんですね」

「あ、銃火器といえば。以前から早瀬さんの紹介で良くさせていただいているエンジニア部の方々にお礼を伝えようと思いまして」

「エンジニア部……はぁ……最近ラボが爆発したと言って多額の部費を再三請求してきた、あのエンジニア部ですか」

 

 早瀬さんの明るかった表情が一転、ミレニアムのセミナーで会計を務める生徒会としての顔に深い影が落ちた。

 

「私は以前、ツーリングも趣味の一つとして嗜んでいたのですが。ここ最近物流に混乱が生じた影響で埃をかぶっていた愛車を掘り返しまして」

「……えっと、それとエンジニア部の間に一体何の関係が?」

「愛車は私の故郷……キヴォトスの外から持ち込んだものでして、最初はきちんと動いたのですが、ここしばらくはどうにもエンジンの掛かりが悪く頭を悩ませていたんです」

「……修理、させたんですか? あの子達に……」

「ええ! 何でもキヴォトスの外の機械を弄れる機会は滅多にないからと、無償で修理を担当して下さったんです。そしたらなんと、ボロボロだった愛車が見違えるほど近未来的なデザインとなって生まれ変わったんです!」

「…………」

「ミレニアムの技術の結晶である最先端のAI搭載、人工工学に基づく機能的な曲線美、男心をくすぐる変形機構に加えて、ハンドルを軽く捻るとそれはもう戦車並の馬力で──」

「………………あの子達、後でお説教だわ」

 

……いけない。早瀬さんと話すのが楽しくてついつい饒舌になってしまった。

 

「……ん”ん”、話が逸れてしまい大変申し訳ありません。私の休日の過ごし方に関するお話しでしたよね」

 

 話題の戻し方があまりにも強引すぎると、と早瀬さんからツッコミをもらう。

 

「店長は、銃火器の扱いを苦手としているんですよね」

「ええ、キヴォトスの生徒達のようには中々上手くいきませんね」

「えっと、その……もしよろしければ、私が今度銃の撃ち方を教えることもできますけど……?」

「え、良いんですかっ?」

「……っ! え、ええ……まぁ、店長には最初の常連として普段からお世話になっていますし? たまには私からも何かお返しをするべきかなと」

「ありがとうございます、早瀬さん。ぜひお願いしたいです」

 

 その後のやり取りは流れるように進み、完成したキヴォトスコーヒーを提供しつつ、早瀬さんと約束を取り付けた。忘れないよう、携帯するスケジュール帳に書き込んでおく。

 

・再来週水曜の定休日 早瀬さんと『喫茶キヴォトス』付近の射撃訓練場に集合。2:00PM。

 

「…………何だか、とても懐かしいな」

「店長、今何か言いましたか?」

「いえ、何でもありません。決して約束を忘れぬよう復唱していただけです」

「……今の言葉で私、店長に約束をすっぽかされないか心配になりましたよ」

 

 怪訝な表情を浮かべる早瀬さんとの会話を続けるうちに、いつの間にか窓の外から斜陽が差し込む時間帯になっていた。

 

「……もうこんな時間、良い加減私も戻らないと」

「忘れ物には気をつけて下さいね」

「大丈夫です。店長こそ、私との約束……忘れちゃダメですからね?」

「ええ、楽しみにしています」

 

 早瀬さんはカウンターに広げた筆記用具の類をいそいそと鞄に戻し、制服の襟をきっちりと正した。

 

 会計を済ませた後、早瀬さんは退店間際にふと何かを思い出したように身体を翻し「すみません、店長」と、片付けのためにカウンターを離れた私を呼び止めた。

 

「……あの、変なことを聞いても良いですか?」

「……? はい、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。えっと……」

 

 カウンターを隔てずに早瀬さんと会話をするのは、そういえばあまり無かったような気がする。

 

「店長のお店に来るたびに、ずっと聞いてみたいなって思ってたことがあって、ですね……自分でも理解できない感覚だったので、今まで黙っていたんですけど」

 

 少し緊張気味の面持ちで、それでもこちらを射抜く双眸に決意の色を灯して……早瀬さんは私を見上げた。

 

「──私たちって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「…………」

 

 私は早瀬さんに指摘され、しばらく考え込む。

 

「不思議な感覚……なんです。このお店に来て店長を前にすると時々、何故だかこう……胸の辺りがきゅっと苦しくなって、全身が焼けるような熱を帯びているようで、痛くて、寒くて……でも、心の底から満たされているような……」

 

 早瀬さんは自身の胸元に手を当て、不可解な感情に寄り添うように語った。

 

「……なるほど。分かりました」

「……っ! 何か思い出したことがっ!?」

「それは()ですね」

「なるほど、恋ですか……………………えっ!? こ、こここっ、恋!?!?」

「はい。それも相当重くて重症……もはや末期と言っても過言ではないでしょう」

「ちっ、違います!!!! なんですかっ、それじゃあ私が店長に告白しているも同然じゃないですかっ!?!?」

「え、違うんですか?」

 

 私はてっきり、早瀬さんから告白をされたのかと……。

 

「はぁ……良いですか店長。女の子にとって恋というのはですね、もっと明るくて楽しくて、相手のことを考えるだけで心が躍り出してしまうような……そういった感情のことを言うんです!」

 

 勘違いしないでくださいっ! と、私の身体に早瀬さんが手にした鞄がぼすっとぶつけられる。

 

「すみません。早瀬さんの反応が面白かったので、つい……」

「つい……じゃないですよ! まったくもうっ」

「あはは……えっと、それで。私と早瀬さんが以前、どこかでお会いしたことがあるか……でしたよね」

 

 私は改めて早瀬さんと向き合い、すでに用意していた答えを返した。

 

「私と早瀬さんが初めて会ったのは、あなたが一番最初のお客様として来店された日で間違いありません。私はキヴォトスに来てから日も浅く、お店を開くまで生徒の方々との交流はほとんどありませんでしたから」

「そう、ですよね……すみません、変なことを聞いてしまって。でも、何だかモヤがはれてスッキリしました!」

「それは良かったです」

 

 早瀬さんの抱えた悩みを吐き出すことができたなら、それはとても喜ばしいことだ。

 

「それでは、今度こそ失礼します。コーヒーごちそうさまでした、今日も美味しかったです」

「いえいえ、またのご来店をお待ちしています」

 

 早瀬さんが退店し、賑やかだった店内が一転。ぴしゃりと閉まったドアの隙間から、静謐な空気が舞い込んでくる。

 

……いけない、そろそろ片付けを再開しなくては。

 

 

 

 

 

「──店長」

 

 

 

 

 

 名残惜しさを感じるような静寂を密かに噛み締めていると、背後から不意にシャツの裾を引っ張られた。

 

「先程、早瀬さんの声が休憩室まで届きました。何か、ありましたか?」

「何でもないよ、心配してくれてありがとう」

 

 私は厨房の入り口から静かに見守ってくれてた少女の頭を撫でる。

 

 すると彼女は恥ずかしそうに顔を伏せ、けれど気持ち良さそうに目を細めるから……私はやめ時を見失ってしまった。

 

 しかし、良い加減彼女に宿る羞恥心が限界を迎えたらしい。私の手を頭からずらし、かわりに小さな両手でそれを包み込んだ。

 

「店長。店長の手は、少し冷たくて震えています。これでは、業務に支障が生じてしまいます……仕方がありません、私が温めてあげましょう」

「手が冷たい人は、コーヒーの温もりを繊細に感じ取ることが出来るんだ。私はとても恵まれているよ」

 

 彼女は私の手を包み込みながらフニフニと、感触を確かめるようなその仕草はまるでマッサージのようだ。

 

「少しくすぐったいよ……ありがとう。でも、私の手は汚いからあまり触らない方が良い」

「撤回を要求します。店長の手はとても清潔です、とても綺麗な肌色です。ご自身でしかとご覧になるべきかと」

「確かに……喫茶店の経営者がその発言はダメだったね」

「加えて一つ訂正します。店長の手はとても温かいです。いつもの二倍は温かいです」

「君がこうして温めてくれたからだよ。ありがとう、アロナ」

「…………はい」

 

 彼女がこうして手を温めてくれたおかげで、この後の営業へ向けて一段と気合がみなぎってくる。

 

「そろそろお腹が空く頃だし、軽食を作ろうか。何か食べたいものはある?」

「店長が作って下さるものであれば、何でも」

「了解。それじゃあ、最近試作中のパンケーキを……」

 

 しかし今はちょうど客足が少なく閑散としているため、従業員の空腹を満たすことを最優先にしよう。

 

 喫茶店を経営したら、一度はよりをかけた”まかない”というものを作ってみたくなるものだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 決して盛況している人気店ではないものの、『喫茶キヴォトス』は一部の生徒達から非常に高いリピート率を獲得している。

 

 曰く、コーヒーが美味しい。曰く、店の雰囲気が良い。曰く、店主との会話が楽しいなどなど……。

 

 リピート理由は生徒によって様々だが、不思議なことに彼女達の間には共通する認識が存在していた。

 

 出身区も違う、生い立ちも違う、種族も、学年も、部活動も違う。ましてや互いに面識があるわけでもなければ、わざわざ口裏を合わせる必要なんてあるはずもない。

 

 だが、数少ない常連の生徒達はみな口を揃えて……しかし、その感覚は本人達でさえも理解の及ばない領域に留まっていて。

 

 彼女達はこの不可解な感情を最大限に表現できる言葉に変える。それは自分自身の心に眠る感覚に寄り添うように優しく、胸の奥から大切な何かを掘り起こすような熱を宿して呟くのだ。

 

 

 

 

 

 なんだかとても──()()()()、と。

 

 

 

 

 




Tips:店長
 コーヒーに関する知識を語り出したら止まらなくなるヤバいやつ。

Tips:早瀬ユウカ
 常連客No.1。
 自分が店長の初めて(の客)であることに密かな喜びを感じている。
 自室の引き出しの奥底には、『喫茶キヴォトス』で一番最初に発行されたレシートが眠っているとかいないとか。
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