ようこそ『喫茶キヴォトス』へ   作:ホットミルクしか勝たん

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04 しがない店主の悩み事

 銃火器の携帯が許可された学園都市キヴォトスはその特色ゆえ、犯罪行為の頻発が非常に大きな社会問題となっている。

 

 建物の爆発や道端での銃撃戦は日常茶飯事。生活費を下ろしに銀行へ行けば強盗事件に巻き込まれ、ライバル店舗を視察すればテロリストの襲撃で店ごと消し炭にされる。

 

……嘘のように聞こえるかもしれないが、これらは私がキヴォトスで実際に経験してきた出来事である。

 

 連邦捜査部の顧問に就任した先生の存在が抑止力となってはいるものの、もはや日常の一コマとして溶け込んだ犯罪の根絶は不可能だろう。

 

 SNSの運営を開始して以降、キヴォトスの情勢に関するニュースを多々目にするが、その大半は物騒な内容が占めている。

 

 学園間の紛争に巻き込まれた市街地が焼け野原になったり、因果関係は不明だが生徒の誘拐や拉致の被害件数が増加していたりなど……。

 

 キヴォトスに店舗を構える店主の私といえど、中身は非力な一般市民にすぎない。

 

 常に危険と隣り合わせの世界で生きていくためには、公安組織に頼るばかりではなく、自衛の手段を何かしら用意することが重要になる。

 

 そのため、私は外出する際に自衛用の拳銃を携帯しており、日々射撃スキルの向上に取り組んでいた。

 

 仕事の関係上、毎日射撃訓練を行うことは難しい。

 

 ゆえに私は『喫茶キヴォトス』の定休日に近所の射撃訓練場へ足を運び、腕が鈍らないよう鍛錬を続けている。

 

 その意欲は、キヴォトス一のバリスタを志す熱意に決して引けを取らない。

 

 目標は、キヴォトスが誇る最強ガンマン……といったところか。

 

 大切なものを守るために、今日も私はターゲットに向けて引き金を引く──。

 

「…………あの、店長」

「……ふぅ。いかがでしょうか、早瀬さん」

「……的に、全然当たっていませんが?」

 

 装填した弾倉を空にした私は、達成感に浸りながら射撃用イヤーマフを外し、隣に佇む早瀬さんに声をかけた。

 

「え、全然ですか……? ですが早瀬さん、スコア表には命中率が七割と表示されて ──」

「動いていない的なんて百発百中です! 実際の敵は常に動いているんですから、そんな甘えたことは仰らないで下さい!」

「は、はい……すみません」

 

 とある『喫茶キヴォトス』の定休日。私は常連客の一人である早瀬さんの厚意で、彼女から銃器の扱いに関する指南を受けていた。

 

 午前中は学園で授業を受けていたのだろう。制服姿の早瀬さんと約束通りの時間に『喫茶キヴォトス』付近の射撃訓練に集合し、現在に至る。

 

 集合した当初は緊張気味の面持ちを浮かべる早瀬さんにだったが、一度射撃ルームに入って私が銃を握ると、さながら鬼教官のような形相で教鞭を執った。

 

 ミレニアムの生徒会(セミナー)で会計を務める早瀬さんは、学園の生徒達から『冷酷な算術使い』という異名で呼ばれていると本人が愚痴っていたが……なるほど、彼女達が怖がる理由も納得だ。

 

 しかしその早瀬さんの厳しさは、銃弾一発が致命傷となってしまう私を誰よりも想ってくれていることの裏返し。

 

 早瀬さんは彼女なりのやり方で、この世界に抗う術を授けようとしてくれているのだ。

 

「はぁ……仕方ないですね。今から私がお手本を見せるので、しっかり見ていてくださいね」

「ありがとうございます、早瀬さん」

 

 中々的に命中しない私を見かねた早瀬さんに、訓練貸出用のハンドガンを手渡した。

 

 ちなみに、私が射撃訓練用として拝借したハンドガンはキヴォトスで最も普及している『グロック19』という自動拳銃であり、私が普段護身用として携帯している装備と同様のものだ。

 

「まずは弾の装填からです。交戦中に弾倉が尽きることは無防備を意味しますので、遮蔽物に身を隠して迅速かつ丁寧に。装填の際は決して手元に意識を向けず、常に敵の動きを警戒することを忘れずに」

 

 早瀬さんは淀みない手付きで空の弾倉を引き抜くと、一秒にも満たない速度で装填を完了させる。

 

 あまりに滑らかな動作に感嘆の声を漏らす暇もなく、早瀬さんは射撃態勢に移る。

 

「ターゲットを両目で捉え、フロントサイトに焦点を合わせます。そこからは思い切りが重要です。トリガーの遊びを無くした状態で、敵に照準が合った瞬間に ──ッ」

 

 ターゲットへ向けて躊躇いなく引き金を引き、けたたましい撃鉄音と共に、遠方に佇むそれが蜂の巣に成り果てた。

 

「……ふぅ。命中率、精度ともに百パーセント。ふふっ、完璧ね♪」

 

 弾倉に込められた弾丸を撃ち尽くした早瀬さんは、汗ひとつかくことのない余裕の表情で、ハンドガンを手前の台に置いた。

 

「さぁ、次は店長の番です。お手本を見せましたから、早速やってみて下さいっ♪」

 

 真剣な表情から一転、柔らかな笑みを浮かべた早瀬さんは軽快なステップで場所を譲った。

 

「…………」

 

 いくらキヴォトスに普及する一般的なハンドガンといえど、あれだけの速度で撃鉄を続ければ凄まじい反動が身体を襲うはず。

 

 しかし、ハンドガンを握る早瀬さんの華奢な腕はまるで微動だにせず、美しい射撃姿勢を保っていた。

 

 付け加えると、彼女は射撃の全てを()()()こなしている。

 

……まぁ、それもそうか。早瀬さんは普段、一度の装填で夥しい数の弾丸を掃射する短機関銃(サブマシンガン)を愛用しているのだから。しかも、火力効率を重視した二丁拳銃スタイルで。

 

 普通に無理……いや、私にどうしろと。

 

 しかし、私は素直に泣き言を漏らすことができなかった。大人としての矜持もあるが、それ以上に隣で笑みを浮かべる早瀬さんの圧が尋常ではなかったのだ。

 

「……分かりました」

 

 手に汗握る緊張感の中で、私はやるしかないと覚悟を決める。

 

 それに、早瀬さんは自身の貴重な時間を割いてまで、私に銃器に関する指南を行ってくれているのだ。

 

 ならば。早瀬さんから向けられた期待に対して、私はきちんと結果で応えるべきだろう。

 

 私は覚悟が鈍らないうちにターゲットの前へ立ち、手前の台に置かれたハンドガンを手に取った。

 

 早瀬さんの動作を模倣するように弾倉を装填し、遠方のターゲットに照準を定める。その際利き手側の足を引き、本番を意識した臨戦態勢を取った。

 

 早瀬さんのように諸々の反動を無視する体幹を備えてはいないので、グリップを包み込むよう両手でハンドガンを握る。

 

「 ──ッ」

 

 いつだって判断は一瞬。遮蔽物に身を潜めた環境下を想定し、身体を露出させた瞬間にターゲットが射線上に浮かぶようハンドガンを素早く構え、発砲。

 

 襲いかかる反動で跳ね上がりそうになる銃口の手綱を懸命に握りしめ、やがて全ての弾丸を掃射し終える。

 

「……命中率、八十七パーセント。完璧にはまだまだ至りませんが、先程より精度が向上しています。この調子で頑張りましょうね、店長っ♪」

 

 弾丸を数発外してしまったことを早瀬さんに指摘されるかと思ったが、今回の射撃は彼女の中で及第点を獲得していたようだ。

 

「ありがとうございます、早瀬さん」

 

 両腕に蓄積した疲労をかき消すように軽く腕を振って、私は早瀬さんの隣に並んだ。

 

「……店長、大丈夫ですか? 結構、腕が辛そうに見えますが」

「普段は優秀なアシスタントが諸々のサポートを担って下さるのですが……生身だとどうしても、反動を抑えるのが難しいですね」

 

 キヴォトスにルーツを持たない私の場合、やはり早瀬さん達と同じような感覚で銃器を扱うのは中々に難しい。

 

 ちなみに、一度の射撃で弾倉を全て掃射するのは反動を上手に受け止められるようにするためだ。

 

 加えてキヴォトスの暴徒達は非常に頑丈でもあることから、急所にある程度の弾丸を撃ち込み続けなければならないという側面もある。

 

「もし反動が気になるようでしたら……こちらの、アサルトライフルなどを使用してみるのはいかがでしょうか?」

 

 銃器の扱いについて悩んでいると、早瀬さんは訓練場で貸し出しされている自動小銃の一つを持ってきてくれた。

 

「アサルトライフルであれば全身で反動を受け止めることが出来ますし、何より威力や精度も向上すると思います」

 

 アサルトライフルの構造上、ストックを肩に添える射撃姿勢が基本となるため反動を全身で処理することができる。

 

 対して、ハンドガンは両腕のみで反動に対処する必要があるので、意外と扱いが難しい部類の銃器に該当する。

 

 しかも、ハンドガンは『片手での保持、発射』を基本の設計コンセプトとしているのだから、その点からすると非力な一般市民が自衛用として携帯するにはいささか不向きと言えるだろう。

 

「素敵な提案をありがとうございます。確かにアサルトライフルであれば諸々の問題を解決できると思います。ただ、小銃を携帯するとなると、装備がかさばる影響で機動性を損なってしまうので……」

 

 アサルトライフルには非常に多くの利点が存在するが、訓練を積まなければ重量や携帯性の面で大きなハンデを背負ってしまうことになる。

 

「なるほど。では、なおさら厳しく指導する必要がありそうですね」

「……お手柔らかにお願いします」

「ええ、任せて下さい♪」

 

 その後、私はスペースの貸し出し時間ギリギリまで早瀬さんからのスパルタ教育を受けることとなった。

 

 残念ながら、翌日は筋肉痛確定だろう。帰ったら、アロナに全身マッサージをお願いしようかな……。

 

「……あ、早瀬さん。少しよろしいでしょうか?」

「はい、なんでしょう?」

「私は普段、護身用のハンドガンを()()()()携帯していまして。よろしければ、残り時間はそちらのモデルで練習させていただいてもよろしいでしょうか?」

「ええ、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます、早瀬さん!」

 

 早瀬さんから許可を貰った私は、個室スペースを出て自身が携帯するモデルと同型のものをスタッフから拝借してきた。

 

「お待たせしました」

「おかえりなさい、店長。ちなみに、銃器は一体何を ──」

「これです」

 

 個室に戻ってきたら私を笑顔で迎えてくれた早瀬さんに対して、拝借したそれを見せる。

 

「…………はい?」

「それでは時間も限られていますので、早速練習に移りますね」

「いやちょっと待って下さい」

 

 早瀬さんは目にも留まらぬ速さで私が手にした銃器を奪い取ると、先程までの笑顔が一転。

 

 

 

 

 

「『M19』って……回転式拳銃(リボルバー)じゃないですか!」

 

 

 

 

 

 血相を変えて捲し立てる早瀬さんの姿には、不思議と既視感がある。あれは一体、いつの日だったか……。

 

「自動拳銃よりも取り回しが難しい上に、装填数も心許ない……そして何より、反動の処理で困っている店長が一体どうしてっ、さらに反動の強い実包(マグナム)を使うんですか!」

 

……いやいや、今はそんなことを考えている場合ではない。

 

「……早瀬さん。私がこの『M19』を相棒として携帯しているのは、深い理由があるのです」

「…………一応、お聞きします」

 

 私は早瀬さんの手に握られたリボルバーを受け取り、偽りのない本心を伝えた。

 

 

 

 

 

「 ──漢の、ロマンですよ」

 

 

 

 

 

………………。

 

 

 

…………。

 

 

 

……。

 

 

 

「 ──没収です!」

 

 一瞬だけ放心状態に陥った早瀬さんがハッと意識を取り戻したと思えば、私の手元に相棒の残像が残るような速度でそれをぶん取った。

 

 あぁっ、私の相棒(ロマン)が……っ。

 

「何が漢のロマンですか! ロマンじゃ店長の命は守れませんよ!! どうせあれでしょう……っ、昔見ていたアニメのキャラクターが使っていて格好良かったとか、キヴォトスであまり普及していないから興味を持ったとか、そんな単純な理由でしょう!?」

 

……さすがは私のコーヒー美学を理解して下さる常連客筆頭の早瀬さん、見事な看破だ。

 

「お、落ち着いて下さい早瀬さん。確かにフィクションに影響を受けたことは事実ですが、私が持つ『M19』はまさしく切り札なのです! いいですか? まずこの拳銃(リボルバー)に装填する弾丸には特殊なテクストが付与されていて……」

 

 早瀬さんに拳銃を取り上げられた後、私は自身が携帯する相棒の魅力を説いた。その際の饒舌ぶりは、本業の瞬間に垣間見える熱意とまったく遜色がない。

 

 私の説得を受けても頑なに認めてくれない早瀬さんと意見が衝突し続け、最終的に、一発も練習することなく個室のレンタル時間を迎えてしまうのだった。

 

 

 

***

 

 

 

 

「……はぁ。なんだかどっと疲れました」

 

 射撃訓練場で早瀬さんからみっちり指導を受けたあと、私は彼女と並んでD.U.の街並みを歩いていた。

 

「早瀬さんのおかげで、とても有意義な時間が過ごせました。ありがとうございます」

「店長の役に立てたのであれば、良かったですけど……」

 

 少しぶっきらぼうに言葉を返す早瀬さんだったが、ふとした瞬間に垣間見える彼女の横顔は、終始口角が上がっているように見えた。

 

「……まぁ、指導中はあれだけがみがみ言いましたけど。銃火器の扱いが苦手とおっしゃっていましたが、とてもお上手だと思いますよ」

「本当ですか! まさか、早瀬さんからお墨付きをいただけるとは……っ」

「そ、そうやってすぐ調子に乗らないでください! 確かに上手とは言いましたが、自身の身を守るためにはもっともっと練習が必要ですので、決して慢心しないように!」

「ええ。肝に銘じますね、早瀬さん」

 

 早瀬さんが私の射撃スキルを内心高く評価してくれていたことに喜びを覚えつつ、キヴォトスの世界で生き抜けるよう一層精進しなければと気を引き締める。

 

 そして同時に、早瀬さんから言葉を受け取った私は少しだけ感慨深い思いに浸っていた。

 

 あれは一体、いつの日だったか。生まれて初めて銃を握って、あまりの扱いの難しさに四苦八苦していたころ。

 

 当時の私は反動の処理に悩むどころか、止まっている的にすら満足に狙うことができなくて……。

 

 

 

 

 

 

 

──だから違いますって! 銃を構える時の姿勢はこうだって、何回言ったら分かるんですか!!

 

──ふふっ、焦らなくても大丈夫ですよ。今から私が教えてあげますね! まずはこうやって、両手でグリップをしっかりと握り込んで……。

 

──はぁ……先輩はいつも甘すぎるんですよ。先輩がそうやって甘やかすからいつまで経っても……って、何ベタベタされて鼻の下伸ばしてるんですか!!

 

 

 

 

 

 

 

「…………店長? どうかされましたか?」

「いえ、なんでもありませんよ。あ、そういえば早瀬さん。この後はなにか予定を組まれていますか?」

「予定ですか? 特にはないですけど……」

 

 二時間ほど射撃訓練を行い、現在の時刻は十六時。集中力と肉体を酷使していたせいか、少し小腹が空いたように感じる。

 

「もしよろしければ、本日のお礼も兼ねてスイーツを食べに行きませんか? ここから少し歩いた場所に、新しいスイーツカフェのお店がオープンしまして」

「スイーツ! いいですね! ぜひ食べに行きましょう!!」

「本当ですか! オープン前からSNSで話題になっていたお店なのですが、人気メニューが少々、私一人では頼みづらいものでして……」

「なるほど。私でよければぜひ、ご一緒させていただきます」

「ありがとうございます! では、案内しますね ──」

 

 無事に早瀬さんの許可を得たので、私は今日一番の笑顔を浮かべる彼女を連れて、視察対象のライバル店舗を目指した。

 

 

 

***

 

 

 

 

「 ──お待たせしました。こちら【()()()()()()】”ふわふわ苺ジャンボパンケーキ”になります♪」

 

 視察対象の人気メニューがテーブルに届く。私は店員さんにお礼を言った後にスマホを取り出し、パシャリと写真を撮影する。

 

「…………いや、ちょっと待ってください」

「? 早瀬さん、どうかされましたか?」

 

 対面に座る早瀬さんは多くの客達で賑わう店内をキョロキョロと忙しなく見渡した後、普段よりも少しボリュームを落とし、そっと耳打ちをするような声音で私に訴えかけてきた。

 

「かっ、カップル限定って一体どういうことですか!?」

「SNSでとても美味しいと話題になっていたのですが、一緒に行く相手がおらず困っていまして。私の数少ない知り合いの中で相席を頼めるのは、早瀬さんしかおらず……もしかして、迷惑だったでしょうか?」

「い、いえっ、迷惑というわけではないですけど。私が言いたいのは、もっと事前に説明を…………はぁ、もういいです。途中でバレても知らないですからね」

 

 これ以上ツッコミを入れるのは疲れたと言わんばかりに大きくため息をついて、早瀬さんはスイーツと一緒に注文したコーヒーを一口啜った。

 

「……このパンケーキを食べることだけが目的でしたら、別に【カップル限定】メニューを注文しなくても通常サイズで注文できたと思うんですけど」

「えっ?」

 

 早瀬さんに指摘され、私は慌ててメニュー表を読み返す。

 

………………ぁ。

 

「…………はぁ。店長って、意外と抜けているところがありますよね」

「も、申し訳ありません……このお店に来店したのは初めてでして」

「別に怒ってません。それに……まぁ、私としても? こういうことは少しくらい、興味がありましたし……」

 

 早瀬さんは恥ずかしさを誤魔化すようにナイフとフォークを握る。

 

「すでに注文してしまったものは仕方がありませんし、早速いただきましょうか」

「はい。そうしましょう」

 

 一つのジャンボサイズのパンケーキを二人分に切り分け、お互いの取り皿に乗せる。

 

 厚みのある生地は皿を動かすとふるふると揺れるほど柔らかく、ナイフを入れると上にかけられたストロベリーソースがとろりと中に垂れ込んだ。

 

 一口大に切ったそれをフォークで刺して、トッピングされた苺と共に口へと運ぶ。

 

「……っ! わぁ……っ、このパンケーキ、すっごく美味しいですね!」

「ええっ、これは人気が出るのも頷けます」

 

 パンケーキを口に入れた瞬間、舌の上に染み込むように生地が溶ける。甘味の強い生地と酸味のあるストロベリーソースが絶妙に混ざり合い、両者の強みを引き立てあう。まさしく、絶品の一品であった。

 

「ふわふわな生地も最高ですけど、私は特にこのソースが本当に甘くて美味しい……あぁ、やばっ。最近甘いものを控えていたせいで、手が止まらないかも……」

 

 ぱくぱくと止まることなくパンケーキを口に運び続ける早瀬さん。

 

「……この生地の軽やかな食感や膨らみは薄力粉だけじゃ再現できない。定番なのはベーキングパウダーか。重曹……は少し硬さが残るし苦味もある。ヨーグルトを混ぜれば重曹の弱点はカバーできるけど、果たしてこの生地の軽さが出るかどうか。いや、そもそも生地を混ぜる段階に仕掛けがあるのかも……」

 

 対する私は本来の目的であった視察に意識が傾き、パンケーキの研究に没頭してしまう。

 

「……はぁ、美味しすぎてあっという間に食べちゃいました……って、あれ。店長、どうされました? パンケーキに全然手がつけられていないですけど」

「……ぁ、あぁっ、すみません。職業病と言いますか、美味しいものを食べた時にはそのレシピを考えてしまう癖がありまして」

 

 いつの間にか、早瀬さんはコーヒーを啜って完食後の余韻に浸っていた。

 

 その際時々、早瀬さんの視線が私の取り皿に残ったパンケーキに向けられていることに気付く。

 

「……あ、よろしければ私の分も食べますか?」

「えっ!?」

「とても気に入られていた様子でしたし、早瀬さんさえよろしければ」

「き、気持ちは嬉しいですけど……がっつきすぎる女の子って、その……は、はしたなくないですか?」

「そんなことはありません。たくさん食べる女性は素敵だと、私は思いますよ」

「そ、そうですか……」

 

 目の前で頬を赤らめる早瀬さんがとても可愛らしい。

 

 そんな姿を見ていると……何だかその、ついつい()()()()をしたくなってしまう。

 

「ええ。ではさっそく……」

「……店長?」

 

 私は自身のパンケーキをナイフで一口大にカットし、こぼれ落ちることがないようしっかりとフォークを差し込む。

 

「…………ま、まさか……っ」

 

 そして、

 

「さぁどうぞ、早瀬さん。口を開けて下さい♪」

 

 私は早瀬さんの口元にパンケーキの切れ端を運ぶ。

 

 

 

 

 

 いわゆる ──"あ〜ん"、というやつだ。

 

 

 

 

「い、いやいやいや……っ!? 何してるんですか店長!」

「何って……早瀬さんが食べたいとおっしゃったので、私が食べさせてあげようかと」

「普通に切り分けてくれるだけで良いじゃないですか! あ、あ〜んなんてそんな、恋人みたいな……」

 

 パンケーキに添えられた苺よりも顔を真っ赤に染め上げて、早瀬さんが声を荒げる。

 

 そのあまりの反応の良さが、私の嗜虐心をさらに刺激してしまう。

 

「周囲の方々から見れば、今の私達は紛れもなく恋人同士ですよ? であれば、この振る舞いはむしろ自然と言えます」

「……っ!? それはまぁ、そうですけど…………っ」

「あ、あぁっ!? いけません、このままではパンケーキがフォークから落ちてしまいます!」

「へっ!? あっ、も、もぉ…………っ」

 

 私のいたずらに翻弄された早瀬さんは、最終的にはままよと目を瞑った。

 

 そして彼女は勢いに任せて身体を乗り出し、ぱくりと、差し出されたパンケーキを頬張った。

 

「いかがですか?」

「………………おいしいです」

「それは良かったです」

「…………あとで、覚えておいて下さいね」

 

 対面に腰掛ける早瀬さんが、ジットリとした視線をこちらに向けて何かを訴えかけてくる。

 

 私は努めて、それに気付かないふりをした。

 

 その後、私と早瀬さんはコーヒーを追加で注文し、他愛のない雑談に興じながらティータイムを満喫した。

 

 穏やかで楽しい時間というのは、あっという間に過ぎ去ってしまう。

 

 すでに店内の窓からは西陽が差し込んでいるため、なるべく明るいうちに帰路につきたい。

 

「……名残惜しいですが、今日はそろそろお開きにしましょうか」

「はい、そうしましょう」

 

 私たちは忘れ物がないかを確認し、席を立った。

 

「本当に、今日はありがとうございました。射撃の指導から視察の協力まで、とても助かりました」

「いえいえ、私の方こそ。店長さえよろしければ、また一緒に食べにいきましょうね?」

「ええ、もちろんです。会計は私が持ちますので、先に外で待っていて下さい」

「いいんですか? では、お言葉に甘えさせていただきます!」

 

 ひと足先に早瀬さんに退店してもらい、私は伝票を持って会計レジに進む。

 

 そして、私は代金を払う直前、レジに立つ店員と少しばかりのやり取りを挟んだ。

 

 

 

 

 

「──すみません。領収証の発行をお願いします」

 

 

 

 

 




Tips:早瀬ユウカ
 射撃訓練で店長に手本を見せる際、実はめちゃくちゃに緊張していた。余裕の表情を浮かべつつも、全弾命中した瞬間は内心でガッツポーズを決めている。
 店長との待ち合わせ前日に、ミレニアムの射撃訓練施設でひたすらに練習する姿をノアに目撃され、ばっちりと記録されている。

Tips:アロナ
『喫茶キヴォトス』で留守番中、コーヒーを淹れる練習をしながら店長の様子を見守っていた。
 なお、店長がスイーツカフェで発行した領収証に関しては、後日「……虚偽申告」と判断して跡形もなく燃やした。本人曰く、デートでそれはダメです……とのこと。
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