ようこそ『喫茶キヴォトス』へ   作:ホットミルクしか勝たん

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申し訳ありません、想定より長くなってしまったので前後編に分けました。後編は後日投稿する予定です。
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作者のモチベーションになります!


06 臨時休業 上

 全身に打ち付ける鈍い痛みを感じ、私はいつの間にか意識を失っていることに気が付いた。

 

 (一体、何があったんだっけ。……うぅ、頭イタい……)

 

 冷静に状況を整理しようとするものの、頭の内側からズキズキと刺すような痛みが邪魔をして、思考が上手くまとまらない。

 

 現在に至るまでの記憶がどうにも曖昧だ。確かあの後……私は家に帰っていた途中で、カタカタヘルメット団に襲われて…………っ!?

 

──よくもやってくれたわねっ!?

 

 何とか意識を失う寸前の記憶を手繰り寄せ、すぐさま反撃の狼煙をあげるべく声を荒げようとして……。

 

「……っ!? ……………っ、……!!」

 

 私は()()()()()()()()()()()()。正確には、布地のような何かで口周りを覆われていて、音が外に伝わらないといった感じだ。

 

 口だけじゃない。意識を取り戻してから辺りがずっと真っ暗で、目元に強い圧迫感を感じる。

 

 そして奴らは声や視界を奪うだけに飽き足らず、私の四肢を折りたたむように拘束した挙句、身にまとっていた()()()()()剥ぎ取っていた。

 

 金属に似た冷たい物質が素肌に触れていることから、私はおそらくドラム缶のような何かに詰められているのだろう。

 

 自身の置かれた状況をようやく把握し、私は全身の毛が逆立った。外気に直接素肌が晒されていることに対する寒さか、あるいはこれから起こる最悪の事態を想像してしまった恐怖心か。

 

……多分、両方だろう。

 

 カタカタヘルメット団の目的は一体何なのか。ただの不良集団でしかなった奴らが、何故ここまで執拗にアビドスを襲撃するのか。

 

 理由は皆目見当もつかないが、闇討ちのような形でアビドスの生徒を襲撃しているとすれば、次の標的は間違いなく同級生のアヤネちゃんだろう。

 

 アヤネちゃんが危ない。でも、今の私には彼女に連絡を取る術がない。

 

 もどかしい思いを感じつつも、私は身を捩って四肢の拘束に抵抗する。何もしないよりマシ、何かしていていないと、怖くて泣き出してしまいそうだった。

 

 しばらく抵抗を続けていると、目覚めてから絶え間なく体を揺らしていた振動がぴたりと止んだ。

 

 視界を奪われた私はもはや全てを想像で補うことしかできないのだが、エンジンの排気音からして、トラックの荷台で運ばれていたのだろう。私は一体、どこに連れてこられて──。

 

 

 

──ガシャンッ!! 

 

 

 

 状況を把握すべく残された五感を研ぎ澄ましていると、不意に地面に叩きつけられるような衝撃が全身を襲った。

 

 間違いなく、奴らの誰かが荷台に置かれたドラム缶(わたし)を突き落としたのだろう。随分と雑な荷下ろしだ。

 

 打撲の痛みに耐えながら耳を澄ましていると、複数人のまとまった足音がこちらに近づいてくるのを感じ取った。

 

 私が連れてこられた場所はおそらく、カタカタヘルメット団のアジトかどこかなのだろう。

 

「…………、……」

「──っ、……………。……」

 

 奴らが私の周りで何かを話しているが、具体的な内容までは聞き取ることが出来なかった。

 

 しばらく聞き耳を立てていると……ようやく奴らが会話を終えたのか、次第に足音が遠くなり、私の周りから人の気配が薄れていく。

 

 ようやく、少しだけ落ち着くことができる。

 

 冷静な思考を取り戻し、少しだけ希望が見えてきた。まずは何とかしてこの拘束を解いて、誰かに現状を伝えないと……。

 

 

 

 

 

……しかし、そんな私に待っていたのはもはやどうしようもない…………絶望だった。

 

 

 

 

 

 カシャリ、カシャリ……と、シャベルのような何かで、地面の土を掘り起こしているような音が聞こえる。

 

 その音が一体何を意味するのか。さすがにそれが分からないほど、私もバカではなかった。

 

(…………っ、う、嘘でしょ……っ)

 

 全身に力を込めて、四肢の拘束に激しく抵抗する。しかし、カタカタヘルメット団が私に施した拘束は存外頑丈でびくともせず。それは皮肉にも、奴らが私を脅威として認識していることへの表れだった。

 

 目が見えない、声が出せない、身体も動かせない。どこか分からない地面の中で一人、寒さと恐怖で震えることしかできなくて…………。

 

(……あぁ、さいあく)

 

 もはやなす術のない八方塞がりの状況で……私は、自身の最期を覚悟した。

 

(こんなことになるなら……やきもちなんて焼かずに、店長に会いに行けばよかったなぁ)

 

 キヴォトスにルーツを持つ丈夫な人間といえど……生き埋めに近い環境下で生きていられるのはおそらく、もって一日が限界だ。

 

 先生やアビドスの先輩たちが誘拐に気付いてくれたら、携帯端末の座標から私のことを救出してくれるかもしれない。

 

 けれど、普段の私は週末バイトで学校に顔を出さないことがほとんどだから、まず彼女達が異変に気付いてくれることはないだろう。

 

(あぁ、バイト…………すっぽかしちゃった。店長に、あやまらなきゃ…………っ)

 

 店長、ごめんなさい。

 

 生意気な私を見捨てないでくれたのに。

 

 天邪鬼な私に居場所を作ってくれたのに。

 

……私はまだ、あなたに何も恩返しできていないのに。

 

(う、うぅ……店長、てんちょう…………っ、ぃ、いや……だ…………っ)

 

 あまりの恐怖で止めどなくこぼれ落ちる涙を拭うことも出来ない、嗚咽を漏らすことさえ許されない。

 

 事切れる最期の瞬間を座して待つことしかできない現状に、私の思考は次第に諦観へと染まっていく。

 

 呼吸が少し苦しくなって、薄れゆく意識の中で思い浮かんだのは……『喫茶キヴォトス』で店長やアロナちゃんと共に食卓を囲んだ、何気ない日常の一ページ。

 

 この期に及んで、私は切に願う。

 

(………………おなか、すいたなぁ……)

 

 また、店長の作ってくれたサンドイッチが食べたい。

 

 お腹いっぱいになるまで食べて、この幸せをあなたと共有したい。

 

 だから……だから、私はまだ…………。

 

 

 

 

 

 

 

──店長……、助けて…………っ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ、死にたくないよ…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『喫茶キヴォトス』のモーニング営業の開始時刻まで、間もなく五分を切ろうとしている。

 

「……黒見さんとの連絡は、繋がりそうですか?」

 

 本来であれば、今日のシフトには早朝から黒見さんが手伝いに来てくれるはずだったのだが……。

 

「……だめだ、繋がらない。モモトークでメッセージも送っているけど、一向に返信がないんだ」

「……寝坊、でしょうか」

 

 朝食の時間になっても黒見さんは一向に姿を見せず、心配になって連絡してみるものの、残念ながら彼女からの返答はない。

 

「何か事情があれば黒見さんだったら絶対に連絡してくれるはずだし……アロナの予想通りかもしれないね」

 

 学業とアルバイトを両立する熱心な黒見さんといえど、たまには疲労でベッドから起きられないこともあるだろう。

 

「目が覚めたら、きっと黒見さんから連絡が返ってくると思う。お互い、業務の合間にメッセージが来てないか確認しておこう」

「……承知。黒見さんの到着まで、彼女の業務は私が引き継ぎます」

「ありがとう、アロナ」

 

 開店間際に、私はポケットに忍ばせたスマホをもう一度だけ確認する。

 

 残念ながら、黒見さんからの連絡は返ってきていない。

 

 モモトークのログを遡っても、事前に彼女からアルバイトを休む旨の連絡が来ていることは確認できなかった。

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

 

 ”私”は『喫茶キヴォトス』の店主であり、コーヒーを淹れることしか能のない人間である。

 

 『喫茶キヴォトス』の経営理念は、学園都市に暮らす生徒達に居場所と安息を提供すること。

 

 『喫茶キヴォトス』に訪れてくれた方々に美味しい食事を提供し、時にはお客様の他愛もない相談に耳を傾ける。

 

 それが喫茶店を営む店長(わたし)にとっての密かな楽しみであり、数少ない生き甲斐の一つであった。

 

……だけど時々、『喫茶キヴォトス』のカウンターに立つ”俺”はふと考えてしまうのだ。

 

 金銭を対価にした質素な食事と、業務の合間に生まれたわずかな時間のコミュニケーション。

 

 たったそれだけのことで、窮屈で不合理な現代を強かに生き抜く生徒達の未来を照らすことなんて…………出来ないのではないか、と。

 

 

 

****

 

 

 

『──あっ、もしもし! 店長さん、どうされましたか?』

 

 アロナと共に『喫茶キヴォトス』のピークタイムを捌き切り、客足がまばらとなった時間帯。

 

 想像以上に多くのお客様が来店したものの、ようやく腰を落ち着けることができた私はアロナに店番を任せ、奥の厨房で休憩をとっていた。

 

 開店から定期的に黒見さんから連絡が来ていないか確認したものの、未だに彼女から返事が来ることはなかった。

 

 何度か黒見さんに電話を掛けてみるも、残念ながら留守番電話に切り替わってしまう。

 

 手持ち無沙汰になってしまった私は、一縷の望みをかけて、以前連絡先交換していたシャーレの先生に通話をかけた。

 

「……先生、突然の連絡で申し訳ありません。少々お時間よろしいでしょうか?」

『はいっ、大丈夫ですよ! えっと……数日前にお店にお邪魔したので、先日ぶりでしょうかっ?』

 

 アポ無しでの電話にも関わらず、先生は相手に安心感を与えるような明るい声音で応えてくれた。

 

 端末越しの音に耳を澄ますと、先生の背後から女性達の賑やかな声が響いていることに気付く。

 

「先生は今、どちらに……?」

『今はえっと……アビドス高校の校舎に来ていて、対策委員会の活動のお手伝いをしています!』

「なるほど、アビドスの生徒の方々とご一緒なのですね」

 

 ちょうどよかった。

 

「一つお聞きしたいのですが……そちらに今、黒見さんはいらっしゃいますか?」

『セリカちゃん、ですか? いえ、今日はこっちには来ていないですけど……ちょっと、生徒のみんなに確認してみますね』

「申し訳ありません、お願いします』

「いえいえっ♪」

 

 先生がミュート状態になっている間に、私は冷めてしまったインスタントコーヒーの残りを啜る。

 

『──店長さん、お待たせしました。対策委員会のみんなに聞いたんですけど、今日はお休みしているみたいです』

「そうですか、わかりました」

『むしろアヤネちゃんやノノミちゃ……えっと、奥空さんと十六夜さんが、『喫茶キヴォトス(そちら)』でバイトしてるんじゃないかって言っていましたけど……』

 

 先生の言葉に聞き耳を立て、対策委員会の生徒達が違和感を覚えたのだろう。

 

 先生の端末が複数の足音を捉え、彼女の周りに人が集まってきていることが分かった。

 

「…………実は、黒見さんのことで少々相談したいことがございまして……」

 

 いよいよ不安が確信に変わりつつある中、私は努めて冷静に現状を先生に共有した。

 

『……なるほど、分かりました。セリカちゃんの状況については、一度こちらで調べてみますね』

「申し訳ありません、ありがとうございます』

『いえいえっ、これも生徒のためですから! なにか分かったことがあったら、折り返し連絡します!』

 

 先生との情報共有が一段落した後、休憩時間を終えた私はホールのカウンターへと戻った。

 

「……店長、黒見さんから連絡は……?」

 

 私は店番をしてくれていたアロナの不安に対して、力なく首を横に振る。

 

「一応先生にはもう連絡してあるから、何か分かったことがあれば共有してもらえると思う」

「…………」

「ピークタイムも乗り切ったし、以降はあまりお客様も来ないと思う。あとは私一人で大丈夫だ」

 

 心労が絶えない中でも、アロナは健気に店番を務めてくれていたのだ。今日はもう、ゆっくりと休ませてあげるべきだろう。

 

「ホットミルクを作っておいたから、良かったら飲んで」

「……ありがとうございます、店長」

 

 短くお礼を言って、アロナは私の横を通って静かに厨房の奥へと戻っていく。

 

……寸前。

 

 

 

 

 

 

 

「──店長……っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 普段は寡黙で無表情のアロナが、珍しく声を荒げて私を呼んだ。静謐な空間に似つかないそれは、まばらとなったお客様の耳にも届き、周囲から注目を集めてしまう。

 

 人見知りな彼女はすぐさま我に返ったように顔を伏せ、セーラー服の裾をぎゅっと握りしめた。

 

「…………」

 

 アロナとはもう、長い付き合いになる。それはもう、()()()()()()()()()()()()()私のことを支え続けてくれた……かけがえのない相棒だ。

 

 目の前に立つ彼女が、それ以上なにかを言うことはなかった。

 

 けれど私には分かる。

 

 彼女がいま何を考え、私に何を訴えようとしているのか。

 

「……大丈夫だよ。今の黒見さんには、先生がついてる」

 

 

 

 

 

……でも、私ではダメなのだ。

 

 

 

 

 

 ”俺”はもう、全てを託してしまったから。

 

 

 

 

 

 だからもう、”俺”には…………。

 

 

 

 

 

「………………”店長”」

 

 

 

 

 

 反芻思考に陥る私をよそに、相棒のアロナが私の名前を呼ぶ。

 

 彼女の考えていることが手に取るように分かるということは……私の思考もまた、彼女に対して筒抜けであることの裏返し。

 

「これは……()()()()()()()()()()()()

 

 ただその一言だけを言い残し、私がその意味を問う間も許さず彼女は厨房の奥へと戻っていく。

 

「…………失望、させてしまったかな」

 

 しかし、今の”私”は『喫茶キヴォトス』の店主であり、どこまでいってもコーヒーを淹れることしか能のない人間である。

 

 

 

 

 

──もしアビドスが……もし、私が危ない目に遭ったら…………店長は、助けてくれますか?

 

 

 

 

 

『喫茶キヴォトス』に訪れてくれた生徒達に美味しい食事を提供し、彼女達の他愛もない相談に耳を傾けることしかできない。

 

 

 

 

 

 幾度となく後悔を繰り返しても変われない、”私”はただの……情けない大人なのだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「──ありがとうございます、またお越しくださいませ」

 

 アロナから店番を交代してから約二時間後、店内にいた最後のお客様が退店された。時刻は現在午後六時を回った頃合いで、残念ながら未だ黒見さんとは連絡がつかない。

 

 加えて先生から折り返しの連絡もなく、ただひたすらにもどかしい感情だけが募っていった。

 

 しかし、私は『喫茶キヴォトス』の店長として不安な感情を決して表には出さず、毅然とした姿でカウンターに立ち続ける。

 

 私のこだわりが体現された白磁のコーヒーカップを丁寧に磨きながら、閉店時間までお客様の来店をただ静かに待ち侘びていた。

 

 今日に限ってカップに付着した汚れの落ちが悪く、どうしたものかと悪戦苦闘していると……。

 

 

 

 

 

──チリリリンッ……ッ!!!!

 

 

 

 

 店内入り口の扉が蹴破られるのではないかという勢いで開かれ、ただならぬ様子で息を切らした女性が静寂を突き破った。

 

「──店長さんっ! 突然っ、すみません…………っ!!」

 

 シャーレの所属を示す白地のコートを腕に畳んでシワができるほど強く握りしめ、肩を激しく上下させた女性は、普段から『喫茶キヴォトス』に訪れてくれる常連客の一人で……。

 

「……先生? アビドスにいらしたはずでは?」

「店長さんから連絡をもらったあと……っ、対策委員会のみんなと手分けしてセリカちゃんの居場所を探したんです…………っ!」

 

 呼吸が乱れる先生を店内に案内し、私は彼女にひとまずお冷を出した。

 

 幸運にも店内に先生以外の客はいないので、店頭入り口に『本日臨時休業』の看板を下げておく。

 

「はぁ、はぁ……ありがとうございます、店長さん」

「いえ、私にできることはこのくらいで…………いえ。それよりも、黒見さんのことで何か分かったことが?」

 

 お冷を一瞬で飲み干して冷静さを取り戻した先生は、しばらくして『喫茶キヴォトス(ここ)』に至るまでの経緯を要約して説明してくれた。

 

「……セリカちゃんの自宅付近で、激しい戦闘の痕跡を確認したんです。それもただの銃撃戦ではなく、辺り一帯を消し炭にするような対空砲が用いられた跡でした」

「…………」

「セリカちゃんの身に何かあったことは間違いありません。なので、あまり使いたくはなかったのですが……シャーレの権限を濫用して、セリカちゃんが所持している端末の位置情報を調べました」

 

 黒見さんの端末が確認されたのは、砂漠化が進行したアビドス市街地の廃墟エリア……より詳細には、黒見さんを襲撃したであろうカタカタヘルメット団の主要アジトであった。

 

「セリカちゃんを誘拐したにも関わらず、あえて端末の電源を切らずに追跡可能な痕跡を残している……明らかに、セリカちゃんを人質にして対策委員会の子たちを”誘っている”ような動きでした」

「…………」

「その情報を手にした上で、対策委員会のみんなは迷わずヘルメット団のアジトに向かいました。本当はわたしも同行したかったのですが、激しい戦闘が予想されることは目に見えているからと、小鳥遊さんに強く制されてしまって……」

 

 対策委員会が黒見さん救出に動く中、先生はアビドスの校舎に待機し、タブレットを経由して後方支援に徹していたという。

 

「しばらくして、セリカちゃんの救出に向かった小鳥遊さんから三点の連絡がありました。アジトを壊滅させたことと、アジトの敷地内でセリカちゃんの端末が見つかったこと。そして……」

 

 先生は静かに声を震わせながら……私に調査の結論を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

「──カタカタヘルメット団のアジトに……()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()………」

 

 

 

 

 

 

 生徒を救えなかった不甲斐なさに涙を流し、先生はそれでも目を背けてはならないと気丈に振る舞い言葉を続ける。

 

「対策委員会の子たちは今も、アジト付近や自宅周辺を手分けして探しています。わたしも何か力になれたらと思って、シャーレに戻って色々と痕跡が残っていないか調べていたんです」

 

 連絡が遅れてしまってごめんなさいと、先生は涙ながらに私へ謝罪の言葉を繰り返す。

 

「…………謝らないでください。先生、あなたは何も悪くありません」

「でも……っ! わたしが”先生”としてもっとしっかりしていれば、こんなことには……ならなかったのに…………っ」

 

 小さくなった先生の背中に、私はなんと言葉をかけていいのか分からなくなってしまった。

 

 そっと先生の肩に触れ、彼女の心が穏やかになるのを待つことしかできない自分に……心底嫌気がさす。

 

……”私”は『喫茶キヴォトス』の店主であり、コーヒーを淹れることしか能のない舞台装置(マクガフィン)である。

 

「……申し訳ありません」

 

 私の口からこぼれた謝罪の言葉は、一体誰に向けたものなのか。

 

 『喫茶キヴォトス』をアルバイトとして支えてくれた黒見さんに対して……。

 

 救出活動に尽力してくれた先生に対して……。

 

 あるいは、それとも…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………店長」

 

 

 

 

 

 

 

 

……不意に。背後から名前を呼ばれて、私は先生と共に振り返る。

 

「……アロナ」

「…………ぇ、アロナ……ちゃん?」

 

 そういえば、先生がアロナの姿を見るのは初めてだったか。

 

 先生が来店した際、アロナは意図的に厨房の奥へと下がって姿を隠していた。彼女にも色々と、思うところがあったのだろう。

 

 困惑する先生をよそに、無表情のまま彼女は続ける。

 

「……報告。先ほど、すべての()()の整理が終了しました」

「…………」

 

 ”備品”。アロナが放った言葉の意味が分からないほど、私は愚かではない。

 

「……すまない、アロナ。けれど今の私には、もう…………」

 

 相変わらず、アロナの表情は動かない。

 

 けれど彼女の奥ゆかしい左目に宿った強かな決意が、私の軟弱な心を迷いなく射抜く。

 

「先ほども、申し上げましたが……黒見さんの件に関しては、権利の問題ではありません」

 

 アロナが先にも用いた、”権利”という言葉。

 

 それは舞台装置(マクガフィン)に過ぎない”私”を縛るために課した、”俺”という存在への枷であった。

 

 しかし……アロナはそんな私の苦悩を他所に、

 

 

 

 

 

「これは、『喫茶キヴォトス(わたしたち)』が絶対に果たさなければならない──()()なのです」

 

 

 

 

 

 一切言い淀むことなく、強く断言した。

 

「店長のおっしゃる通り……()()()()()()、店長の”生徒”ではありません」

「…………」

「しかし、黒見さんは私達……『喫茶キヴォトス』の大切な従業員であり、私たちの命よりも大切な……仲間です」

「…………っ」

「”店長”。私が運命を共にしたいと願ったあなたの本質は、『舞台装置(マクガフィン)』だからと言い聞かせ……仲間を見捨てる薄情者だったのですか?」

 

 歯に衣着せぬアロナの物言いが、私の心に巣食う迷いに突き刺さる。

 

「私は、黒見さんと約束しました。彼女が危険な目に遭ったら、私達が必ず守ると」

 

──もしアビドスが……もし、私が危ない目に遭ったら…………店長は、助けてくれますか?

 

「……店長は、彼女との約束を忘れてしまったのですか?」

「…………忘れるわけがない」

「私は、約束を破る大人が嫌いです」

 

……相変わらず、君は大人になりきれなかった人間に容赦がないな。

 

 けれど私は、君がこの世界で誰よりも優しいことを知っている。

 

 一度は信じて”託した”はずの君が、『最期まで傍にいる』と……選択を誤り続けた”俺”の隣に、屈託のない笑顔で戻ってきてくれたのだから。

 

「…………すまない、アロナ」

「…………私は、約束を破る大人が嫌いです」

「……明日の朝食は、二人が大好きなサンドイッチを作ろう。たまごがたっぷり詰まった、とびきり豪勢なメニューだ」

「…………ホットミルクとオレンジジュースを、忘れてはいけません」

「ああ、もちろん」

 

 アロナが私に向かって、おもむろに人差し指を差し出す。彼女の動きに合わせて自身の人差し指を添える。

 

 これは私達の間に残った名残であり、今となっては大切な約束を交わす”儀式”のようなものだ。

 

「──先生」

「……えっ、は、はいっ!」

 

 置いてきぼりにしてしまった先生へ内心で謝罪しつつ、今後の動きに関する必要事項を共有した。

 

「すぐに出ます。私は準備をしますので、先生は一度シャーレに戻って動きやすい靴に履き替えてきて下さい」

「わ、わかりました……っ」

「先ほど対策委員会の方々がおっしゃったのと同様に、激しい戦闘が予想されます。必ず、”シッテムの箱”の充電残量を確認しておくように」

「……えっ、なぜ店長がそれを…………っ」

「詳しい説明は後ほど。準備が整い次第、シャーレへお迎えに上がります」

「はっ、はい……っ!!」

 

 先生がシャーレの部室棟へ戻っている間に、私も大切な約束を果たすための準備を進める。

 

「……”備品”の整備は、すべて終了しています」

「ありがとう、アロナ」

 

 私は店の奥に設けられた厨房のさらに先へと進み、アロナと共に地下ガレージへと向かう。

 

 ガレージの奥深くに眠っていた装備を着用し、かつて共に数々の死戦を潜り抜けた愛銃『M19(テナシティ)』を懐に忍ばせる。

 

 着用した装備に万が一の不備がないかを確認し、私はキヴォトスの科学技術の粋によって魔改造が施された愛車に跨った。

 

「──A().R().O().N().A()

「はい」

「店番と、戦闘支援を頼む」

「承知」

 

 ガレージのシャッターが開くのと同時に、私は愛車のハンドルを強く捻る。長らく埃をかぶっていたそれは待ちくたびれたと言わんばかりに、けたたましい轟音を上げて私の望みに応えた。

 

 そして、私が強烈な排気音と共に黒見さんの救出へ向かう寸前……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相棒のA.R.O.N.Aが静かに、けれど”俺達”が共に歩んできたどの瞬間よりも強かに……彼女が呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──どうか、ご武運を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Tips:店長(臨戦)
 自身を「舞台装置(マクガフィン)」であると言い聞かせ、大切な仲間を見殺しにしようとした愚か者。
 運命を共にした相棒に尻を叩かれるという情けない形で、ようやく重い腰を上げることができた。
 期待には、結果で応えるタイプ。

Tips:A.R.O.N.A
 腰抜けの主人に、自身が思う限りの罵詈雑言を浴びせて発破をかけた。
 実は少しだけ言いすぎたのではないかと、内心で少し反省している。
 どさくさに紛れ、一瞬だけでも彼を昔の愛称で呼ぶことが出来たのでとても満足している。
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