超A級小姓 アインクラッドを往く。   作:渚カエデ

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雪山の底に落ちてしまった2人。果たして2人はどうやって脱出するのか……

今回から新キャラが登場します。ランマルのギルド仲間です。


第11話 ココロの温度【後編】

僕とリズベットさんはかなり高いところから落ちたが、刀で落下角度を変えたり、落下速度を抑えたことでなんとか助かった。

数分ぐらいの間、僕たちは抱き合ったままの姿勢で横たわっていた。彼女から伝わる熱が心地よくて離れたくないからだ。

僕は近くに転がっていた(ランマルブレード)を拾うために体を起こす。拾った刀を鞘に収めるとポーチに入れておいたハイポーションをふたつ取り出し、一つを彼女に差し出す。

ランマル「……飲んでください。元気になれますよ。」

リズ「ん……」

頷いたリズベットさんは僕と同じく、上体を起こして瓶を受け取り、その甘酸っぱい液体を一息に飲み干す。

僕は自分のHPバーを確認する。直接地面と激突したことでレッドゾーンまで突入していた。防御力が低い装備を着けていたか、もしくはレベルがもうちょっと低かったら死んでいたかもしれない。僕がこのコートに心の中で感謝していると、リズベットさんがぺたりと座ったままぎこちなく唇を動かす。

リズ「あの……あ……ありがと。助けてくれて……」

ランマル「いえいえ、人を助けるのは当然のことだと思うので。それよりもここからどうやって抜け出しましょうか……」

リズ「え……テレポートすればいいじゃない。」

彼女はポケットから青く光る転移結晶を出して、僕に示す。

ランマル「残念ながら無駄だと思いますよ。ここはもともとプレイヤーを落っことすためのトラップです。そんな手軽な方法で脱出できるとは思えません。」

リズ「やってみなきゃわからないわ。転移!リンダース!」

しかし、その場には彼女の叫び声が空しく氷壁に反響して消えていくだけだった。結晶の方はただ無言で煌くのみ。

ランマル「結晶が使えると思ったら、落ちてる最中に使っていました。ここは結晶無効化空間です。」

リズベットさんはただ俯くだけだった。僕は彼女を励ますために言う。

ランマル「諦めないでください。結晶が使えないってことは、逆に言うと何か脱出の方法が必ずあるはずです。」

リズ「……そんなの、判んないじゃない。落ちた人が百パーセント死ぬって想定したトラップかもよ?……ていうか、普通死んでたわよ。」

ランマル「あ、そういうパターンもあるのか……」

リズ「あ……あんたねえ!もうちょっと元気づけなさいよ。」

ランマル「あ、はい!とりあえずいろいろ試してみましょう。」

僕は頭を横に傾けて考える。これはルナさんの癖であり、今ではすっかり僕にも伝染ってしまった。

リズ「何それ、ちょっと可愛いかも。」

ランマル「か、可愛いって……僕は真面目に考えてるんですよ!」

彼女は元気が出たのか、ぱちんと自身の頬っぺたを両手で叩くと、立ち上がる。

見たところ、地面にも、周囲の壁にも抜け道のようなものはなかった。

リズ「えーと……助けを呼ぶっていうのはどうかしら?」

ランマル「うーん、ここ、ダンジョン扱いだと思いますよ。」

もしここがダンジョンや迷宮区扱いなら、キリトさんや、ルナさん、もしくは少し前に僕が入ったギルドのメンバーにフレンドメッセージというメールのようなツールでの連絡はできないだろう。しかも位置追跡もできない。念のためにメッセージウインドウを開いてみたけど、やっぱり使用不可能だった。

リズ「じゃあ……ドラゴン狩りに来たプレイヤーに大声で呼びかける。」

ランマル「山頂までは高さ八十メートルはありましたよ。声は届きません。」

リズ「そっか……って、あんたもちょっとは考えてよ!」

ランマル「無茶かもしれませんけど……壁を走って登りますか?」

リズ「……バカ?」

ランマル「とりあえず試してみます。」

僕は壁ギリギリまで近づくと、反対側の壁目掛けて凄まじい速さでダッシュした。床に積もった雪が盛大に舞い上がり、突風がリズベットさんの顔を叩く。

壁に激突する寸前、僕は一瞬身を沈めると爆発じみた音とともに飛び上がる。ある程度高いところに飛ぶと、壁に足がつき、そのまま斜め上方へと走る。

しかし僕は三分の一近くも登ったところで、ツルンとこけて地面に落ちる。落ちた後で落下箇所を見ると、まるでギャグ漫画のように人型の穴が開いていた。

 

 

 

僕は二本目のポーションを咥えたまま、リズベットさんと並んで壁際に座り込んでいた。彼女は大きく溜息をついた。

リズ「まさかあんたまであんなバカなことするなんて思わなかったわ。」

ランマル「……もうちょっと助走距離があればイケたと思います。」

リズ「そんなわけねー。」

彼女がボソリとつぶやく。

僕は飲み干した瓶をポーチにしまうと、大きく一回伸びをする。そして一息ついて言う。

ランマル「……でも、もう暗いですよ。仕方ないですけど今日はここで野営にしましょう。幸いこの穴にはモンスターはポップしないようです。」

穴の入り口から見えた夕焼けの色はすっかり消え去り、穴の底は深い闇に包まれようとしていた。

リズ「そうね……」

ランマル「そうと決まれば、よいしょっと……」

僕はウインドウを開くと、大きな野営用のランタン、手鍋、小袋を幾つか、マグカップ二つを次々とオブジェクト化させた。

リズ「……あんたいつもこんな物持ち歩いてるの?」

ランマル「念のためですよ。ここアインクラッドではいつ、どんなことが起こるかわかりませんから。」

僕はランタンをクリックして火を灯す。明るいオレンジ色の光が辺りを照らし出す。

ランタンの上に小さな手鍋を置くと、僕は雪の塊を拾い上げて放り込み、更に小袋の中身をぱぱっと開けた。蓋をして、鍋をダブルクリック。料理待ち時間のウインドウが浮き上がる。

すぐにハーブのような芳香が僕たちの鼻をくすぐり始めた。

ポーン、という効果音と共にタイマーが消えると、僕は鍋を取り上げて中身を二つのカップに注ぐ。

ランマル「料理スキルはまだまだなので、味は期待しないでください。」

リズ「ありがと……」

彼女に渡したカップには香草と干し肉を使った、簡単に作れるスープを入れた。

リズ「温かい……」

ランマル「良かった。満足してもらえましたか?」

リズ「ええ、それにしても……なんだか現実じゃないみたい……こんな……初めてくる場所で、並んでご飯食べてるなんてさ……」

ランマル「そうですか……リズベットさんは職人クラスですからね……野営の経験とか、あまり無いんですよね。」

リズ「そうね。」

ランマル「僕は結構、野営の経験はありますよ。まあ、この世界での経験ですけど……」

リズ「ふうん、そうなんだ。……聞かせてよ。ダンジョンの話とか。」

ランマル「あ、はい。そんな面白い話、ないと思いますけど……でもその前に。」

僕は空になったふたつのカップを回収して、手鍋と一緒にウインドウに放り込んだ。続けて操作し、大きな布の塊をふたつ取り出す。これは野営用のベッドロールだ。現実世界のシュラフに似ているけど、とても大きい。

ランマル「これ、こう見えて高級品なんですよ!断熱は完璧で、しかも対アクティブモンスター用のハイディング効果がついているんです!」

僕はそれらを雪の上に広げる。その大きさはリズベットさんなら三人、入れるぐらいの大きさだ。

リズ「よくこんな物持ち歩いてるわねえ。しかも二つも……」

ランマル「念のためですよ。」

僕は装備を解除し、左側のベッドロールの中に潜り込む。彼女もマントとメイスを外して右側のベッドロールに体を滑り込ませる。

ん〜、やっぱり金かけて高級品買ってよかった。すごく暖かい。

ランタンを間に挟み、ある程度の距離を置いて僕たちは横たわった。

リズ「ね、さっきの話、してよ。」

ランマル「ああ、はい……」

僕は今までの戦いの話をした。第一層での攻略戦。ルナさんと二人で挑んだボス戦。MPK……いわゆる故意にモンスターを集めて、他のプレイヤーを襲わせる悪質な犯罪者プレイヤーの罠に引っかかった話。その時に助けてくれたギルドに入った話。

話を終えると、彼女が体の向きを変えて僕の顔を見る。

リズ「ねえ……ランマル。聞いていい?」

ランマル「何ですか?」

リズ「なんであの時、あたしを助けたの……?助かる保証なんてなかったじゃん。ううん……あんたも死んじゃう確率のほうが、ずっと高かった。それなのに……なんで……」

僕は穏やかな声で答える。

ランマル「……誰かを見殺しにするぐらいなら、一緒に死んだほうがマシだと思ったからです。だって誰かを見殺しにしたまま、生き続けてたら、なぜその人を救えなかったんだって思いながら、ずっと苦しむことになると思うんです。特にそれがリズベットさんみたいな女の子だったら尚更です。」

リズ「……馬鹿だね、ほんと。そんな奴あんまいないわよ。」

リズベットさんの眼に涙が滲んでいる。それほど僕の言葉が心に響いたのだろうか。

リズ「ね……手、握って。」

ランマル「はい。」

僕は体を左側に向けて、そのまま左手を彼女に伸ばす。そして彼女が差し出してきた左手と絡ませ合う。 

温かい……これが人の温もり……一応ギルドの面々やルナさん、キリトさんともハイタッチしたことはあるけど、ここまで温もりを感じたことは無かった。

この世界での彼女の体も僕の体も単なるデータな筈だ。それでも僕は、彼女の、いや、人の温かさを感じた。

僕も思わず涙が出そうになるが、こらえる。女の子の前で泣くなんて恥ずかしいからね。それに僕の涙はゲームクリアまでとっておきたい。

僕たちはしっかりと手を繫いだまま、瞼を閉じる。

 

 

 

光を感じ、瞼を開けると、そこには白い光が世界を満たしている光景が広がっていた。氷壁に幾重にも反射してきた朝陽が、縦穴の底に積もる雪を輝かせている。

僕が起きるのと同時にリズベットさんも起きたらしい。

ランマル「おはようございます。リズベットさん。」

リズ「……おはよ。」

僕たちはよいしょっとベッドロールから跳ね起きる。

僕は花とミントの香りがするお茶を用意すると、それを二つのカップに注ぐ。一つを彼女に渡すと、その隣に腰を下ろす。

やっぱり朝はお茶に限る。そう思っていると彼女が体を僕にぴたりとくっつけた。一瞬目が合ったけど、二人ともすぐに視線を逸らす。しばらくの間、二人がお茶をすする音だけが響いた。

リズ「ねえ……」

ランマル「はい?」

リズ「……このまま、ここから出られなかったらどうする?」

ランマル「……二人っきりで暮らすことに……って、えー!?」

リズ「そんなに驚かなくってもいいじゃない。」

ランマル「い、言い忘れてましたけど……僕……男ですよ。」

僕はカミングアウトする。一応、喉仏は出してるし、スカートも履いてないから気づきやすいと思うけど。

リズ「あら!そうなんだ。いわゆる男の娘ってやつかしら。」

ランマル「まあ……そうですね。隠しててごめんなさい!」

僕は土下座をする。しかし彼女は動じずに言う。

リズ「別にいいわ。あんた、喉仏が出てるし、少し骨格も男の子寄りだし。」

ランマル「え!?わかっていたんですか?」 

リズ「あたし、客商売をやっているのよ。だから客の細かい所もちゃんと見ているわ。」

ランマル「さすがリズベットさん……でも、よく警戒せずに寝ましたね。」

リズ「あんたのことを信用してるからよ。あんたが寝ている女の子を無理やり襲うような奴には見えないし。」

ランマル「そう言ってくれてありがとうございます。僕もリズベットさんのこと……信じてます!」

リズ「ありがと。ランマル。」

僕が彼女から視線を外したその時。

ランマル「リズベットさん!あそこの円形の穴底の中央部、雪の下に何か見えました!」

リズ「え!?」

ランマル「行きましょう!」

僕は彼女と共にその場所に向かう。僕は膝をつき、両手で積もった雪をかき分ける。ざくざく、という音と共に、たちまち深い穴が穿(うが)たれていく。

リズ「あっ!?」

僕たちの目に突然銀色の輝きが飛び込んできた。朝の光を反射して、何かが雪の奥で煌めいている。

僕はそれを掘り出すと、両手でそれを包み、立ち上がる。

ランマル「これってもしかして……例の金属じゃないですか?」

僕はリズベットさんにそれを見せる。それは白銀に透き通る長方形の物体だった。彼女は右手の指を動かし、そっと金属の表面を叩いた。ポップアップウインドウが浮かび上がる。アイテムの名前は《クリスタライト・インゴット》

リズ「これ、ひょっとして……」

ランマル「そうですね。僕たちが取りにきた金属……ですね。」

リズ「でも、なんでこんなとこに埋まってるのよ。」

ランマル「うーん。」

僕は右手の指で摘んだインゴットを眺めながら考える。僕は嫌なことに気づいてしまった。

ランマル「……ドラゴンは水晶をかじり……腹の中で精製する……つまり!」

リズ「つまり?」

ランマル「この縦穴はトラップではありません。ドラゴンの巣です!つまりこのインゴットはドラゴンのアレです!」

リズ「アレって何なのよ?」

うう……あまり言いたくない……でも言うしかない。

ランマル「つまり……このインゴットはドラゴンの排泄物です。」

リズ「ぎえっ。」

僕はすぐにインゴットをアイテム欄にしまう。

ランマル「これで目標達成ですね。」

リズ「後は脱出できればいいけど……」

ランマル「とりあえず思いついたことを片端から試してみます。」

リズ「そうねー。あーあ、ドラゴンみたく翼があれば……」

と言いかけたところで、彼女は口をぽかんと開けたまま絶句した。

リズ「ねえ。ここ、ドラゴンの巣だって言ったわよね?」

ランマル「はい。そうですね……あ!ドラゴンが夜行性で、朝になったってことは……ここに戻って来る。」

僕たちは穴の上空、穴の入り口を振り仰ぐ。まさにその瞬間!

遥か高みの、丸く切り取られた白い光の中に、滲むような黒い影が生まれた。それはみるみるうちに大きくなる。二枚の翼、長い尾、鉤爪を備えた四肢までがすぐに見て取れるようになる。

二人「「き……き……」」

僕たちは二人揃って後ずさった。もちろん逃げ場はない。

二人「「来たーーーっ」」

二重に叫びながらそれぞれの武器を抜く。

縦穴を急降下してきた白竜は、僕たちの姿を認めると一声甲高く鳴いて地表すれすれに停止した。縦長の瞳孔を持つ赤い眼には、巣への侵入者に対する明らかな敵意が浮かんでいる。しかし狭い穴底のどこにも隠れる場所はない。

僕はリズベットさんの前に出て早口で言った。

ランマル「いいですか!僕の後ろから出ないでください!ちょっとでもHPが減ったらすぐにポーションを飲んでください!」

リズ「う、うん……」

リズベットさんが頷く。

ドラゴンは口を大きく開け、再び雄叫びを上げた。翼の巻き起こす風圧で雪が舞い上がる。長い尻尾が地面をびたんびたんと叩き、その度に雪面に深い溝が穿(うが)たれる。

僕は刀を振りかぶり、突進しようとしたが……

ランマル「そうだ!」

僕は刀を鞘に戻す。僕は振り向いてリズベットさんの体を左手でぐっと抱き寄せた。

リズ「えっ!?どうしたのよ!」

パニクる彼女を肩にヒョイと担ぎ上げると、僕は猛烈な勢いで壁に向かってダッシュした。激突の寸前で大きく跳び上がると、昨日脱出を試みた時にやってみたように、湾曲する壁面を走る。軌道は水平のまま。ドラゴンはひたすら僕たちの動きに合わせて、首を動かす。でもそれを上回るスピードで僕は壁走りを続ける。

数秒後、僕は穴底に着地する。ドラゴンは僕たちを見失って、首をキョロキョロ左右に振っている。

一方、リズベットさんはすっかり目を回していた。

ランマル「ごめん……リズベットさん……」

僕は彼女に謝ると、そろそろとドラゴンに歩み寄り……伸ばした右手で、揺れているドラゴンの尻尾の先端を掴む。

その途端、ドラゴンが甲高い叫び声を上げた。驚愕の悲鳴……なのだろうか。

驚いたドラゴンが両の翼を広げると、凄まじいスピードで急上昇を始めた。

リズ「うぷっ!」

空気が僕たちの顔を叩く。と思う間もなく、僕たちの体は弓で撃ち出されたかのような勢いで宙に飛び出した。竜の尻尾に引っ張られ、左右に揺れながら縦穴を駆け上がっていく。円形の穴底がみるみる遠ざかる。

ランマル「リズベットさん!摑まってください!」

僕が叫ぶと彼女は僕の首にすがりつく。周囲の氷壁を照らす陽光はどんどん明るくなり、風切り音のピッチが微妙に変わって……白い輝きが爆発した、と思った瞬間、僕たちは穴の外へと飛び出していた。

一瞬、細めた目を開けると、五十五層のフロア全景が眼下いっぱいに広がっていた。

真下には綺麗な円錐形の雪山。少し離れたところには小さな村。広大な雪原と深い森の彼方に、主街区の家々が尖った屋根を連ねている。それら全てが明るい光を受けてキラキラと輝く眺めには思わず、恐怖を忘れて歓声を上げる。

リズ「わぁっ……」

ランマル「イェーー!!スゴイーー!!」

僕は彼女の歓声を聞きながら、竜の尻尾から右手を離した。彼女を横抱きにして、慣性に任せて宙をくるくると舞う。溢れる光と風が心を雪いでいく。

そんな中、彼女が叫ぶ。しかし風切音で何を言っているのかわからない。でも彼女の表情は笑っていた。

彼女はギュッと僕の首に抱きついて、笑い声を上げた。僕もそれにつられて笑う。

やがて地表が近づいてきた。最後に一回くるんとまわり、僕は両脚を大きく広げて着地姿勢を取る。

ばふん!と雪が舞い上がった。それはまるで白い結晶を除雪車のように掻き分けながら減速し、とうとう僕たちは山頂の端に停止した。

キリト「2人とも!大丈夫か!?」

山頂にはキリトさんがいた。どうやら僕たちが心配で待っていたらしい。

ランマル「大丈夫ですよ。キリトさん。」

リズ「あたしもよ。」

キリト「リズ、ニヤニヤしてるけど、なんかイイことあったのか?」

リズ「別に、内緒よ。」

キリト「そうか……」

彼女が僕の首に回した両腕を解く。

三人揃って大穴のほうを振り仰ぐと、こちらを見失ったドラゴンが上空をゆっくりと旋回していた。僕は軽く笑みを浮かべると、ドラゴンに向かって小声で言う。

ランマル「……今まで狩られまくって迷惑してましたよね……アイテムの取り方が広まれば君を殺しにくる人たちも来なくなるはずです。これからはゆっくり暮らしてください。」

リズベットさんが右手を伸ばす。僕も左手でそれを握る。キリトさんはキョトンとしていたが、すぐに理解してくれたようだ。

三人が無言で見守る中、白竜は首を巡らせると、一度澄んだ声で鳴いて巣穴の中へと降下していった。

僕は思わずドラゴンに手を振る。

ドラゴンから視線を外すと、キリトさんが言う。

キリト「さて、帰るか。」

リズ「そうね。」

ランマル「はい!」

リズ「クリスタルで飛んじゃう?」

ランマル「歩いて帰りましょう。キリトさんは大丈夫ですか?」

キリト「ああ、いいぜ。」

僕たちは足を踏み出したが、あることに気がつく。

ランマル「あ!ランタンとかベッドロールとか、置いてきちゃった!あれ……高かったのに……」

リズ「いいじゃない。また買い直せばいいし。」

キリト「そうだな。それに後で誰かが使うかもしれないしな。」

ランマル「そ、そうですね。では……帰りましょう。」

僕たちはゆっくりと山道を歩き始める。間近の外周部から覗く空は雲ひとつない快晴だった。

 

 

 

リズ「たっだいま〜!」

彼女は武具店のドアを勢いよく押し開けた。

「お帰りなさいませ。」

カウンターに立つ店番の少女NPCが丁寧な挨拶を返してくる。その挨拶に僕も返す。

ランマル「ただいま。」

後ろからは屋台で買い食いしたキリトさんが、ホットドッグを咥えながら僕に続いて店に入る。

リズ「もうすぐお昼なんだから、ちゃんとした店で食べようよ。」

彼女が軽く文句を言うと、キリトさんはにやりと笑って言う。

キリト「その前に、早速作っちゃおうぜ、剣。」

リズ「そうね。やっちゃおうか。じゃあ工房に来て。」

僕もウインドウのアイテム欄を操作し、白銀のインゴットを実体化させる。アイテムの出自については意識しないようにしながら、彼女に渡す。

リズ「ありがと。ランマル。」

ランマル「はい。」

リズベットさんがカウンター奥のドアを開けると、水車の音が一際大きくなった。彼女が壁のレバーを倒すと、ふいごが動いて風を送り始める。すぐに炉が真っ赤に焼け始める。

リズ「片手用直剣でいいのね?」

キリト「おう。よろしく頼む。」

僕とキリトさんは来客用の丸椅子に腰掛ける。

リズ「了解。言っとくけど、出来上がりはランダム要素に左右されるんだから、あんまり過剰に期待しないでよね。」

キリト「失敗したらまた取りに行けばいいさ。」

ランマル「そうですね。今度はロープ持参で。」

リズ「……長いやつをね。」

あの盛大な落下を思い出して、二人で笑いを洩らす。彼女は炉に目をやると、インゴットはもう充分に焼けていた。

リズベットさんは壁から鍛冶ハンマーを取り、メニューを設定するとハンマーを大きく振り上げる。

おお……これが鍛冶の作業風景なんだ。まさか生で見る機会があるとは思わなかった。

彼女が気合を込めながら赤く光る金属を叩くと、カーン!という澄んだ音とともに、明るい火花が盛大に飛び散った。

僕は今までの疲れからか、それとも金属が叩かれる音が心地いいのか、眠たくなってきた。僕は眠気には勝てず、そのまま寝入った。

 

 

 

僕が目覚めるとすでにキリトさん用の剣が完成していた。僕も椅子から立ち上がり見に行く。

それはとても美しい剣だった。刃身は薄く、レイピアほどではないが細い。インゴットの性質を受け継いでいるかのように、ごくごくわずかに透き通ってるように見える。刃の色はまばゆいほどの白。柄はやや青味を帯びた銀だ。

その剣はかなり重いのか、リズベットさんは頑張って剣を胸の前まで持ってくる。

彼女は刀身の根元を支える右手の指を伸ばし、軽くワンクリック。浮かび上がったポップアップウインドウを覗き込む。

リズ「えーと、名前は《ダークリパルサー》ね。あたしが初耳ってことは、今のところ情報屋の名鑑には載ってない剣だと思うわ。どうぞ、試してみて。」

キリトさんはこくりと頷くと、右手を伸ばし剣の柄を握った。重さなど感じさせない動作で持ち上げる。左手を振るってメインメニューを出し、装備フィギュアを操作して白い剣をターゲット。これでシステム上もキリトさんに装備されたことになり、数値的ポテンシャルを確認することができる。

でもキリトさんはすぐにメニューを消すと、数歩下がってから剣を左手に持ち替え、ヒュヒュン、と音を立てて数回振った。

リズ「どう?」

リズベットさんが待ちきれずに訊ねる。キリトさんはしばらく無言で刀身を見つめていたが……やがて、大きくニコリと笑った。

キリト「重いな。……いい剣だ。」

リズ「ほんと!?……やった!!」

ランマル「やりましたね!リズベットさん!」

僕とリズベットさんは思わずガッツポーズをしていた。その手を突き出し、彼女の右拳にごつんと打ち合わせる。

こんな大きなことをしたのは第一層攻略戦以来な気がする。でもまだ安心できない。まだアインクラッド百層まで約二十五層ぐらいある。僕とキリトさんは攻略組に戻らなきゃいけない。

そう思っているとリズベットさんが言う。

リズ「どっかで乾杯しようよ。あたしお腹空いちゃった。」

ランマル「そうですね。」

キリト「ああ、行こうか。」

僕たちが工房から出ようとした瞬間、リズベットさんが言う。

リズ「……ねえ……キリト。」

キリト「ん?」

リズ「そう言えば……あんた最初、この剣と同等の、って言ったわよね。その白いのは確かにいい剣だけど、あんたのそのドロップ品とそんなに違うとも思えないわよ。なんで似たような剣が二本も必要なのよ?」

キリト「ああ……」

キリトさんは振り向くと、何かを迷うような表情で彼女をじっと見つめていた。

キリト「うーん、全部は説明できない。それ以上聞かない、って言うなら教える。」

リズ「何なのよ、もったいぶって。」

ランマル「そうですよ。僕にも教えてください。」

キリト「ちょっと離れて。」

僕らを工房の壁際まで下がらせると、キリトさんは左手に白い剣を下げたまま、右手で背中の黒い剣を音高く抜き放った。

SAOだと武器を同時に二つ持ってもあまり、意味はないハズ。それどころか、イレギュラー装備状態と見なされてソードスキルの発動ができなくなる。

僕たちがとまどった表情に一瞬だけ視線を向け、彼はゆっくりと左右の剣を構えた。右の剣を前に、左の剣を背後に、わずかに腰を落とし……そして、次の瞬間。

赤いエフェクトフラッシュが炸裂し、工房を染め上げた。

キリトさんの両手の剣が交互に、目に見えないほどのスピードで前方に撃ち出された。キュババババッ!というサウンドが空気を圧し、カラ撃ちにもかかわらず部屋中のオブジェクトがびりびりと震えた。

明らかにシステムに規定された剣技だ。でも、二本の剣を操るスキルなんて聞いたことがない。

でも、僕はその二本の剣で放つ十連撃に及ぶ連続技に魅入られてた。これが噂のOSS(オリジナルソードスキル)なのだろうか。かっこいいな〜。僕もあんな感じのオリジナル技を作りたい。

そう思っている僕をよそ目にキリトさんは左右の剣を同時に切り払い、右手の剣だけを背中に収めて、リズベットさんの顔を見て言った。

キリト「とまあ、そういうわけだ。この剣の鞘が要るなぁ。見繕ってもらえる?」

リズ「あ……う、うん。」

リズベットさんは壁に手を伸ばしホームメニューを表示させた。画面をしばらくスクロールし、ダークリパルサーに合う鞘を探し始める。やがて彼女はキリトさんが背に装備しているものに良く似た黒革仕上げの鞘をオブジェクト化する。小さくリズベット武具店のロゴが入っている。

彼女はそれをキリトさんに渡すと、彼はダークリパルサーをその鞘に収めてウインドウを開き、それを格納した。どうやら背中に二本装備するわけではないらしい。

リズ「……ナイショなんだ?さっきの。」

キリト「ん、まあな。黙っててくれよ。」

リズ「りょーかい。」

ランマル「はい。」

スキル情報は最大の生命線。聞くなと言われれば追求はできない。でも、秘密の共有をこの三人でできたのが僕的にはうれしかった。

キリト「これで依頼完了だな。剣の代金を払うよ。幾ら?」

僕の目の前でキリトさんは代金を支払う。

 

 

 

キリト「ありがとな。リズベット。また来るよ。」

リズ「まいどあり。攻略頑張りなさいよ。」

キリト「ランマルも助けてくれてありがとな。」

ランマル「いえいえ。当たり前のことをしただけです。」

キリトさんは店から出ていく。

ランマル「ところで、リズベットさん……」

リズ「ど、どうしたの?」

ランマル「僕の刀も鍛えなおしてください。氷壁を削りまくったせいで耐久度が下がっちゃったんで。」

リズ「あ、たしかに、わかったわ。」

ランマル「ありがとうございます!」

僕は刀を彼女に渡し、さっきのように丸椅子に座って作業風景を見つめる。今度は眠らずに。

しばらくするとリズベットさんがこちらを振り向く。

リズ「できたわよ。ランマル。」

ランマル「あ、はい。」

僕は彼女から刀を返してもらう。

ランマル「代金は……」

僕が言いかける。しかし、なんだか彼女の様子がおかしい。どうやら口を重く閉ざしている。

ランマル「どうしましたか?」

僕が問うと、彼女が口を開く。

リズ「代金は要らないわ。」

ランマル「え?なんで?」

僕が啞然としていると彼女が答える。

リズ「あたしを……ランマルの……専属スミスにして欲しい。」

ランマル「そ、それってどういうことですか?」 

リズ「攻略が終わったら、ここに来て、装備のメンテをさせて……毎日、これからずっと。」

まさか女の子からこんなこと、言われるなんて思わなかった。僕の体が熱くなる。これはバーチャルな身体感覚なのだろうか。それとも……現実世界での僕の心臓もバクバクいっているのだろうか。

彼女は一歩踏み出し、僕の腕に手をかけた。

リズ「ランマル……あたし……」

リズベットさんが言いかけたその時。

???「お〜い!ランマル!ここに居たのか。」

勢いよく扉を開けて入ってきた黒髪の女性を僕は知っている。

彼女のプレイヤーネームはノブナガ。僕が所属しているギルド《オダ軍》のギルドマスターだ。僕は元になった人の組み合わせに合わせて主様と呼んでいる。

続いてノブカツさんが入ってくる。彼は茶色の髪をポニーテールに縛っている男性だ。

ノブカツ「ここにいたんですね。ランマルさん。姉さんが心配してたんですよ。まったく……」

ノブナガ「そうじゃぞ。お前を探しにダンジョンや、黒鉄宮まで行ったんじゃぞ。」

ランマル「あ、心配かけさせてすいません。実はこちらにいるリズベットさんのクエストの手伝いに参加していて五十五層に行ってました。そこで連絡不能の場所に入ってしまいました。次からギルド外のクエストに参加するときは事前に言います。」

ノブナガ「そうか。それでよろしい。」

ノブカツ「リズベットさん。うちのランマルがお世話になりました。」

リズ「あ、あ、はい……ところでランマル……あんたとそこの女の子の関係性って……」

ランマル「単なるギルド仲間ですよ。でも結構いい人ですよ。」

ノブナガ「そこまで言われると少し照れるのじゃ。お、紹介が遅れていたな。わしの名はノブナガ。ランマルはこう見えて、結構有能なのじゃ。」

ノブカツ「僕はノブカツです。僕も負けてませんよ。姉さん。」

リズ「あ、ノブナガさんとノブカツさんはリアルで姉弟ってこと?」

ノブナガ「まあ、そういうことじゃな。」

リズ「てかなんでノブナガなのに、女の子なの?」

ノブナガ「最初は男のアバターを使っていたのじゃが、茅場の奴め。手鏡でわしのアバターをリアルと同じ顔にしおった。」

リズ「あらら、てことはノブナガさんのリアルは女の子なのね。ノブナガを名乗るってことは歴女?」

ノブナガ「そうじゃな。途中から入ったランマル以外は同じ学校の歴史同好会の集まりじゃ。」

リズ「へえ〜。」

ノブカツ「そろそろ行きましょう。姉さん。」

ノブナガ「そうじゃな。じゃあランマル。刀を持って戻るぞ。」

ランマル「わかりました。とりあえず代金を払います。」

リズ「わかったわ……代金は……」

僕は代金を支払ったあと、《本丸》もといギルドホームに主様(ノブナガさま)とノブカツさんと戻った。

 

 

 

リズベットSide

 

 

ランマルの言っていたギルドってあんな渋いところだったんだ……

とりあえず……いつかはランマルに告白するんだから。待ってなさいよ。ランマル!




今回登場した新キャラたちのギルドのメンバー紹介です。


オダ軍


ノブナガ

CV 釘宮理恵

ギルド《オダ軍》のギルドマスター。黒髪ロングのカタナ使い。軍服のような服を着ており、古風な言葉遣いをしているが、リアルでは普通の喋り方の女子高生である。
なお、オダ軍のうち、ランマル以外は同じ学校の歴史同好会の集まりである。
ノブカツとの現実世界での関係性は、血の繋がった双子の姉弟である。

ノブカツ

CV 山下大輝

ギルド《オダ軍》のサブリーダー。姉と同じく軍服のような服装をしている。
カタナ使い。
普段は有能な指揮官だが、姉のことになると三枚目キャラになる美少年。
髪型は茶色の髪を後ろで一つに縛っているポニテスタイル。
実はシスコンであり、姉に恋心をいだいている。


ミツヒデ

ギルド《オダ軍》の知恵袋的存在。忠実にクエストや任務をこなすが、どうやら最近、怪しい動きを見せているようだ……

ナガヨシ

CV 谷山紀章

ギルド《オダ軍》のタンク役。
カタナ使い兼槍使い。
粗暴な所が目立つが、茶道に精通しており、現実世界では書道部のコンクールで優勝したことがある人物。
名の由来である森長可が、ランマルの名の由来である森蘭丸の兄だったこともあり、ランマルのことをかなり可愛がっている。

チャチャ

CV 阿澄佳奈

ギルド《オダ軍》のメンバー。
カタナ使い。
天真爛漫かつ、ワガママな性格で、浪費家なところがあるが、意外と面倒見は良くランマルから良く相談を受けている。
俊敏さにステータスを振っており、小柄な体も活かして、相手の懐に入って攻める戦闘スタイルを取っている。
なお、元ネタである人物とは違い、ノブナガやノブカツとの血縁関係はない。



なお、この作品に登場するFGOのサーヴァントと同じ名前のキャラたちは一部を除いて、彼らのそっくりさんです。
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