超A級小姓 アインクラッドを往く。   作:渚カエデ

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四十七層【フローリア】にプネウマの花を取りに行くルナとシリカ。二人は無事にプネウマの花を手に入れることができるのか?そして、ルナが呼んだ助っ人とは?


第13話 月の名を持つ戦士【後編】

シリカ「ルナさん、朝ですよ!」

可愛らしい声で起こされる。そうだ、俺はシリカがベットで寝ちゃったから椅子で寝たんだった。

ルナ「あ……ごめん……起こそうと思っていたんだけど、よく寝てたし……それに君の部屋に運ぼうにも、ドアが開かなかったから、それで……」

プレイヤーが借りた宿屋の部屋はシステム的に絶対不可侵で、フレンドでもない限り、どのような手段を用いようとも侵入することはできない。シリカも慌てて手を振ると、言った。

シリカ「い、いえ、あたしこそ、ごめんなさい!ベット占有しちゃって……」

ルナ「別に大丈夫だよ。俺、椅子でも普通に眠れるから。」

シリカ「そうなんですか……すごいですね。」

ルナ「そうかな?まあ、とりあえず、おはよう。」

シリカ「あ、おはようございます。」

俺たちは顔を見合わせて笑った。

 

 

 

一階に降り、四十七層《思い出の丘》挑戦に向けてしっかりと朝食を摂ってから表の通りに出ると、すでに明るい陽光が街を包んでいた。これから冒険に出かける昼型プレイヤーと、逆に深夜の狩りから戻ってきた夜型プレイヤーが対照的な表情で行き交っている。

宿屋の隣の道具屋でポーション類の補充を済ませ、俺たちはゲート広場へ向かう。幸いにも、昨日の勧誘組には出会わずに転移門へと到着することができた。青く光る転送空間に飛び込もうとしたが、シリカが足を止める。

シリカ「あ……あたし、四十七層の街の名前、知らないや……」

ルナ「いいよ。俺が指定する。」

シリカは恐縮しながら俺の手を握る。

ルナ「転移!フローリア!」

俺の声と同時に眩い光が広がり、二人を覆いこむ。

一瞬の転送感覚に続き、エフェクト光が薄れた途端、視界に様々な色彩の乱舞が飛び込んできた。

シリカ「うわあ……!」

彼女が歓声を上げる。

ここ、四十七層主街区ゲート広場は、無数の花々で溢れかえっていた。円形の広場を細い通路が十字に貫き、それ以外の場所は煉瓦で囲まれた花壇となっていて、名も知れぬ草花が今が盛りと咲き誇っている。

シリカ「すごい……」

ルナ「そうだね。この層は通称《フラワーガーデン》と呼ばれてて、街だけじゃなくてフロア全体が花だらけなんだ。時間があったら、北の端にある《巨大花の森》にも行きたいんだけどね……」

シリカ「それはまたのお楽しみにします。」

ルナ「そうだね。今はやることがあるからね。」

俺に笑いかけたシリカは花壇の前にしゃがみこんだ。薄青い、矢車草に似た花に顔を近づけ、そっと香りを吸い込む。

花は、細かい筋の走った五枚の花弁から、白いおしべ、薄緑の茎に至るまで、驚くほどの精細さで造り込まれていた。

ちなみにこの花壇に咲く全ての花を含む、全アインクラッドの植物や建築物が常時これだけの精緻(せいち)なオブジェクトとして存在しているわけではない。そんなことをすれば、いかにSAOメインフレームが高性能でも、たちまちシステムリソースを使い果たしてしまう。

それを回避しつつプレイヤーに現実世界並みのリアルな環境を提供するために、SAOでは《ディテール・フォーカシング・システム》という仕組みが採用されている。プレイヤーがあるオブジェクトに興味を示し、視線を凝らした瞬間、その対象物にのみリアルなディテールを与える。

この話をシリカにしたあと、彼女は色々なものに興味を向ける行為はシステムに無用な負荷をかけているような強迫観念にとらわれて気が引けていたらしいが、今だけは気持ちを抑えることができないのか、次々と花壇を移動しては花を愛で続けた。

俺も花を愛でるか。う〜ん、中々いい匂いだ。たまにはこういうのもありかもしれない。

心ゆくまで香りを楽しんだ俺とシリカは立ち上がり、周囲を見渡す。

花の間の小道を歩く人影は、見ればほとんどが男女の二人連れだ。どうやらこの場所はそういうスポットになっているらしい。

まあ、俺とシリカは仲良しの女の子二人組にしか見えないだろう。

横のシリカを見ると、なぜか顔が火照っている。

ルナ「どうしたの?シリカ。なんか顔が赤くなっているけど……」

シリカ「だ、大丈夫です!それよりもフィールドに行きましょう!」

ルナ「わかった。」

俺はすぐ頷いて彼女の横を歩く。

ゲート広場を出ても、街のメインストリートは同じように花に埋め尽くされていた。

ほんとにすごいな……この層……さて、もしかしたらこの先に例の連中がいる可能性もある。一応ランマルと彼のフレンドに援軍を要請したけど……ランマルのことだ。どんなプレイヤーが来るか、少し気になる。彼と同じカタナ使いのプレイヤーか、それとも中世ヨーロッパ系の英雄の設定を使っているプレイヤーか……まあ、強ければ誰でもいい。

そう考えていると、いつの間にか俺たちは街の南門まで歩いてきていた。銀色の細い網材で組み上げられた巨大なアーチに、つる性の植物が這い回って無数の白い花を咲かせている。メインストリートはその下を抜け、緑の丘に挟まれた街道となって春霞(はるがすみ)の向こうに消えている。

ルナ「さて……いよいよ冒険開始だけど……」

シリカ「はい。」

彼女は表情を引き締めて頷いた。

ルナ「君のレベルとその装備なら、ここのモンスターは決して倒せない敵じゃない。でもフィールドでは何が起きるか判らない。いいかい、もし予想外の事態が起きて、俺が離脱しろって言ったら必ずこの結晶でどこの街でもいいから跳ぶんだ。俺のことは心配しなくてもいいよ。」

そう言うと俺は転移結晶を彼女に渡す。

シリカ「で、でも……」

ルナ「約束して。君のような女の子が目の前で死なれると、俺はずっと後悔して生きることになる。もちろん君のためでもある。だから……絶対生き延びて!」

俺は真剣な表情で言う。

シリカ「はい!あたしも死にたくないです!生きて帰りましょう!」

ルナ「そうだね。さあ、行こう!」

シリカ「はい!」

俺は片手剣を、彼女は短剣を抜き、モンスターが徘徊するフロアへ入る。

 

 

 

シリカ「ぎゃ、ぎゃあああああ!?なにこれー!?き、気持ちワルーー!!」

四十七層のフィールドを南に向かって歩き出して数分後、早速最初のモンスターとエンカウントしたのだが、背の高い草むらを掻き分けて出現したそのモンスターは異様な姿をしていた。

一言で表現すると《歩く花》だ。濃い緑色の茎は人間の腕ほども太く、根元で複数に枝分かれしてしっかりと地面を踏みしめている。茎もしくは胴のてっぺんにはヒマワリに似た黄色い巨大花が乗っており、その中央には牙を生やした口がぱっくりと開いて内部の毒々しい赤をさらけ出している。

茎の中ほどからは二本の肉質のツタがにょろりと伸び、どうやらその腕と口が攻撃部位となっているらしい。

俺からしてもかなり気持ち悪い。

一方のシリカはモンスターのあまりの醜悪さに耐えられないのか、目をつぶって短剣をぶんぶん振りまわしている。

ルナ「大丈夫だから!そのモンスター、すごく弱いよ。花のすぐ下の、ちょっと白っぽくなってるとこを狙えば簡単に……」

シリカ「だ、だって、気持ち悪いんですううー。」

ルナ「そいつで気持ち悪がってたら、この先はもっと大変だよ。花が幾つもついてる奴や、食虫植物みたいな奴、ぬるぬるの触手が山ほど生えた奴まで……」

シリカ「キエーー!!」

俺の言葉に鳥肌が立って、悲鳴を上げつつ無茶苦茶に繰り出したソードスキルは、当たり前だけど見事に空を切った。

俺が助けに行こうとした瞬間、彼女のソードスキルの技後硬直時間にするりと滑り込んできた二本のツタが、シリカの両脚をぐるぐると捉え、思いがけない怪力でひょいと持ち上げた。

シリカ「わ!?」

彼女はモンスターのツタで逆さの宙吊り状態にされて、スカートが仮想の重力に従ってずりりっと下がる。

シリカ「わわわ!?」

慌てて左手でその裾を押さえ、右手でツタを切ろうとするものの、無理な体勢のせいかうまくいかないようだ。

シリカ「ル、ルナさん!早く助けて!見ないで助けて!!」

ルナ「そ、それは無理だよ……」

俺は手で眼を覆っている。それはそうだ。幼い見た目とはいえ、女の子のパンツが見えそうなのだ。

その間にも巨大花は何が楽しいのか、吊り下げたシリカを左右にぶらぶら振り回す。

シリカ「こ、この……いい加減に、しろっ!」

彼女はやむなくスカートから左手を離し、ツタの片方を掴むと短剣で切断した。がくんと体が下がり、花の首根っこが射程に入ったところで彼女は再度ソードスキルを繰り出す。今度は見事に命中し、巨大花の頭がコロリと落ちると同時に全体も爆散。ポリゴンの欠片を浴びながらすたんと着地したシリカは、振り向くと俺に言う。

シリカ「……見ました?」

ルナ「……見てない。」

 

 

 

その後、五回ほども戦闘をこなしたところで彼女もようやくモンスターのグロテスクな見た目にも慣れ、俺たちは快調に行程を消化していった。一度イソギンチャクに似たモンスターの、粘液まみれの触手に全身ぐるぐるまきにされた時にはシリカは気絶しかけていたが。

俺は基本的に戦闘には手を出さず、シリカがピンチになると剣で攻撃を弾くだけのアシスト役に徹した。なぜなら、パーティープレイではモンスターにダメージを多く与えたプレイヤーの方が、その分、得られる経験値が多いからだ。戦いを基本的にシリカに任せた方が、彼女のレベルアップのペースは早くなる。そのおかげで彼女はこの花園での戦いだけでレベルが一つ上がった。

赤レンガの街道をひたすら進むと小川にかかった小さな橋があり、その向こうに一際小高い丘が見えてきた。道はその丘を巻いて頂上まで続いているようだ。

ルナ「お疲れ様。シリカ。あれが《思い出の丘》だよ。」

シリカ「見たとこ、分かれ道はないみたいですね?」

ルナ「ああ、ただ登るだけだから道に迷う心配はないけど、モンスターの量は相当多いようだ。気を引き締めて行こう。」

シリカ「はい!」

もうすぐピナを生き返らせられると思ったからか、彼女の歩みが速くなる。

色とりどりの花が咲き乱れる登り道に踏み込むと、俺の予想通り、急にエンカウントが激しくなる。ここからは俺も積極的にモンスターと戦うことにする。

先ほどのフロアより大きなサイズの植物モンスターが現れるようになったが、シリカの持つ黒い短剣の威力は思った以上に高く、連続技のワンセットでほとんどの敵を落とすことができていた。

武器の強さもそうだが、一番の理由は彼女の努力だと思う。最初はグロテスクな植物モンスターに振り回わされていた彼女も、今ではサクサクとモンスターを倒していく。

激しさを増すモンスターの襲撃を退けて、高く繁った木立の連なりをくぐると、そこが丘の頂上だった。

シリカ「うわあ……!」

彼女は思わず数歩駆け寄り、歓声を上げた。

空中の花畑、そんな形容が相応しい場所だった。周囲をぐるりと木立に取り囲まれ、ぽっかりと開けた空間一面に美しい花々が咲き誇っている。

ルナ「ようやく着いたね。」

俺は剣を鞘に収めながら言う。

シリカ「ここに……その、花が……?」

ルナ「ああ、真ん中あたりに岩があって、そのてっぺんに……」

俺の言葉が終わらないうちに、シリカはその岩まで走り出す。花畑の中央に白く輝く大きな岩に、息を切らせながら彼女は走る。彼女は胸ほどまでもある岩に駆け寄り、おそるおそるその上を覗き込む。

シリカ「え……」

彼女は啞然としていた。

ルナ「どうしたんだ!?」

俺は彼女の近くまで行く。すると彼女が振り返り、叫んだ。

シリカ「ない……ないよ!ルナさん!」

シリカの目には涙が滲んでいた。

ルナ「見せて!」

彼女の横に入り、岩のてっぺんを見る。

そこには何もなかった。くぼんだ岩の上には糸のような短い草が生え揃っているだけで、花らしきものはまるで見当たらない。

ルナ「そんなはずは……あ、見て!」

俺の視線に促されて、シリカは再び岩の上に視線を戻す。すると……

シリカ「あ……」

柔らかそうな草の間に、今まさに一本の芽が伸びようとしているところだった。視線を合わせるとフォーカスシステムが働き、若芽はくっきりと鮮やかな姿へと変わる。二枚の真っ白い葉が貝のように開き、その中央から細く尖った茎がするすると伸びていく。

昔、理科の時間に見た早回しのフィルムのように、その芽はたちまち高く、太く成長していき、やがて先端に大きなつぼみを結んだ。純白に輝くその涙滴型のふくらみは、錯覚でなく内部から真珠色の光を放っている。

俺とシリカが息を詰めて見守るなか、徐々にその先端がほころんで……しゃらん、と鈴の音を鳴らしてつぼみが開く。それに合わせて光の粒が宙を舞う。

俺たちはしばらく身動きもせずに、小さな奇跡のように咲く白い花を見つめていた。七枚の細い花弁が星の光のように伸び、その中央からふわり、ふわりと光がこぼれては宙に溶けていく。

ルナ「……キレイだね。」

シリカ「そうですね……。」

俺たちは優しい笑顔を浮かべながら、その光景を見ていた。

やがてシリカは花にそっと右手を伸ばす。絹糸のように細い茎に触れた途端、それは氷のように中ほどから砕け、彼女の手の中には光る花だけが残っていた。息を詰め、そっとその表面を指で触れる。するとネームウインドウが音もなく開く。そこには《プネウマの花》と表示されていた。

シリカ「これで……ピナを生き返らせられるんですね……」

ルナ「うん、心アイテムに、その花の中に溜まっている雫を振り掛ければいい。だけどここは強いモンスターが多いから、街に帰ってからのほうがいいと思うよ。今は我慢して、急いで帰ろう。」

シリカ「はい!」

彼女は頷くと、メインウインドウを開き、花をそこに乗せた。アイテム欄に格納されたのを確認し、それを閉じる。

俺もそれを確認すると元来た道を戻る。

転移結晶を使えばすぐに帰れるが、クリスタル系アイテムはとても高価で、本当に危険な時以外はあまり使わないほうがいい。なので俺たちは歩きながら帰る。

幸い、帰り道ではほとんどモンスターと出くわすことはなかった。駆け下りるように進み、麓に到達する。

あとは街道を一時間歩くだけで街に着くのだが、小川にかかる橋を渡ろうとした瞬間。俺は嫌な気配を察する。前を歩くシリカの肩に手を掛けて止める。

そして俺は橋の向こう、道の両脇に繁る木立のほうを睨む。

ルナ「そこで待ち伏せてる奴、出てこい!」

シリカ「え………!?」

彼女も慌てて木立に目を凝らす。緊迫した数秒が過ぎたあと、不意にがさりと木の葉が動いた。プレイヤーを示すカーソルが表示される。色はグリーン、犯罪者ではない。

短い橋の向こうに現れたのは……炎のように真っ赤な髪、同じく赤い唇、エナメル状に輝く黒いレザーアーマーを装備し、片手には細身の十字槍を携えている。

シリカ「ろ……ロザリアさん……!?なんでこんなところに……!?」

驚くシリカの問いには答えず、ロザリアは唇の片側を吊り上げて笑った。

ロザリア「アタシのハイディングを見破るなんて、なかなか高い索敵スキルね、金髪剣士さん。侮ってたかしら?」

ロザリアはシリカに視線を移す。

ロザリア「その様子だと、首尾よく《プネウマの花》をゲットできたみたいね。おめでと、シリカちゃん。」

シリカは数歩後ずさった。その一秒後、ロザリアはとんでもない言葉を発し、彼女を絶句させる。

ロザリア「じゃ、さっそくその花を渡してちょうだい。」

シリカ「……!?な……何を言ってるの……」

しばらく口を閉ざしていた俺は前に進み出て口を開く。

ルナ「そう行かないよ。ロザリアさん。いや……犯罪者(オレンジ)ギルド《タイタンズハンド》のリーダーさん、と言ったほうがいいかな。」

ロザリアの眉がぴくりと跳ね上がり、唇から笑いが消えた。

 

 

 

SAO内において、盗みや傷害、あるいは殺人といったシステム上の犯罪を行ったプレイヤーは、通常緑色のカーソルがオレンジへと変化する。それゆえ、犯罪者はオレンジプレイヤー、その集団はオレンジギルドと呼ばれている。

だが、眼前のロザリアの頭上に浮かぶHPカーソルは緑色だ。傍らにいるシリカは呆然と俺を見上げ、掠れた声で問い質した。

シリカ「え……でも……だって……ロザリアさんは、グリーン……」

ルナ「オレンジギルドと言っても、全員が犯罪者カラーじゃない場合も多い。グリーンのメンバーが街で獲物をみつくろい、パーティーに紛れ込んで、待ち伏せポイントに誘導する。昨夜、俺たちの話を盗聴していたのもあいつの仲間だよ。」

シリカ「そ……そんな……」

彼女は愕然としながらロザリアの顔を見やる。

シリカ「じゃ……じゃあ、この二週間、一緒のパーティーにいたのは……」

ロザリアは再び毒々しい笑みを浮かべ、言った。

ロザリア「そうよォ。あのパーティーの戦力を評価すんのと同時に、冒険でたっぷりお金が貯まって、おいしくなるのを待ってたの。本当なら今日にもヤッちゃう予定だったんだけどさー。」

シリカの顔を見つめながら、ちろりと舌で唇を舐める。

ロザリア「一番楽しみな獲物だったあんたが抜けちゃうから、どうしようかと思ってたら、なんかレアアイテム取りに行くって言うじゃない。《プネウマの花》って今が旬だから、とってもいい相場なのよね。やっぱり情報収集は大事よねえー。」

今度は俺に視線を向けて肩をすくめた。

ロザリア「でもそこの金髪剣士サン、そこまで解ってながらノコノコその子に付き合うなんて、馬鹿?それとも……」

俺は珍しく頭に血が登り、彼女の言葉を遮る。

ルナ「うるさい!俺はお前を探していたんだ!」

ロザリア「どういうことかしら?」

ルナ「お前、十日前に、三十八層で《シルバーフラグス》っていうギルドを襲ったな。メンバー四人が殺されて、リーダーだけが脱出した事件だ。」

ロザリア「……ああ、あの貧乏な連中ね。」

眉ひと筋も動かすことなく、ロザリアが頷く。

ルナ「リーダーだった男はな、毎日朝から晩まで、最前線のゲート広場で泣きながら仇討ちをしてくれる人物を探していたんだ!でもその男は、依頼を引き受けた俺に向かって、お前らを殺してくれとは言わなかった。黒鉄宮(こくてつきゅう)の牢獄に入れてくれと、そう言ってたんだ!お前に彼の気持ちが解るか?」

ロザリア「解んないわよ。」

面倒そうにロザリアは答えた。

ロザリア「何よ、マジんなっちゃって、馬鹿みたい。ここで人を殺したって、ホントにその人が死ぬ証拠ないし。そんなんで、現実に戻った時に罪になるわけないわよ。だいたい戻れるかどうかも解んないのにさ、正義とか法律とか、笑っちゃうわよね。アタシそういう奴が一番嫌い。この世界に妙な理屈持ち込む奴がね。」

ロザリアの目が凶暴そうな光を帯びる。こいつ……すでに人の心を捨ててるな。

ロザリア「で、あんた、その死に損ないの言うこと真に受けて、アタシらを探してたわけだ。ヒマな人だねー。ま、あんたの撒いた餌にまんまと釣られちゃったのは認めるけど……でもさぁ、たった二人でどうにかなるとでも思ってんの……?」

唇がきゅっと嗜虐的な笑みを刻んだ。掲げられた右手の指先が、素早く二度宙を扇いだ。

途端、向こう岸へ伸びる道の両脇の木立が激しく揺れ、次々と人影を吐き出した。俺の視界に連続して幾つものカーソルが表示される。ほとんどが禍々しいオレンジ色だ。その数は……十。待ち伏せに気付かず、まっすぐ橋を渡っていたら完全に囲まれていただろう。オレンジの中に一つだけ含まれたグリーンカーソルの持ち主の、針山のように尖った髪型は間違いなく昨夜、宿屋の廊下で一瞬眼にしたものだ。

新たに出現した十人の盗賊は、皆派手な格好した男性プレイヤーだ。全身に銀のアクセサリーやサブ装備をじゃらじゃらとぶら下げている。男たちはにやにやと笑いを浮かべながら、シリカや俺の体に粘つくような視線を投げかけてきた。

ルナ「シリカ、俺の後ろに隠れて。」

シリカ「は、はい!でもルナさん……人数が多すぎます、脱出しないと……」

ルナ「大丈夫。俺が逃げろ、と言うまでは、結晶を用意してそこで見ててもいいから。それに……助っ人を呼んどいたから安心して。」

俺はシリカの前に立ち、フレンドにメールを送る。

ロザリア「今更、メールを打つなんて遺言を残すつもりなのかしら。お馬鹿すぎでしょ。」

ロザリアが盗賊たちとゲラゲラ笑う。するとそこに。

???「ルナさーん!」

見慣れた顔の剣士が走ってきた。そう、ランマルだ。しかも援軍を引き連れて。

ロザリア「何なのよ?あれがあんたの言ってた助っ人?ぶっちゃけ弱そうだけど。」

ルナ「彼は俺と同じ攻略組だ。しかも彼だけじゃない。」

ランマルが止まると、彼の横に二人の人物が立つ。

一人はピンク色の髪を後ろで三つ編みに縛っており、中性的な衣装に身を包んだ人物だ。

もう一人の金髪の人物は隣のピンク髪と同じく、後ろで髪を三つ編み状に縛っており、紺色の衣装にアーマーを身につけている。二人とも、その姿はまるで騎士のようだった。

俺がランマルの呼んだ二人を見ていると、ピンク髪が名乗りを上げた。

???「やあやあ!ボクの名前はアストルフォ。ギルド《シャルルマーニュ十二勇士》の一員さ。悪行を重ねるギルドを許すことはできない!」

シャルルマーニュ十二勇士……イギリスの物語に登場する英雄の集まりだ。ただのロールプレイをしている弱いプレイヤーじゃないことを祈る。

そう思っていると金髪の女剣士も名乗りを上げる。

???「私の名はジャンヌ。ソロプレイヤーです。ですが、あなた達のような非道な悪人は絶対に許しません!さあ!かかってきなさい!」

ジャンヌ……まさか元ネタはあのジャンヌ・ダルクか?もしそうだとしたら相当強いハズ。

ランマル「僕の名前はランマル。そこにいるルナさんのフレンドです!」

ランマルも二人に続いて名乗りを上げる。

「シャルルマーニュ十二勇士……ヤバいですよ!こいつ!」

「ジャンヌ……こいつはかなりの実力者ですよ!」

盗賊たちがざわめき始める。

ロザリア「こんなフザケたコスプレ連中。アタシたちの敵じゃないわ!さあ、行きなさい!」

「わ、わかりました。」

盗賊たちが三人に襲い掛かる。しかし、十人もいるのに盗賊たちは三人に対して劣勢だ。だが油断できない。ランマルたちは一人で三人ぐらいを相手にしている。背後を取られる危険性もある。

というわけで俺は剣を抜き、ジャンプして戦いの中に入る。

ルナ「俺も相手だ!」

「一人増えても結果は同じだぜ〜。負ける前に降参したらどうだ。」

ルナ「絶対に降参はしない!」

ジャンヌと俺は三人ずつ、ランマルとアストルフォはそれぞれ二人ずつ、相手にする。

盗賊たちを殺さないように彼らの武器を集中的に狙う。助っ人たちの強さもあり、盗賊たちは武器を失い、両手を上げて降参の姿勢を取る。三人はそんな盗賊たちを一つの場所に集めて、逃げないようにする。さて、残ったのはリーダーのロザリアだけだ。

ロザリア「チッ」

不意にロザリアが舌打ちをすると、腰から転移結晶を掴みだした。宙に掲げ、口を開く。

ロザリア「転移……」

俺はその言葉が終わらないうちに彼女の前に立つ。

ロザリア「ひっ……」

体を強張らせるロザリアの手からクリスタルを奪い、そのまま襟首を掴むと、ずるずると盗賊たちの元に引きずる。

ロザリア「は……放せよ!!どうする気だよ畜生!!」

俺は彼女の言葉を無視し、棒立ちの男たちの中央にロザリアの体を投げ出すと、ポーチから青い結晶体を取り出す。

アストルフォ「あれ、なんだろう?転移結晶よりも色が濃いよ」

ランマル「わかりません。なんでしょうかね……あれ」

ジャンヌ「私は見たことあります。たしか……回廊結晶というアイテムですね。結構高価ですよ。」

アストルフォ「へぇ〜、そうなんだ!さすがジャンヌ。物知りだね。」

ランマル「ホントですよ。これからも、僕がわからないことがあったら質問しますね。ジャンヌさん。」

ジャンヌ「二人とも……少しは自分で調べたりしたらどうですか……」

アストルフォ「僕……どちらかというと、考えることよりも、動くことの方が好きだからね。だからこれからも色々教えてね。ジャンヌ。」

ランマルのフレンドたちが会話しているのを横目に俺はオレンジギルドの面々に告ぐ。

ルナ「これは俺に依頼した男が全財産をはたいて買った回廊結晶だ。黒鉄宮の監獄エリアが出口に設定してある。お前ら全員これで牢屋に跳んでもらう!あとは《軍》の面々が面倒を見てくれるぞ!」

地面に座り込んだまま唇を噛んだロザリアは、数秒押し黙ったあと、紅い唇に強気な笑いを浮かべて言う。

ロザリア「……もし、嫌だと言ったら?」

ルナ「たとえば……これを使う。」

俺は服の内側から小さな短剣を取り出す。この短剣の刀身には薄緑の粘液が塗られている。

ルナ「この粘液は麻痺毒だ。レベル5の毒だから十分間は動けない。全員コリドーに放り込むのに、そんだけあれば充分だ……自分の足で入るか、投げ込まれるか、好きなほうを選べ。」

オレンジギルドの奴らも、さすがに強がりを言うのを辞めた。全員が無言でうなだれるのを見て、俺は短剣をしまう。その後、右手で濃紺の結晶を掲げて叫ぶ。

ルナ「コリドー・オープン!」

瞬時に結晶が砕け散り、その前の空間に青い光の渦が出現する。

「畜生。こんな奴に……」

斧を使っていた男が肩を落としながら、最初にその中に飛び込んだ。残りのオレンジプレイヤーたちも、ある者は毒づきながら、ある者は無言で光の中に消えていく。盗聴役をしていたグリーンプレイヤーもそれに続き、ロザリア一人が残るだけとなった。彼女は地面にあぐらをかき、挑戦的な視線で俺を見上げる。

ロザリア「……やりたきゃ、やってみなよ。グリーンのアタシに傷をつけたら、今度はあんたがオレンジに……」

言葉が終わらないうちに、俺は再びロザリアの襟首を掴み上げる。

ルナ「言っておくけど俺はソロプレイヤーだから、一日二日オレンジになるぐらいどうってことはない。」

俺はロザリアを高くぶら下げたまま、回廊へ向かって歩き出す。ロザリアが尚も手足をばたばたさせて抗う。

ロザリア「ちょっと、やめて、やめてよ!許してよ!ねえ!そ、そうだ、あんた、アタシと組まない?あんたの腕があれば、どんなギルドだって潰せるし、おまけにあんた、顔もいいし……」

ルナ「うるさい。俺の前から消えろ。」

俺は力任せにロザリアを頭からコリドーに放り込み、その姿が掻き消えた直後、回廊そのものも一瞬まばゆく光って消滅した。

静寂が訪れた。

小鳥のさえずりと小川のせせらぎだけが流れる春の草原は、数分前の喧騒が嘘のようなうららかさを取り戻していた。

俺はアストルフォとジャンヌとランマルの元に行き、お礼を言う。

ルナ「ありがとう。三人とも。君たちが居なかったら負けていたかも。」

アストルフォ「別にいいよ〜。ボクだって一応、勇者だし。悪い奴を成敗するのはスカッとするよ。」

ジャンヌ「私もオレンジギルドの悪行を見逃すことはできないので、むしろここで共闘して彼らを牢獄に入れる手伝いができてよかったです。」

ランマル「僕はルナさんの手伝いができて嬉しかったです。なのでお礼は大丈夫ですよ。」

アストルフォ「ボクも。」

ジャンヌ「私も。」

どうやら三人とも、お礼の品は要らないみたいだ。

ルナ「ありがとう。これからも人数が必要になったら呼ぶね。」

アストルフォ「うん!これからもよろしくね!」

ジャンヌ「私からも同じく。」

やっぱ友人を持つことはいいことかもしれない。そう思っているとランマルは言う。

ランマル「ちょ!アストルフォさん!カーソルがオレンジになってますよ!」

アストルフォ「え?あ、ホントだ!やばっ!ボク!犯罪者になっちゃったよ!」

ジャンヌ「まったく……男のグリーンプレイヤーと戦った時にオレンジになったようですね。」

アストルフォ「ジャンヌ〜。ボクは悪い人じゃないから許して〜!」

ジャンヌ「大丈夫ですよ。アストルフォの人柄はよく知ってるので。その代わり、グリーンに戻るためのクエストは一人で受けてください。」

アストルフォ「え〜、そんな〜。」

ジャンヌ「じゃあ切りますよ。」

アストルフォ「わかった。一人で受けるよ。」

ジャンヌ「その意気です。頑張ってください。」

どうやら二人はかなりの仲良しなようだ。

二人が帰るのを見送ると、俺とランマルはシリカの元へと駆け寄る。立ち尽くしていた彼女に俺は囁くように言う。

ルナ「……ごめん。シリカ。君を囮にするようなことになっちゃって……」

彼女は必死に首を振っている。多分、心の中に色々な気持ちがぐるぐると渦巻いているのかもしれない。

ルナ「街まで送るよ。」

俺はそう言って歩き出そうとした。しかし、彼女は動かなかった。

ルナ「どうしたの?」

シリカ「あ、足が動かないんです。」

ルナ「あ、そういうことね。じゃあ手を繋いで帰ろう。」

俺は軽く笑って右手を差し出す。彼女はその手をぎゅっと握ると、やっと少しだけ笑うことができたようだ。

 

 

 

三十五層の風見鶏亭(かざみどりてい)に到着するまで、俺たちは無言だった。普段はよく喋るランマルでさえも無言だった。

ランマルと別れて、風見鶏亭の二階に上がり、俺の部屋に入ると、窓からはすでに赤い夕陽が差し込んでいた。俺が窓の外を眺めていると後ろからシリカが震える声で言葉を紡ぐ。

シリカ「あの……ルナさん……ランマルさんとはどういう関係なんですか?」

ルナ「普通に友だちだよ。それにランマルも男だし。」

シリカ「え!?そうなんですか?どう見ても女の子にしか……」

ルナ「俺も最初はびっくりしたよ。」

シリカ「ところで……失礼かもしれませんが……ルナさんって……恋愛対象は……どっちなんですか?」

ルナ「恋愛対象?女の子だよ。俺、この見た目だけど恋愛対象は女の子だからね。」

シリカ「そうなんですか。」

心なしか、シリカが安心したような表情を浮かべているように見える。

ルナ「ちなみにランマルも女の子が好きだよ。まだ相手はいないそうだけど……」

シリカ「そうなんですね……ところで……もう前線に戻っちゃうんですか?」

ルナ「そうだね。五日も前線から離れちゃったからね。すぐに、攻略に戻らないと……」

シリカ「……そう、ですよね……」

今の彼女を前線にだすことは出来ない。まだ彼女のレベルは45だ。前線に彼女を出したら、一瞬のうちにモンスターに殺されてしまうだろう。

シリカ「………あ……あたし……」

彼女はぎゅっと唇を嚙み、涙を流す。俺は彼女を励ますために言う。

ルナ「レベルなんてただの数字だよ。この世界での強さは単なる幻想だからね。そんなものよりもっと大事なものがある。だから、次は現実世界で会おうね。そうしたら、また同じように友だちになれるよ。」

シリカはそっと目を閉じて、呟く。

シリカ「はい。きっと……きっと。」

彼女は笑顔を浮かべる。俺も微笑んで言う。

ルナ「さあ、ピナを呼び戻してあげよう。」

シリカ「はい。」

頷き、彼女は左手を振ってメインウインドウを呼び出した。アイテム欄をスクロールし、《ピナの心》を実体化させる。

ウインドウ表面に浮かび上がった水色の羽根をティーテーブルに横たえると、次に《プネウマの花》も呼び出す。

真珠色に光る花を手に取り、ウインドウを消すと、シリカは俺を見上げる。

ルナ「その花の中に溜まっている雫を、羽根に振りかけるんだ。それでピナは生き返る。」

シリカ「解りました。」

シリカは両眼に涙を浮かべながら、右手の花をそっと羽根に向かって傾けた。

 

 

 

ピナも生き返ったそうだし、彼女もそろそろレベルは50を超えたかな。そう思っているとメールボックスに新しいメールが届く。それはランマルからのメールだった。内容は。

【ルナさん!大変です!キリトさんとアスナさんが小さい子供プレイヤーを森で保護したらしいです!至急、二十二層の二人のプレイヤーホームに来てください!】

俺はメールに了解と返答して、転移門へ向かう。

ルナ「転移!二十二層!」




今回登場した新キャラ紹介



アストルフォ

CV 大久保瑠美

ギルド《シャルルマーニュ十二勇士》のメンバー。ピンク色の髪を後ろで三つ編みにしている男の娘。
片手剣使い兼槍使い。
性格は明るく、天真爛漫で、考える前に動くタイプ。ジャンヌや他のギルドメンバーは彼と同じ学校の生徒である。


ジャンヌ

CV 坂本真綾

ソロプレイヤーの片手剣使い。現実世界ではアストルフォの同級生であり、学級委員長をしている。そのため、ゲーム内でたまにアストルフォから【ルーラー】と呼ばれることも。
ソロプレイヤーであるが、攻略組に所属しており、その強さはかなりのものである。

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