超A級小姓 アインクラッドを往く。   作:渚カエデ

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ついに始まった七十五層のボス戦。強敵《スカルリーパー》の撃破後にある人物の正体が明らかになる。果たしてその人物とは……


第18話 衝撃の真実

軽い目眩(めまい)にも似た転移感覚のあと、目を開くとそこはもう迷宮区の中だった。広い回廊だ。壁際には太い柱が列をなし、その先に巨大な扉が見て取れる。

七十五層迷宮区は、わずかに透明感のある黒曜石のような素材で組み上げられていた。ごつごつと荒削りだった下層の迷宮区とは違い、鏡のように磨き上げられた黒い石が直線的に敷き詰められている。空気は冷たく湿り、薄い靄がゆっくりと床の上をたなびいている。

ランマル「不気味な雰囲気ですね。ルナさん。」

ルナ「ああ……それに俺を監視しているような気配も感じる。」

ランマル「それは……ボスモンスターにですか?」

ルナ「いや、俺を監視している気配には……悪意や邪気は感じられない。これはいったい……。」

ルナさんは周囲をキョロキョロと観察している。

その一方で他のプレイヤーたちは皆、メニューウインドウを開き、装備やアイテムの確認をしている。彼らの表情も一様に硬い。

キリトさんとアスナさんの方は「私がキリト君を守る」とか、「俺がアスナを守る」という感じで少しイチャついていた。やっぱりラブラブなんだね。

回廊の中央ではヒースクリフさんが十字盾をオブジェクト化させて、完全に戦闘モードに入っていた。彼はがしゃりと装備を鳴らし、言う。

ヒースクリフ「皆、準備はいいかな。今回、ボスの攻撃パターンに関しては情報がない。基本的にはKoBが前衛で攻撃を食い止めるので、その間に可能な限りパターンを見切り、柔軟に反撃してほしい。」

僕らは無言で頷く。

ヒースクリフ「では……行こうか。」

あくまでもソフトな声音で言うと、ヒースクリフさんは無造作に黒曜石の大扉に歩み寄り、中央に右手をかけた。全員に緊張が走る。

隣にいるナガヨシさんが僕の肩にポンと手を置いて言う。

ナガヨシ「ランマル。死ぬんじゃねぇぞ。」

ランマル「もちろんです。ナガヨシさんも死なないでくださいね。」

ノブナガ「今回も死者を出さずに行くのじゃ。」

ノブカツ「そうですね。姉上。」

ノブナガ「こういう所で姉上と呼ぶんじゃない。縁起が悪いぞ。」

ノブカツ「すいません。そうですね。」

(ノブナガ)様たちが会話を終えると、大扉が重々しい響きを立てながらゆっくりと動き出した。

ルナ「よし……行くぞ!ランマル!」

ランマル「はい!!」

僕たちは一斉に抜刀する。最後に十字盾の裏側から長剣を音高く抜いたヒースクリフさんが、右手を高く掲げ、叫ぶ。

ヒースクリフ「戦闘、開始!」

そのまま、完全に開ききった扉の中へと走り出す。全員が続く。

内部はかなり広いドーム状の部屋だった。円弧(えんこ)を描く黒い壁が高くせり上がり、遥か頭上で湾曲して閉じている。攻略部隊全員が部屋に走り込み、自然な陣形を作って立ち止まった直後……背後で轟音を立てて大扉が閉まった。最早開けることは不可能だろう。ボスが死ぬか、僕らが全滅するまでは。

数秒の沈黙が続く。だだっ広い床全面に注意を払うが、ボスは出現しない。限界まで張り詰めた神経を焦らすように、一秒、また一秒と時間が過ぎていく。

「おい。」

誰かが、耐えきれないというふうに声を上げた。その時。

アスナ「上よ!!」

近くにいたアスナさんが鋭く叫んだ。はっとして頭上を見上げる。

 

 

 

ドームの天頂部に……それが貼りついていた。

それは巨大で長い体を持つ百足(むかで)のようなモンスターだった。

その体は虫と言うよりは人間の背骨を思い起こさせる。灰白色の円筒形をした体節ひとつひとつからは、骨剥き出しの鋭い脚が伸びている。その体を追って視線を動かしていくと、徐々に太くなる先端に、凶悪な形をした頭蓋骨があった。これは人間のようなものでは無く、流線型に歪んだその骨には二対四つの鋭く吊り上がった眼窩(がんか)があり、内部では青い炎が瞬いている。大きく前方に突き出した顎の骨には鋭い牙が並び、頭骨の両脇からは鎌状に尖った巨大な骨の腕が突き出している。

視線を集中すると、イエローのカーソルとともにモンスターの名前が表示された。

The()Skullreaper(スカルリーパー)》つまり骸骨の刈り手。

無数の脚を蠢かせながら、ゆっくりとドームの天井を這っていた骨百足は、全員が度肝を抜かれ声もなく見守る中、不意に全ての脚を大きく広げてパーティーの真上に落下してきた。

ヒースクリフ「固まるな!距離を取れ!!」

ヒースクリフさんの鋭い叫び声が、凍りついた空気を切り裂いた。我に返ったように全員が動き出す。

シャルル「俺たちも散開するぞ!!」

シャルルマーニュ十二勇士のメンバーも一組二人ずつに別れる。

ノブナガ「儂らも距離を取るのじゃ!!」

オダ軍やルナさん、ジャンヌさんもスカルリーパーの落下予測地点から離れる。

だが、落ちてくる骨百足のちょうど真下にいた三人の動きが、わずかに遅れていた。彼らはどちらに移動したものか迷うように、足を止めて上を見上げている。

キリト「こっちだ!!」

キリトさんが慌てて叫ぶ。呪縛の解けた三人は走り出す。

しかし、その背後に、百足が地響きを立てて落下した瞬間、床全体が大きく震えた。足を取られた三人がたたらを踏む。そこに向かって、百足の右腕……長大な骨の鎌、刃状の部分だけで人間の身長ほどもあるそれが、横薙ぎに振り下ろされた。

三人は背後から同時に切り飛ばされた。宙を吹き飛ぶ間にも、そのHPバーが猛烈な勢いで減少していく……黄色の注意域から、赤の危険域へと……

そして……あっけなくゼロになった。まだ空中にあった三人の体が、立て続けに無数の結晶を撒き散らしながら破砕した。

ノブカツ「プレイヤー三人を一撃で……死亡させることができるのか!?奴は!!」

ノブカツさんが珍しく慌てている。

スキル・レベル制併用のSAOでは、レベルの上昇に伴ってHPの最大値も上昇していくため、剣の腕前いかんに拘らず数値的なレベルさえ高ければそれだけ死ににくくなる。特に今回のパーティーは高レベルプレイヤーだけが集まっていたため、たとえボスの攻撃といえど数発の連続技なら持ちこたえる……はずだった。それが……たったの一撃で……。

アスナ「こんなの……無茶苦茶だわ……」

掠れた声でアスナさんが呟く。

一瞬にして三人の命を奪った骸骨百足は、上体を高く持ち上げて轟く雄叫びを上げると、猛烈な勢いで新たなプレイヤーの一団目掛けて突進した。

「わあああーー!!」

その方向にいたプレイヤーたちが恐怖の悲鳴を上げる。再び骨鎌が高く振り上げられる。

その時、真下に飛び込んだ影があった。それはヒースクリフさんだ。巨大な盾を掲げ、鎌を迎撃する。盾からは耳をつんざくような衝撃音と、火花が飛び散る。

だが、鎌は二本ある。左側の腕でヒースクリフさんを攻撃しつつも、右の鎌を振り上げ、凍りついたプレイヤーの一団に突き立てようとする。

ルナ「うららぁぁ!!」

ルナさんが右側の鎌の下に飛び込んだ。

ランマル「ルナさん!!危ない!!」

僕が叫ぶと同時にルナさんの剣が白く発光する。

ルナ「クレセント……ファイナル!!」

ルナさんは剣を三日月状の軌道で振り上げて、鎌を受ける。

ルナ「ぐっ!!重い!!重すぎる!!」

僕はルナさんの元へ駆け出して、カタナでルナさんと共に鎌を抑える。鎌と二つの刃が火花を散らす。

ランマル「ぐうう!!まだっ!止まらない!!」

その時、僕とルナさんの横に剣が一本ずつ、割り込む。

ノブナガ「まだ諦めるな!ランマル!」

シャルル「即死攻撃を食らう覚悟で飛び込んだお前たち。本当にかっこいいぜ!!」

横からシャルルマーニュさんと主様が助けに入ってくれた。

ノブナガ「行くのじゃ!!」

ルナ・ランマル・シャルル「うおおおおお!!」

四人の刃は鎌を押し返すことに成功した。

鎌を押し返された百足は、キリトさんとアスナさんにターゲットを移す。

百足は二人に向かって鎌を横薙ぎに繰り出すが、キリトさんとアスナさんは同時に右斜め斬り降ろし攻撃を放った。完璧にシンクロした二人の剣が、二筋の光の帯を引いて鎌に命中する。その激しい衝撃によって今度は、敵の鎌が弾き返された。

キリト「大鎌は俺たちが食い止める!!みんなは側面から攻撃してくれ!」

その声に、ようやく動けなかったメンバー全員の呪縛が解けたようだ。

プレイヤーたちは武器を構えて骨百足の体に向かって突撃する。

チャチャ「ほれ!ほれ!」

チャチャさんが高速移動をしながら百足の側面に斬り掛かる。

ナガヨシさんとブラダマンテさんは槍でひたすら攻撃を当てる。

ミツヒデさんとノブカツさんもカタナのソードスキルで百足を攻撃する。

アストルフォさん、ローランさん、ジャンヌさんも剣で攻撃を繰り返す。

その時、横からルナさんに声をかけられる。

ルナ「せっかくの機会だ!二人であの技を使おう!」

ランマル「はい!!」

僕とルナさんはバックステップし、百足から距離を取る。

壁際に着くと、僕らは走り出す。ただひたすら。そして途中からジャンプする。宙に上がった僕たちは互いに技名を叫びながら百足の側面に向かっていく。

ランマル「蘭華流星斬!」

ルナ「クレセントファイナル!」

僕のカタナは紫色に、ルナさんの剣は白色に発光しながらスカルリーパーの体を切り裂く。

気がつくと、ボスのHPは残り僅かになっていた。

だが、直後、複数の悲鳴が上がる。どうやら百足の尾の先についた長い槍状の骨に数人が薙ぎ払われたようだ。

大鎌を抑えているキリトさんたちも、そろそろ限界が近い。

その時、キリトさんとアスナさんは互いの瞳を見交わして、そのまま完璧に同期した動きで鎌を弾き返した。

二人はそのまま、敵の攻撃を同じ技で受け止めるという動きを繰り返していた。二人の動きは芸術的なほどにそろった物であった。

 

 

 

それから戦いは一時間にも及んだ。無限にも思えた激闘の果てに、ついにボスモンスターがその巨体を四散させた時も、誰一人として歓声を上げる余裕のある者は居なかった。ほぼ全員が倒れるように黒曜石の床に座り込み、あるいは仰向けに転がって荒い息を繰り返している。

僕とルナさんも床に寝転がって、荒い息づかいを繰り返す。

ランマル「……やりましたね……ルナさん……。」

ルナ「……そうだね……ランマル……。」

ランマル「ルナさんのOSS……たしかクレセントファイナルでしたっけ?すごいカッコよかったですよ。」

ルナ「君のOSS……蘭華流星斬もかっこよかったよ……」

ランマル「えへへ……これで二人とも、少しはキリトさんに追いつきましたね。」

ルナ「そうだね。ランマル。」

僕たちが上体を起こすと、向こうには長いこと鎌を抑えていたキリトさんとアスナさんが、背中合わせで座り込んでいた。本当にお疲れ様です。二人共……。

しかし、僕たちは手放しで勝利を喜べなかった。この戦いでは最初の三人以外にも犠牲者が出ており、その数は約十人だと思われる。ここに居たのは全員、歴戦の戦いを潜り抜けてきたトッププレイヤーだったはず……。しかしあのボスモンスターはそんなトッププレイヤーたちを十人ぐらいも倒してしまったのだ。

このアインクラッドはまだ残り二十五層もある。生き残っているプレイヤーは何千人も居るが、その中でも最前線で戦う攻略組の人数は数百人程度しか居ないと思われる。一層ごとにこれだけ犠牲者が出ると、ラスボスと戦えるのはたった一人……という事態にもなりかねない。もしかしたら僕ら《オダ軍》や《シャルルマーニュ十二勇士》も途中で全滅してしまうかもしれない。嫌だよ……そんなの……。

もしそうなってしまったら最後に残るのは……アインクラッド最強の男。ヒースクリフさんかもしれない。

彼は血盟騎士団がほぼ全滅しても、最後まで戦い抜くはず……。

そんな彼に視線を向けてHPバーを確認すると、意外にもかなりHPが減少していた。それはそうだ。キリトさんとアスナさんがどうにか二人がかりで防ぎ続けた巨大な骨鎌を一人で捌ききったのだから。それでも彼は他のプレイヤーと違って、平然と立ち続けていた。彼からは全く疲労感が感じられない。その姿はまるで機械のようだった。

もしかしたら……彼もユイちゃんと同じくAI……なのだろうか。

彼の表情は穏やかで、激闘を終え、疲れ切った攻略組メンバーを見下ろしていた。暖かく、慈しむような視線。

別の言い方だと……檻の中で遊ぶ子ネズミの群を見るような。

そう考えると僕の全身に冷たい戦慄が走る。

もしかしてだけど……ヒースクリフさんの正体は……茅場晶彦か……もしくは本当にAI……この世界を管理するカーディナルシステムなのか……。

どちらにしても、少し前にルナさんが言っていた「俺は彼を信用できない。彼からは人間味を感じられない。」という台詞も正しかったのかもしれない。

彼の日頃の行動や態度も、今思うと、この世界の全ての出来事をまるで他人事のように感じているように見えた。

ヒースクリフさん、否、ヒースクリフに対して疑念を抱いていると、キリトさんがゆっくりと右手の剣を握り直した。ごく小さな動きで、徐々に右足を引いていく。腰を僅かに下げて、低空ダッシュの準備姿勢を取っている。ヒースクリフは全くキリトさんの動きに気づいていない。

キリトさん……いったい何をしようとしてるのかな……。彼は傍らで座り込んでいるアスナさんにちらりと視線を向ける。同時にアスナさんもキリトさんに視線を向け、二人の視線が交錯(こうさく)する。

彼女はハッとした表情で、声を出さずに口だけを動かす。

どうやら彼のやろうとしていることに疑問を抱いているようだ。

やがてキリトさんの右足は地面を蹴り、ヒースクリフに突進し始める。床ギリギリの高さを全速力で駆け抜け、右手の剣を捻りながら突き上げた。彼は片手剣の基本突進技《レイジスパイク》をヒースクリフに当てようとする。あの技の威力は弱く、直撃したとしても、HPバーがイエローになりかけているヒースクリフを殺してしまうことはないだろう。でも、なぜキリトさんはヒースクリフに攻撃をしようとしているのか?

ペールブルーの閃光を引きながら左側面より迫る剣尖(けんせん)に、ヒースクリフは即座に気づき、目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。彼は咄嗟(とっさ)に左手の盾を掲げ、ガードしようとする。

しかし、キリトさんは空中で鋭角(えいかく)に軌道を変え、盾の縁を掠めて剣をヒースクリフの胸に突き立てる……はずだった。

キリトさんがヒースクリフに剣を当てる寸前で、目に見えない障壁が彼を阻んだ。紫の閃光が炸裂し、キリトさんとヒースクリフの中間に同じ紫の色で表示されたメッセージが現れる。

Immortal(イモータル) Object(オブジェクト)】つまりAIのユイちゃんと同じ不死存在……まさかヒースクリフはAIプレイヤーだったのか……?それとも……。

ヒースクリフ「キリト君、何を……。」

ヒースクリフは言葉を発したが、僕や周りのプレイヤーは驚愕のあまり、システムメッセージを見ながら何の反応も返せなかった。キリトさん、ヒースクリフも動かず、まるでカーディナルシステムが時を止めたように感じた。

静寂の中、システムメッセージはゆっくりと消滅した。

キリトさんは剣を引き、軽く後ろに跳んでヒースクリフと距離を取る。数歩進み出たアスナさんがキリトさんの右横に並ぶ。

アスナ「システム的不死……?いったいどういうことなのですか……団長……?」

戸惑ったようなアスナさんの声に、ヒースクリフは答えなかった。彼は厳しい表情でじっとキリトさんを見据えていた。キリトさんは両手に剣を下げたまま、口を開く。

キリト「これが伝説の正体だ。この男のHPはどうあろうと注意域(イエロー)にまで落ちないようシステムに保護されているのさ。……不死属性を持つ可能性があるのは……NPCでなけりゃシステム管理者以外有り得ない。だがこのゲームに管理者はいないはずだ。唯一人を除いて。」

彼は言葉を切り、上空をちらりと見やる。

キリト「……この世界に来てからずっと疑問に思っていたことがあった……。あいつは今、どこから俺たちを観察し、世界を調整してるんだろう、ってな。でも俺は単純な真理を忘れていたよ。どんな子供でも知ってることさ。」

彼は紅衣の聖騎士にまっすぐ視線を据え、言葉を発する。

キリト「《他人のやってるRPGを傍から眺めるほど詰まらないことはない》。……そうだろう、茅場晶彦(かやばあきひこ)。」

 

 

 

全てが凍りついたような静寂が周囲に満ちた。

ヒースクリフは無表情のままじっとキリトさんに視線を向けている。僕たちはみんな身動き一つしない。

そんな中、アスナさんがゆっくりと一歩進み出た。その瞳からは感情が欠落しているように見えた。彼女の唇がわずかに動き、乾いたかすれ声が漏れた。

アスナ「団長……本当……なんですか……?」

ヒースクリフは彼女の問いに答えず、小さく首をかしげると、キリトさんに向かって言葉を発した。

ヒースクリフ「……なぜ気付いたのか参考までに教えてもらえるかな……?」

キリト「……最初におかしいと思ったのは例のデュエルの時だ。最後の一瞬だけ、あんた余りにも速過ぎたよ。」

ヒースクリフ「やはりそうか。あれは私にとっても痛恨事だった。君の動きに圧倒されてついシステムのオーバーアシストを使ってしまった。」

彼はゆっくりと頷くと、はじめて表情を見せる。唇の片端を歪め、ほのかな苦笑の色を浮かべている。

ヒースクリフ「予定では攻略が九十五層に達するまでは明かさないつもりだったのだがな。」

彼はゆっくりとプレイヤーたちを見回し、笑みの色合いを超然としたものに変え、堂々と宣言をする。

ヒースクリフ「……確かに私は茅場晶彦だ。付け加えれば、最上層で君たちを待つはずだったこのゲームの最終ボスでもある。」

信頼していた上司が、まさかの敵だったことを知ったアスナさんは小さくよろめきかける。それをキリトさんは右手で支えた。

キリト「……趣味がいいとは言えないぜ。最強のプレイヤーが一転最悪のラスボスか。」

ヒースクリフ「なかなかいいシナリオだろう?盛り上がったと思うが、まさかたかが四分の三地点で看破されてしまうとはな。……君はこの世界で最大の不確定因子だと思ってはいたが、ここまでとは。」

このゲームの開発者にして一万人の精神を虜囚(りょしゅう)とした男、茅場晶彦は薄い笑みを浮かべながら肩をすくめた。

聖騎士ヒースクリフとしてのその容貌は、現実世界の茅場とは明らかに異なっている。しかし、その無機質な、金属質な気配は、二年前のオープニングイベントに現れた無貌のアバターに共通するところがある。茅場は笑みをにじませたまま言葉を続けた。

ヒースクリフ「……最終的に私の前に立つのは君だと予想していた。約十種存在するユニークスキルのうち《二刀流》スキルは全てのプレイヤーの中で最大の反応速度を持つ者に与えられ、その者が魔王に対する勇者の役割を担うはずだった。勝つにせよ負けるにせよ。だが君は私の予想を超える力を見せた。攻撃速度といい、その洞察力といい、な。まあ……この想定外の展開もネットワークRPGの醍醐味と言うべきかな……。」

ヒースクリフが言葉を言い終えた瞬間。凍りついたように動きを止めていたプレイヤーの一人がゆっくりと立ち上がった。彼は血盟騎士団の装備を身に着けていた。朴訥(ぼくとつ)そうなその細い目に、凄惨な苦悩の色が宿っている。

「貴様……貴様が……。俺たちの忠誠……希望を……よくも……よくも……。」

彼は巨大な斧槍(ハルバード)を握りしめ、

「よくもーーーーッ!!」

絶叫しながら地を蹴った。止める間もなかった。大きく振りかぶった重武器を茅場へと……。

だが、茅場の動きの方が一瞬速かった。左手を振り、出現したウインドウを素早く操作したかと思うと、男の体は空中で停止し次いで床に音を立てて落下した。HPバーにグリーンの枠が点滅している。あれは麻痺状態を示す表示だ。茅場はそのまま手を止めずにウインドウを操り続けた。

アスナ「あ……キリト君……っ」

アストルフォ「わぁぁ!」

ランマル「ぐっ!」

僕たちの体が急に崩れ落ちる。茅場め……。自身とキリトさん以外の、その場にいる全てのプレイヤーを麻痺状態にさせたな。

シャルル「管理者権限で俺たちを動けなくさせるなんて、なんてかっこ悪い奴だ!!」

ノブナガ「こやつ……かなりのうつけ者じゃな……。」

一部のプレイヤーが茅場を罵倒する。

ぐっ……僕もあの暴走(スキル)を今、発動させればこんな麻痺、無理やり解除できるのに……なんでこんな時に発動しないんだ……?

一方でキリトさんは、倒れたアスナさんの上体を抱え起こして、その手を握る。そして茅場に向かって視線を上げる。

キリト「……どうするつもりだ。この場で全員殺して隠蔽する気か……?」

ヒースクリフ「まさか。そんな理不尽な真似はしないさ。」

紅衣の男は微笑を浮かべたまま首を左右に振る。

どの口が言うか。そう思っていても僕の怒りはまだスキル発動には至らないようだ。なぜならあの頭に響くような痛みがまだ来ないからである。ああ……僕には何もできないのか……。そう思いながら僕は卑劣な魔王に立ち向かおうとする英雄(キリトさん)を見つめる。彼はアスナさんの手を握りながら、茅場を睨みつける。

やがて茅場が言葉を発する。

ヒースクリフ「こうなってしまっては致し方ない。予定を早めて、私は最上層の《紅玉宮(こうぎょくきゅう)》にて君たちの訪れを待つことにするよ。九十層以上の強力なモンスター群に対抗し得る力として育ててきた血盟騎士団、そして攻略組プレイヤーの諸君を途中で放り出すのは不本意だが、何、君たちの力ならきっと辿り着けるさ。だが……その前に……。」

茅場は言葉を切ると、圧倒的な意思力を感じさせるその双眸(そうぼう)でキリトさんを見据える。奴は右手の剣を軽く床の黒曜石に突き立てる。高く澄んだ金属音が周囲の空気を切り裂く。

ヒースクリフ「キリト君、君には私の正体を看破した報奨(リワード)を与えなくてはな。チャンスを上げよう。今この場で私と一対一で戦うチャンスを。無論不死属性は解除する。私に勝てばゲームはクリアされ、全プレイヤーがこの世界からログアウトできる。……どうかな?」

 

 

 

茅場が説明を終えると、キリトさんの腕の中で、アスナさんが自由にならない体を必死に動かし、首を振る。

アスナ「だめよキリト君……!あなたを排除する気だわ……。今は……今は引きましょう……!」

シャルル「そのお嬢さんの言う通りだ。奴は管理者。何をしてくるかわからない!一旦引いて皆で対策を考えよう!」

ランマル「皆さんの言う通りです!キリトさん、ここは……」

僕が言葉を言い終える前に、彼は叫んだ。

キリト「ふざけるな……」

この言葉は確実に茅場()に向けられたものだろう。

茅場晶彦はこの世界に一万人の精神を閉じ込め、そのうち四千人の意識を電磁波で焼き払った。

しかも今のプレイヤーたちの状況は、全て彼の思い描いたシナリオ通りだ。ゲームマスターとしてこれ以上の快感はないのだろう。

そんな上位存在もどきにキリトさんが憤慨するのは当然のことだ。

キリト「いいだろう。決着をつけよう。」

彼はゆっくりと頷く。

アスナ「キリト君っ……!」

アスナさんの悲痛な叫びを聞いたキリトさんは、腕の中の彼女に視線を移す。キリトさんは笑顔を作りながら彼女に言う。

キリト「ごめんな。ここで逃げるわけには……いかないんだ……。」

アスナさんは何かを言おうとして唇を開きかけたが、途中でやめて、代わりに必死の微笑みを浮かべていた。

アスナ「死ぬつもりじゃ……ないんだよね……?」

キリト「ああ……。必ず勝つ。勝ってこの世界を終わらせる。」

アスナ「解った。信じてる。」

キリトさんはアスナさんの右手を長く、固く握っていた。

やがて彼は右手を離し、アスナさんの体を黒曜石の床に横たえて立ち上がる。キリトさんは茅場にゆっくりと歩み寄りながら、両手で音高く二本の剣を抜き放つ。 

クライン「キリト!やめろ……っ!」

エギル「キリトーッ!」

声の方向を見ると、クラインさんとエギルさんが必死に体を起こそうとしながら叫んでいた。やがてその叫びは僕にも伝染する。

ランマル「キリトさんーー!絶対に……絶対に……死なないでくださいーー!!」

僕も叫ぶ。僕だって彼には何度もお世話になった。彼とルナさん、クラインさん、オダ軍のみんなが居なかったら僕はここまで来れなかった。

同じくキリトさんにたくさんお世話になっていたルナさんは、無言ながら彼を見据えていた。

そんな中、キリトさんがエギルさんに言う。

キリト「エギル。今まで、剣士クラスのサポート、サンキューな。知ってたぜ、お前が儲けのほとんど全部、中層ゾーンのプレイヤーの育成につぎ込んでいたこと。」

エギルさんに彼は微笑みかけてから、顔をクラインさんの方に動かす。

クラインさんは無精ひげの浮く頬を震わせ、何か言葉を探すように呼吸だけを繰り返していた。

キリト「クライン。……あの時、お前を……置いていって、悪かった。ずっと、後悔していた。」

キリトさんは掠れた声でクラインさんに謝罪の言葉を送った。するとクラインさんの両眼の縁に小さく光るものが生まれ、次々と(したた)った。

彼は両眼から涙を溢れさせながら、喉が張り裂けんばかりに絶叫した。

クライン「て……てめえ!キリト!謝ってんじゃねぇ!今謝るんじゃねえよ!!許さねえぞ!ちゃんと向こうで、メシのひとつも奢ってからじゃねえと、絶対許さえねぇからな!!」

叫ぶクラインさんにキリトさんは頷きかけた。

キリト「わかった。約束するよ。次は、向こう側でな。」

右手を持ち上げ、ぐっと親指を突き出す。

次にキリトさんは僕の方へと視線を向ける。ゆっくりと僕の元に近づいた所で彼は立ち止まり、片膝を床につきながら言う。

キリト「ランマル……キミはよくここまで来れた。俺がキミに教えたことは少なかったけど……キミは自身の努力で立派な剣士になったんだ。これからは胸張って歩けよ。」

そう言いながら、彼は髪をくしゃくしゃと撫でてくる。僕は笑顔で頷いた。

次に彼はルナさんの元に行った。ルナさんとキリトさんは言葉を交わさず、互いに頷き合うだけだった。

クールな二人らしいコミュニケーションだ。

最後に彼はアスナさんに視線を向ける。アスナさんは泣き笑いの表情でキリトさんに見つめ返した。

やがて彼はくるりと体を(ひるがえ)し、超然とした表情を保ち続けている茅場に向かって言う。

キリト「……悪いが、一つだけ頼みがある。」

ヒースクリフ「何かな。」

キリト「簡単に負けるつもりはないが、もし俺が死んだら……しばらくでいい、アスナが自決できないように計らってほしい。」

ヒースクリフ「良かろう。彼女はセルムブルグから出られないように設定する。」

アスナ「キリト君、だめだよーっ!!そんなの、そんなのないよーーっ!!」

アスナさんが涙混じりの絶叫を上げる。しかし、キリトさんは振り返らず、右足を引いて左手の剣を前に、右手の剣を下げて構えた。

一方、茅場はウインドウを操作しながら、デュエルの準備を進めている。

二人の頭上を見ると、キリトさんと茅場のHPバーが同じ長さに調整された。レッドゾーンぎりぎり手前、強攻撃のクリーンヒット一発で決着がつく量だ。

次いで、茅場の頭上に【changed into mortal object】と書かれた表示が現れた。

これは不死属性が解除されたことを意味するシステムメッセージだ。

茅場はデュエルの準備を終えると、ウインドウを消し、床に突き立てていた長剣を抜いて十字盾の後ろに構える。

奴が管理者権限で卑怯なことをしなければ、キリトさんにも勝算があるはずだ。だって彼は……攻略組の英雄【黒の剣士】なのだから。

 

 

 

キリトさんと茅場の間の緊張感が高まっている。空気さえその圧力に震えているような気がする。

そんな中、キリトさんは鋭い呼気を発しながら叫ぶ。

キリト「茅場……俺はお前を……殺す……っ!!」

それを発した直後に、キリトさんは床を蹴って茅場に斬りかかる。これはデュエルじゃない。本気の殺し合いだ。

キリトさん……死なないで……。

僕がそう祈っているのを横目に、キリトさんは右手の剣を横薙ぎに繰り出す。茅場が左手の盾で難なく防ぐ。剣と盾の間からは火花が散り、二人の顔を一瞬明るく照らす。

キリトさんはシステム上に設定された連続技を一切使わず、左右の剣を戦闘本能が命ずるままに振り続ける。

相手である茅場晶彦はSAOのソードスキルの生みの親。キリトさんは奴に読まれるであろうソードスキルを使わずに戦っている。しかしはさすが攻略組最強クラスの男《ヒースクリフ》そんなキリトさんの剣振りにも対応している。

二人の剣の動きは今までにないほど素早い。果たしてここにいるプレイヤーで、二人の間に割って入れるような者は居るのだろうか。そう思えるような激しい戦いだ。

 

 

 

しばらくするとさすがのヒースクリフも疲れてきたのか、段々キリトさんに追い詰められていく。それどころか彼の体からたまにノイズが走る。

そしてキリトさんは茅場が見せたほんの一瞬の隙を見逃さなかった。彼は茅場の体に剣を突き刺す。

すると茅場はノイズと共に消滅した。

キリト「や、やった……の、か……?」

戦いを終えたキリトさんはその場に崩れ落ちる。

やった……ついにキリトさんが……茅場を、茅場を倒したんだ。僕はキリトさんの元に走る。

ランマル「キリトさんーー!!」

後ろからはアスナさんやクラインさんなどが走ってくる。

クライン「やったなキリの字!勝ったんだよ!ヒースクリフに勝ったんだよ!」

エギル「コングラチュレーション!キリト!」

他の攻略組の人たちも歓声を上げる。

「これで……これで終わったんだ!!俺たち帰れるぞ!!」

「俺たちもう戦わなくて済むんだ!」

シャルル「ヒースクリフと戦ってたお前の姿……最高にカッコよかったぜ。英雄キリト。」

ノブナガ「アッパレじゃ、黒の剣士。」

ランマル「主様の言う通りです!キリトさんは僕たちのヒーローです!」

ルナ「ありがとう……キリト……キミが居なかったら、攻略組にもっと犠牲者が出ていたかもしれない。キミはもっと自分を誇ってもいいと思う。」

皆さんに褒められているキリトさんは照れくさそうに笑う。その一方、アスナさんはキリトさんに泣きながら抱きつく。

アスナ「もーう、バカバカバカ!!どうなっちゃうかと思ったよ……。」

キリト「は、ははは……心配かけてごめんな……アスナ……」

二人は一目も憚らず抱きしめ合う。

クラインさんは咳払いをしながら二人に言う。

クライン「あの〜、抱きしめ合うのはエンディングテーマが流れてからでお願いします……。」

クラインさんの言葉を聞いた二人は顔を赤くしながら、彼の方を見る。

周囲の人たちもキリトさんとアスナさんを囲みながら、二人を祝福する。

「見せつけんなよな〜ご両人〜。」

「羨ましいな、このっ!」

キリト「あ、あのなぁ……。」

アスナ「茶化さないでよ……みんな……。」

クライン「いいさ!見てろよっ!俺だってリアルに戻ったら彼女作って幸せになってやるからな!」

ランマル「健闘を祈りますよ。クラインさん。」

クライン「おう!ありがとな!ランマル!」

ラスボス撃破後のムードで和やかな雰囲気になっている攻略組一同だったが、そんな中、クラインさんは僕が気になっていたあることに触れた。

クライン「ところでさキリト、俺たち、いつ現実世界に戻れるんだ?」

クラインさんが投げかけてきた疑問を聞いて、一同の雰囲気は一気に不安げになっていく。

茅場は「私に勝てばゲームはクリアされ、プレイヤー全員はログアウトされる」って言っていた。

しかし、僕たちは未だにゲームの中に閉じ込められている。これはいったいどういうことなのか……?

クライン「ヒースクリフはお前に倒されたよな?なのになんで俺たちは未だにゲームの中にいるんだ?」

キリト「それは……わからない……ただ奴の消滅エフェクトは他のプレイヤーとは違うものだった。」

ルナ「……ノイズがかったようなエフェクトだったな。キリト。」

キリト「ああ……あれはゲームのバグか、それとも仕様なのか……」

クライン「もしかしてよ……元に戻る方法なんて最初から無かったんじゃねえか?」

アスナ「そんな……私たち……まだ戦わなくちゃいけないの!?」

ノブナガ「嘘でしょ……私たち……一生、この監獄に居なくちゃいけないの……?」

ノブカツ「だ、大丈夫ですよ!姉上!必ず戻る方法はある筈です!とりあえず次の層に行きましょう!」

ノブナガ「そ、そうじゃな……悪かった、ノブカツ。」

主様もショックのあまり、素の喋り方になっちゃってたけどノブカツさんのおかげでなんとか落ち着いたみたいだ。

キリト「そうだな。元々このゲームは百層まで続くゲームだ。残りの二十五層も今まで通り……戦おう。」

アスナ「そ、そうだね……。スカルリーパーは結構手強いボスだったけどなんとか倒せたしね。でも犠牲者は出ちゃったし、うちの団長も居なくなっちゃったから攻略組は体制を立て直さなくちゃいけないと思うけど……。」

クライン「そうだよな……残りは後、二十五層だよな……こうなったらこれからも戦うしかないよな。」

僕もキリトさんとクラインさんの考えに賛成だ。逆に考えれば残りの層は二十五。つまり四分の三は通過したってことになる。クリアまであと少しだ。

そんな中、エギルさんが声をあげる。

エギル「キリト!先に続く扉が開いたぞ!」

さっきまで閉まっていた扉が開いていた。あの光の先に七十六層が……。

エギル「進むか?」

キリト「ゲームが終わらない限り……俺たちは前に進むしかないよな……よし、行こう!」

ランマル「そうですね、行きましょう!」

僕たち攻略組はキリトさんに続いて、扉から漏れる光の中に入る。

しかし、僕たちを待ち受けていたのは新しい層だけではなかった……。

 

 

 

???視点

 

 

 

私はトレジャーハンター。SAO中にあるお宝を集めている。今日もソードブレイカーを携えて、七十一層の洞窟に潜入する。

立ち塞がるモンスターを蹴散らし、あと少しで宝箱に触れるというタイミングで私の身体を青い光が包み込む。

も〜う、後少しだったのに!

そんな文句を言いたかったが、光は私の感情を無視しながら別の場所へと私を転送した。

光が消えるとそこは草原だった。私はメニュー画面からマップを開いたが、そこには本来、階層名が書かれているはずのところに《ホロウ・エリア》と表示されていた。

ホロウ・エリア……SAOにそんな場所なんて有ったかな?

私は人がいる場所に向けて歩を進める。まずは他のプレイヤーかNPCに会って情報収集しないとね。

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