Overlord: Blood Dominion ―血の王と死の王―   作:シュエル

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第9話:夢の底の声

 ――深淵。

 

 その言葉ほど、今の彼を正確に形容するものはないだろう。

 

 アーカードは眠っていた。

 ナザリック最下層、漆黒の棺の中で、冷たい血の中に身を沈めながら。

 肉体は沈黙しても、意識は沈まない。

 闇の奥で、何かが蠢いていた。

 

 それは夢――だが、夢ではなかった。

 

 黒。

 永遠の黒。

 そこには音も、光も、形もない。

 

 ただ一つ、“声”だけが存在していた。

 

『……面白い。』

 

 その声は、世界の裏側から響いてきた。

 男でも女でもない。老いも若きもない。

 それは概念そのもの――死の声だった。

 

『この世界には、まだ我が理が息づいているというのに、

 お前はその理を笑って歩く。何者だ?』

 

 アーカードはゆっくりと瞼を開いた。

 闇の中に、紅の双眸が浮かび上がる。

 

「私は“夜”だ。」

 低く、静かに笑う。

「お前が支配する“死”の隣で踊る、もう一つの真理。」

 

『夜……か。

 人間たちは、夜を恐れ、祈り、そして死ぬ。

 お前はそれを嗤う。』

 

「祈りとは、救いを乞う声だ。

 だが私は救わぬ。救済など、退屈な結末だ。」

 

『では、滅びを望むのか?』

 

「滅び? 違う。」

 アーカードは笑みを深める。

「私は、終わらない死を愛している。

 お前の“死”が線であるなら、私は“円”だ。

 お前が止める者なら、私は廻る者。」

 

 闇がざわめく。

 世界の法則が、不快の呻きを上げたようだった。

 

『……異物。』

『お前はこの世界の法の外側にある。』

『お前の存在は、死をも穢す。』

 

「穢す?」

 アーカードは低く笑い、指を立てた。

 指先に、赤い炎のような光が灯る。

 それは血であり、魂であり、彼の存在の象徴だった。

 

「穢れとは、常に“変化”の前兆だ。

 お前が静止を望むなら、私は動を与えよう。

 お前が終焉を刻むなら、私は永遠を嘲笑おう。」

 

『……何故だ? 何故、夜を選ぶ。』

 

「夜は、自由だからだ。

 秩序もなく、理もなく、ただ無限の可能性がある。

 光は常に自分を正義と信じるが――夜は、ただ在るだけだ。」

 

 闇が形を得る。

 巨大な影が現れ、世界そのものを覆った。

 それは“死”の具現。

 人の形をしながら、人ではない。

 全ての魂の終着点が一つに集まり、意識となったもの。

 

『この世界は我が理の中にある。

 生まれた者は、必ず我に還る。

 お前もまた、例外ではない。』

 

「はははは……!」

 アーカードの笑いが響いた。

 狂気にも似た快楽が、その笑い声に混ざっている。

「“例外ではない”か。――いいや、違う。」

 

 彼の背後から、影が吹き出す。

 数千の亡霊、無数の腕、獣、天使、悪魔。

 すべてが彼の形を模倣し、闇の中で蠢く。

 

「私は死を殺した存在だ。

 お前の理に縛られた死ではなく、

 “私という永遠”によって生き続ける死だ。」

 

『貴様は不遜だ、吸血鬼。』

 

「そう呼ばれようと構わん。」

 アーカードの瞳が、紅く燃える。

 その光は、まるで闇の中に灯った異端の太陽だった。

 

「だが覚えておけ――お前が“死”であるように、

 私もまた、“終わらぬ死”の王だ。」

 

 沈黙。

 やがて、闇の奥から再び声が響く。

 

『よかろう。ならば見せてみよ。

 お前の夜が、我が死より深いかどうかを。』

 

 世界が崩れた。

 闇が反転し、血の海が広がる。

 その中で、アーカードは笑いながら沈んでいく。

 

「ふふふ……面白い。

 “死”が試練を与えるなら、受けて立とう。

 この世界の理を、血で塗り替えてやる。」

 

 声が消える。

 闇が再び静寂を取り戻す。

 

 ――棺の中。

 アーカードがゆっくりと瞼を開いた。

 血の液体が彼の頬を伝い、石床に落ちる。

 

「……夢、か。」

 

 だが、その笑みは夢を否定していなかった。

 むしろ、確信の笑みだった。

 

 手をかざすと、掌に微かな刻印が浮かぶ。

 それは“死”が残した印。

 黒と赤が混じる、蛇のような螺旋の紋。

 

「ほう……“死”が、私に興味を持つとはな。」

 

 アーカードは立ち上がる。

 コートの裾が闇を払い、血の滴が宙に舞った。

 

「良い兆しだ。

 ――この世界の理は、もう古い。

 新しい夜を迎える時が来た。」

 

 彼の足元で、棺の影がざわめいた。

 低い唸り声のような音が響く。

 それは、闇が彼に跪く音。

 

 アーカードは微笑んで言った。

 

「さあ、夜の子らよ。

我らの“夜”を拡げよう。」

 

 闇が広がり、世界の片隅で光が消えた。

 その瞬間、遥か離れた玉座の間で――アインズが小さく眉をひそめた。

 

「……妙だな。世界の魔力の流れが、わずかに……歪んだ?」

 

 秩序の王が立ち上がる。

 血の王の目覚めを、まだ知らぬままに。

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