Overlord: Blood Dominion ―血の王と死の王―   作:シュエル

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第10話:血の夜明け

 夜はまだ明けぬ。

 だが、空の端にわずかな朱が差していた。

 その色は、まるで血が薄まっていくようだった。

 

 アーカードは丘の上に立っていた。

 闇が揺れ、長いコートの裾が風に流れる。

 足元には、彼が“夜の王”として支配した村の跡。

 死と血と静寂だけが残る大地。

 

 だがその瞳は、ただ空を見ていた。

 ――初めて、この世界で夜明けを見る。

 

「……随分と、優しい色をしている。」

 

 その声に応えるように、背後からもう一つの足音が近づいた。

 硬質な音。重い威厳。

 振り向くまでもない。

 アインズ・ウール・ゴウンがそこにいることを、アーカードはすでに感じ取っていた。

 

「王自ら見送りとは、光栄だな。」

 

「貴様が眠りから覚めたのを、感じた。」

 アインズの声は静かだった。

 その手には杖があり、杖の宝珠が朝の光を反射して微かに光る。

 

「世界の魔力の流れが歪んだ。……お前の仕業か?」

 

「夢を見ただけだ。」

 アーカードは笑った。

「“死”に会ってきた。」

 

 アインズの骨の眼窩が、わずかに光を強める。

 沈黙。

 やがて、彼は短く息を漏らすように呟いた。

 

「……なるほど。

 お前は、死の外側に立つ者だ。

 ならば、この世界の法が乱れるのも当然か。」

 

「乱れる?」

 アーカードは軽く肩をすくめる。

「違うさ。整いつつあるんだ。

 “秩序の死”と“混沌の生”――両方が揃って、初めて世界は完全になる。」

 

「……詭弁だ。」

 アインズは低く言い放つ。

 だがその声には怒りではなく、むしろ理解の色が混じっていた。

 彼は空を見上げる。

 夜が薄れ、わずかに朝が差す。

 

「この世界では、まだ誰も夜を恐れ、朝を信じている。

 人々にとって、夜明けとは救いだ。

 だが――お前の夜は、終わらぬのだろう?」

 

「終わらせる気はない。」

 アーカードは微笑む。

 その紅い瞳が、夜明けの光を弾いた。

「だが、終わらぬ夜にも“朝”はある。

 それは滅びではなく、目覚めだ。」

 

「……血の夜明け。」

 

「そう、アインズ。」

 アーカードはゆっくりと彼の名を呼ぶ。

「お前の秩序がこの世界を安定させるなら、

 私の混沌は、その秩序に“呼吸”を与える。

 静寂は美しいが――永遠の静寂は死だ。

 だから、私が揺らす。」

 

「……理解している。だが、それでも危うい。」

 

「危うさこそが、生だろう?」

 アーカードの笑みが広がる。

 朝焼けが彼の輪郭を染め、赤と黒が混じる。

「お前の王国は、完璧すぎる。

 だが、完璧な秩序は、腐敗の始まりだ。

 私はその腐敗を“熟成”に変える。」

 

「……熟成、だと。」

 

「そうだ。

 死と生、秩序と混沌、光と闇。

 それらは敵ではなく、共犯者だ。」

 

 アインズは沈黙した。

 夜が完全に明ける前の、あの静謐な時間。

 光も闇も等しく支配力を失う、わずかな“隙間”――

 そのわずかな瞬間に、二人の王は並び立っていた。

 

「……アーカード。」

 アインズが低く呟く。

「この世界を共に歩むとしても、我々の道は同じではない。

 だが――互いの存在が、敵ではないことを祈ろう。」

 

「祈りなど不要だ。」

 アーカードはゆっくりと帽子を脱ぎ、笑う。

「私は神ではない。お前も、そうだろう?

 ならば、我らはただ、“在る”だけでいい。」

 

 朝の光が差し込む。

 紅のコートが陽を受け、黒と金のローブが輝く。

 夜と朝が、ほんの一瞬、同じ光に包まれた。

 

「見ろ、アインズ。

 夜が、朝に牙を立てる。」

 

 アーカードの言葉どおり、朝日は赤く染まっていた。

 血のように、命のように、燃えるように。

 

 アインズはその光を見つめながら、静かに呟く。

 

「……美しいな。」

 

「ああ、美しい。」

 アーカードも同じ方向を見つめる。

 その声は柔らかく、まるで祈りのようだった。

 

 ふたりの王は並んで立ち、

 ひとつの夜を終わらせ、ひとつの朝を迎えた。

 

――血の夜明け。

それは、この世界に二人の支配者が立った証である。

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