Overlord: Blood Dominion ―血の王と死の王―   作:シュエル

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第3話 死の王と血の王

 

 ナザリック地下大墳墓。

 玉座の間の静寂は、まるで世界の終わりそのものだった。

 広間の中央、アインズ・ウール・ゴウンが玉座に腰を下ろしている。

 頭蓋に宿る青白い光が、空気をわずかに震わせる。

 その前方――闇の奥から、ひとりの影が歩み出た。

 

 黒い帽子、深紅のコート。

 足音がひとつ鳴るたびに、空気の温度が下がる。

 アーカード。

 

「呼んだな、王よ。」

 彼は軽く帽子のつばに触れ、薄く笑った。

「貴様の領域に風を入れたかと思えば、すぐ召喚とは。まるで庭師だ。」

 

「……お前が“血の領域”を広げた。

 王国の偵察隊が全滅したという報告が届いている。」

 アインズの声は低く、乾いた金属音のようだった。

「説明を求める。」

 

「説明?」

 アーカードは笑った。

「説明とは、理解のための言葉だ。だが、恐怖に理解は要らない。」

 

「……やはりか。」

 アインズは軽く杖を鳴らす。

 空間に、デミウルゴスとアルベドの姿が揃う。

 二人の守護者は膝をつき、王の背後に控えた。

 

「アーカード。」

 デミウルゴスが一歩進み出る。

「あなたの行為は、アインズ様の秩序に明確に反しています。

 “恐怖による支配”がどれほど有効であれ、無秩序は支配とは呼べません。」

 

「無秩序?」

 アーカードの笑みが少しだけ鋭くなる。

「支配とは、恐怖の延長だ。

 お前の主は死を統べる。死の前では誰も逆らえない。

 ――それは恐怖の最高形だ。」

 

 その言葉に、デミウルゴスの眼鏡がわずかに光を弾く。

 だが反論するよりも早く、アインズが静かに手を上げた。

 王の意志が場を支配する。

 

「……なるほど。」

 アインズは頷いた。

「お前の理屈は理解した。だが、私は“恐怖の王”ではない。

 我が支配は秩序だ。静寂の中に存在する安心こそ、我の望む世界だ。」

 

 アーカードはゆっくりと玉座の階段を登る。

 その足取りには挑発も敵意もない。

 ただ、どこか“試すような”響きがあった。

 

「安心――それは死と同義だ。

 呼吸を止めた静寂に、人は何を夢見る?」

 彼は一歩、また一歩と近づく。

 紅の瞳がアインズの空洞を映す。

「私は呼吸そのものだ。

 恐怖は、世界の鼓動だ。

 それを止めることは、世界を殺すことだ。」

 

「……お前の言う“世界”は、生者の世界だろう。」

 アインズの声が重く落ちた。

「我が望むのは、死者の楽園だ。

 秩序と静寂の中で、永遠に朽ちず、腐らず、安らぐ場所。

 ――それがナザリックの理想。」

 

「死は静寂ではない。」

 アーカードの声が低く響く。

「死は、観察だ。

 死んだものを通して、生きている者が何を見出すか。

 死は終わりではない。“意味”の始まりだ。」

 

 その一言に、アインズの指が止まる。

 言葉ではなく、記憶の奥が反応していた。

 かつて“モモンガ”と呼ばれた男の記憶。

 YGGDRASIL最後の夜――アーカードが言った言葉。

 

『世界が死ぬ様を、私は観察したいだけだ。』

 

 あの時と同じ声音だった。

 

「……お前は今も変わらないな。」

 アインズの声に、わずかな懐かしさが滲む。

「観察者の理。

 ならば問おう――お前が見たいのは、この世界の何だ。」

 

「“恐怖が文明をどう変えるか”。」

 アーカードは即答した。

「人間は、恐怖を忘れると退化する。

 だから、恐怖を与える存在が必要だ。

 神か、悪魔か、あるいは――王。」

 

「……王を、恐怖の象徴に?」

 アルベドがわずかに眉をひそめた。

「それは主への侮辱です!」

 

「侮辱ではない。」

 アーカードは首を振る。

「敬意だ。

 死の王は恐怖を超越した存在。

 ならば、私は“恐怖そのもの”として、彼の横に立とう。」

 

 その言葉に、デミウルゴスが目を細めた。

「……“横に立つ”という表現は興味深い。

 従属ではなく、並列。理念としての共鳴、ですか。」

 

「共鳴か。」

 アインズは軽く呟く。

「ならば、私の理もお前の理も――互いに必要ということか。」

 

「そうだ。」

 アーカードは笑う。

「光は影を必要とする。

 影は光を求める。

 お前が死を支配するなら、私はその死に息を与えよう。」

 

 しばしの沈黙。

 空気が静止する。

 やがて、アインズは小さく息をつくように杖を下ろした。

 

「……よいだろう。お前を咎めはしない。

 だが、恐怖が秩序を侵すとき――その時は、我が手で正す。」

 

「約束しよう。」

 アーカードは軽く頭を垂れた。

「お前が秩序を保つ限り、私は“生”を燃やそう。

 夜が長く続くほど、星はよく見える。」

 

「……星、か。」

 アインズの骨の指が、杖の宝珠に触れる。

 淡い光が広がり、玉座の間を照らす。

 その光の中で、アーカードの姿が霧に変わる。

 紅い眼だけが、最後まで残った。

 

「王よ。」

 その声は遠く、しかし確かに届く。

「恐怖を忘れるな。それは生の証だ。

 恐怖がある限り――お前の王国は生きている。」

 

 霧が消えた。

 静寂が戻る。

 デミウルゴスとアルベドが同時に口を開きかけたが、アインズの手がそれを制した。

 

「……何も言うな。」

 王の声は低く、冷ややかで、そしてどこか柔らかかった。

「彼の存在は、危うい。だが、必要だ。

 “完全な静寂”は、死そのもの。

 我らは“永遠の死”を望んではいない。

 ――我が国は、“永遠の支配”を望む。」

 

 青白い光が、玉座の間を満たした。

 その光の中で、王の言葉が重く落ちる。

 

「静寂は死なり。

だが、死の中にも呼吸がある。

それを見失うな――それが、王の責務だ。」

 

 アルベドとデミウルゴスは深く頭を下げた。

 王の言葉は、命令でもあり、祈りでもあった。

 

 そしてその夜、ナザリックの外では――

 “血の領域”が、ゆっくりと拡大を始めていた。

 森から川へ、川から村へ、村から街へ。

 夜の中に、紅い霧がゆらめき、静かに世界を染めていく。

 

秩序と恐怖。

死と生。

二つの王の理が、世界を挟み込んだ。

夜は、ますます深く――美しくなっていく。

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