Overlord: Blood Dominion ―血の王と死の王―   作:シュエル

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第4話 血の聖女

 

 白銀の鐘楼が、朝日を拒むように影を落としていた。

 スレイン法国――神人の国。

 この地では光が信仰であり、影は罪である。

 だが、その“光”の中に、最近、赤が混ざり始めていた。

 

 祭都エカルラート。聖堂騎士たちの訓練声が遠くで響く。

 その中心、神託の塔の最上階に、若き聖女レオナ・ヴェルシアは座していた。

 祈りの姿勢を保ったまま、彼女の背中はかすかに震えている。

 祈りではない。恐怖だった。

 

 神の声が、聞こえたのだ。

 

「……“血の王を討て”。」

 その声は、銀の光でも炎でもなく――冷たい囁き。

 しかし確かに、塔の中で響いた。

 そして残滓のように、紅の光が床に滲んだ。

 

「……血の……王……?」

 レオナの唇が震える。

 幾度となく神託を受けてきたが、今回の声には“温度”がなかった。

 まるで、神ではなく、人間の夢のように現実的だった。

 

 彼女は胸の銀十字を握る。

 だが、その感触は冷たく、まるで金属ではなく――骨のように感じられた。

 

「レオナ殿。」

 扉の外から声がする。

 聖堂騎士団長・ヴァリウスが入室を許され、跪いた。

「神託の内容を。」

 

「……“血の王を討て”。

 それだけでした。」

 声は静かだが、瞳は明らかに揺れていた。

 

「では、行動を起こさねばなりませんな。」

 ヴァリウスの声は揺るぎない。

「辺境王国で“血の領域”なる災厄が報告されています。

 村が消え、人が影になる。……神の言葉と一致します。」

 

「ですが、神の声が……いつもの“光”ではなかったのです。」

 レオナの指が震える。

「暖かさも、祝福もない。ただ“命令”のようで――まるで、誰かが私を試しているようでした。」

 

「信仰は試練を通して強くなる。」

 ヴァリウスは冷ややかに言い切る。

「我らは従うのみ。神の言葉がどのようであれ、行動が信を証す。

 貴女は聖女。神の剣を掲げる義務があります。」

 

 そう言って彼は去った。

 扉が閉じ、部屋に静寂が戻る。

 レオナは小さく息を吐き、天を仰ぐ。

 塔の天窓から差し込む光が頬を撫でるが――それは冷たかった。

 

「……血の王。あなたは、何者……?」

 

 その夜、レオナは眠りにつけなかった。

 神に祈りを捧げても、瞼の裏には“赤”が滲む。

 ――霧の中、誰かが立っていた。

 黒いコート。紅い瞳。

 そして、声。

 

「祈りとは、恐怖の別名だ。」

 

 その一言で夢が崩れた。

 彼女は息を呑んで目を覚ました。

 部屋の中は暗い。蝋燭が一つ、かすかに揺れている。

 そして――机の上に、赤い羽根が落ちていた。

 

 レオナは凍りついた。

 ここは聖堂内。誰も外から入れない。

 それでも、羽根は確かにそこにあった。

 触れると温かく、血の匂いがした。

 

 やがて夜明けが訪れる。

 彼女はその羽根を懐に忍ばせ、塔を降りた。

 聖堂の外では、巡礼者たちが祈りを捧げている。

 誰も彼女の震えに気づかない。

 彼女だけが、世界の“温度”が変わったことに気づいていた。

 

「……神が沈黙し、血が語る世界。」

 レオナは小さく呟く。

 その声には、祈りでも恐怖でもない――

 理解しようとする意志があった。

 

         ◇

 

 法国議会室。

 枢機卿たちが列をなす。

 中央には、白布の上に置かれた報告書。

 「血の領域」――王国北部に発生。被害拡大中。

 

「“血の王”と名乗る存在が確認されたとの報告もあります。」

 老枢機卿が読み上げる。

「王国からの使者は混乱状態にあり、我が国への助力を要請しております。」

 

「神託も出た。」

 ヴァリウスが言葉を継ぐ。

「“血の王を討て”。聖女レオナ殿が受けたものだ。」

 

「ならば動くしかあるまい。」

 別の老枢機卿がうなずく。

「この“血の王”を討ち、神の怒りを鎮める。……それが法国の義務だ。」

 

 決定は早かった。

 だが、その場にレオナの姿はなかった。

 

         ◇

 

 夜、聖都の外れ。

 レオナは外套をまとい、馬に跨っていた。

 向かう先は――王国北部、“血の領域”。

 彼女は単身で旅立つ。

 聖女としてではなく、一人の人間として。

 

「もし、彼が“神の敵”なら――討ちましょう。

 でも……もし、“神の影”なら――私は、それを見届けたい。」

 

 風が吹く。

 赤い羽根が再び懐から零れ落ち、闇に溶けた。

 その瞬間、遠く離れた夜の森で、アーカードが目を開ける。

 

「……風の匂いが変わったな。」

 紅い瞳が空を見上げ、薄く笑う。

「世界が、私の名を“信仰”し始めた。」

 

 血の霧が森を覆い、蝙蝠が一斉に飛び立つ。

 空の彼方では、月が静かに姿を欠けさせていた。

 夜が、祈りを孕む。

 

“恐怖は罪か、祈りか。”

その答えを探す旅が、今、始まろうとしていた。

彼女の名はレオナ。

神の聖女にして、夜の徒となる者――。

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