Overlord: Blood Dominion ―血の王と死の王―   作:シュエル

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第1章:血の目覚め
第1話:永遠の夜の幕開け


 ユグドラシルの終焉は、静かに――しかし確実に訪れた。

 残された時間は、あと五分。

 かつて数千の冒険者たちが夢を託したその世界は、今日、完全な終幕を迎える。

 

 ナザリック地下大墳墓。

 その玉座の間には、今や二つの存在だけが残っていた。

 

 骸骨の王――モモンガ。

 そして、血に飢えた吸血鬼の王――アーカード。

 

 モモンガは玉座に座し、静かに目を閉じていた。

 ログアウトボタンを押すことは、とうに諦めた。

 ここに残るのは、ただ“思い出”を見届けるためだ。

 

 一方、アーカードは玉座の階段下、闇に包まれた柱にもたれながら笑っていた。

 彼の赤い帽子が、淡い光に照らされる。

 長いコートの裾が揺れ、真紅の瞳が骨の王を映す。

 

「……最後の晩餐というには、少々寂しいな、モモンガ。」

 

「そうだな。」

 モモンガは、骨の指で頭蓋を軽く叩いた。

「他の仲間は、とうに去った。残ったのは我々だけだ。」

 

「ははっ! 哀れなものだ。死を恐れぬ不死者と、血を啜る化物――残ったのがこの二匹とは。」

 アーカードは指先で空を撫で、ゆっくりと立ち上がる。

「だが、悪くはない。終わりに相応しい組み合わせだ。」

 

「……お前は、本気でその姿で世界を去るつもりか?」

 

「当然だ。」

 帽子のつばを押さえ、アーカードは笑った。

「私は“彼”を演じ続けてきた。吸血鬼アーカードとして、狂気の王として。

 ならば最後までそのままでいよう。虚構の皮を脱ぐ趣味はない。」

 

 その声音は芝居がかったものではなく、どこか誇り高かった。

 モモンガはわずかに息をつき、玉座の後方に広がる闇を見つめる。

 

「お前のような者が羨ましいよ。私はただ、仲間たちの記憶を守ることしかできなかった。」

 

「違うな、モモンガ。」

 アーカードは歩み寄り、玉座の前で片膝をついた。

 彼の赤い瞳が、空虚な眼窩を見据える。

「お前は“王”だ。

 この墓所を、彼らの魂を、最後まで守る覚悟を持っている。

 それは、ただのプレイヤーでは成し得ぬことだ。」

 

「……お前にそう言われるとはな。」

 

 二人の間に、わずかな沈黙が流れる。

 外界の音は何もない。ただ時計の針が、無情に時を刻んでいた。

 

 ――残り三十秒。

 

 モモンガが呟く。

「終わりだな。」

 

「終わり――か。」

 アーカードの唇が歪む。

「それならば、乾杯といこう。」

 

 彼は懐から、深紅の液体が入ったワイングラスを取り出す。

 ゲームアイテムで作った「血のワイン」。

 それを掲げ、モモンガの方へ差し出した。

 

「おい、骨の王。死の支配者。お前の秩序と、我が混沌に。」

 

 モモンガも手を伸ばし、骨の指でグラスを受け取る。

 無表情の頭蓋の奥で、確かに笑った。

 

「――我らに、永遠の支配を。」

 

 カチリ、と二つのグラスが触れた。

 

 そして、時間が――止まる。

 

 光が消え、世界が暗転する。

 システムメッセージも、ログアウトも、何も現れない。

 

 静寂の中。

 アーカードは、違和感を覚えた。

 

 ――呼吸を、感じる。

 ――空気の重みが、ある。

 

 ゆっくりと瞼を開く。

 そこには、見慣れた玉座の間――

 だが、違う。

 

 石の床は冷たく、湿り気を帯び、

 空気には鉄のような血の匂いが漂っていた。

 

「……ほう。」

 

 アーカードの唇が、不敵に歪む。

 帽子の影の下、紅の瞳が妖しく光った。

 

「これは……良い夢だ。」

 

 モモンガも立ち上がり、玉座を見渡す。

 アルベドが、跪いていた。

 その瞳には、明確な“意思”が宿っている。

 

「モモンガ様……お帰りなさいませ。」

 

 その声を聞いた瞬間、アーカードは低く笑い出した。

 抑えきれぬ興奮と、嗤うような歓喜が混じる。

 

「はははは……! これは現実か? いや、もはやそんな区別はどうでもいい!」

 

 赤いコートが翻り、靴音が玉座の間に響く。

 

「おい、モモンガ!」

 アーカードが叫ぶ。

「もしもこれが夢なら、醒めるな。

 この世界の命は、どんな味がするのか――試してみたくなった。」

 

 モモンガはその背を見送りながら、静かに呟く。

 

「……アーカード。お前の狂気が、我々の未来を照らすのか、それとも――滅ぼすのか。」

 

 玉座の間に、沈黙が戻る。

 だがその夜、ナザリックの奥底で、二人の王が“新たな世界”に降り立った。

 

 夜は、まだ明けない。

 これは――永遠の夜の幕開けであった。

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