Overlord: Blood Dominion ―血の王と死の王―   作:シュエル

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第二話 鋼鉄の祈りは血の霧を裂く

 王国北部・法王国境付近――。

 夜の深さが異常だった。

 空気が冷え、霧が赤く染まり、まるで“世界そのものが汚染”されているかのようだ。

 

 そんな霧の中を、ひとつの影が歩いていた。

 

 黒いコート。

 銀の十字。

 足を進めるたび、霧が“逃げるように”左右に割れていく。

 

 男は祈りの文言を小さく呟きながら歩いていた。

 

「――主よ、我らを護り給え。

汚れし死者を、この世より退け給え。」

 

 声は静かで、落ち着いていて、優しさすら帯びている。

 だが、その足取りと瞳の奥には、狂気にも似た“破壊の覚悟”が灯っていた。

 

 アレクサンド・アンデルセン神父。

 

 聖都イシュタルの奥深く、誰にも知られぬ“特務修道院”に属する、法国の最終聖職者。

 そして――どこか別の世界から“落ちてきた”存在。

 

 彼は自分の出自を完全には理解していない。

 だが確信だけはある。

 

「――アンデッドは、絶対に赦さない。」

 

 心の奥底、魂の根源に刻まれた“呪いのような義務”。

 それはこの世界に来ても失われなかった。

 

(この匂い……。

 吸血鬼。いや、それよりも古く、濃く……

 “あの怪物”に近い)

 

 アンデルセンは霧を払い、足を速める。

 

(この地を汚す邪悪を野放しにはできん。

 神の沈黙がどうであれ、我はまだ“武器”として残されている)

 

 霧の奥で、人の悲鳴が聞こえた。

 

 瞬間、アンデルセンの眼が鋭く細まる。

 

「……急がねばならんな」

 

          ◇

 

 赤い霧が揺れた。

 そこには、王国軍の兵士が二人倒れていた。

 胸元を押さえ、苦しげに呻いている。

 

「大丈夫か?」

 

 アンデルセンは優しく声をかけた。

 落ち着いた神父の声音は、兵士たちをわずかに安心させる。

 

「……神父、さま……?

 ここは危険……“血の王”が……」

 

「知っているよ、息子よ。

 だからこそ、ここに来た」

 

 アンデルセンは兵士の胸元に手を置いた。

 瞬間、兵士が怯えたように震える。

 

「た、助けて下さい……

 俺たちは、あの赤い瞳を見た……

 見ただけで心が、壊れそうに……!」

 

「落ち着きなさい。

 あなた方の心は惑わされているだけです。

 霧に、恐怖に、そして“異端の囁き”に。」

 

 アンデルセンは静かに祈りを唱えた。

 空気が震え、兵士の胸元から黒い霧が抜け出すように揺れた。

 

「神父様……ありがとうございます……!」

 

「礼は不要です。

 あなた方は帰りなさい。

 私が、“血の王”とやらを始末しよう」

 

「し、しかし――!」

 

「私は人間だ。

 だが――人外を殺すためだけに存在する人間だ。」

 

 アンデルセンの声は静かで穏やかだったが、

 その言葉は、兵士たちの魂を震わせるほどの“重さ”を持っていた。

 

「これ以上、誰も死なせはせんよ。

 さぁ、行きなさい。」

 

「……は、はい!」

 

 兵士たちが去ると、霧の中に静寂が戻った。

 アンデルセンはゆっくりと歩き出す。

 

(“血の王”。

 吸血鬼か、あるいはそれ以上の怪物か……)

 

(我が記憶の片隅にある“あの男”に似た気配がある)

 

 血の霧が深まる。

 

 その中心へと――アンデルセンは迷わず進んだ。

 

         ◇

 

 ほどなくして、別の影が見えた。

 白い外套、銀十字。

 

 少女――聖女レオナ。

 

 彼女は霧に飲まれながらも立っていたが、

 足元は揺らぎ、視線は迷っていた。

 

(まだ幼い……

 だが、この場所に自ら入ったか)

 

「娘よ」

 

 アンデルセンが声をかけると、

 レオナは振り向き、驚きに目を見開いた。

 

「あなたは……神父様……?」

 

「そうだ。

 ここで何をしている?

 聖女であるあなたが、こんな危険な地に足を踏み入れるべきではない」

 

 レオナは唇を噛みしめて言った。

 

「……光が沈黙したのです。

 私には、それを確かめなければならない理由があります」

 

 アンデルセンは彼女をまっすぐ見つめた。

 

「光が沈黙した、か。」

 

 その言葉だけで、彼は全てを悟った。

 そして同時に、静かに怒りを覚えた。

 

(神よ……

 もし本当に沈黙しているのであれば、

 なぜこの少女をここまで追い込む?)

 

(それでも、我はあなたの武器。

 沈黙であろうと命令は遂行する)

 

 アンデルセンは穏やかな微笑を浮かべた。

 

「娘よ、恐れるな。

 光が沈黙していようと、私はまだここにいる。」

 

 レオナは小さく息を呑む。

 その言葉は、沈黙した神に代わる“救い”のようにも聞こえた。

 

「しかし――」

 アンデルセンは静かに続けた。

 

「その沈黙の原因が“吸血鬼”の仕業であるならば、

 私はそれを許さない。」

 

 声は落ち着いていた。

 だがその奥には、焼け付くような殺意が宿っている。

 

「吸血鬼……」

 レオナの胸が痛む。

 

(アーカード様……

 でも……私は……)

 

 そのとき、霧がざわりと揺れた。

 

 ふたりは同時に顔を上げる。

 

――空気が変わった。

――気配が濃くなった。

――世界が震えた。

 

 アンデルセンが笑みを深めた。

 

「……来るぞ、娘よ。

 ここからが地獄の始まりだ」

 

         ◇

 

 霧の奥、影がゆらりと生まれる。

 紅の瞳。

 血のコート。

 夜より濃い笑み。

 

 アーカード――。

 

 レオナは息を呑み、胸の奥が熱くなる。

 アンデルセンは逆に、深い静寂の中に怒りを沈めた。

 

 二人の男が視線を合わせた瞬間――

 空気は“刃”となった。

 

 アーカードは愉快そうに笑う。

 

「……懐かしい気配だと思えば。

 お前、まさか――」

 

 アンデルセンが十字架をゆっくりと掲げた。

 

「“吸血鬼よ”――

 我は汝を赦さない。」

 

 その言葉は、静かで優しい神父のそれであった。

 しかし、レオナの背筋に雷が走った。

 

(殺す気だ……!

 この人は、本気でアーカード様を――)

 

 アーカードは口の端を吊り上げ、静かに笑った。

 

「殺し合いの続きか、司祭(プリースト)。

 ここでも、あの世界でも……変わらないな」

 

「我が使命はただひとつ。

 主の敵――“死者”を滅ぼすこと。」

 

「ふはは……良い。

 ならば――“続き”をやろうじゃないか。

 この世界でもなァ!」

 

 レオナは悲鳴を上げた。

 

「やめてください!!

 戦わないで!!」

 

 二人の殺意が空気を裂いた瞬間――

 

 少女の叫びが、その場のすべてを止めた。

 

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