Overlord: Blood Dominion ―血の王と死の王―   作:シュエル

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第八話 聖女、監視下の日々

 

 聖都イシュタルの朝は、相変わらず清らかだった。

 

 鐘が鳴り、祈りが響き、白い聖堂に人々が集う。

 遠目には、何ひとつ変わらない。

 

 ――だが、レオナは知っていた。

 

(私は、見られている)

 

 それは視線ではない。

 盗み聞きでも、尾行でもない。

 

 評価だ。

 

 朝の祈り。

 食事の仕草。

 信徒への言葉の選び方。

 

 すべてが「正しいか」「揺らいでいないか」という基準で量られている。

 

 私室の扉は閉まっている。

 鍵も掛かっている。

 だが、それは安心を与えるためのものではない。

 

(……檻、ね)

 

 レオナは、わずかに自嘲気味に微笑んだ。

 

          ◇

 

 聖堂での務めは、以前より増えていた。

 

 祈祷。

 祝福。

 説話。

 

 それらは「聖女としての役割」を果たさせるためのものだが、

 同時に――常に人前に立たせるためのものでもある。

 

「聖女様のお言葉を……!」

 

「どうか、導きを……!」

 

 信徒たちの声は、以前よりも切実だった。

 

 光が沈黙している。

 それを、皆が薄々感じ取っている。

 

(……だからこそ)

 

 彼らはレオナを見つめる。

 神ではなく、人間の聖女を。

 

「……恐れる必要はありません」

 

 レオナは、丁寧に言葉を選ぶ。

 

「不安を感じるのは、信仰が弱いからではありません。

 それでも祈ろうとする心がある限り――

 皆さんは、光から離れてはいません」

 

 その言葉に、安堵する者もいれば、

 困惑する者もいた。

 

 枢機卿たちは、その反応を見逃さない。

 

(……試されている)

 

 彼女は、はっきりと理解していた。

 

 強すぎる言葉は危険。

 弱すぎる言葉は失望を生む。

 

 その“狭間”に立つことを、

 彼女は無意識のうちに求められている。

 

          ◇

 

 夜。

 

 私室に戻ったレオナは、ベッドに腰を下ろし、深く息を吐いた。

 

「……疲れた」

 

 誰に聞かせるでもない言葉。

 

 窓の外には、月。

 薄く雲に隠れた、頼りない光。

 

(アーカード様……)

 

 名を思い浮かべただけで、胸がざわつく。

 

 あの血の霧。

 恐怖。

 それでも、見捨てられなかった感覚。

 

(……思い出すな)

 

 自分に言い聞かせるように、首を振る。

 

 そのとき――

 扉の向こうから、かすかな足音が聞こえた。

 

 規則正しい。

 迷いのない歩き方。

 

 レオナは立ち上がり、扉を開ける。

 

「……神父様」

 

 そこに立っていたのは、アンデルセンだった。

 

 いつもの穏やかな表情。

 だが、その奥には、明確な警戒がある。

 

「少し、いいですか」

 

「はい……どうぞ」

 

 彼は部屋に入ると、扉を閉め、結界を張る。

 その仕草は、もう見慣れてしまった。

 

「……慣れてしまいましたね」

 

 レオナが小さく言うと、アンデルセンは首を振った。

 

「慣れてはいけません。

 それは、正しくない状態です」

 

 彼は椅子に腰を下ろし、静かに続ける。

 

「監視は、保護の名を借りた圧迫です。

 あなたの心を“形”に押し込める」

 

「……でも」

 

 レオナは唇を噛む。

 

「私が聖女である以上……

 仕方がないこと、なのでしょう?」

 

 アンデルセンは、しばらく黙っていた。

 

 そして、静かに言う。

 

「いいえ」

 

 きっぱりと。

 

「仕方がないことなど、ひとつもありません」

 

 レオナは、驚いて彼を見る。

 

「聖女とは、神の代弁者ではない。

 人々が祈る理由を“示す存在”です」

 

 彼は真っ直ぐに彼女を見た。

 

「理由は、強制されるものではない。

 選ばれるものです」

 

 その言葉は、心に深く刺さった。

 

「……私は、選んでいいのですか」

 

「ええ」

 

 アンデルセンは、穏やかに微笑む。

 

「今はまだ、“選ばなくていい”。

 ですが――」

 

 銀十字に手を添える。

 

「考えることを、やめてはいけない」

 

 レオナは、ゆっくりと頷いた。

 

(……そうだ)

 

(私は、考えている)

 

 光が沈黙しても。

 夜が囁いても。

 王が見ていても。

 

 自分の心が、まだ動いている。

 

          ◇

 

 その夜、レオナは夢を見た。

 

 白い聖堂。

 赤い霧。

 その間に立つ、自分自身。

 

 誰かが、遠くで笑っている。

 誰かが、遠くで祈っている。

 

 そして、どこか高い場所から、

 静かな視線が注がれている。

 

(……私は、駒じゃない)

 

 夢の中で、そう思った。

 

 まだ未熟で、揺らいでいる。

 それでも――

 

(私は、立っている)

 

 目を覚ましたレオナは、胸に手を当てた。

 

 鼓動は、確かにここにある。

 

 監視下の日々は続く。

 だが、その中で彼女は少しずつ――

 

 “導かれる存在”から、

 “意味を問う存在”へと変わり始めていた。

 

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