Overlord: Blood Dominion ―血の王と死の王― 作:シュエル
ナザリック地下大墳墓・第九階層。
玉座の間に、音はなかった。
それでもそこは、常に動いている。
情報が集まり、
評価が下され、
次の一手が形を持つ。
アインズ・ウール・ゴウンは、玉座に深く腰を下ろし、
宙に浮かぶ魔法スクリーンを眺めていた。
映し出されているのは、三つの光点。
ひとつは――
聖都イシュタル。
聖女レオナ。
ひとつは――
同じく聖都。
銀十字の神父、アンデルセン。
そして最後のひとつは――
血の霧が薄く残る、国境地帯。
「……動かぬ駒など、存在しないな」
アインズの声は低く、感情を排したものだった。
背後には、アルベド、デミウルゴス、そして数名の守護者が控えている。
「状況は?」
「はっ」
デミウルゴスが一歩前に出る。
「聖女レオナは、現在も中央聖堂の管理下。
表向きは尊重されていますが、実質的には軟禁に近い状態です」
「神父アンデルセンは?」
「監視役として動きながら、
聖堂内の“違和感”を探っています。
枢機卿たちの一部は、彼を警戒し始めています」
「……当然だな」
アインズは頷く。
(彼は秩序を壊す者ではない。
だが――
“秩序が壊れている”ことを指摘できる者だ)
それは、体制にとって最も厄介な存在。
「アーカードの動きは?」
「現在は沈黙。
ですが、血の霧は完全には消えておりません」
デミウルゴスは笑みを浮かべた。
「意図的に“痕跡”を残しています」
「……あいつらしい」
アインズは、玉座の肘掛けに指を置いた。
(夜は待つ。
狂信は守る。
そして――)
(秩序は、動かす)
「デミウルゴス」
「はっ」
「次の段階へ移行する」
その言葉に、空気が一段引き締まる。
「直接介入はしない。
だが――
“世界が勝手に動いた”ように見せろ」
「承知しました」
デミウルゴスは、すでに理解していた。
「王国北部に、
『血の霧は弱まった』という噂を流します」
「同時に、
『異端者が内部にいる』という疑念もな」
「ええ。
信仰国家は、“外敵”よりも
“内側の不純物”に敏感ですから」
アルベドが静かに口を開いた。
「……聖女様が、その疑念の中心に?」
「直接はしない」
アインズは即答した。
「彼女はまだ“盤面の要”だ。
今は切らぬ」
「では……」
「疑われるのは、
彼女を守ろうとする者たちだ」
アンデルセンの光点が、わずかに強く輝いた。
「……神父、ですか」
「彼は刃を振るわない。
だが、“立ち続ける”」
アインズの声に、僅かな興味が滲む。
「だからこそ、
体制は彼を嫌う」
◇
同じ頃。
聖都イシュタル、地下の小さな会議室。
「……最近、聖女様の言葉が“柔らかすぎる”と思わんか」
「光の厳格さが、失われているように感じる」
「それを助長しているのが、
あの外来の神父だという噂もある」
枢機卿たちの声は、低く、慎重だった。
だがそこには、確かな疑念が芽生えている。
「異端ではない。
だが――
“正しくもない”」
その曖昧な評価こそが、
粛清の前段階だった。
◇
一方、レオナは自室で静かに祈っていた。
光は、まだ沈黙している。
だが――
恐怖に呑まれてはいない。
(……何かが、動いている)
理由は分からない。
けれど、空気が変わった。
昨日までとは違う、
“流れ”のようなもの。
そのとき、胸の奥がわずかに冷えた。
遠くから、
自分を“配置する”ような感覚。
(……王?)
名は分からない。
姿も見えない。
それでも、
誰かが盤を動かし始めたことだけは理解できた。
◇
夜。
アンデルセンは、聖堂の回廊で立ち止まった。
祈りの声が、どこか歪んで聞こえる。
(……来たか)
彼は直感する。
血の王ではない。
夜の囁きでもない。
もっと冷静で、
もっと遠い“意志”。
(王よ)
銀十字を握りしめる。
(お前は、私を見ている)
アンデルセンは、静かに微笑んだ。
「……ならば、見せてやろう」
彼は歩き出す。
逃げもせず、
隠れもせず。
人として、
武器として。
◇
ナザリック。
アインズは、最後に盤面を見渡した。
「……これでいい」
小さく呟く。
「誰も強制されていない。
だが、誰も“動かずにはいられない”」
それが、王のやり方だった。
夜はまだ笑っている。
狂信はまだ祈っている。
聖女はまだ迷っている。
そして――
盤面は、確実に次の局面へ進んだ。