Overlord: Blood Dominion ―血の王と死の王― 作:シュエル
第一話 沈黙の対話、開かれる檻
その日、聖都イシュタルは不思議なほど静かだった。
鐘は鳴っている。
祈りも捧げられている。
市場には人が溢れ、巡礼者も絶えない。
――それでも、どこか“音が薄い”。
レオナは聖堂の回廊を歩きながら、その違和感を拭えずにいた。
(……何かが、決まった)
理由は分からない。
誰かに告げられたわけでもない。
だが、空気が変わった。
これまでの「様子見」が終わり、
世界が次の段階に進んだような感覚。
彼女は足を止め、窓から外を見下ろす。
光は、まだ沈黙している。
だがそれは、もはや恐怖ではなかった。
慣れでも、諦めでもない。
(……問われている)
そう、感じていた。
◇
同じ頃、聖堂の地下――
枢機卿会議室では、珍しく全員が揃っていた。
誰も声を荒げない。
だが、沈黙は重い。
「……確認しておこう」
最年長の枢機卿が、静かに口を開いた。
「聖女レオナは、異端ではない」
誰も反論しない。
「しかし――
“危うい象徴”であることは否定できぬ」
別の枢機卿が、続ける。
「民は、神ではなく彼女を見ている。
これは、信仰国家にとって健全な状態とは言えない」
「だからと言って、切るには早すぎる」
「切らぬ」
年長の枢機卿が即答した。
「だが、“囲う”必要はある」
その言葉に、空気が僅かに冷える。
「保護という名目での管理。
対話という名目での制限。
選択という名目での誘導」
それは、処刑ではない。
だが――
自由でもなかった。
◇
その決定は、レオナ本人には直接伝えられない。
代わりに、
ひとりの男が呼ばれた。
アンデルセン。
彼は、会議室に入るなり空気を理解した。
(……始まったな)
誰かが“敵”になったわけではない。
だが、守るべきものの形が変わった。
「神父アンデルセン」
「はい」
「聖女レオナには、近く“特別な対話”の場が与えられる」
「……対話、ですか」
「彼女のためだ」
その言葉に、アンデルセンは微笑まなかった。
「彼女のため、という言葉は便利ですね」
一瞬、枢機卿の一人が眉を動かす。
「反論かね?」
「確認です」
アンデルセンは、静かに続ける。
「彼女は、選べるのですか」
沈黙。
その沈黙こそが、答えだった。
「……承知しました」
アンデルセンは、それ以上何も言わなかった。
だが、その胸の奥で、
何かがきしみ始めている。
◇
夜。
レオナは自室で、一通の書簡を受け取った。
封蝋には、見慣れない紋章。
だが、どこか冷たい。
内容は簡潔だった。
――近く、
聖女レオナ殿に“対話の場”を設ける。
これは信仰と秩序を守るためのものであり、
危害の意図は一切ない。
言葉は丁寧だ。
だが、選択肢は示されていない。
(……対話)
レオナは、書簡を胸に抱いた。
怖くはない。
だが――
逃げ道が消えた感覚がある。
(私は……
何を選ばされるの?)
◇
その頃、聖都から遠く離れた夜。
赤い霧が、ゆっくりと集まり始めていた。
「……くく」
アーカードは、空を見上げて笑った。
「面白くなってきたじゃねェか」
血の匂いが濃くなる。
「囲い始めたな。
守るつもりか?
それとも――
縛るつもりか?」
彼は知っている。
こういう時、
必ず“誰か”が壊れる。
「……神父」
低く、名を呼ぶ。
「お前、まだ祈ってるか?」
答えはない。
だが、夜は知っていた。
この世界は、
もう一度――
血を流す準備を始めたのだと。
◇
そして、さらに遠く。
ナザリック地下大墳墓。
玉座の間で、骸骨の王が静かに呟いた。
「……檻は、開いたな」
誰かを捕えるためではない。
選ばせるための檻だ。
その選択が、
世界をどう歪めるか――
まだ、誰にも分からない。
だが確かに、
第四章は動き始めた。