Overlord: Blood Dominion ―血の王と死の王―   作:シュエル

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第三話 誤った選択

 

 レオナは、一晩中眠れなかった。

 

 祈りは捧げた。

 言葉も尽くした。

 だが、胸の奥に残るざらつきは消えない。

 

(……私が、決める)

 

 その言葉が、何度も頭の中で反響する。

 

 聖女として、光の代弁者として。

 だが今は――

 沈黙した光の代わりとして。

 

 それが、どれほど重い意味を持つか。

 理解していないわけではなかった。

 

 それでも。

 

(私が前に出なければ……

 もっと酷いことになる)

 

 その考えが、彼女を縛っていた。

 

          ◇

 

 翌朝、聖堂は異様な緊張に包まれていた。

 

 枢機卿たちの動きが早い。

 聖職者たちが忙しなく行き交い、

 信徒の立ち入りが制限されている。

 

 その中心に、レオナは立たされていた。

 

 壇上。

 光の象徴である場所。

 

 彼女は、深く息を吸う。

 

(……大丈夫)

 

(私は、皆を守る)

 

 アンデルセンの姿が、視界の端に映った。

 

 彼は何も言わない。

 止めもしない。

 

 だが、その沈黙が、

 なぜか胸に刺さった。

 

          ◇

 

「聖女レオナより、

 皆に伝えたい言葉があります」

 

 枢機卿の一人が告げる。

 

 ざわめきが、聖堂を満たす。

 

 レオナは、一歩前に出た。

 

「……皆さん」

 

 声が、思ったよりも遠くまで響く。

 

「光が沈黙していると感じている方も、

 多いでしょう」

 

 どよめき。

 

 だが、彼女は止まらない。

 

「それは、皆さんの信仰が弱いからではありません」

 

 この言葉に、安堵が広がる。

 

「だから……

 恐れないでください」

 

 ここまでは、いつも通りだった。

 

 だが――

 次の言葉が、境界だった。

 

「私は、ここにいます」

 

 聖堂が静まり返る。

 

「光が沈黙している今、

 私が、皆さんの祈りを受け止めます」

 

 枢機卿たちが、満足げに頷く。

 

 アンデルセンの指が、僅かに動いた。

 

「私が、皆さんを導きます」

 

 その瞬間。

 

 レオナは、自分が一線を越えたことを理解した。

 

          ◇

 

 言葉は、刃だった。

 

 それは人々を救う。

 同時に、縛る。

 

 信徒たちの目が変わる。

 

 そこにあったのは、

 祈りではなく――

 依存だった。

 

「聖女様がいれば……」

 

「もう迷わなくていい……」

 

「私たちは、正しい……」

 

 その囁きが、

 波のように広がっていく。

 

 レオナの胸が、冷えた。

 

(……違う)

 

(私は、そんなつもりじゃ……)

 

 だが、言葉は戻らない。

 

          ◇

 

 その日の午後、

 小さな異変が報告された。

 

 異端審問の準備。

 

 対象は、

 聖女の言葉に疑問を呈した、

 下級聖職者と数名の信徒。

 

「……どういうことですか?」

 

 レオナは、枢機卿に詰め寄った。

 

「聖女様の言葉が、

 “秩序”となっただけです」

 

「私は、そんな……!」

 

「お気になさらず」

 

 穏やかな声。

 

「これは、あなたのためでもある」

 

 その瞬間、

 レオナは理解した。

 

(……私は)

 

(守ったつもりで、

 刃を渡してしまった)

 

          ◇

 

 夜。

 

 アンデルセンは、聖堂を離れていた。

 

 誰にも告げず、

 誰にも止められず。

 

 彼の胸には、

 怒りよりも――

 後悔があった。

 

(……俺が、止めるべきだった)

 

 だが、止められただろうか。

 

 レオナが選んだのは、

 善意だ。

 恐怖からの逃避ではない。

 

 それが、最も残酷だった。

 

「……Amen」

 

 その言葉が、

 祈りであってほしいと、

 初めて願った。

 

          ◇

 

 同じ夜。

 

 赤い霧が、再び動き出す。

 

「……はァ」

 

 アーカードは、空を見上げていた。

 

「やっちまったなァ……聖女」

 

 誰かを嘲笑する声ではない。

 

「自分で檻を閉めやがった」

 

 彼の笑みが、歪む。

 

「そして……

 神父」

 

 夜が、血を帯びる。

 

「そりゃあ、

 お前が来る理由も出来るわなァ」

 

          ◇

 

 遠く。

 

 ナザリックの玉座で、

 王は静かに呟いた。

 

「……理解しようとして、失敗したか」

 

 盤面は、もう動き出している。

 

 レオナの選択は、

 秩序を保った。

 

 だが同時に――

 自由を殺した。

 

 その歪みが、

 次に呼ぶものは一つしかない。

 

 血だ。

 

 そしてそれは――

 誰にも止められない。

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