Overlord: Blood Dominion ―血の王と死の王―   作:シュエル

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第四話 祈りは刃となり、夜は応える

 

 夜は、静かすぎた。

 

 スレイン法国北部、廃巡礼路。

 かつては祈りの列が絶えず、

 今は誰も足を踏み入れぬ石畳。

 

 アンデルセンは、その中央に立っていた。

 

 風はない。

 虫の声もない。

 遠くの村の灯りさえ、妙に薄い。

 

(……来る)

 

 確信だけがある。

 

 今日ここに立つことは、

 誰かに命じられたわけではない。

 だが――

 来ないという選択肢は、最初から消えていた。

 

 昼、彼の耳に届いた報告が、脳裏をよぎる。

 

 ――異端審問が始まった。

 ――聖女の名の下に。

 ――異議を唱えた者から順に。

 

(……やってしまったな)

 

 レオナを責める気はなかった。

 あれは善意だ。

 恐怖から逃げるための選択ではない。

 

 だからこそ――

 取り返しがつかない。

 

 アンデルセンは、十字架を握る。

 

「……Amen」

 

 その言葉が、

 祈りなのか、

 覚悟なのか、

 もう自分でも分からなかった。

 

          ◇

 

 空気が、歪む。

 

 血の匂いが、

 ほんの一滴、夜に落ちる。

 

「……くく」

 

 低い笑い声。

 

「いい場所だなァ、神父」

 

 赤い霧が集まり、

 人の形を取る。

 

 紅いコート。

 紅い瞳。

 夜を着た男。

 

 アーカードは、楽しげに周囲を見回した。

 

「祈りが染み付いてやがる。

 血で洗うには、ちょうどいい」

 

 アンデルセンは、動かない。

 

 構えない。

 逃げない。

 

 ただ、目を合わせる。

 

「……吸血鬼」

 

「おう」

 

 軽い返事。

 

「久しぶりだな。

 いや、この世界じゃ初対面か?」

 

 アーカードは、肩をすくめる。

 

「だがよォ……

 お前の目は覚えてる」

 

 紅い瞳が、愉快そうに細まる。

 

「“殺すためだけに生きてる人間”の目だ」

 

 アンデルセンの指が、僅かに動いた。

 

「……お前が、血の王か」

 

「ははッ」

 

 短く笑う。

 

「肩書きはどうでもいい。

 俺は夜で、血で、

 そして――お前が殺したがってる存在だ」

 

 沈黙。

 

 夜が、さらに濃くなる。

 

          ◇

 

「神父」

 

 アーカードが、急に声色を落とした。

 

「さっき、聖都で何が起きたか――

 知ってるか?」

 

 アンデルセンの眉が、わずかに動く。

 

「……何が言いたい」

 

「簡単な話だ」

 

 アーカードは、嗤う。

 

「お前の守ってた聖女がなァ……

 自分で“檻”を閉めた」

 

 その言葉は、

 刃よりも鋭く刺さった。

 

「……黙れ」

 

「黙らねェよ」

 

 アーカードは一歩、前に出る。

 

「お前が動かなかった結果だ。

 お前が祈って見てた結果だ」

 

 アンデルセンの胸が、軋む。

 

「人間はなァ、神父」

 

 アーカードは続ける。

 

「守られすぎると、

 必ず“正しさ”を欲しがる」

 

「……」

 

「正しさを与えられた瞬間、

 次にやることは一つだ」

 

 紅い瞳が、冷たく光る。

 

「間違ってる奴を――

 殺し始める」

 

 沈黙。

 

 アンデルセンは、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……だからこそ」

 

 低い声。

 

「お前を、ここで殺す」

 

 アーカードの口元が、

 大きく歪んだ。

 

「いいねェ……!」

 

 両腕を広げる。

 

「それだ!

 それを待ってた!!」

 

 血の霧が、爆発的に膨れ上がる。

 

「来いよ、神父!!

 神の代行者だろ!?

 だったら――

 俺を裁いてみせろ!!」

 

          ◇

 

 アンデルセンは、一歩踏み出した。

 

 銀杭が、音もなく生成される。

 

「……In the name of God」

 

 声は、静かだった。

 

 だが、その奥にあるものは――

 完全な狂気。

 

「Let the blood be spilled」

 

 銀杭が、夜を切り裂く。

 

「……Amen」

 

 その瞬間、

 世界が破裂した。

 

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