Overlord: Blood Dominion ―血の王と死の王―   作:シュエル

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第五話 狂信と夜、血の否定

 

 夜が呻く。

 

 静寂を割って落ちる足音。

 アンデルセンは、銀十字を胸に掲げる。

 

「我らは神の代理人――

 神罰の地上代行者!!

 ここに死すべき敵を排除する!」

 ――Amen!! 

 

 祈りでも詠唱でもない。

 断罪の宣告だ。

 

 赤黒い霧が奔る。

 血の臭いが濃密になる。

 

「――はははははははッ!

 その声――まるで死を誘う鐘の音だなァ、神父!!

 だが血の夜に馴染む音でもあるぜェェェ!!」

 

 アーカードが満面の笑みで現れる。

 その姿は人の形をしているが、言葉は非情そのもの。

 

「こんな夜だ――

 血も吸いたくなるさ。静かで本当にいい夜だ!!」

 

 アンデルセンは一歩踏み込み、

 銀杭を地に叩きつける。

 

「――Amen!!

 死すべき者に死を与えよ!!

 神罰、ここに降臨!!」

 

 白銀の杭が空気を裂き、

 アーカード目掛けて飛翔する。

 

 が。

 

「まだ足が2本ちぎれただけだぞ。」

 

 アーカードは笑いながら受け止め、

 その場で杭を握り潰した。

 

 地面が裂け、

 祭壇のように血が噴き上がる。

 

「さあ――

 体を変化させろ!!

 足を再構築して立ち上がれ!!

 銃を拾って反撃しろ!!

 夜はこれからだ――」 

 

 杭が砕け散った衝撃で、

 アンデルセンの肩が震える。

 

「……Amen!!

 神の審判は止められぬ!」

 

 彼の息が白く、鋼のように震えた。

 

 血の霧が集まり、

 無数の杭が生まれる。

 

「我が身に降り注げ――

 死の宣告!!」

 

 だが、霧は逆に蠢く。

 杭を避け、杭を壊し、杭の残片で攻撃を返してくる。

 

「――くッ!!」

 

 アンデルセンは咄嗟に身を翻す。

 血塗れの大地を蹴って、再び前進する。

 

 空間を裂く祈り。

 

 鋼の刃となる祈り。

 

 霧すら焼き尽くすほどの絶対命令。

 

「神罰、

 ――ここに!!

 Amen!!」

 

 杭は巨大な十字架となり、

 アーカードへと斬り込む。

 

 だが。

 

「ふッ――

 俺は犬の肉だとォ?」 

 

 アーカードが爪先で杭を受け止める。

 

 そのセリフと同時に、

 夜の闇が蠢き、アーカードの影が無数に跳ねる。

 

「化け物と対峙したお前は何だ!?

 人か――狗か――化け物か!!」 

 

 拳が迸る。

 

 銀杭が弾け、

 夜が牙を剥く。

 

 爆ぜる血しぶき。

 砕け飛ぶ肉片。

 地面が悲鳴を上げた。

 ただひたすら、

 ――殺し合う。

 

 アンデルセンの声が、

 戦場にこだまする。

 

「Amen!!

 死を拒むものすべてに――

 神罰を!!」

 

 祈りが、祈りとしてではなく、

 叫びとなって世界を打ち砕いた。

 

 アーカードは笑いながら前進する。

 

「楽し──い!!

 血の匂いは久しぶりだ!!

 最高だ!!」 

 

 杭が雨となり、

 夜の影が暴れまわる。

 

 そして――

 互いの歩みは止まらない。

 

 神の代行者としての狂信と、

 夜そのものとしての狂喜。

 

 その衝突は、

 刃と祈りと血だけが残る世界となった。

 

 血の匂いが、夜を満たしていた。

 

 鉄。

 腐臭。

 そして、どこか甘い――腐りかけの果実のような香り。

 

 それは死の匂いであり、

 同時に――アーカードにとっては祝宴の香りだった。

 

「……くく」

 

 低く、喉の奥で笑う。

 

「いい顔だ、神父。

 まるで――

 世界を呪い殺すために生まれてきた人間みてェな面してやがる」

 

 アーカードは、ゆっくりと歩み出す。

 銃は抜かない。

 構えもしない。

 

 まるで散歩だ。

 

「だがなァ……」

 

 紅い瞳が、アンデルセンを射抜く。

 

「お前はまだ“足りねェ”」

 

 次の瞬間――

 アーカードの姿が、消えた。

 

 衝撃。

 

 アンデルセンの胸が、内側から破裂する。

 

 背中から血と肉が噴き出し、

 石畳に叩きつけられる。

 

 だが――

 アンデルセンは笑った。

 

「……Amen」

 

 血の海の中から、立ち上がる。

 

 肋骨が再生し、

 内臓が戻り、

 肉が縫い合わされる。

 

 その再生速度は、

 もはや“人間”の域ではない。

 

「主よ……

 この身を裂き、

 それでも刃と成さしめ給え――

 Amen!!」

 

 次の瞬間、

 銀杭が爆発的に生成された。

 

 一本や二本ではない。

 数十、数百。

 

 空間を埋め尽くす白銀の雨。

 

 だがアーカードは、避けない。

 

「はッ……

 それで“神の代行者”のつもりか?」

 

 杭が突き刺さる。

 肩。

 腹。

 喉。

 

 だが、血が流れない。

 

 血が――笑っている。

 

「俺はなァ……

 お前らが“神”だの“正義”だの掲げて

 血を流してきた歴史そのものなんだよ」

 

 身体が霧に崩れ、

 次の瞬間にはアンデルセンの背後にいる。

 

「だから教えてやる」

 

 耳元で、囁く。

 

「血は祈りなんか聞いちゃいねェ」

 

 拳が振るわれる。

 

 アンデルセンの頭部が、

 粉砕された。

 

 だが――

 倒れない。

 

 首から上が吹き飛んだまま、

 身体だけが杭を放つ。

 

「Amen――

 死ね!!」

 

 杭が、アーカードの眼球を貫く。

 

 頭が弾ける。

 

 だが、

 次の瞬間にはもう一人いる。

 

「はははははは!!

 いいぞ神父!!

 そうだ――

 “死ね”と言え!!」

 

 無数のアーカードが現れる。

 

 夜の至る所に、

 赤いコートと紅い瞳。

 

「神を信じるな!!

 正義を信じるな!!

 ――ただ“殺したい”と言え!!」

 

 アンデルセンの瞳が、完全に濁った。

 

「……黙れ」

 

 その声は、低く、平坦で、

 祈りの響きを完全に失っていた。

 

「私は……

 神の名を借りてなどいない」

 

 一歩、踏み出す。

 

「殺す理由は、最初からここにある」

 

 自らの胸を、再び貫く。

 

 血が噴き出し、

 空中で十字を描く。

 

「――Amen」

 

 その瞬間、

 空間そのものが裂けた。

 

 夜が引き裂かれ、

 血の霧が蒸発し、

 アーカードの分身体が

 一斉に消滅する。

 

 残ったのは、一人。

 

 元のアーカード。

 

「……おお」

 

 彼は、初めて――

 感心したように目を細めた。

 

「いいじゃねェか、神父。

 やっと“人間”の顔になった」

 

 アンデルセンは、息を荒げながら立っている。

 

 身体は再生している。

 だが、明らかに限界が近い。

 

 彼は、時計を見るような仕草をした。

 

「だがな」

 

 アーカードは、肩をすくめた。

 

「それでも――

 お前は俺を殺せねェ」

 

 次の瞬間、

 空気が凍る。

 

 夜が、沈黙する。

 

 世界の外側から、

 “観測”の圧が降りてくる。

 

 ――王の影。

 

 アンデルセンは理解した。

 

(……ここでは、終わらない)

 

 アーカードも、舌打ちする。

 

「……チッ」

 

 霧が、引く。

 

「つまらねェな」

 

 紅い瞳が、アンデルセンを見据える。

 

「殺しても死なねェ

 殺されても止まらねェ

 ――最悪だ」

 

 背を向ける。

 

「いいぜ、神父」

 

 夜に溶けながら、言い残す。

 

「次は――

 “殺す理由”そのものを

 叩き潰しに来てやる」

 

 血の霧が、完全に消えた。

 

 アンデルセンは、膝をついた。

 

 身体は立て直せる。

 だが、精神が軋んでいる。

 

「……Amen」

 

 それは祈りではない。

 誓いでもない。

 

 ただの、

 口癖になりかけた言葉だった。

 

 勝敗はない。

 決着もない。

 

 だが確かに――

 互いは、互いを否定し切れなかった。

 

 それが、この戦いの“結末”だった。

 

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