Overlord: Blood Dominion ―血の王と死の王― 作:シュエル
レオナがアンデルセンの異変に気づいたのは、
彼がいなくなったからではなかった。
まだ、そこにいるのに。
聖堂の回廊。
祈りの場。
会議の隅。
彼は確かに存在している。
だが――
誰も彼に触れない。
(……おかしい)
それは排除ではない。
無視でもない。
扱いが決まっていない者への、慎重すぎる距離。
レオナは、それを知っていた。
◇
彼女は、枢機卿の一人に尋ねた。
「アンデルセン神父について……
何か、問題が?」
言葉は柔らかい。
責める調子もない。
だが、返ってきた答えは――
曖昧だった。
「問題、というほどでは……」
「では、なぜ彼は任務から外されているのですか?」
沈黙。
「……彼は、強すぎる」
その言葉に、レオナは息を呑んだ。
「強すぎる?」
「象徴として、扱いづらい」
枢機卿は、視線を逸らした。
「今の我々には、
秩序を“安心させる象徴”が必要なのだ」
その瞬間、
レオナは理解した。
(……私は、使われている)
そして同時に――
(……神父も、切り離されかけている)
◇
その夜、レオナは決めた。
(……私が、守る)
だがその“守る”は、
剣ではない。
否定でもない。
位置づけることだ。
◇
翌日、
レオナは公の場で言葉を発した。
祈祷後の、短い声明。
「北部の件について、
私は、ある神父の働きに感謝を捧げたいと思います」
ざわめき。
「アンデルセン神父です」
その名が、
久しぶりに公に響いた。
「彼は、
沈黙の中で祈りを貫き、
誰にも誇らず、
ただ役割を果たしました」
それは、真実だった。
だが――
彼女が与えたのは、人物像ではない。
象徴だ。
「彼は、
私たちが恐怖に屈しないための証です」
人々が、頷く。
「信仰は、まだ生きています」
歓声はない。
だが、安堵が広がる。
◇
アンデルセンは、その場にいた。
人々の視線が、
一斉に自分へ向く。
――理解。
――期待。
――安全な距離。
(……なるほど)
彼は、全てを悟った。
レオナは、
自分を“英雄”にしたのではない。
自分を“壁”にしたのだ。
恐怖と信仰の間に置く、
壊れない壁。
◇
声明の後、
レオナは彼を呼び止めた。
「神父……」
「……聖女様」
互いに、目を合わせる。
「私は……
あなたを守りたかった」
それは、嘘ではない。
「あなたが、
ただ消される存在になるのが、
怖かったのです」
アンデルセンは、しばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
「……ありがとうございます」
レオナは、ほっと息を吐く。
だが――
その言葉の裏にあるものに、
彼女は気づかない。
◇
アンデルセンの声は、
いつもと同じだった。
だが、心の中で、
彼はこう思っていた。
(……これで、戻れなくなった)
守られたのではない。
固定された。
彼はもう、
疑われる存在ではない。
だが同時に――
選ばれる存在でもなくなった。
◇
夜。
アンデルセンは、ひとりで外に立つ。
(……聖女は、優しい)
だからこそ、
彼女の行動は止められない。
(だが……)
遠く、夜の奥を見つめる。
(俺は、
“守られる側”ではない)
彼は刃だ。
そして刃は、
鞘に入れられれば鈍る。
「……Amen」
その言葉は、
もはや誰にも向けられていない。
◇
聖女は、
善意で壁を築いた。
教会は、
都合よくそれを利用した。
そして神父は――
象徴として守られながら、
最も深い孤独へと進んでいく。