Overlord: Blood Dominion ―血の王と死の王―   作:シュエル

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第八話 聖女、象徴を抱きしめる

 

 

 レオナがアンデルセンの異変に気づいたのは、

 彼がいなくなったからではなかった。

 

 まだ、そこにいるのに。

 

 聖堂の回廊。

 祈りの場。

 会議の隅。

 

 彼は確かに存在している。

 だが――

 誰も彼に触れない。

 

(……おかしい)

 

 それは排除ではない。

 無視でもない。

 

 扱いが決まっていない者への、慎重すぎる距離。

 

 レオナは、それを知っていた。

 

          ◇

 

 彼女は、枢機卿の一人に尋ねた。

 

「アンデルセン神父について……

 何か、問題が?」

 

 言葉は柔らかい。

 責める調子もない。

 

 だが、返ってきた答えは――

 曖昧だった。

 

「問題、というほどでは……」

 

「では、なぜ彼は任務から外されているのですか?」

 

 沈黙。

 

「……彼は、強すぎる」

 

 その言葉に、レオナは息を呑んだ。

 

「強すぎる?」

 

「象徴として、扱いづらい」

 

 枢機卿は、視線を逸らした。

 

「今の我々には、

 秩序を“安心させる象徴”が必要なのだ」

 

 その瞬間、

 レオナは理解した。

 

(……私は、使われている)

 

 そして同時に――

 

(……神父も、切り離されかけている)

 

          ◇

 

 その夜、レオナは決めた。

 

(……私が、守る)

 

 だがその“守る”は、

 剣ではない。

 否定でもない。

 

 位置づけることだ。

 

          ◇

 

 翌日、

 レオナは公の場で言葉を発した。

 

 祈祷後の、短い声明。

 

「北部の件について、

 私は、ある神父の働きに感謝を捧げたいと思います」

 

 ざわめき。

 

「アンデルセン神父です」

 

 その名が、

 久しぶりに公に響いた。

 

「彼は、

 沈黙の中で祈りを貫き、

 誰にも誇らず、

 ただ役割を果たしました」

 

 それは、真実だった。

 

 だが――

 彼女が与えたのは、人物像ではない。

 

 象徴だ。

 

「彼は、

 私たちが恐怖に屈しないための証です」

 

 人々が、頷く。

 

「信仰は、まだ生きています」

 

 歓声はない。

 だが、安堵が広がる。

 

          ◇

 

 アンデルセンは、その場にいた。

 

 人々の視線が、

 一斉に自分へ向く。

 

 ――理解。

 ――期待。

 ――安全な距離。

 

(……なるほど)

 

 彼は、全てを悟った。

 

 レオナは、

 自分を“英雄”にしたのではない。

 

 自分を“壁”にしたのだ。

 

 恐怖と信仰の間に置く、

 壊れない壁。

 

          ◇

 

 声明の後、

 レオナは彼を呼び止めた。

 

「神父……」

 

「……聖女様」

 

 互いに、目を合わせる。

 

「私は……

 あなたを守りたかった」

 

 それは、嘘ではない。

 

「あなたが、

 ただ消される存在になるのが、

 怖かったのです」

 

 アンデルセンは、しばらく黙っていた。

 

 そして、静かに言った。

 

「……ありがとうございます」

 

 レオナは、ほっと息を吐く。

 

 だが――

 その言葉の裏にあるものに、

 彼女は気づかない。

 

          ◇

 

 アンデルセンの声は、

 いつもと同じだった。

 

 だが、心の中で、

 彼はこう思っていた。

 

(……これで、戻れなくなった)

 

 守られたのではない。

 固定された。

 

 彼はもう、

 疑われる存在ではない。

 

 だが同時に――

 選ばれる存在でもなくなった。

 

          ◇

 

 夜。

 

 アンデルセンは、ひとりで外に立つ。

 

(……聖女は、優しい)

 

 だからこそ、

 彼女の行動は止められない。

 

(だが……)

 

 遠く、夜の奥を見つめる。

 

(俺は、

 “守られる側”ではない)

 

 彼は刃だ。

 そして刃は、

 鞘に入れられれば鈍る。

 

「……Amen」

 

 その言葉は、

 もはや誰にも向けられていない。

 

          ◇

 

 聖女は、

 善意で壁を築いた。

 

 教会は、

 都合よくそれを利用した。

 

 そして神父は――

 象徴として守られながら、

 最も深い孤独へと進んでいく。

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