Overlord: Blood Dominion ―血の王と死の王― 作:シュエル
血の夜の名残は、すでに薄れていた。
だがその匂いは、
夜に生きる者の感覚からは消えない。
「……くく」
アーカードは、崩れた巡礼路の高台に腰掛けていた。
赤いコートの裾を夜に垂らし、
まるで劇を観終えた観客のように、空を見上げている。
「いい芝居だったぜ……神父」
誰に向けるでもない独白。
「叫び方も、壊れ方も、
ちゃんと“人間”してやがった」
指先で、空をなぞる。
そこにはもう、血も霧もない。
「だが……」
口元が歪む。
「まだ足りねェ」
彼は知っている。
あの神父は、
“殺す理由”を失っていない。
むしろ――
増えている。
「次は、もっといい顔になる」
それが期待なのか、
呪いなのかは、
アーカード自身にも区別がつかなかった。
◇
一方、さらに深い場所。
ナザリック地下大墳墓。
玉座の間。
骸骨の王は、静かに思考していた。
「……興味深い」
評価は短い。
感情はない。
彼の前に広がるのは、
“結果”だけを抽出した情報。
戦闘のログ。
周辺への影響。
人間社会の反応。
「局地的破壊。
政治的混乱の兆候。
宗教的象徴の再編」
すべて、想定内。
だが――
ひとつだけ、想定以上だった。
「吸血鬼個体の行動」
王は、そこに僅かな注意を向ける。
彼は暴れなかった。
支配しなかった。
拠点も作らなかった。
ただ、衝突しただけ。
「……彼は、盤を荒らしていない」
むしろ、
既に歪んでいた盤面を、露呈させただけだ。
「利用価値は高い」
だが、
管理する価値は低い。
王は結論を出す。
「接触不要。
干渉不要。
敵対不要」
その判断は、
残酷なほど合理的だった。
◇
別の場所。
ナザリックのある一室で、
配下の者が報告を行っている。
「王よ。
人間社会では、
“異端の怪物を退けた神父”として
物語が整理されつつあります」
「……予想通りだ」
「聖女が、その象徴を補強しています」
一瞬、
王の思考が少女へ向かう。
だが、すぐに戻る。
「……問題ない」
彼女はまだ、
“自分で壊れる段階”にいない。
「むしろ――
壊れる準備を整えている」
◇
アーカードは、どこか別の夜を歩いている。
人の気配はない。
だが、退屈もない。
「面白ェ世界だ」
この世界には、
“ルール”がある。
だが、
“答え”はない。
「神が沈黙して、
人間が神のフリを始める」
笑う。
「そりゃ血も流れる」
彼は、この世界を救う気はない。
壊す義務もない。
ただ――
壊れる瞬間を見届けたいだけだ。
◇
王は、玉座に座したまま動かない。
だが、
盤面は確実に進んでいる。
人間側は、
秩序を守るために歪み始めた。
聖女は、
善意で檻を強化している。
神父は、
象徴として固定された。
そして吸血鬼は――
次の夜を待っている。
「……結論は変わらない」
王は静かに呟く。
「この世界は、
まだ“自壊段階”だ」
だからこそ――
介入はしない。
それが最も、
この世界を“よく観られる”選択だった。