Overlord: Blood Dominion ―血の王と死の王―   作:シュエル

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第3話:外界の初夜

 森は沈黙していた。

 夜風が枝を揺らし、月光が木々の隙間を縫う。

 その下を――一人の“影”が歩いていた。

 

 アーカード。

 吸血鬼の王。

 いや、今の彼はまだ“役”を演じる人間にすぎなかった。

 だが、この世界に満ちる“生の匂い”が、その境界を曖昧にしていく。

 

 地面に足を踏みしめるたび、微かな湿り気が伝わる。

 鼻腔をくすぐるのは土と草、そして遠くに漂う血の香り。

 ゲームでは感じることのなかった、生の重みが確かにそこにあった。

 

「……なるほどな。」

 

 彼は低く呟いた。

 帽子のつばを押さえ、赤い眼を細める。

 遠く、焚き火の光。人の声。

 笑い声と、鉄のぶつかる音。

 

 ――盗賊どもだ。

 

 アーカードは微笑む。

 その笑みは紳士的でありながら、どこか“獣”の気配を孕んでいた。

 

「初狩りには悪くない相手だ。」

 

 闇の中で影が蠢く。

 彼の背後の闇がゆらりと揺らぎ、そこから黒い獣が顔を出した。

 狼のような、犬のような、しかしどれでもない――“夜”そのものの化身。

 

「殺すな。」

 アーカードは指を立てて命じる。

「喰い散らかすな。恐怖の味が逃げる。」

 

 影獣たちは無音で頷き、森の中へと散っていく。

 

 その直後、焚き火の周りで飲んでいた盗賊たちの笑い声が、突如、止まった。

 

「……なんだ? 風か?」

 

 返事はない。

 次の瞬間、男の首が、音もなく地面に落ちた。

 

 焚き火の赤が、血に照らされる。

 残された盗賊たちは、状況を理解するより早く、悲鳴を上げた。

 

「な、なんだ!? おい、誰か――!」

 

「静かにしろ。」

 

 その声は、闇から響いた。

 低く、艶やかで、底冷えするような音。

 

 焚き火の明かりに照らされ、赤いコートの男が現れる。

 帽子の下の紅い双眸が、ひとりひとりの命を値踏みするように光った。

 

「お前たち、この夜を汚したな。

 人の血を無駄に流すなど、神への冒涜だ。」

 

 盗賊のひとりが震える声で叫ぶ。

「な、なんだお前はッ!?」

 

「……吸血鬼だ。」

 

 その一言とともに、闇が爆ぜた。

 影が形を変え、獣が飛び出す。

 男たちは逃げる間もなく、影に呑み込まれた。

 肉が裂け、骨が砕け、血が地に散る。

 

 アーカードはその光景を見上げ、満足げに目を細めた。

 そして、最後に残った一人――震えながら剣を構える若い盗賊を見下ろす。

 

「お、お前……人間じゃねぇな……」

 

「さて、どうだろうな。」

 

 アーカードはゆっくりと歩み寄る。

 長いコートの裾が血を吸い、音を立てる。

 男は恐怖で足が動かない。逃げられない。

 アーカードがその首を掴み、軽々と持ち上げた。

 

「質問をしよう。

 この世界の命は、どんな味がする?」

 

 男が何かを言う前に、牙が突き立てられた。

 皮膚を裂き、血が溢れ出す。

 甘く、鉄のような熱が喉を満たし、全身を駆け巡る。

 

 ――生きている。

 

 アーカードは確信した。

 この世界は、ただのデータではない。

 ここにある血は“本物”だ。

 そして、自分もまた――“本物”の怪物になった。

 

 彼はゆっくりと男を放り捨てる。

 肉体は干からび、灰のように崩れ落ちた。

 

「フフ……これだ。これこそが、生の味。」

 

 影が再び蠢く。

 彼の足元には無数の死体、

 その上で夜の獣たちが静かに跪いていた。

 

「この世界は……私の庭だ。」

 

 アーカードは夜空を仰ぎ、帽子のつばを上げる。

 星明かりが紅の瞳に反射し、まるで神の瞳のように輝く。

 

「良い夜だ。

 モモンガ――お前の秩序の世界に、

 少しばかり“混沌”の香りを加えてやろう。」

 

 風が吹く。

 血の匂いを運び、森を赤く染める。

 その中心で、吸血鬼の王は笑った。

 

「さあ――この夜に、祝福を。」

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