Overlord: Blood Dominion ―血の王と死の王―   作:シュエル

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第5話:血と影の饗宴

月が満ちる夜だった。

 その光は白く冷たく、まるで世界の理性を照らすように静かに輝いている。

 だが――その下に広がる大地は、すでに血の色に染まりつつあった。

 

 焼け落ちた村の中央。

 崩れた家屋の上に、ひとりの男が立っていた。

 赤い帽子、黒のコート、血に濡れた笑み。

 

 アーカード。

 

 その足元には、もはや生者はひとりもいない。

 人間、獣、虫、魂――すべてが影の中に溶け、静寂だけが残っていた。

 

「ふむ……少しやりすぎたか。」

 

 指先についた血を舐め取る。

 鉄の味と、かすかな恐怖の匂いが舌の上で溶けた。

 それは甘美だった。生の証。

 この世界における最も純粋な“快楽”だった。

 

 彼は笑う。

 それは勝利の笑いではない。

 存在そのものの陶酔。

 現実を噛み締める者の、愉悦の嗤いだった。

 

「――ご主人様。」

 

 背後から柔らかい声が響いた。

 振り向けば、そこに立っていたのはシャルティア・ブラッドフォールン。

 純白の肌に真紅のドレス。

 その瞳には、完全な服従と――狂気が宿っていた。

 

「おお、シャルティアか。」

 アーカードは目を細める。

「どうした。モモンガの犬が、私の血の宴に迷い込むとは。」

 

「違います……私は、ご主人様の犬ですわ。」

 

 その言葉に、アーカードは低く笑った。

 帽子の影の下、紅の眼光が光る。

 

「ほう……口が上手いな。だが、言葉だけでは足りん。」

 

 彼はゆっくりと手を差し伸べた。

 シャルティアは膝を折り、その手を取る。

 血に濡れた指が彼女の頬を撫でた。

 白い肌に赤が滲み、月明かりに照らされる。

 

「この血は……。」

 

「人の血だ。

 だが、お前に与えるのは別のものだ――“私の血”だ。」

 

 アーカードは自らの手首を裂いた。

 真紅の液体が流れ出す。

 それはただの血ではなかった。

 魔力、生命、そして“夜”そのものが溶け込んだ力の象徴。

 

 シャルティアは一瞬ためらい、しかし次の瞬間、

 その血に唇を寄せた。

 

 滴が舌に触れた瞬間――

 彼女の身体を、灼熱の快楽と恐怖が貫いた。

 

「ぁ……あぁぁ……!」

 

 悲鳴と喘ぎが混ざる。

 血が流れ込み、魂が塗り替えられていく。

 その中で、彼女は見た。

 漆黒の海。

 無数の亡霊。

 狂気の王が微笑む幻影を。

 

「見えるか、シャルティア。」

 

 アーカードの声が頭の中に響く。

 彼の影が、彼女の背後に伸びる。

 まるで夜そのものが抱きしめるように。

 

「お前は私の眷属。

 血の誓約によって、我と一体となる。

 だが、忘れるな――私はお前を所有しない。

 私は、お前を“解き放つ”。」

 

 シャルティアの瞳が、涙と血で濡れる。

 快楽とも狂気ともつかぬ笑みを浮かべながら、彼女は答えた。

 

「はい……ご主人様。私は、夜の虜ですわ。」

 

 アーカードは微笑む。

 その表情は慈悲にも見え、悪魔の微笑にも見えた。

 彼は手をかざし、周囲の影を集める。

 

「さあ、饗宴を終えよう。」

 

 地面が波打ち、死体の山が音もなく沈んでいく。

 影が全てを呑み込み、村は静かに消滅した。

 跡形もなく、ただ血の香りだけが残る。

 

 空を見上げる。

 月は赤い。

 まるで血を吸ったかのように妖しく輝く。

 

「良い夜だ……。」

 

 アーカードは笑い、

 シャルティアはその隣で静かに跪いた。

 

「ご主人様、これが……“血の儀式”ですか。」

 

「いや、これはただの前奏曲だ。

 本当の“饗宴”は、まだ始まっていない。」

 

 彼は指を鳴らす。

 闇が震え、数百の影獣が森の奥から姿を現す。

 狼、蝙蝠、蛇、黒鳥――あらゆる“夜の眷属”が跪く。

 

「見ろ、シャルティア。

 この世界には神も天使もいない。

 ならば、夜が支配する。」

 

 血と影が絡み合い、世界が静かに歪んでいく。

 その中心で、アーカードは帽子を脱ぎ、微かに祈るように呟いた。

 

「神よ、貴様がいないのなら――この夜に、私が君臨しよう。」

 

 風が吹く。

 血の匂いを運び、森を赤く染める。

 そして夜は、より深く、より美しく沈んでいった。

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