ウマ娘 VRダービ― 黄金因子獲得レギュRTA   作:重バ鹿

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キャラスト ホープモード①

 焦がれていることがあるとすれば、思い切り走ってみたいという想い。

 

 ホープモードというウマ娘は控えめだ。

 あるいは誰よりも速く駆けたい、勝ちたいというウマ娘の本能以上に、ただただ思い切り走ってみたいという願いが強すぎるが故、他の欲求が希薄に見えるだけかもしれないが。

 

 彼女の願いを妨げるものとは自分自身が生来持っている出力の高さだった。

 

 ――コーチ、ホープちゃんが。

 

 彼女がクラブチームに所属して少し。

 メンバーで模擬レースの途中、ホープモードは加速しようとした瞬間に膝を痛めた。

 

 ――子供ながらにしてこの踏み足の強さはケガのリスクが高すぎる。

 ――身体がしっかり出来上がるまで本気で走るのは避けた方が良いでしょう。

 

 コーチがドクターがそう言った。

 そう言われたから控えた、ホープモードは素直に全力で走ることを放棄したのだ、いつか全力で走れる時を夢見て。

 

 そう決めた時からクラブ内での模擬レース最後尾は彼女の定位置になった。

 力を使わない、一瞬たりとも全力を出さないことに全力を預けた。

 心無い者にランニングでもしに来たのかと嗤われた時も、全力で微笑みを返すのみで終わらせた。

 

 だってそうだろう。

 誰かを壊そうとした結果、自分を壊してしまっては笑い話にすらならないのだから。

 

 耐えて、控えて、自分の身体が成長することを待った。

 家の柱に刻んである身長を測るキズは毎日増えた、少しでも背が高くなるとホープは花が咲き誇ったかのような笑みを浮かべて喜んだ。

 怪我のリスクを低下させるため毎日入念なストレッチへと取り組んだ。

 

 そうして。

 

「――どうして、トレセン学園を目指したのか、ですか」

「うむっ! この質問は筆記試験に合格した全員に行っているものだ、入学の合否に関わるものではないから安心して欲しい!」

 

 トレセン学園応接室で、理事長秋川やよいにホープは聞かれた。

 

 やよいの言葉に嘘はない。

 合否に関わるものではないし、そもそも入学する理由なんて凡そトゥインクルシリーズを駆けたいと言うものだったし。

 それ以外にあるとすれば入学するだけで凄いと言うネームバリュー欲しさと言ったところだが、そもそも肩書欲しさで入学できるほど中央トレセン学園は甘くない。

 

 だから半ば感情の宿らない事務手続きのような質問である。

 もっとも、秋川やよいという人物に血の通わない行動や質問と言うものは皆無であるが。

 

「走れるからです」

 

 血肉通ったやよいの熱をかき消すかのような、絶対零度の返答だった。

 

 事実として、ホープモードというウマ娘にしては珍しく怒りすら感じていたのだ。

 そんなもの当たり前だろう、走るため以外に理由などないだろうにと。

 

 秋川やよいが、同じく隣に居た駿川たづなは、自分たちが思う中央トレセン学園を志す当たり前とは全く違う当たり前をぶつけられ少しだけ目を見開く。

 

「……失礼しました。えっと、中央トレセン学園しか、私が全力で走れる場所は、この国に存在しないそうです、から。ということ、です」

「感謝っ! よくわかった、ホープモード。キミは思い切り走るためにここへとやってきた。この認識で間違いないか?」

「はい」

「承知っ! 重ねて感謝する、ホープモード。面談は終わりだ、合否の通知は一週間後に家へと届く。気を付けて帰ってくれっ!」

 

 立ち上がり失礼しましたと小さく頭を下げた後退室するホープを見送ったやよいは、小さく息を吐きソファへと深く座り直す。

 

「異質。彼女は紛れもなくこの場所を望んでくれている、が」

「……たまにああいった子はやってきますが、かなりの重さがありましたね」

 

 たずなの返答にやよいはもう一度息を吐いて答える。

 一癖どころか二癖以上抱えてやってくる新入生は数多くいるのは間違いない。

 ただ、そうした事実の上でホープモードというウマ娘を異質と称した理由はクセの問題ではなく。

 

「ただ走ることだけにしか興味がない」

「サイレンススズカさんを、彷彿とさせます」

「近似っ! だが、似ているだけで同じではない」

 

 ある種の気軽さ。

 それこそ、中央トレセン学園以外で全力を出して走ることが出来る場所があるのなら、彼女はいとも簡単にそちらへと向かうだろう。

 

「如何なさいますか?」

「愚問っ! たかが異質さで合格を翻すことなんて、あってはならない!」

 

 手元にあった、彼女の筆記試験の解答用紙を見ながらやよいは断じる。

 

「我々にできることは、彼女がより良い未来を手に出来るよう環境を整え続けることだ」

 

 

 

「ステータス《高揚》を感知」

 

 中央トレセン学園へ入学して少し、開催されたウェルカムレースでミホノブルボンは誰よりも強く、しかし静かに熱を発する存在を確認した。

 

「え、っと?」

 

 ブルボンにしては初めて見る種の熱だったのだ。

 大レースを前にして湧く観客が放つ熱でもなく、今まさに他のウマ娘から放たれているやってやるぞーなんていう熱でもない。

 

 ただただ静かに、溢れそうになる感情をじっくりと高め、前を見据えている。

 そんなホープモードの持つ熱は重ねてミホノブルボンというウマ娘からすれば初めて見て、感じる熱だった。

 だからこそ、レース前に声をかけた、かけてしまった。

 

「申し訳ありません。本日は、よろしくお願いします」

 

 そう言ってミホノブルボンはその場を離れた、集中力を高めている所申し訳なかった、なんて思いながら。

 

 後ろでまだあどけなさを残すホープは首を傾げてブルボンの背中を見送った後、スタートラインに立つ。

 

(ようやく)

 

 先のブルボンのことなんて既に頭に無かった。

 

(ようやく、走れる、全力で)

 

 あるのは高揚感、そして早く早くと逸る心。

 我慢した、耐えた。

 憐みの視線も、侮辱の視線も、走る度に痛む脚も。

 

 全ては今、この時からのために。

 

 スタートの合図と同時に駆けだした。

 心と身体が一致していたからだろうか、まさに抜群のスタートと言って良い。

 しかし、ホープは。

 

(いけない。まだ、使う時じゃない。今から使っちゃ、保たない)

 

 スタートの有利を呆気なく放棄し、するすると後方へと位置取った。

 追い抜いていく先行組はそんなホープを見て一瞬怪訝な顔を浮かべるが、あぁあの子はダメな子なんだなと理解してすぐに意識から切り離していく。

 

 だが、同じく後方からを得意とするウマ娘は違った。

 

(あ、っつ……)

(何、この子……なんで、こんなに)

 

 走って流れる汗とは別に、嫌な冷たさを持った汗が伝った。

 彼女としては早く全力を出す瞬間をと焦がれているだけだったが。

 

 ホープモードの圧力とでも言うべきだろうものに押されて、差しウマたちはペースを上げて行った。

 まだまだ未熟と言って良い彼女らの技術と本能は、ホープモードから距離を取るという選択肢を簡単に取らせたのだ、溜めている脚を使ってまで。

 

 だから。

 

(――ここ)

 

 第四コーナー、最終直線が覗けたその瞬間。

 

「っ!?」

「う、うそっ!?」

 

 ドスンともドシン、とも。

 重たい音が響いた、響いてホープモードが一歩、二歩、三歩。

 

「む、むりぃ~!」

 

 先頭をひた走るミホノブルボンを除いた全員を置き去りにする加速を見せた。

 

「――は、はは」

 

 完全に抜き去ったところで、呼吸を大事にしろと言うかつてのコーチが言ったことを忘れ。

 

「あははははははははっ!!」

 

 ホープモードは笑った、大きく、高らかに。

 身長が伸びた時とは全く違う、ようやく何かを見つけられた、手に入れられたかのように。

 

 あるいは。

 

「待って――くださいよっ!!」

「っ!?」

 

 元来持っていた本能を取り戻したかのように。

 

 そこでブルボンが振り向いた、振り向いて、敗北を悟った。

 

「はぁっ、はぁ、はぁ……あり、がとう。お疲れさまでした、またお願いしますね」

 

 誰よりも先にゴールを駆け抜け、跪き感謝したのは自分の脚に向けてだろうか?

 真意はともあれ、ブルボンはホープへと近づいていって。

 

「――お疲れ様でした。レース直後に申し訳ありませんが、名前を教えて頂いてもよろしいでしょうか?」

「ホープ……そう、私はっ! ホープモードです!」

「ホープモード。データベースに記憶、今後ともよろしくお願いします、ホープ」

 

 自身の記憶容量に、ライバルとしてホープモードの名を刻んだのだった。

 

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