星蒼の降る   作:Ryin_Carnight

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プロローグ:とある傭兵と少女について

「......っ、......はあ......っ、はあ......! うぐぅ......ぐ......はあ......!」

 

 入り組んだ岩の隙間を縫うようにして走る後ろで、怒り狂った火竜が岩壁を破壊しながら迫ってくる。目にもとまらぬ速さで爪が振り下ろされ、それをかろうじて躱す。しかし、直撃はせずとも巨大な爪の生み出す風圧に体勢を崩され、岩に体を打ち付ける。

 

「うぐぅ......、ぐあ......っ!......くそっ......!まだだ...こんなところで死ねねぇ......!」

 

 彼は傭兵だった。組合に寄せられた依頼を解決し、日銭を稼ぐ傭兵だった。

 彼は強かった。仲間と共に訓練に励み、どんな依頼でも万全を期して解決していた。街に猛獣の群れが押し寄せてきたときも勇敢に立ち向かい、撃退して見せた。都市一番の実力者であった。

 それは辺鄙な村の小さな困りごとを解決していた時だった。家の3倍ほどはあろうかという大きさの火竜がほど近くの山に舞い降りたのである。決して腹を満たすために少し寄ったなどではなかった。元より縄張りであったかのように巣を掘り堂々と居座ったのである。

 竜は強大である。口から放たれる吐息(ブレス)は全てを焼き溶かし、また、凍り付かせる。強靭な尾は全てを薙ぎ払い、強剛な爪は全てを切り裂く。極めつけはその翼である。竜のような巨体を持ち上げ巻き起こす風は何人も寄せ付けない。かろうじて体にしがみついたとて全身の鱗は徹甲弾を弾くほど硬い。

 故に、人の身で勝てる道理なく滅多に姿を現さない竜が村の近くに棲みついたというのはその村を棄て、どこかに逃げる他ないことであった。

 しかしそこには彼らがいた。国中を探しても片手の指に収まるであろう強者(つわもの)である彼らが。

 無論、正面から立ち向かって勝てるほど火竜は弱くない。そのため彼らは私財で牛を買い火竜を自身たちの有利な地形に誘い込んだ。丸々と太った牛に気を取られている間に奇襲し、抵抗ままならぬうちに全てを終わらせる。そういう算段だった。

 見事奇襲は成功した。空という無敵の領域に踏み入る翼と音速を超えて振るわれる尾を両断してみせ、吐息を放てば火竜自身をも焼き尽くしかねない距離にまで接近することができた。

 

 彼らの誤算は三つ。

 

 一つは火竜が自身の傷を吐息によって塞いだこと。

 

 一つは火竜が吐息を自傷も厭わず彼らに放ったこと。

 

 一つはその災害の如き巨大生物の持つ武器が爪のみになったとて彼らを蹂躙するのに余りある暴力であったことであった。

 

 決して彼らが油断していたわけでも、驕っていたわけでもなかった。ただ純粋に生物としての格が違った。ただそれだけの、残酷な事実に彼らの希望は潰えた。

 そこからは早かった。蹂躙を避けるため、重傷を負った仲間を抱えてリーダーは退き、チーム内最速の彼が囮役を買って出た。切り立った岩が入り組み、竜には窮屈なこの場所のために、今の今まで命を繋いでいた。

体力など疾うに使い果たしている。仲間はもう逃げ切れただろうか。最早、彼が逃げ切ることなど不可能だ。それでも、彼自身の命が尽きぬ限り、少しでも命を繋ぐために彼は走り続けていた。

 

「...! ぐああぁぁっっ!!! ぐ...うあぁ......っ!」

 

 遂にその時が来た。限界を超えて動かしていた脚が一瞬遅れ、火竜の凶爪がそれを捉えた。夥しい量の血が流れ、あまりの苦痛に呻き声を上げる。

 

「......畜生......ふぅ......おい、クソトカゲ。てめぇ俺の仲間が呼んだ援軍にボコられた後あの世で覚悟しとけよ。......竜種は言葉がわかるらしいな?その間抜け面で大したもんだぜ...でかいだけの爬虫類風情が......くそ......!」

 

 もはや彼に動くことなどできない。自身を侮辱する男に対しゆっくりと火竜が口を開き、頭を食いちぎらんとする。

 

 彼が静かに目を閉じ、終わりを覚悟した時...雷鳴のような轟音と共に、火竜の首が断たれた。

 土煙が少しずつ晴れ、それを成した者の姿を露わにしていく。

 

 その者は正に、少女であった。

 青い髪を靡かせ、金色の三日月斧(バルディッシュ)を携えて粛とそこに立っている。

 そして他方ではメイド服と呼ばれる、黒いワンピースに白いエプロンを合わせた服を身に着け、薄く青白い光を纏っている。

 

 

 

 俺は死んだのか...?そう感じるほどにはぶっ飛んだ状況だ。出血で朦朧とする脳みそにあり得ない、と言わざるを得ない情報の暴力が襲い掛かってくる。

どうやらこっちを見つけたらしい嬢ちゃんは瞬きの間にこちらに来て火竜(トカゲ)に引き裂かれた俺のボロボロの服で応急処置をすると俺がまるでおとなしい犬か猫のようにひょいと抱えて駆けだした。

 

「あんたの仲間って言う人から頼まれたの。最寄りの街まで送るから、耐えて」

「...ははっ、嬢ちゃんみたいな可愛い天使が迎えに来てくれるなら死にかけるのも悪くないな?」

「・・・」

「...冗談だ忘れてくれ。......確実に死んだと思ったよ。どうやらカミサマってやつは俺が生きることをお望みのようだな......俺の仲間は大丈夫か?俺も人のことを言えないがあっちも重症なんだ」

「......もうそろそろ街にでもついてるんじゃないですかね?あなたほど傷は深くなかったから大丈夫だと思います」

「そうか...それは......よか......っ...た......」 

 

 彼はそう言うと意識を失った。彼女も一瞬死んだのかと考えたが遅れて聞こえてきた微かな息遣いに胸を撫で下ろす。ほどなくして最寄りの施療院に到着する。どうやら彼の仲間も着いたところみたいで、受付に傷を負った二人を抱えていた人の姿が見えた。

 

「すみません、さっきぶりですね 彼の方を先に診てもらいますね?到着する直前に致命傷を負って割と一刻を争う状況で」

「あぁ...もちろんです...ありがとうございます......僕たちではとても太刀打ちできず仲間の二人も重傷を負って...僕だけ無傷で逃げたんです...止めを刺すのは僕の役割だったのに...彼が囮をすると言ってくれて...二人を抱えて自分だけ...」

「すみません...こんなことをあなたに言ってしまって...とにかく本当にありがとうございます。あなたにあの時に会えなければきっと私も仲間たちも死んでいました。ありがとうございます」

「いえ、依頼の帰りだったので。みんな生きていてよかったです。あ、彼目を覚ましましたね」

 

 涙を溢しながら話す彼をそうやってなだめる。彼らは村民のために自身らよりもはるかに強大な生物に命を賭して戦ったのだ。称えられこそすれ非難される謂れはない。少しして目が覚めた彼が慰杖をついてこちらに来る。

 

「もう...傷は大丈夫なのかい?」

「あぁ マジに死ぬかと思ったがダメなところは全部避けてたみたいでな。むしろ命に別状はないが火傷のひどいあいつらの方が治りにくいみたいだ」

「すまない...君をおいて逃げてしまって......しくじったのは僕だったのに...これじゃあリーダーの面目が立たないな...」

「おい、その話はあの時もう終わっただろ。あの時あの状況で火竜(トカゲ)相手に一番長く耐久出来るのは俺で、気絶したあいつらを抱えて一番遠くに走れるのはお前だったんだ。俺とお前、どっちの役割もどっちもにしかできなかったんだ。ごたごた言ってんじゃねぇ」

「そうだな...すまない...」

「...仲...いいんですね...」

 

 二人がそんな会話をしていると彼女がそう呟いた。実力が高く仲間のことを常に考えているリーダーと口は悪いが自身を含めて合理的に判断できる彼との関係がとても空気に馴染んでいたのだ。

 

「俺とこいつは幼馴染でな。小さいころから互いを知ってんだ。あの二人も隣の村の出身で、仲が良かったから組んだんだ。こいつは昔よりもへたれたがまぁ...こんなんでも俺らん中じゃ一番強いからな これが一番チームがまとまる」

「ははは...とにかく命を助けてくださって本当にありがとうございます。いつかお礼をさせてください」

「いえ、ほんと偶々なんで...そこまで...大したことでもないので...」

「火竜の首一撃で斬り落としといてよく言うぜ...ありゃ“天髄"か?体内電気を操ったり髪を硬化させたりするやつはいたが...パワー型でもあのレベルのは初めて見たな。どういう原理なんだ?」

「おい、失礼だろプライベートな話にズケズケと...すみません...気を悪くされていないといいんですが...」

「気にしないでください。この人初対面で口説いてきたんで。傭兵やってるとそんな人も少し...ちょいちょいいますしね...?」

「...サイセ?」

「悪かったって...死にかけたのと出血でちょっとヘンになってたんだよ...」

「すみません......ちゃんと言っておくので...」

「はは...大丈夫ですよ...あーすみません、ちょっとこの後用事があって私行かなきゃなんです」

「長々と引き留めてしまって申しわけない。重ねて本当にありがとうございました」

「もし手伝ってほしいことがあれば何でも言ってくれ力になるぜ。俺は狩山(かりやま) サイセ。こいつは静寂(しじま) ケンセイ。東にあるセージ領の3番街に拠点がある。いつでも訪ねてくれ」

「はい。またどこかで」

「あぁじゃあな...えーと...そういや名前を聞いてなかったな...嬢ちゃん、名は?」

「星街すいせいです。」

「あぁ じゃあな星街すいせい この恩はいつか返すぜ」

「はい 僕もいつか恩返しをさせてください」

「ありがとうございます。では」

 

 そう告げて彼女は空の彼方に消えていった。

 彼女の纏う光が日の落ちた薄暗い空に流れ星のように瞬いている。

 これが後に救世主となる彼らと英雄となる彼女の初の邂逅であった。

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