荒れ果てた大地に肺が焼けるような熱気が立ち込めている。空が落ちてくるかと見紛うような隕石に少女は双眸を据える。彼我の距離を測り、神経を研ぎ澄ませてその天蓋に刃先を向ける。刹那振り上げられた
薄暗い裏路地のさらに奥深く、下水の流れる水道管の側道で膝元ほどの体高を持つ大きな
淡い光を纏い、凶暴なねずみを蹴散らす彼女は、つい先日一組の傭兵の命を救い、強大な火竜を一撃にて葬った星街すいせいである。
このねずみは主に下水道や廃棄物処理場等の不潔な場所に棲み付き、そこから出るごみを食べて生きる種で、最大で体高1.5m、全長2mにもなる。極めて発達した前歯により水道管や家の土台、柱などを食い荒らす害獣であるが、一匹一匹が大きく獰猛である上に良く群れるものであるから、駆除には相当な手間が要求されることになる非常に面倒なやつだ。
今彼女を取り囲んでいる大鼠の数は30匹前後。初めの内は敵とみるや本能のままに突っ込んでくるだけであったが、仲間が一蹴される様を見て学習したのか、様子を伺っているようだ。
時を見て、群れの長らしき風体のねずみが咆えると、一斉に飛び掛かってきた。だが、その程度の策でどうにかなるほど彼女とねずみどもの力の差は小さくなかった。一振りで多数のねずみを両断し、多くのねずみが近づくことすら叶わず蹴散らされていく。
程なくして一帯の殲滅を確認した彼女は山積みになった大量の死体を端に避け、最後、一斉に押し寄せてきたねずみたちのせいで、傷は負っていないとはいえ血を盛大に浴びてしまった。形容しがたい不快感に襲われながらもその場を後にする。
臭いも相当なものであったため、組合に軽く報告を済ませるとその場を後にして帰路に着いた。
家に帰る途中でやむを得ず人通りの多い場所に出なければならない場所がある。少し覚悟を決めて足早に駆け抜けようとしたとき、裏路地からその場所に踏み入ったその時に、横からくる人とぶつかってしまった。
「あっ...すみません...」
「いえいえ...こちらこそ......ってなんだお前かよ、みこち」
ぶつかってしまった人に慌てて謝罪を返した...所でその相手が
「なんだってなんだよ!お前こそこんなところで...ってうわ汚ね!なんで血塗れなんだよ!」
「すいちゃんはニートしてるあなたとは違ってちゃんと働いているんですぅ~今日も依頼の帰りだよ」
「ニートじゃないもん!ちゃんと巫女の仕事だってこなしてるんだから!」
「客来ないんだからこなす仕事もくそもねーだろがよー てかそんなことより聞いてよ、昨日の夕方ドラゴンと戦ってきたんだよ~」
「そんなことって...ってうぇドラゴン!?めずらしーこともあるもんだにぇ」
「まぁ翼も尻尾も角もなかったし完全に不意打ちだったから瞬殺だったんだけどね」
「不意打ちでも竜瞬殺できるのお前ぐれーだよ...ったく......ってお前!今日!招集かかってたのわすれてるだろ!」
「...招...集......? あー...えぇっと...」
そんなものがあったか...思わぬところから生えてきた重要事項に曖昧な返事を返しながら記憶を溯っていく。
そういえば...
「全く...すいちゃんはみこがいないと何にもできないんだから。世話が焼けるにぇ」
「てめー調子に乗ってんじゃねーぞこの野郎。どうせお前も昨日ぐらいに誰かから聞いたんだろ」
「...一昨日すばちゃんから聞いた...すばちゃんはあずちゃんから聞いたって...」
「やっぱりじゃねーか 集合時間は?」
「えっと8時集合だったから...後30分!」
「早く言えよ!遅刻するじゃん」
「おめーが忘れてたのが悪いんだろーが!じゃあみこ先行ってるから。遅れんなよ~」
「急げばギリか...」
急遽発生したタイムアタックにすぐさま光を纏い空を駆ける。血で汚れた服を洗剤に浸け姉に丸投げして体を洗う。姉の罵倒を聞き流しつつ新しい服に着替ると9時まではあと2分といったところ。
「ぎり...ぎり...間に合ったぁ~」
ドアから出ていては間に合わないと悟り、窓から屋根に登り向こうの、宿舎の空いている窓に滑り込む形で教室に飛び入る。すんでのところで間に合ったことに安堵しつつ空いている席に着いたところで席に着く。
一息ついたところでチャイムが鳴り、彗星のごとく現れてた...もとい遅刻しかけて窓から突っ込んできた私に騒がしさの増した教室も隣同士の内緒話ほどに小さくなる。
「な・に・し・て・ん・だ・よ!おめぇ!いくら遅れそうだからって窓から飛び込んでくる馬鹿がいるかよ!」
「遅れそうだったんだからしゃーないでしょーが!何にも壊してないんだしセーフでしょ!」
「あはは~確かにあの登場の仕方はちょっとダメかもね~」
「うぐ...次からは気を付けます...」
隣に座ったみこちとそんな会話をしていると後ろのそらちゃんにそう
少しして廊下に靴音を響かせながら一人の男が入ってきた。風貌は白衣に目元の隠れる前髪といかにも科学者然としたものだが、妙に筋肉質な身体つきをしている。よく見ると白衣の胸ポケットにはいくつかの徽章がつけられているため、昔は軍人だったのかもしれない。
そんなことを考えながら形式的に号令を済ませると男が黒板にチョークを走らせる。
「初めまして、カバー国第三陸軍大佐兼、凍川心髄天頸基礎研究所先代所長のモーゼス・ストーチです。
今後、皆さんの教師役を務めることになります。よろしくお願いします。」
軍人が研究者とは大変な道のりだったに違いないとかそんなことを考えているとモーゼスと言ったこの男はそう名乗った。
まだ現役だったとか、思ったより偉い人だったのかもとか、そんなことよりもまず、不意に出てきた聞き覚えのある単語に面食らう。
陸軍、それも第三は私たちが所属しているところだ。教室の皆もそれぞれが驚いた様子で近くと話している。なぜならそれはあり得ないことだった。6年前、私たちも投下された
この男がもう少し若いか、もっと老年であれば現場に行っていなかったから生きていたと説明がつくかもしれないが、見るにこの男ぐらいの年齢が丁度戦争に参加していた頃だ。
再編された部隊も、新人か老兵ばかりであの男ぐらいの年齢の者はいなかったはず。この男が詐欺師で、来るはずだった人の代わりに来て私たちを騙しているとする方がまだ説明がつく。
そんな考えを巡らせていると男は続けて話を進める。
「私も、皆さんと同じ力、心髄天頸を持っています。この力のお陰で私は生き延び、その後、この力についての研究を進めてきました。私はそれを皆さんに教えるためにここに来たのです。
早速、講義に移りたいところなんですが、用意を忘れてきてしまったのでしばらくここでお待ちください」
全員の疑問を解消するように男はそう説明した後、部屋を後にした。
突然の出来事に張り詰めた教室の空気が開いたドアから抜けていく。男が出て行って間もなく、教室の所々で話し声が上がる。
「いや~びっくりだったねぇまさかそういうことで今日呼ばれたなんて」
「戦争終わってから今までずっと休みってことで放置だったのにね」
「授業かぁ...テストとかあるのかなぁ」
「いやー無理無理~ そうなったらバックれちゃおうかな」
「ダメだよ~?でも6年も仕事やってないと感覚忘れちゃうね」
「まぁ傭兵の仕事はやってたんですけどねー そらちゃんもダンスやってたでしょ」
「まぁあれは半分趣味みたいなものだからね~子供の頃に入ってそのままのこの仕事とはちょっと違うよね」
そらちゃんとあずきちがそんな会話をしているところにロボちがそんなことを言って早くも抜け出そうとする。確かに戦争、以降大元の第三陸軍が機能停止したことで仕事はしてこなかった。それでも私やそらちゃんは副業はやっていたのだ。ニートしてたみこちやロボ子とは違うのだ。
「へい大将方 やってる?」
「ふっ なんだよその言い方久しぶり、ポルカ」
「あれ以来会ってなかったからね~そっちはそっちで忙しかったしこっちもサーカスあったし」
「授業が学校ぐらいあったら傭兵もしばらくできないかなぁ」
「だね~私もしばらくは休業することになるかも」
そらちゃんたちとそんな会話をしていると奥からポルカが話しかけてきた。サーカス団尾丸座。どうやらこの機会に世界を放浪して回っていたらしい。道理で会わないと思った。ししろんやラミィも一緒だったらしくねねちなんかはどこで買ったのかわからない奇妙なトーテムを持ってマラカスを振っていた。
しばらくしてまた先生が戻ってきてこれからのことについて話す。どうやら少し特別なんだとか
「この国は世界的に最も多くの能力者...
しかし、諸外国ではそうではありません。全ての範囲をカバーしきれないために暗躍する犯罪者に対処しきれずにいます。そこで我が国内が安定した今、我々がそれぞれの国に向かい、その事件を解決することで国際的な友和を実現しようということになりました。
そしてここからが本題なのですが、それを行う前にあなた達は6年前の戦争の関係で義務教育を終えていないので、それを解決してから行うことになりました。それに加え、あなた達の力をより効果的に扱うために私が呼ばれてきた、ということです」
そういうことらしかった。これからの退屈な授業に憂鬱になりながらさっきの話を反芻する。一般の警察では対処しきれない、私たちのような仮神?が必要ということは十中八九相手方も能力者か
互いに能力を知らない状態で戦った時、勝率は五分五分、私の場合は相手が搦手に特化していた場合詰む可能性がある。借りを作ることを承知でこの国を頼ってきたということは間違いなく一筋縄ではいかない厄介事だ。
「すみません、部外者である我々を呼ばざるを得ないということはつまりそれだけ危険なものだということだと思うんですけど、あまりにもいきなりじゃないですか?」
そんなことを考えているとそらちゃんがそんな質問をした。仕事だから仕方がないとはいえ今まで何の連絡もなかったというのに急に呼び出してきてそんなことを言われてもはいそうですかとはならない。せめて何かしらの対応はしてほしいところだ。すると先生はいい質問だと言ってその問いに答えた。
「はい、そう思うのも無理はないと思います。今回対処命令のあった事案はどれも不正遺物所有者による強盗、テロ行為ですが、無策で挑むにはあまりに危険な事案です。ですので、その為に私が来たと言っておきましょう。
少なくとも同じ軍属はともかくその辺のチンピラに負けることはないようにします」
それはまぁ、大層なことだ。能力者でないのならば相手の防御能力は遺物に依存する。それでも出力自体は私たちと変わりのないものだ。拳銃を持った一般人を能力を使わずに相手にすると考えていいだろう。それを相手にまず負けないということは何か特別なものがあるというのか。
「これは...そうですね見せた方が早いかもしれません表の訓練場に集合してもらえますか。これから皆さんに教える技術の1つを見せたいと思います。」
そういわれて一旦解散となり、各々着替えることになった私はいつもの動きやすい服だったのでそのまま訓練場に向かうと対面に先生が立っていた。
「おや、早いですね あなたは...「すいせい。星街すいせい。」...すみませんまだ覚えきれていなくて」
「いいけど...あんた本当に強いの?戦争経験してたならわかると思うけど技術の一つ二つあったって...」「そうですね。あの時私は戦闘が始まってすぐに横からの攻撃に気絶して実際に戦うことはできませんでした。天髄も戦闘特化ではありません」
「なら」
わかるんじゃないの、と言おうとして
「ですが...今はあなた方の誰よりも強いと言えますよ。」
確信に満ちた様子でそう言ってのけた。
「遠い昔、人類が一度滅び、絶滅の憂き目に遭ったとき、そこから再度数を増やし、あらゆるものと交わり、亜人種が生まれた時に人々は天髄を発現しました。古くには神の力の一端を振るう者として信仰の対象になっていた時もあったと言われています。
能力はその者の鏡となり、本質を表す...故に心髄天頸、天髄と呼ばれ、その力を振るう者は仮神と呼ばれるようになりました。
そして近代において、ただ単に能力を振るうだけではない新たな技術体系が生まれました。あなた達が無意識の内に扱っているものではありますが、より効率的に扱う方法を私が発見しました」
気になっていた質問を投げかけると思わぬ返答が返ってきた。その後の話は昔話として概要は誰でも知っている。だが、無意識に扱っている力とは何なのか。その自信の理由もそこにあるのだろう。
しばらく失踪します