シンボリルドルフは疲れていた。
それは単なる“疲労”などという生易しい言葉では表現できない。
『全てのウマ娘に幸福を――』
その信条を叶えるために、彼女は人生そのものを賭してきた。
ウマ娘が幸福を掴み取れるはずがない
ウマ娘に生まれた時点で、人生ハードモード
そんな世間の常識を覆すため
レースを引退してからはウマ娘の社会的地位の向上に努め続けてきた。
メディアへの出演、ウマ娘支援の基金立ち上げ
時に海外へ飛び、時に夜通しで資料をまとめた。
一徹、二徹など当たり前。
机の上には山のような書類と、飲みかけのカップ。
そんな生活を続けてきた彼女の心身は、とうに限界を超えていた。
だからこそ、突如生徒会室に現れた絶世の美男子を見ても動じることが無かった。
寧ろ、その姿を見て悟ってしまった
『……ああ、ようやく天から迎えが来たのか
最期にこんな最高の天使に看取られるなら、私は本望だ……』
「おい、会長! しっかりしろおおお!」
付き添いできたナリタブライアンが
往復ビンタで現実に引き戻そうと奮闘していた。
しかし、ルドルフは頬を叩かれ続けても
現実を直視することができなかった。
彼女の中ではすでに、天界へ導かれた後という認識であった。
『ブライアンか……君はここが現実だと言うが、
こんな女臭い混沌一如の生徒会室に、あんな“エ゛ッッッ”な存在が居るわけないだろう』
「……実は正気だろ、おい」
そんな様子を見て、トレーナーである彼は
ルドルフに負担を掛け過ぎてしまったことを若干後悔した。
――ウマ娘の社会的地位の回復
それは、10連サポートガチャでSSRを10枚引き
さらにその全てがピックアップのような――不可能にも等しい所業。
そんな無理難題を、たった一人で抱え込み、
誰よりも重荷を背負った結果がこれである。
担いだ使命に心を削り過ぎ、ついには男性の出迎えを天使の迎えと幻視するところまで来てしまった。
『ルドルフさん、貴方はよく頑張りました。
誰が何と言おうと、私はその努力を認めます。
少し休みましょう』
そう言って、彼はルドルフの頭を優しく膝に乗せた。
シンボリルドルフは――やはり、此処が天国なのだと確信した。
天使の羽こそ見えないが、こんなにも美しい男性がこの世に実在するはずがない。
加えて、頭を撫でる温もりに
自分の中で何かが緩やかにほどけていくのを感じとっていた。
長年に渡り積み重なった疲労と責務
限界を迎えていた脳に突如として供給された幸福物質
その衝撃により彼女の精神が静かに自壊を迎えた。
しかし、脳が自らを守るために
“精神を幼くする”という最後手段を取った。
威厳のあった会長の様子が徐々に幼くなっていく
そんな事象を見せられたナリタブライアンは普通にドン引きした。
今のルドルフの精神年齢は、幼き日の“ルナちゃん”時代にまで遡っていた。
そして――
幼くなった無敵のルナちゃんは
無邪気な笑顔で、自分の願望をそのまま口にした。
『ねえねえ、天使さま~
ルナね、天使さまと結婚したいな〜』
『ええ、構いませんよ。
“丁度” 手元に婚姻届がありますから、貴方の名前を記入してください』
天国にも婚姻システムなんてあるのか~とぽわぽわした気持ちで書面にサインをしたシンボリルドルフ。
彼女がここを現実だと認識するのはまだ先である。
「Eclipse first, the rest nowhere」
――唯一抜きん出て並ぶ者無し
他の生徒に先駆けて、朧げな意識の中でも
人生という名のレース
――“結婚” ――へと独走していくシンボリルドルフ
トレセン学園の校訓を
誰よりも忠実に、そして誰よりも愚直に体現した生徒会長であった。
次話でラストです