シデンジンバの中央入りと同時に和田祐四も中央トレーナーとして赴任。
そしてジュニア期の目標にダートGⅠ全日本ジュニア優駿を目標とする。
距離適性や芝・ダート適正を伸ばすという点は言う程簡単ではない。距離は短くなれば加速力や瞬発力が求められ、逆に長くなればスタミナの配分や勝負所の見極めが必要になる。さらに芝・ダートの路面も求められる能力が違う。
故にその両方に適性がある地方のウマ娘であったシデンジンバは中央でも見ない素質を持ったウマ娘であった。
「だからこそ芝とダートの切り分けはしっかりしていた方がいい。フェニックス賞・小倉ジュニアステークスでジンが使ったスパートはダートのスパートだ。今後に支障が来るほどじゃなかったけど負担はあった」
「
ランニングマシンを走るシデンジンバの横で適性の違いを説明する祐四。そこにメトロノームが2台置かれ、その片方だけがリズムを刻んでいる。
「ん、足のペースが乱れ始めてる。速度も少し落ちてきてるよ」
「っ! ふんっ!!」
祐四の言葉にメトロノームのリズムに合わせて足の動きを整え、正面に表示される速度の数字も上げる。
今やっているトレーニングはフォームの矯正だ。伸びる距離にランニングなどのスタミナ上昇はあるが、ただ闇雲に走っていては本番でせっかくのスタミナを無駄に消費してしまう。なのでその消費を抑える為の走りを体に覚えさせていた。
「ヒロッ、聞いて、
「何?」
「
「あっ、それは確実にレースで負けちゃうくらいダメだね」
バターン!!
シデンジンバが転んだ。しかも顔からプラスルームランナーへの激突だったのでそのまま後ろへ飛ばされた。あと多分鼻血が出てる。
「ジンは小柄なウマ娘にしてはパワーがあり、しかしその小柄さから芝でもそれが拡散しないという黄金比がある。だから体重の変化はパフォーマンスに影響するね」
「………
「サガは先生の指導下だったからね。食事制限は厳しかったでしょ?」
「
「僕が先生の弟子でも先生そのままじゃないから」
「
担当ウマ娘がつぶれたカエルのようにうつ伏せになっていると言うのに日常の会話のように話を続けた担当トレーナー。同じくトレーニングルームを使っていた他のウマ娘たちは一瞥しただけでそれぞれのトレーニングに戻る。怪我に繋がるこの光景に平静を保てている所、この中央の混沌具合がわかるというものだった。
しかし祐四はシデンジンバが立ち上がるよりも先に動き、彼女の仰向けにしてポケットティッシュから紙を1枚。それで鼻血を吹いてポケットティッシュを渡す。それを受け取ったシデンジンバも1枚とって丸めると鼻に突っ込んで体を起こした。
ここまで自然な流れに周囲のウマ娘も流石にちょっとドン引きした。まだ『ちょっと』に納まっていると彼女たちが何を見てここまで慣れたのか気になる所だった。
「トレーニング、続ける?」
「いや、
「ごめんね」
素直に謝罪する祐四。その顔もイケメンだなと思いつつ、相変わらず不器用だと感じる。
「
「えっ? ああ、う~ん……」
「
「いや、顔を合わせて挨拶はする気はあるんだよ。でも心の準備が」
「もしもし、
「あ」
いつの間にかスマホを手に取って連絡していた。そして更に相槌をしているところ見て目元を抑えるヒロ。
「『是非に来て』だって。
「
聞き馴染んだ声だったよと、哀愁が漂った背中でそう返した。そんな光景を周りのウマ娘たちは『仲良いな』と、誰もが思ったのだった。
トレセン学園から離れ、しかしウマ娘の足であればそう遠くない場所に一軒の平屋。年季の入った木造タイプでこの東京では珍しい。が、それは家屋の話。この家と庭を囲む生け垣の皮を被ったセキュリティはドン引くくらいにガッチガチである。
「
「なんでここまでやるかなぁ」
「
「想い、重いよ……」
シデンジンバの言葉でその発信元を思い、頭が痛くなった祐四だった。ただしお世話になってもいるので胸の内にある一言は奥底にしまう事となった。
「
「……そうだね」
すでに開錠のパスワードを入力しているシデンジンバに促されて心を持ち直す祐四。
そうして開錠された門が自動で開くと二人並んで入っていく。入れば玄関まで続く石畳にきちんと手入れがされた芝生の庭。その真ん中の木造の家は懐古な雰囲気を醸し出すも建築年数自体はまだ若く、懐古“風”と言える。そう考えると『ああ、ここにも手をいれてるんだろうなぁ』と祐四は察した。
「ただいまあ」
「お邪魔します」
シデンジンバが慣れたように玄関を開けて声を掛け、祐四もそれ続く。
「ナァ」
そんな2人を一匹の猫が出迎えた
「おぉ、やんかぶ」
シデンジンバがその姿を見てしゃがんで胸元に招く。するとやんかぶと呼ばれたその猫は彼女に抱き着く。その巨大な体躯を、まさに赤ん坊を抱きあげるかのように。
この子はシデンジンバの実家から連れてきた『やんかぶ』と言う猫。「穏やかな巨人」と言う愛称があるメインクーンと言う品種だ。成猫ともなれば尻尾を含めて1mも超える。ちなみに長毛種であり、鹿児島で髪がボサボサと言う意味を持つ方言『やんかぶっ』から名付けている。
「相変わらず威厳があるなぁ」
「
「ナァー」
それはそれは、ボス猫が変わりそうだ。と祐四は思った。
「やんかぶ、
「………」
シデンジンバが腕の中にいるやんかぶに尋ねると、猫にしては表情豊かにも不快そうに歪めた。
「?」
「……あっ」
祐四が首を傾げていたがシデンジンバの方は何かを察し、やんかぶを祐四に預け乱暴に靴を脱ぐと家の奥へ消えていく。そして、
「
「………ンナァアー」
なんかもう帰りたくなったなぁ。そんな事を思う祐四だった。
「ごめんなさいね。今日の仕事も終わって、その上でヒロ君がくるって聞いたら嬉しくなっちゃって」
そう言ってきたのは並んで座るシデンジンバinやんかぶと祐四の正面左の、和服を着た芦毛のウマ娘だ。整った容姿が多いウマ娘であっても更に吐出した美しさを持ち、姿勢から所作も整っており、特に新雪の如き輝きと柔らかさが目を引く。ただし2人はその容姿よりも半分に減った一升瓶と、彼女の後ろに転がる空の一升瓶の山に注目していた。そこから祐四は口を開きかけ、しかしすぐに止めて正面右の、
「止めて下さいよ」
「今日は無理。私も今日は仕事の鬱憤を晴らしたかったから」
堂々と開き直った彼女は一般的な洋服を着て、所作も頬杖をついて飲みかけのコップを片手で持ち上げて少しだけ軽い。しかしその芦毛は同じく美しかった。
そしてこの2人のウマ娘、服装以外に髪型や目つきの違いはあるがよく似ていて初見では姉妹だと考える。実際に姉妹ではあるが。
和服を着たウマ娘が姉でハクセツ、洋服を着たウマ娘が妹でジョセツと言う。
「旅先に何かあったんですか?」
「ナンパ。おかげで予定ギリギリだったわよ。ったく、次は蹴っ飛ばそうかしら?」
「あらダメよジョセツ。貴女がそんな事したらすぐにスキャンダルになるわよ」
「だよねぇ。姉さんはいいわよね。名前が二つあるんだから」
「気付く人は気付くのだけれどもね」
何気ない、姉妹の日常な会話だがこの2人、ウマ娘としては有名である。
姉ハクセツ。
デビューは地方であり、名も『ハナミドリ』。当時は目立つようなウマ娘ではなかったがその活躍で中央へ移籍した。その時、現在でも指で数える程度しかない改名したウマ娘であり、ハナミドリからハクセツと名前が変わった。そして中央移籍して22戦6勝。この内、GⅡとGⅢのレースで勝利している。
そして彼女はその容貌も有名であった。デビュー当時は若い芦毛の特徴で灰色がかかった毛色だったが成長するにつれて雪のような白さに変わっていき、バ体も小柄ながら均等の取れた形に整って美しい姿となった。その評価から『白い美少女』と呼ばれている。
現代は目立たなように地方時代のハナミドリを名乗って文系の大学で教授をやっている。
妹ジョセツ。
姉と違い最初から中央に在籍。ただしそれは少なからず姉の戦績から素質を期待されたからもあったが、彼女はシスコンだった。姉が切り開いた道と前向きにレースに挑戦し、戦歴は姉を超える31戦10勝。しかも半分の5勝が重賞レースの勝利であり、2着・3着も12戦で記録されている。の功績からシニア級優駿賞を受賞している。
そして姉と同じ美しい姿と受賞、加えてファンサービスを真面目にしてたことから『白い恋人』と呼ばれた。
現代はフリーで広告系の仕事をしているが、レース時代の知名度もあって『あのジョセツが!』と買取代は高い。
とても有名な2人であり、揃って『芦毛の美人姉妹』。そして岡部幸子が担当した元・教え子でもある。
「……
ガタガタガタガタッ!
ボソリとシデンジンバが呟くと目の前の二人は慌てて酒瓶を片づけた。そして代わりに冷やした麦茶が4つ並べられる。
「……お久しぶりです。中央に来てから挨拶も出来ずにいてすみません」
そして空気を読んだ祐四が何事もなかったように話の切り口を出してくれて姉妹は安堵した。
「そうね。なかなか会いに来てくれなかったから寂しかったわ」
「中央の業務にいち早くなれるのもありましたが、どうも意識してしまうので」
「まぁ学園にもいて、こっちもこっちでアポなしで来るからね」
「ああ、なるほど。ごめんなさいヒロ君。私に遠慮してたのね」
ジョセツの言葉でハクセツが彼、彼女ら身内にしかわからない会話のやり取りで祐四の内心を悟る。彼が複雑な事情の上でトレーナーをやっているのは承知している。しかしその複雑な事情の一つがシデンジンバを繋げたのも事実である。
「……すいません」
「いいのよ。事情を知らない人ならヒロ君は海外にいることになって……、あれ? でもトレセンには本名で採用さてるわよね?」
「理事長とたづなさんが手回しして情報を流さないようにしてくれました。あとスケジュールを把握した二人から控える場所を教えてもらっていますから」
「ふ~ん。もう1人は?」
「役員についていない上にアウトローな行動をしているそうなので真面目にやっていれば会う事はありません。今の所はそれでうまくいっています。――ですが覚悟は出来ています」
控えめだった祐四が強く答えた。そんな姿に姉妹の二人は思う所はあったが、その芯の強さの理由を察してそれ以上の事は言わなかった。寧ろ隣のシデンジンバがやんかぶの頭を撫でながら、ジッと彼を見ていた。そしてやんかぶは『やれやれ』と言った表情でされるままだった。
「なんと言うか、ヒロ君も
「……似ていますか?」
ただし、別の意味で縁があるハクセツが感慨深そうに呟き、それに祐四は返す。複雑そうか、彼女が想像する
「ヒロくんにこう言うのはちょっとアレだけど、貴方たちが進む道は困難な物だからあえて言わせ貰うわ。ヒロくん、貴方がどう思うともその心の強さが原動力になる筈よ」
「はい」
「だからね、臆さないで進みなさい。それこそ、ウマ娘の不屈の一歩のように」
「はいッ」
ハクセツの言葉に祐四は強く返す。その様子を黙って見守っていた二人は、シデンジンバは目を閉じでやんかぶの首元をムニムニしており、ジョセツはやれやれと言った風に麦茶を口にしていた。
「
「もちろん」
「
「ありがたいけど、帰ってトレーニングのプランを練り上げたいから今回は遠慮するよ」
「あれ、もしかしてトレーナー寮に仕事を持ち帰ってるの? 効率悪くない?」
祐四の言い回しからそう捉えたジョセツが返す。実際、トレセン学園には共有の資料が揃えているのでまだ新人の祐四にとって寮に持ち帰るのは効率が悪いのだが、
「僕は未成年なので深夜労働はダメですよ?」
至極真っ当で、つい忘れがちになる事実を突きつけられてそれ以上は何も言えなかった。
「ナァアアアァァ……」
やんかぶが欠伸した。
シデンジンバはある事情から量ではなく知り合いのハクセツ・ジョセツ姉妹の家で下宿しています。家の手伝いもやっていています。胃袋も掴みました。
飼い猫のやんかぶはこの後、ボス猫から座を譲られそうになりますがそこは断ります。チョクシンバンチョーフラグ。
簡単なプロフィール
・ハクセツ
『葦毛の美人姉妹』の姉の方。独身。しかし薬指には濃い緑色の指輪をしている。それでも熱い視線を送る男性は多い。酒豪。
妹が仕事で家を空けることが多く、シデンジンバとやんかぶが来てくれて内心うれしい。持ち家は彼女の物で、プレゼント。
・ジョセツ
『葦毛の美人姉妹』の妹の方。独身。姉と同棲できるなら相手はいらない派。それでもナンパが後を絶たないのでそろそろ蹴りたくなるこの頃。酒豪。
姉が大好きだが一緒にいると男性に声を掛けられる割合が多くなり、かつ教授職で府中から離れない姉に写真を撮り始めてそれがフリーカメラマンになる。
この二人が多かったから幸子さんのモデルが岡部幸雄さんになってます。ただここまでくると匂わせが強くなる。