野蛮なエルフの国はいかにしてただしいオークの国を撃退するに至ったか【完結】 作:只野夢窮
星暦八七六年一〇月二七日午前五時三十五分
エルフィンド王国 首都ティリオン 宮廷第三会議室
緊急国防委員会
女王はカランシア少将から報告を受けた、想定外の戦果にご機嫌であった。
今日
「プレンディル! かの少将がため特別な勲章を作りなさい!」
「さすがにそれは海軍に指示してください。それに、これでは講和が結びづらくなるのではないですか? オルクセンの国民感情が沸騰することは間違いないでしょう」
「実はそうでもないのだ」
外相としての立場で、ウィンディミアが口をはさむ。
「オルクセンは実のところ、専制国家だからな。一応は民選の議会があるキャメロットとは違う。かのグスタフ王は確かに民衆の意思を貴ぶが、あくまで、理解し尊重するだけだ。本当にオルクセンという国のためになると思えば、民衆の意思に反することもする」
「それに、どのみちある程度の戦果をあげなければ、講和のテーブルにつくことすらできないわ」
「なるほど」
「なんにせよここからしばらくは外交戦、宣伝戦の時間ね。ファルマリアはさすがに維持しきれないだろうし、アルトリアはそうすぐには落ちない。ウィンディミア、あなたにも働いてもらうわよ」
「もちろんでございます、陛下」
「プレンディルは戦時国債を売って売って売りまくりなさい。ここからしばらくは防衛一辺倒になるわ。緒戦の戦勝のイメージが強いうちに外貨をかき集めておくわよ」
「ですから、それは財務大臣に言ってください。私は軍事以外の全て担当大臣ではありません」
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星暦八七六年一〇月二七日午前五時五十五分
エルフィンド王国 国境地帯 ファルマリア付近
総軍司令部
「なんということだ……」
グスタフ・ファルケンハインを筆頭に、居並ぶ諸将はみな頭を抱えた。モーリア市の鉄道爆破やアンファングリア旅団の被った被害は、まだよい。あくまで進軍が遅くなるだけで、最低限の目的は達している。海軍の敗北も残念でショックなことではあるが、戦争計画全体で見れば、第三軍が北上する元の計画に戻るだけのことである。しかし――――
「まさかドラッヘクノッヘン港が電光弾で焼き払われるとは……」
想定はできたはずで、するべきだった。敵が電光弾を鹵獲すれば、そのようにするのはむしろ自然なように思われた。民間人を巻き込むな、と声高に主張することも難しい。先に「軍を内包する街は保護されない」としてモーリア市を焼き払ったのは、こちらなのだから。
「とにかく、私はドラッヘクノッヘンに行き、民の様子を見てきたいと思う。第一軍は修正前の計画のように、ボーニン大将に率いてもらえば問題がないと思うが、どうか」
「問題はございません、陛下。ファルマリア港の防衛戦力は多くなく、また事ここに至れば、第一軍は北上しないわけですから、そもそもファルマリア港を急いで落とす必要すらありません。しかし――――」
沈んだ雰囲気の中で、グレーベン少将は誰もが内心にしまい込んでいる懸念を、はっきりと口にした。
「渡河の待ち伏せ、電光弾で燃える前提の
「スパイがいる、と君は言いたいのだろう。しかしそうではないと私は考えている」
「陛下、願望と事実の違いを――――」
「口が過ぎるぞグレーベン!」
「よい、グレーベンがそう思うのは当然のことだ、ブルーメンタールよ。こうなっては隠し立てせずに話したほうがよいだろう。グレーベン、君は
子供のころから兵隊のおもちゃで遊ぶことばかりしていたグレーベンが、エルフのおとぎ話など知るはずもない。彼は首を横に振った。だから彼は説明した。
「…………つまり、敵方には未来予知ができる転生者、『P・P』と呼ばれる人物がいて、そいつがこちらの奇襲を全て逆手に取ってるっていうんですか」
「確証はない。これまではごくわずかな状況証拠しかなかった。私も今日まで確信は得られなかった。だから――――」
「でしたら、少なくとも海軍の奇襲は取りやめにすべきでした。無駄に将兵を死なせただけです」
「グレーベン! お前――――」
「……説明できるのか? グレーベン。敵軍は未来予知ができるかもしれない。そんなことを伝えれば、士気はどうなる」
「…………」
「未来予知ができても、物理法則に抗うことはできないはずだ。もし敵の転生者が完璧な存在なら、モーリア市は取れてないし、渡河は失敗している。敵の海軍の艦艇もそのほとんどが沈むなんてことにはなっていない。いや、そもそもこんな戦争を起こさせるような外交上の隙すら、作らないだろう」
「……」
「どのような原理かは不明だが、少なくとも敵は未来の一部しか知らないし、ましてや変えられるのはその中のさらにごくわずかな範囲だけ、だと考えるのが合理的だろう。であれば戦争の趨勢に影響はない」
「原理が不明ならば、調査すべきです」
「調査?」
「モーリア市で橋を落とされた兵士たち。敵地で待ち伏せを受けたアンファングリア旅団。ベラファラス湾から生還したペングィンとアルバトロスの乗員。彼らに話を聞き、相手がどのように準備していたかを探り出すべきかと」
「なるほど、わかった。君に一任する。もちろん部下を必要なだけ使ってもらって構わない」
「ありがとうございます」
「言うまでもないが、この内容は第一級の軍機に属するものとして扱うこと。では、解散!」
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星暦八七六年一〇月二七日 ??時??分
?????帝国 某所
「……オルクセン海軍を全滅させたとは、なるほど立派な戦果だな。余のところに直接交渉に来るだけの自信はあるわけだ」
「はい、ですがそれはキャメロット王国の装甲艦あっての戦果です。彼女ら自身には、オルクセンと対抗する国力などないかと」
「……もとより一国でオルクセンと対抗できる国など、ほとんどなかろう」
「それはそうですが。では、例の計画は一番、二番、三番のいずれも実行するということでよろしいでしょうか」
「よい。どのみち、オルクセンとは一戦交える必要がある」
「しかし、それであれば他の国とも同盟したほうがよいのではないかと」
「説得している暇はない。エルフィンド王国はもって来年の夏ごろであろう。同盟交渉しているうちに首都まで押し込まれてしまう」
「そうでございますか。それでは一番、二番、三番計画、それぞれ手配してまいります」
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この時代、電話はほとんど普及していなかった。電信は町と町とを結んではいたが、一般人が気軽に使えるようなものではなかった。戦争が始まったこと自体は、あらかじめ準備されていた号外で――――つまりは朝刊のタイミングで知ることができた。しかしドラッヘクノッヘンの惨状や陸戦での勝利が伝わるのは、夕刊を待たなければならなかった。
海軍の敗北を知ると、オルクセン世論は沸騰した。
「ドラッヘクノッヘンの復仇を!」
「白エルフどもを同じ目にあわせてやれ!」
「陸軍はこっちが圧倒的なんだ!」
また市街地のほとんどが焼失したドラッヘクノッヘンの復旧のための募金やボランティア運動が自然発生的に起こり、これもまた新聞に美談として掲載された。
一方で、国際世論――――諸外国の新聞や国民たちの反応は冷ややかであった。
「いや、お前らが作った兵器を、軍事拠点に打ち込まれて、何の文句があるんだ……」
「モーリア市とかいう、国境沿いで警備隊がいただけの都市を火の海にしたって聞いたぞ。自分はよくて他人はダメなんか?」
「そもそも開戦の経緯が強引すぎ、そりゃエルフィンドも死ぬ気で抵抗するわ」
では国内外の利に敏い商人たちは、この戦争をどう見たか。
オルクセン中央株式市場は開戦初日には軍需株を中心に高騰したが、翌日には海軍の壊滅を受けて急落。多くのトレーダーが破産に追いやられ、幾人かは列車を止めた者まで出た。とはいえトータルで見れば初日の高騰を翌日の急落で相殺したような形になり、出来高が跳ねあがってはいるが株価指数は横ばいを示している。いわゆる
国内向けオルクセン戦時国債は即座に完売。外債も同様。まだまだいくらでも戦費を調達できる状況にある。
ほぼ同時にエルフィンド戦時国債も発売されたが、これらはほとんどが市場には流れず、大手の国外商会が引き受けたらしい。だから具体的な戦費調達額も、額面や利回りも不明である。
はたから見れば、どちらの国も戦争継続には問題ない、とそういうことになる。
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「……作戦三番。我が宮廷の出入り業者に、エルフィンド国債を引き受けさせる」
「我が国が堂々とエルフィンド戦時国債を購入してしまえば、オルクセン側に外交的な非難の余地を与えてしまいますからね」
「そうだ。これはあくまで民間業者が勝手にやっていること。我が国は関係ない」
「しかし、よくあの金にがめつい商人どもが納得しましたね」
「ふん、宮廷に入る通行料のようなものだ。我が宮廷の規模、一日に飛び交う金の量を考えれば、あんなのははした金にすぎん。あいつらはエルフィンドが滅びると思っているよ。本当に捨て金だとね」
(そんなだから国家財政が火の車なのでは……)
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緒戦の混乱と敗北こそあったが、オルクセンの侵攻はしばらくは順調であった。経済は持ち直し、外交はビューロー外務大臣が必死に外交努力を続け、少なくとも各国の中立が崩れることはなかった。
あとは陸軍が平押ししていけば勝てるだろう、ファルマリアも陥落したし――――そのようなムードを吹き飛ばしたのは、エルフィンド王国の砲弾ではなかった。
第一に、
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「まあ我々グロワール政府が支援しているからね、この第二の作戦を」
「これもまた、戦争を回避するための策でございますね」
「そうだ。海上封鎖をするのは簡単なことだ、オルクセン海軍はもはや存在しないのだから。しかしそれではオルクセンに開戦の口実を与えてしまう。しかし市民が勝手に買わない。こんなのは、市民の選択の自由というものだ」
「その上、こっそりと裏から手を回してアスカニアやオスタリッチにも協力を依頼すると」
「彼らとしても、政府の手を汚さず貿易収支を改善しながらオルクセンを弱体化できるなら願ったりかなったりというわけだ」
「しかし、オルクセンの外務省はなんと言ってきますかね」
「大丈夫さ、彼らは優秀だからこそ、外交は国と国とがするものだという原理原則にこだわりすぎるんだ。なに、何か言ってきたら、市民にオルクセン製品を使うことを強要することなど出来ません、と言ってやればいい」
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第二に、たった二つの新聞記事――――
一つはグロワールのある1.5流クラスの新聞による、ファルマリア港防衛指揮官「セレスディス・カランウェン」へのインタビュー記事である。
「今日はお忙しいところ、わざわざお時間を割いて下さり、ありがとうございます」
「構わない。クーランディア元帥より直々に、従軍記者の方々には可能な限り便宜を図るよう指示されている」
「ありがとうございます。それではお忙しい身かと思いますので、さっそく本題に入らせていただきますが、この写真をご覧いただけますか」
(焼けこげたエルフの死体の写真)
「これは……先日、オルクセン軍が新兵器で攻撃してきた際に、こちらの船に乗っていた者だと思いますが、なぜこれを私に? 海軍に聞くほうが良いと思いますが」
「写真ではわかりづらいですが、この方は靴で守られた足首から下だけ焼け残っていました。しかしその肌の色は、黒だったのです」
「ああ、彼女たちのことですか……確かによく知っています。彼女たちは自分たちの氏族が母国に逆らったことを悲しく思い、なんでもいいから協力させてくれとファルマリアに参集したのです」
「しかし、オルクセンが言うには、貴国は、その、黒エルフたちを……」
「迫害している、というのでしょう。しかしそうであれば、わざわざ危険な前線の軍港に来るはずがないでしょう。彼女たちは最初、陸軍の司令官たる私に志願してきたのですが、敵軍も黒エルフの裏切り者を使っている以上、前線で混ざると見わけがつかず危険なのでこれを退けました。代わりに海軍の荷物の運搬を手伝うように伝えたのですが、こんなことになるのなら、無理してでも陸軍で面倒をみてあげるべきだった……」
もちろん読者諸兄はこれが大嘘であることを知っている。この黒エルフは、リョースタとスヴァルタのモックアップに載せられていた黒エルフの農奴であり、逃げなかったのは縛られていたからに過ぎない。現代の法医学ならば彼女たちの手首足首に縛られた跡や鬱血を認めるであろう。しかしこの時代では、全身が焼けてしまえばもうなにがなんだかわからない。その上都合のよいことに、彼女たちを縛っていた縄は、全て焼けてしまっている。
この記事は「黒エルフが迫害されているというオルクセン王国の主張は、捏造であるか、もしくは誇張されたものかもしれない。あるいは黒エルフの氏族内でも対立があったのかも」と結論づけている。
もう一つの記事は、さらに低俗なキャメロット王国の三流タブロイド紙のものである。
「黒エルフ旅団の強さは復讐心にあり!? 残虐な追撃戦で降伏認めず、捕虜要らず」と題されている。
内容はファルマリア陥落時の追撃戦についてのものである。ファルマリアを陥落させて海軍の捕虜たちを奪還しようとしたところ、すでに海軍の捕虜たちは北に送られており、ついに怒りが爆発したアンファングリア旅団はゲリラ退治という名目で降伏を受け入れずに戦意を失って逃亡するファルマリア防衛軍を皆殺しにしたのだというものである。
この記事自体には、かなり誤りが含まれている。まず、海軍の捕虜たちが奪還されないように北に送られていたのは事実だが、アンファングリア旅団が激怒したのはそのためではない。レーラズの森の「痕跡」が今回においても発見されたこと、また旅団長含め多くの指揮官クラスが渡河時に死亡したり重傷を負ったりしていたことが原因である。そしてアンファングリア旅団が捕虜を取らなかったわけでもない。むしろほとんどの部隊は捕虜をその場で拘束すると、後続部隊に任せて次の捕虜を狩りに行った。
しかし一部の部隊、特に指揮官が後送され代理の指揮官が指揮していた部隊に、軍紀違反がなかったわけではなかった。そしてそれは、ファルマリアに詰めており、ファルマリア失陥とともに逃亡する防衛軍に同行していた記者たちが見ていた。
同じような記事が二個、三個と出てくると、オルクセンの側でも調査すると声明を出さざるをえなかった。むろん調査が終わるまでは、アンファングリア旅団は前線からは引くことになったのである。純軍事的にはさしたる影響がある話ではない。どのみち彼女たちには後方での休養と補給、そして新兵の教育が必要であり、また第一軍がファルマリアから北上する予定がない以上、そこにいても騎兵の機動力を活用する機会はない。だが、政治的、外交的には非常に大きな失点となってしまった。エルフィンド王国侵攻の大義名分のうちの一つが汚されてしまったのである。
後日、オルクセン外務省は、調査の結果として「レーラズの森」事件を公表した。しかしこれは、『予言』ほどにはエルフィンド王国の評判を失墜させなかった。
「どうせ、アンファングリア旅団の失態を帳消しにするために、話を盛っているんでしょう?」そう受け取られたのである。場所が戦地であるがゆえに、調査団の派遣も難しかった。
これらの報道は、オルクセンの外交的地位を少しずつ蝕んでいった。それでもなお外務大臣のビューローは獅子奮迅の働きで外交関係を維持していたが、今ではもっとも友好的な関係を築いているキャメロットですら、早期講和の話題をそれとなく振ってくるような状況にあった。
そして、第三に――――
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星歴星暦八七六年一二月一日 十二時
グロワール帝国 首都リュテス カルーゼル宮殿
「さて、ここまではうまくいった。最後に一番の作戦だ」
「作戦といいますか、ここまでくるとほとんど宣戦布告に近いかと思いますが」
「いや、オルクセン側からわざわざ攻めてきたりしないよ。戦線は増やしたくないだろうしね」
この男のこれが悪いのだ。国一つ、ギャンブルの掛け金にしているというのに、いやに腰が軽い。だが従者はむろん、そんなことは言わない。
「余はグロワール帝国皇帝デュートネ三世の名を以て命ず。部分動員を行い、オルクセン国境に集合させよ」
「御意」
グロワール帝国、部分動員――――そのニュースは数日のうちに世界を駆け巡った。
市民運動、報道、そして動員令状。紙で敵国を追い込もうとしたデュートネ三世の方法論はずっと後の世において、冷戦時代の戦略を先取りしていたと再評価されることになる。西の老帝の、生涯最後の権謀術数。後世の歴史家はこれを
これによりオルクセン王国は開戦一か月後には、海上を完全に封鎖されたうえでの二正面作戦を想定しなければならなくなった――――
ボイコットって実は個人の名前由来の名詞なので、この世界じゃ別の呼び方なのかもしれないんですけど、そんなこと言いだしたら本当にきりないんでお許しください。