野蛮なエルフの国はいかにしてただしいオークの国を撃退するに至ったか【完結】 作:只野夢窮
星暦八七六年一二月二日午前九時
エルフィンド王国 モーリア市
総軍司令部
第一軍がもはや北上しないため、総軍司令部は第三軍の進軍経路にあるモーリア市に変更されていた。そのほうが何をするにも便利だというからである。
国王の前には将軍のみならず、幾人かの大臣たちもいた。グロワール帝国の動員を受けて、今後の戦略を議論する必要があったのだ。
グレーベンが口火を切る。
「まずは軍の状況からご説明いたします。開戦直後、陸軍はノグロスト、モーリアを奪取し、ファルマリア南方にて渡河に成功。その後第一軍はファルマリアを奪取、第三軍はモーリア市の設備を修復した後北進、敵部隊の妨害もありましたがこれを退け、アルトリア要塞を射程に入れるところまで前進しています。アルトリア要塞は事前情報にあった旧式の要塞に加え、一部にコンクリートを用いて野戦築城された防御陣地が整備されています。敵兵力はおよそ二十万、指揮を執るのはダリエンド・マルリアン大将。これに対峙する第三軍は予定通り総予備から人員を補充し、総勢二十四万の兵員を備えております。また航空偵察中隊もそのほとんどを第三軍に配備しています。第三軍に補充した分の総予備兵力の減少については、第一軍から人員を抽出する予定です」
おお、という呟きが古参将軍の何名かから漏れた。マルリアンとシュヴェーリン。これではまるでロザリンドの再演だというのだろう。
(おおじゃねえよ。理解できん。百二十年前の決戦のことをいつまでも……戦争はロマン主義の芸術とは違うんだぞ)
だがまあ黙っておくことにした。
海軍について、重い口を開くのは海軍最高司令官のクネルスドルフ大将だ。
「……海軍はベラファラス湾の海戦にて敗北したのち、ドラッヘクノッヘン港で艤装中のレーテも敵を迎撃し沈没。現在はレーテ二番艦を就役させるべく急ピッチで作業していますが、どれだけ急いでも来年の秋以降の就役になります。現在、海軍に動ける艦はありません。沿岸防衛については沿岸砲を急ピッチで主要港に整備中です」
「そんな顔をするな。海軍に予算を割いてこなかったのは、私の責任だ。ビューロー、外交状況について説明してくれ」
「外交状況についても芳しくありません。国外の新聞はおおむね反オルクセン傾向にあります。特にファルマリアに詰めていた従軍記者たちの影響が大きく、こちらから反論記事も掲載はしていますが、どれだけ効果があるかは不明瞭です。そして何よりグロワールの部分動員です。外交的抗議と動員解除の要求を続けていますが、黙殺されています」
「諸外国の反応はどうだ?」
「センチュリースター南部連合は遺憾の意を表明しています。グロワール帝国と我が国が開戦すれば、わが国への硝石の輸出が難しくなるからですね。センチュリースター合衆国は同様の理由でグロワール帝国を支持しています。ほかはおおむね中立。ロヴァルナが圧力をかけてこないのは、イスマイルと今月中に開戦する予定があるからのようです。我が国とイスマイルとを同時に攻めることはできないという判断かと」
「なるほど」
「参謀本部としては」と、グレーベンが口をはさむ。
「グロワール帝国の動員能力を、四カ月で七十万名と見込んでいます。エトルリア統一戦争に介入した際の動員能力からほぼ向上がありません。そうであれば、以前ご報告した通り後備兵まで動員をかけるという前提ですが、国境線での防衛は可能です。永久要塞もありますので。また航空偵察中隊のうち夜間偵察ができる小隊を引き抜いて、グロワール帝国の動員状況を偵察しています」
この時代に領空という概念はない。領空という概念ができるのは、飛行機が開発されて誰でも空を飛べるようになってからのことである。だから原理原則の話をすれば、空を飛べる大鷲がグロワールの国境付近を飛んでいても、それがコボルド族を乗せていても、何の問題もない。(もちろん、陸地に降りたてば不法入国となる)しかしながら、軍人が国境内に立ち入るというのはオルクセン側から軍事挑発をしたと受け取られても仕方がない。よって、相手に余計な大義名分を与えないために、出来るだけ見つかりづらい夜間偵察を行っているのだ。
これは第三軍が夜間偵察をできなくなるという意味でもある。それだけオルクセン王国はグロワール帝国を警戒していた。
「……無警戒で横から殴られるわけにもいかんな。こちらも少しずつ動員を開始してくれ。ただし、相手の動員している人数を越えないペースでな」
あくまで外交的解決が本線である。それに、動員というのは金もかかるし、経済に与える影響も大きい。十二日間で動員してあとは相手が動員完了するまで何カ月ものんびり将兵を待たせるのでは、あまりにも損失が大きい。
「了解いたしました」
「経済についてですが」と話し始めた男は、戦地にいる政府要人とは思えないほどだらしない恰好をしていた。まず服からしてしわしわである。本来であれば首都で仕事をしているようなコテコテのテクノクラートで、名をマクシミリアン・リストと言った。これでもオルクセン王国の財務大臣を務めており、戦費の調達と市場のコントロールに責任を持っている。
「戦時国債は国内、国外向けいずれも即座に完売しています。まだまだいくらでも戦費調達できますな。
国内総生産が五パーセント低下。口に出す分にはさらっとしているが、星欧世界における経済規模第三位の国家の五パーセントである。多くの輸出入業者や製造業者たちが痛手を受けるだろう。
グレーベンが補足する。
「軍需物資については、三年間戦えるだけの備蓄があります。またセンチュリースター南部連合からの輸入に頼っている硝石については、グロワールに禁輸される前に現在買い集められるだけ買い集めています」
「そうか……最後に、『P・P』案件について、調査の進捗を教えてくれ」
『P・P』の存在については、政府高官や軍上層部にはすでに知らされていた。
「はい。これまで『P・P』の影響だと思われる案件について、各関係者に聞き取り調査を行いました。以下が『P・P』案件の可能性がある出来事です。
・開戦前の所謂『エルフィンド外交書簡事件』における迅速な謝罪
・モーリア市における事前の橋および鉄道施設爆破用炸薬の設置
・アンファングリア旅団の渡河時に砲艦の支援がつくことを予期しての騎兵突撃
・こちらが電光弾を使用することを見込んだモックアップの運用
・アンファングリア旅団による所謂『追撃戦』が発生することを予期しての、ファルマリアへの従軍記者の重点配置
見てわかる通り、戦略レベルもしくは外交レベルの重要事にのみ影響が及んでいます。戦闘レベル、戦術レベル、もしくは公表されていないような外交交渉上の出来事について所謂『未来予知』的な出来事が起きたという報告はありません。これが『P・P』側に存在する何かしらの制限によるものなのか、それとも単にそこまで干渉する余力がないからなのかは不明です。おおよそイメージとしては、『P・Pがいない場合のベレリアント戦争を新聞記事で読んで、それから過去のエルフィンドに戻ってきた』と考えれば、説明がつきます」
「タイムスリップ……」
誰かがそうつぶやいた。それは最近勃興したサイエンス・フィクションという文学分野では時折話題に出る考え方だった。
「そんなこと、あるわけがない」と誰かが言おうとした。
「はい、皆さん思われていると思いますが、時間を遡るなど、現代の科学技術ではありえません。私が言いたいのは、『そう考えれば、辻褄が合う』ということです。そして、そうであるならば、これからは『P・P』を過度に恐れることはありません」
「ほう、それはどういうことだい」
「はい、『P・P』の行動によって、我々は作戦を修正することになりました。つまり、第一軍は北上を断念し、第三軍のみが北上することになります。これは兵站や純軍事的な面から見れば好ましいことではありませんが、少なくとも『P・P』の見た『未来』からは外れるはずです。おそらく『P・P』が見た未来では、ファルマリア湾での奇襲が成功し、第一軍と第三軍がともに北上していたのだと思われます。それを阻止したことは『P・P』の戦果ではありますが、同時にこれからは『P・P』にとっても未来が不明であるということを意味します」
「なるほど」
「むろん楽観視はできませんが、少なくとも第三軍の北上、アルトリアとアルウィンの攻略については、『P・P』による奇策は起きない可能性が高いかと」
「そうか……短期間でよくそこまで調べてくれた、ありがとうグレーベン。他の者は、もし少しでも不可解なことが起きたと思えば、グレーベンまで連絡してくれ。それでは他になければ解散する」
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星暦八七六年一二月二日午前十一時三十七分
エルフィンド王国 モーリア市
前線軍事病院 個室
真っ白で清潔、戦地とは思えぬ臨時病院に、ディネルース・アンダリエル少将は入院していた。さすがに将校なので個室である。軽いノックを三回。入室を許可すると、そこには彼女の上司がいた。
「どうぞ」
「失礼するよ」
ベッドに座り込む彼女と対面するように、小さなイスに無理やり座る国王が少し面白くて、彼女は吹き出しそうになった。本当は隣に座りたいのだろうが、オークの中でも大柄な王がそんなことをすれば、ベッドのほうが耐えられなくなってしまうだろう。
「それで、軍紀違反を起こした旅団長を、処分しに来たのかい」
「……君はその場にいなかった」
「それは言い訳にならない。旅団を教育したのは私だ。彼女らの失態については私が責任を取らなければならない」
「どのみち、オルクセン王国としては、何もなかったのだと主張しなければならない。グロワール帝国に介入の口実を与えないためにもね」
「……そうか」
「旅団長としては、次を作らないように教育を徹底してほしい。どのみち、アンファングリア旅団は渡河で大きな損害を受けた。後方に戻り、休息と補充を受ける必要がある。この戦いは最終的に、エルフィンド王国中央部に位置するいくつかの峠を越えていかなければならない。そこではきっとアンファングリア旅団の力が必要になる。それまでは牙を研いでいてくれ」
「……わかった」
「それで……体のほうは大丈夫なのかい。重症だと聞いてはいたが」
「ああ、大したことはないんだ。見ての通り、腕も足も目も耳もついてる。ちょっとばかし、砲弾の破片が腹に飛び込んできただけだ」
「それは……大ごとのように思えるが」
「後送されて、腕のいい軍医殿が破片をきれいに取り除いてくれてな。そこからエリクシル剤を飲めば傷口もきれいさっぱりだ。ただな……」
「ただ……?」
「……………」
何者をも恐れないディネルースが、何も言いたくないというかのように黙り込んだのを、グスタフは怪訝な顔で見ていた。
「黒エルフだから、オークとは体のつくりも違うから、必ずそうだとは、言えないそうなのだが……」
「君にしては歯切れが悪いじゃないか、いったいどうしたんだい」
「……破片が飛び込んだのは、子供を作る場所だったらしい」
「……」
「同じ場所を傷つけたオークの症例によれば、もう、子供は諦めたほうがいいと……軍医殿が……な」
「……そうか」
「はは、おい、そんな顔をするな、グスタフ。泣くんじゃない。命や、腕や、足、目や耳を失った兵士たちが聞いたらどんな顔をするか。私は無事だ。また戦える。こんなこと、なんてことない。戦えなくなった兵士たちのために……泣いて……くれ……」
そういうディネルースの枕もまた湿っていた。
オルクセンは緒戦で海軍が全滅し、ドラッヘクノッヘン港も壊滅し、グロワールには西から圧力をかけられていた。諸外国が、オルクセンを値踏みしていた。この国は戦争を継続できるのかと。
しかし本来、オルクセンとエルフィンドでは陸軍力も国力も隔絶した差がある。
後世の歴史家たちは指摘する――――有利な講和を結ぶつもりなら、せめてドラッヘクノッヘンの砲撃はするべきではなかった、と。
膨大な国力。絶えることのない兵站。異様な長射程を誇る砲兵。そして湧き上がる国民の怒り。
鍛え上げられた戦争遂行機械たるオルクセンが、その国力と火力とを、エルフィンドに叩きつける時が迫っていた――――