野蛮なエルフの国はいかにしてただしいオークの国を撃退するに至ったか【完結】   作:只野夢窮

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異常な火力・無謀な賭け・露骨な正体

星暦八七六年一二月四日午前九時

エルフィンド王国 アルトリア要塞近辺

第三軍 司令部

 

 オルクセン王国第三軍は、モーリア市から北進し、愈々アルトリア要塞を射程に納めんとしていた。

 アルトリア要塞は、旧式の要塞である。エルフィンドが大金を費やして建造した、威力の高い大口径要塞砲に二重の防衛線を備えた存在ではあるが、なにぶん、射程の想定がロザリンドのころのそれである。今の進化したオルクセンの砲を用いれば、要塞砲の射程の外から市街地を砲撃することすらできた。ゆえに、その外周には何重にも塹壕線が引いてあった。一部はコンクリで固められ、待避所には命よりも貴重なグロワール製最新型の後装砲やキャメロット製の機関銃がいくつも備え付けられている。よしんば突撃で塹壕の外側を奪い取ったとしても、そこに要塞砲や他陣地からの砲撃が直撃するような設えになっていた。

 つまり、旧式の稜堡式城郭の周りを、最新の塹壕線がぐるりと取り囲んでいる、そういうある種歪な形になっていた。

 

「敵さんも、いよいよ必死になってきたというところか」

 グレーベンは双眼鏡を片手に独り言つ。もちろん完璧な陣地ではない。永久築城を相手取る前提で訓練と想定を重ねてきたオルクセン軍からしてみれば、落とせないわけではない。しかし金と人と物がない状況で、最善を尽くそうとしたのはわかる。もし無為無策で突撃すれば大損害を被るだろう。だいたい、こちらの最大火力である二十八センチ砲の射程九千メートルが、ギリギリ市街地に当たらない程度の半径を持っているのも腹が立つ。おおかた『P・P』とやらの差し金なのだろう。

 

「砲撃だな」

「砲撃するぞ」

 

 第三軍を率いるシュヴァーベン上級大将と、軍略の天才グレーベン少将の意見は一致した。何もわざわざそんなところに突撃をすることもない。射程の有利は未だオルクセン側にある。最外周の塹壕線から順番に砲撃して潰していけばよい。むろん相手も応射はするだろうが、突撃よりはマシだ。それにベレリアント半島はもうすぐ本格的な冬を迎える。雪の中、狭い峠を踏破しようとすれば、敵のよい的になるだけであろう。どうせアルトリアを落としても、本格的に雪解けが始まる三月までは待機ということになる。であれば、何も急ぐことはない。

 むろん懸念事項はある。三月となれば、グロワール帝国の動員が完了するころになる。そこからは二正面作戦を強いられる可能性があるということだ。三月までに決着をつけるのであれば、雪中に強引な突撃を仕掛けざるを得ない。

 しかし我が王はそれをよしとされなかった。

 もとよりこの要塞を一か月で落とせたとして、峠超えるのにひと月、そこから首都への侵攻にひと月、などというのはあまりにも楽観的に過ぎるスケジュールである。峠であればオルクセン軍の誇る火力と射程の優位は半減する。エルフィンド軍は頑強に抵抗するであろう。ゆえに、二正面作戦はもはや参謀本部では既定事項となっていた。後備兵まで動員すれば、なおグロワールの動員人数を越える百万の兵を動員できた。ましてやグロワール戦線は要塞に籠って防衛に徹すればよいのだ。十分に耐えられる目算であった。

 アルトリアを落とせるまでは兵には少し寒い思いをさせることにはなるが、潤沢な兵站により、凍死者は出さないという見込みであった。

 正史では第一軍と第三軍の両方に振り分けられた補給が、今は第三軍に集約されている。鉄道ばかりがボトルネックとなり、昼夜を問わず限界まで戦争物資を輸送している。

 星暦八七六年一二月四日午前十時 三十門のヴィッセル砲の同時砲撃(ハーモニー)が、アルトリア要塞攻略戦の口火を切った。

 

 グレーベンがアルトリア要塞攻略戦で作り上げた砲兵戦闘術は、後の世に語り継がれ、観戦武官たちも自国に持ち帰り再現しようと躍起になった、一種の戦争芸術とまでいえるものだった。

 まず、手持ちの砲兵を任意の数に分割する。これは四以上で、かつ二十四の約数であることが望ましい。この時グレーベンは六に分割した。次に、これらの砲兵にシフトを組ませ、ある砲兵部隊の砲撃が終わったら、別の砲兵部隊が砲撃をするように算段を組む。砲兵部隊は自分たちの担当する時間、今回でいれば六分割だから一日に四時間の間は猛然と砲撃する。砲撃準備や砲撃の後片づけが前後に一時間程度。残りの十八時間は砲のメンテや食事、睡眠、余暇となる。

 

 攻撃している側は一日六時間の勤務で済むのに、撃たれている側は一日中、いや、二十四時間三百六十五日砲撃され続けることになるのだ。掘り方が甘い土の塹壕なら一日も持たず、コンクリ仕込みの塹壕ですら、数日もあればボロボロになって退避せざるをえなくなってしまう。そしてよしんば塹壕の側が無事だとしても、「中身」の白エルフたちがおかしくなってしまう。一日も砲に撃たれ続けていると、小隊に一人ぐらいは、泣き続けたり、笑い続けたり、指を赤ん坊のようにしゃぶり続けるようなのが出てくる。これはまだ軽傷で、小隊長の折檻で正気に戻るときもあった。しかし三日、四日もたつ頃には、頭をコンクリ部分に叩きつけて自殺しようとする、土を食べだす、酷いのになると砲撃も止んでいないのに塹壕を飛び出そうとするようになる。こうなってしまうと重傷で、もうどうにも役に立たない。

 

 後世の星欧大戦で戦争神経症(シェルショック)と呼ばれる症状が、世界で初めて地上に顕現したのである。

 マルリアン大将は、こうなってしまった兵を後送することを許可した。何も慈悲や優しさによるものではない。

 「白エルフは完璧な種族」

 マルリアン自身は、そんなことを信じてはいなかった。そもそも完璧なら、こんなことにはなっていない。けれども国民が戦争を継続する中で、この言葉が支えになっていることは事実である。オルクセンの砲撃で精神を壊された兵たちを、国民に見せるわけにはいかなかった。

 

 さて、こう書くと、「なんだ、砲兵を分割するだけでそんなに素晴らしい効果が得られるのなら、どの国のどの軍隊もやればいいではないか」と思うかもしれない。観戦武官たちもそう思い、自国に持ち帰って試そうとした。しかしこれはうまくいかなかった。

 まず、分割してなお相手に十分なダメージを与えられるような、大量の砲兵を用意する必要がある。シフトの組み方にも注意が必要である。何も考えずに割り当てた時間を固定してしまうと、ある部隊は昼だけ、ある部隊は夜だけの仕事になってしまう。これは健康上も、士気上も好ましい話ではなかった。では交代の際に砲撃を途切れさせないようにするにはどうすればよいか。これも一工夫必要であった。また大砲というのは使えば使うだけ大砲の中がすり減って、メンテナンスが必要になる。メンテナンスを見据えた大砲側のローテーションも必要であった。それに加えて根本的な問題として、常に砲撃し続けるわけだから、戦費がかかって仕方がない。もっと言えば、これだけ金と工夫を積み重ねても、何も無傷で塹壕が獲れたわけではない。結局のところ最後には突撃が必要であったし、そうであれば生き残った塹壕からの砲撃、銃撃で被害が出た。

 つまり、この戦法は今のところ、莫大な予算を火力に傾注し、些細なことでも計画して行う組織風土のある、オルクセン軍にしかできないことだったのである。この戦法を曲がりなりにも人間の軍隊が模倣できるようになるには、星欧大戦を待たなければならない。各国の観戦武官たちや従軍記者たちは、これを考案し、実現させたグレーベン少将を称えて、この戦法をこう呼んだ――――

 

 Infinite artillery works(無限砲兵機構)と。

 

 その上さらに、グレーベンはこれでは満足していなかった。白エルフの戦意を完全に破壊すべく、さらなる砲兵火力の輸送を後方に依頼していた――――

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

星暦八七六年一二月七日午前十時七分

エルフィンド王国 アルトリア要塞

前線司令部

 

「おお、本当に女王陛下の仰った通りの異様な砲だな」

 オルクセン軍から鹵獲した高倍率双眼鏡を覗きながら、マルリアン大将は言った。そのレンズには、オルクセン王国陸軍が誇る最大口径の大砲――――ヴィッセル七五/H二八センチ攻城重砲L一二がぼんやりと映っていた。その最大射程距離がおよそ九千メートルであることも女王から聞かされて知っていたし、むしろ塹壕戦と要塞との距離は、ギリギリそれが届かないような位置を狙って配置していた。

「こんなのを市街地に砲撃されたというのだから、陛下の見た『予言』では、本当に凄惨なことになっていたのだろうな。全く、市民の付帯被害なんてお構いなしか」

 正直なところ、『予言』の中でもかなり信じがたい一節であったと思い返す。

 

「そして、私はあなた方にはっきり言っておきますわ。アルトリア市の近辺には二十八センチ砲が運び込まれ、市街地を粉々に破壊すると。その射程は九千メートルを数え――――」

「ちょっと待ってください。二十八センチ? 九千メートル?」

 普段は女王陛下の云うことに口をはさむことのないクーランディア元帥が、流石に驚きを隠せずに言葉を発した。

「その、陛下の『予言』が音なのか、文なのかはわかりませんが、聞き間違え、読み間違えの類ではないですか? 二十八センチとは、海軍の主砲クラスではないですか」

「そうよ、読み間違えではないわ。最初は海軍の主砲として造られた砲を、沿岸砲に転用し、沿岸砲として使えるのなら、陸軍の砲としても使える――――という理屈で、列車で分解して運んで現地組み立てを行うようにしたのが二十八センチ砲」

「あいつら頭がおかしいですね」

 さすがにプレンディルの言うことに同意だった。

「とにかく、『予言』では、この二十八センチ砲に一方的に市街地を砲撃されて、マルリアン、あなた、そこから三週間は粘ったのよ?」

「すごいですね、自分で自分を誉めてやりたい気分です。身に覚えはありませんが」

「とにかく、この砲に対する対処は必須よ。まず第一に、防御線を市街地から十キロメートル以上離れた場所に引く」

「それでもいずれは距離を詰めてきますよ」

「ええ、だから、第二に、軍需物資の備蓄倉庫は分散させる。『予言』では食糧倉庫を一撃で吹き飛ばされて窮地に陥っていましたわ。第三に、大きな倉庫は線路沿い、もしくは駅の近くに作る」

「やつらは鉄道を利用しようとするがために、鉄道近くは比較的安全というわけですね」

「そうね。まあ誤爆の可能性が零になるわけではないけれど。第四に、『一度砲撃された地点は、比較的安全になる』わ」

「どういうことでしょう」

「これだけの砲ですもの、細かく狙いを定めて撃つというわけにはいきませんわ。オークたちはアルトリア市をマス目で区切って、一つずつ砲撃して更地にするという形をとりますわ」

「なるほど」

「だから、一度砲撃して更地になったという判定を受けた場所は、比較的安全になるわ」

「しかしやつらには空からの偵察があるのでしょう。空から見えるように物資や人員を集積すれば、また砲撃が飛んでくるのでは」

「それならそれで、まだ残っている建物が守れるわ。それに、建物の残骸に隠れたり、仮設のテントを建てたりすれば、そう目立たないはずよ。そして、最後に――――」

「まだ対抗策があるのですか」

「うまくいけば、砲撃そのものを止めさせられるわ。なぜなら――――」

 

「女王陛下の御親征だ!」

「あたしたちが絶対に女王陛下を守るんだ!」

 外から聞こえる歓声に、現実に引き戻される。航空偵察から「わざと」見えるように、大げさなパレードを行う。あの笑顔は、緊急国防委員会に詰めている時の悪い笑顔とは全く質が違う。国民のほとんどが知っている、そして自分たちも一年前までは知っていた、女王が民に向ける優しい笑顔である。

 エルフィンド王国女王、エレンミア・アグラレスその人が、アルトリアに陣取ったのである。

 

「もし私たちがベラファラス沖の海戦に勝利して、敵が国土中央を通るルートのみでの進軍を強いられたのなら――――その補給路は一本、鉄道にほぼ依存した細長い線になりますわ。そんな中、国民に慕われているわたくしを吹き飛ばしてしまえば、国民が総ゲリラ、総レジスタンス化する可能性を、敵軍の参謀本部は考えざるを得ない。優秀だから」

「優秀だから……?」

「実際のところ、そうはならないと思いますわ。いくら国民がわたくしのことを好きだからと言って、命がけで占領軍に抵抗できるほど気合の入った者ばかりではないでしょうし、それを責めることもできません。しかし、参謀本部たちはそれを考えざるを得ない。優秀で、考えが回って、戦場における最悪の事態が起きたとしても兵を飢えさせないというのが、彼らの仕事だから。本質的に彼らはネガティブになるのが仕事だ、と言い換えてもいいですわ」

「……」

「アルトリアを攻めている最中に。あるいはアルウィンや、峠にいる間に。モーリア市のレジスタンスが鉄道を爆破する。復旧に二、三日かかる。これを数回繰り返せば、これだけで全軍が飢えてしまう可能性がある。だからこそ彼らは占領行政にも気を配る。ましてや女王を吹き飛ばすなど、出来るわけがない」

「しかし……万が一ということもあります」

「その時はその時よ。ウィンディミアが戦争指導を引き継ぎなさい。相手は国力が十倍もある強国。私の命で勝ち筋が増えるのなら、賭けない選択肢がないわ」

 女王は転生前のことを語ることはないが、この戦争を生き延びられれば、聞いてみたいと思った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

星暦八七六年一二月七日午前十一時三分

エルフィンド王国 アルトリア要塞近辺

第三軍 司令部

 

「報告です! アルトリア要塞に敵国女王『エレンミア・アグラレス』が到着しました! 戦意高揚を目的としている様子です!」

「なるほどな……」

 伝令の報告を聞いたグレーベンは葉巻を吹かしながら、顔をしかめる。

「本国に報告しろ。このペースで敵陣地を攻めていけば、今年中には二十八センチ砲の射程が敵市街地に届く。女王陛下ごと吹き飛ばしていいかは外交マターだ」

「はっ!」

 伝令が出ていったことを確認して、グレーベンは独り言ちた。

「しっぽ掴んだぞ、『P・P』……いや、女王様よお……市街地ごと砲撃されねえように、女王の身柄すら駒扱いして最前線に配置する。そんなことが許されるのは、そりゃ、女王様ご本人だけだよなあ……?」

 本国に極秘電文。『われP・Pの正体確信せり。それは敵国女王エレンミア・アグラレスなり。今現在彼の者はアルトリア市におり、二十八センチ砲による市街地砲撃によってP・Pを排除する絶好の機会なり』

「あの野郎さえいなけりゃよ、あとは平押しするだけなんだ……」

 

 本国から電報が帰ってくるまでの数日の間が、冬を越すほど長いかのように思われた。

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