野蛮なエルフの国はいかにしてただしいオークの国を撃退するに至ったか【完結】   作:只野夢窮

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ロザリンド・アゲイン

 モーリア市駐在部隊の判断は迅速であった。まずは今ある分の輜重馬車をかき集め、食糧を山盛りに載せ、護衛をつけてアルトリア市に送り出した。電信線もいくらか破壊の余波を受け第三軍との連絡は取れなかったが、何をするにも食糧が不足するであろうことは目に見えていた。

 続けて、工兵隊をかき集め、これにもまた護衛をつけさせ、モーリア市側から鉄道の修理に取り掛かった。モーリア市の兵力は手薄になったが、警戒すべき市民たちの過半数は死ぬか、捕虜収容所に入るかしていたから、特段問題はなかった。

 

 しかしこれは本質的な解決にはなっていない。

 もとより輜重馬車の輸送量は、鉄道に比べるべくもない。その上護衛をつけなければならない。護衛をつけていない輜重馬車を送り出せば、敵騎兵に鹵獲してくださいと言っているようなものだからである。それも小隊規模では到底騎兵突撃に耐えられない。ある程度の馬車をまとめて送り出したなら、せめて中隊、できれば大隊クラスの護衛をつけなければならなかった。ところがそうなると、しぜんその大隊にも食べるものが必要になってくる。

 アルトリア市まで、オークの足だとちょうど七日程度。往復すれば十四日間。これに護衛が数百人いるとなると彼らの食べる量もばかにならない。結果として、輜重馬車による輸送量は雀の涙としか言いようがない状態であった。もちろんそれでも、可能なことを後方からの指示が来る前に行うというのは言うまでもなく立派な行いであり、オルクセン軍の訓令戦術の精神にも則った行動であり、モーリア市駐屯部隊指揮官は後日勲章を受けるのだが――――

 

 ともかく事態の打開には他の手段が必要であった。

 

 この一報を受け、オルクセン政府は「一時停戦」の申し入れをエルフィンド政府に行った。「和平交渉」の含みも持たせた形になる。エルフィンド政府からの回答は「白紙和平を即座に結ぶのであれば、アルトリア市の備蓄食料を七日間、二十万名分放出して貴国軍隊を救済する用意がある」というものであった。これはオルクセン側からすればほぼ拒絶と同義であり、外交的交渉は決裂。

 これはエルフィンド政府にとってもリスクの高い賭けであった。確かに有利な条件の和平が、グロワールに借りも作らずにできるのであれば、むろん願ったりかなったりではある。しかしオルクセン政府に和平するつもりがなく、和平交渉を引き延ばすだけ引き延ばしてその間に兵站を回復されてしまえば、敵軍撃滅の貴重なチャンスをふいにすることになる。エルフィンド軍がオルクセン軍に対して優位に立つ。今次戦争において、そのような機会が今後あるとは到底思われなかった。であるからして白紙和平ですら、十分にオルクセン側に配慮した提案であった。それがむべもなく蹴られたからには、外交的解決の道も失われた。

 ちなみに、本当に白紙和平が実現したのなら、アルトリア市の備蓄食料を放出する用意はあった。白紙手形ではなかったのである。まあ、一人当たりの量は白エルフ基準なのだが。

 

 第三軍は即座に物資節減を全部隊に指示、Infinite artillery works(無限砲兵機構)ドクトリンに基づく砲撃を停止、食糧の配給ランクも一段階落としたうえで、事態解決のための軍議を開いた。

 慎重な参謀将校たちは、みな一時撤退を進言した。

 そもそもモーリア市からアルトリア市への移動時間が、オークの足であれば七日程度である。つまり今すぐモーリア市への撤退を開始すれば、部隊の持つ食糧がなくなるころにはモーリア市に到着できる計算になる。モーリア市との通信は断絶しているが、まさかモーリア市の備蓄食料がなくなっていることはないだろう。オルクセンとエルフィンドの国力は隔絶している。何も無理をすることはない、態勢を整えて夏にでも戻ってくればいい、同じ手はもう食わなければいい――――

 

 シュヴェーリン上級大将からしてみれば、そのような意見はまさに机上の空論であった。

「これだけ大規模な作戦を行い、そのために大きな犠牲を払った敵軍が、帰りますと言ってそのまま返してくれるわけがなかろう。敵要塞には未だ十五万の兵がおり、加えて鉄道線を破壊した騎兵隊も我らの隙を伺っている。ここで取って返せば、毎晩の夜襲や拘束攻撃でとてもまともに行軍できぬことは目に見えておるわ。その上ここは一月のベレリアント半島である。いつ大雪が降るか、知れたことではない。おおかたアルトリアとモーリアの中間地点で途方に暮れるのが目に見えておる。ゆえに。」

 ごほん、と咳払いをしてから諸将を見渡す。

「アルトリア要塞を七日のうちに落とし、鹵獲食糧を以て軍を糊するしかなかろう」

 無茶だ。無謀だ。全滅してしまう。そんな声が上がった。

「よしんば落とせたとしても、敵方が十分な食料をアルトリア市に備蓄しているとは限らないではないですか! 敵方の鉄道は未だ稼働しています。今この時にも、食糧を後送しているのかもしれないのですよ!」

 念のため付言しておくが、電信は途絶しているため、この場の将校たちはエルフィンド政府の「貴国軍隊を救済する用意がある」という発言は知らない。

「それでは……それではまるで、本当にロザリンドの再現ではないですか!」

「そうだ。ロザリンドの再演だ。食糧のためにエルフの堅固な陣地に突撃する。その結果はみなが知っているではないか!」

 軍議が愈々紛糾する。グレーベンは一言も発さずに押し黙っている。彼の性格からして、このような意見が割れるような軍議は大好物なのだ。それが黙っているとは珍しいことなのだが、誰もそんなことには気づかない。

「グレーベン少将はどう思われますか?」

 誰かがそう言った。もし彼に水を向けたのがシュヴェーリン上級大将であれば、それは明らかに「やらせ」に見えてしまっただろう。私的な関係があるからだ。けれどもそうではなかった。彼は単純に、最も優れた参謀将校であるグレーベンに意見を聞きたかったのである。

 

 グレーベンはまず水を一口飲むと、少し考え、つっかえながら喋り始めた。彼がそのような話し方をするのを、聞いたことがある者はいなかった。それゆえにかえって、それまでの喧々諤々の議論は水を打ったように静かになり、誰もが彼の言うことに耳を傾けた。

「まず……俺たちはずっと、ここまで合理的に、堅実にと戦争を進めてきました。それは正しいことだと、今でも思います。無計画に戦争を進めていれば、そもそもこれだけの大軍を敵地に送り込むことなど出来ないから。しかしその結果として、海軍は壊滅して、陸軍は餓死しかけている。特に陸軍は圧倒的な戦力差があるにもかかわらずです。理由はわかりませんが、俺たちの合理性を確信して、その一歩先の手を、敵は打っている。だから、俺はここからの撤退は『合理的』だとは思いますが、『するべき』だとは思わない。合理的な行動の先に、必ず敵の一手が待ち受けているから。俺たちはずっと、正しく間違え続けていたのだと思います。だから、撤退には賛成できない。そして、撤退をしないのであれば、シュヴェーリン上級大将の言う通り――――アルトリアを堕とすしかない」

 グレーベンはもとより、努力する天才である。それが戦地に出て、実践の機会を得た。そのうえ『P・P』との知恵比べまでさせられた。生まれ持ち、これまで伸ばしてきた能力に、短期間だが濃密な経験が合わさり――――グレーベンは「戦場の匂い」を嗅ぎ取りつつあった。そしてそれは――――後方の、より安全なはずの平原に、強い死臭を認めた。

「よくぞ言うた、グレーベン!」

 静まり返ったテントの中で、シュヴェーリン上級大将が口火を切って彼の背中をバシバシ叩く。かくして方向性は定まった。

「これを第二のロザリンドにしないために、後方の敵騎兵をけん制する部隊が必要です」

「おう、(シュヴァルツ)殿を応援に呼ぶのだな! よし、航空偵察部隊を連絡に回せ!」

 

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星暦八七七年一月十五日午後六時三十四分

オルクセン王国 首都ヴィルトシュヴァイン

ヴァルダーベルク

 

 コボルドを乗せずに第三軍からモーリア市に飛び続けた航空部隊の大鷲が携えた伝言が、モーリア市から緊急電信で首都に伝わったのは、その日の午後になってからであった。

 第三軍に撤退命令を出せ、という意見も軍上層部にはなくもなかった。しかし、これにはグスタフ王が首を縦に振らなかった。あの白エルフたちが、撤退するオークを、みすみす帰らせてやるわけがない、というのがロザリンドを経験した者たちの一致した意見であった。そうなればアンファングリア旅団をアルトカレ平原に投入することはもはや必然である。なにせオルクセン陸軍将兵百五十万名のうち、曲りなりにも敵方陸軍騎兵を牽制および阻止しうる機動性を持つのは、彼女たちだけなのだから。

 旅団長ディネルース・アンダリエルは、エリクシル剤の投与と過酷なリハビリによって、ようやく以前と同様に戦えるほど回復してきたところである。だがそのようなことはおくびにも出さない。

 兵を集合させる。不安そうな新兵がいる。あの渡河で重傷を負って、なお戦うことを選んだ兵がいる。『追撃』を止められなかった下士官がいる。

「今、二十三万の友軍が、第三軍全体が、鉄道を破壊され食糧の不足に苦しんでいる。彼らが敵要塞アルトリアにて決戦を挑む、その背後を敵騎兵による襲撃から守るのが我らの任務である。緒戦の渡河に続き、全軍の将来、いやこの戦争の勝敗を左右する名誉ある任務である。諸君の奮闘を期待する」

 あえて出立に伴う訓示は短くした。ぶつかるのはおそらく、黄金樹(マルローリエン)旅団。負けるつもりはない。だが多くの兵が死ぬだろう。あるいは自分も。あまり長くしゃべると、自分の不安までもが兵に伝染してしまう気がした。

 

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星暦八七七年一月十六日午前十時七分

エルフィンド王国 アルトリア要塞

前線司令部

 

「……やつら、動く気配がありませんね」

 若手将校の一人が、不審そうに呟く。

「てっきり、泡を食って逃げ帰るものかと思っていましたが」

「……そうだな、私にとっても予想外だ」

 マルリアン大将は素直に認めた。兵站を破壊されたオルクセン軍が撤退するところを、ひたすら拘束攻撃や騎兵による夜襲で嫌がらせを続け、以て敵軍に餓死者を出すというのが当初の計画であった。しかし眼前のオルクセン軍、砲撃こそピタリと止んだものの、全く動く気配を見せない。かといって外交筋からの交渉が進んでいるという連絡もない。

「つまり、やつらはこの要塞の食糧を奪い取るつもりなのだろうな。突撃に備えて気力と砲弾を温存しているのだ」

 あの時と同じことをやろうとするつもりなのか。シュヴェーリンの爺さんの考えそうなことだ。

「食糧、砲弾、およびエリクシル剤の後送は予定通り進んでおります。市街地戦の陣地の準備も。市民たちには戦闘が始まったらとにかくドアを閉めて家に閉じこもっていろと伝えています。避難所に集める暇はありませんので」

「うむ、そのまま続けてくれ」

 ここで派手に市街地戦をやるとしても、半年の籠城を見越して備蓄した物資のほとんどは余らせてしまう。ゆえに、最終防衛ラインたるトール砦およびエレド峠で使うための物資後送を進めている。しかしながら、市街地砲撃に備えるための倉庫分散がかえって仇となり、その効率は低い。駅近くに設置した主要倉庫の運びだしで手いっぱいで、街中に分散した小さな倉庫までは到底手が回らないのだ。女王陛下の『予言』が、今次戦争において初めて逆効果になっている。その上一月だというのに、雪は積もらない程度にしか降らない。これもまたエルフィンドにとって不利な要素である。何か不吉なものを感じざるを得なかった。おまけにエルフィンド軍には、市街地戦の操典はあってないようなものだ。しかしそんなことは下級将校の前ではおくびにも出さない。マルリアンもまた、ロザリンドを経験した古強者である。

「万が一の際には、黄金樹(マルローリエン)旅団が奴らの背後をつくことになっている。要塞と騎兵で挟み撃ちにしてやろう」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

星暦八七七年一月十八日午後一時五十八分

エルフィンド王国 アルトカレ平原

 

 一方そのころ黄金樹(マルローリエン)旅団は、アルトリアから見て東の森林地帯に潜伏していた。オルクセン軍モーリア市駐留部隊はエルフィンド騎兵による襲撃を警戒して輜重馬車に護衛をつけていたが、実のところ、すでに黄金樹(マルローリエン)旅団以外の騎兵のほとんどは撤退していた。なにぶん補給が続かないのである。アルトリア市が包囲されていることには変わりがないし、近隣の村の善意で軍の補給が支え切れるわけもない。独自の輜重隊を持つ黄金樹(マルローリエン)旅団が、敵護衛の甘い輜重馬車を鹵獲し、また万が一敵がアルトリア市に突撃する場合は、背後をついてこれを撃滅せしめることになっていた。

「……来たな。黒エルフ旅団」

 偵察部隊の報告を受けて、静かに呟く。驚きはない。黄金樹(マルローリエン)旅団長のアノールリアン・イヴァメネル中将にとっては、自然と想定されていたことであった。鈍重なオーク騎兵では、黄金樹(マルローリエン)旅団についてこれようはずもない。ゆえに、これはほぼ必然と言ってもよい。 以前は渡河中の無防備で機動力も持たないところを襲撃できた。今は違う。騎兵の機動力に加えて、騎兵の天敵たる機関砲を備える恐るべき部隊である。その上、黒エルフの強さは彼女もよく知っている。ロザリンド世代であるがゆえに。

 とはいえ、勝つこと自体は疑っていなかった。傲慢ではない。彼女たちは真に星欧最強の騎兵なのである。同数の騎兵どうしでぶつかれば、自分たちが勝つ。それはただ、正しい現状認識にすぎなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

星暦八七七年一月十八日午後七時七分

エルフィンド王国 アルトカレ平原

オルクセン王国第三軍 司令部

 

 首都から国境沿いまで、鉄道で一日。そこから騎兵が一日中駆けて、平原を越えるのに二日。アンファングリア旅団は可能な限り速やかに馳せ参じた。第三軍の残りの食糧は残り三日分となっていた。

 シュヴェーリン上級大将はアンダリエル少将を見るなり破顔一笑し、「よくぞ来てくれた!」と大声で叫んだ。そして狭い司令部のテントに案内し、手ずから具沢山の軍隊スープでもてなした。援軍がよほど嬉しかったと見える。

「お気遣いはありがたいのですが、こんなに贅沢な糧食をいただいてよいのでしょうか」

 食糧は足りないはずだ、将校だけが良いものを飲み食いするわけには、という含意である。

「どのみちもうすぐ攻勢を発起せねばならぬのだ、しかも敵要塞に突撃せねばならん、兵に腹を空かせさせてはなんともならん」

 兵も同じものを食っておる、ということである。

「なるほど。それでは遠慮なくいただきます」

 無言で同じ釜のスープを飲んだ。上級大将と少将がだ。他所の軍隊には全く認められぬ美点と言わざるを得ない。

 スープをすっかり空にしてしまった後、おもむろにシュヴェーリンは告げた。

「攻勢発起だがな、明後日だ」

「それでは明日一日かけて準備するという形になりますね」

「そうだ。二十八センチ砲で敵の要塞に穴を開け、そこに兵たちを突っ込ませる。(シュヴァルツ)殿には、敵騎兵が背後から突っ込んでくることを阻止していただきたい」

「了解した」

 

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星暦八七七年一月十九日午後九時三分

エルフィンド王国 アルトカレ平原

オルクセン王国第三軍 司令部付近

 

 一日かけて、兵たちは必要な準備を終え、将たちは軍議を終えていた。残りの食糧は二日分となっていたが、攻勢発起前日ということもあり十分な量の夕食が出た。遅くとも三日後にはアルトリア市の食糧を手に入れるか、あるいは戦死している身の上である。

 アンダリエル少将は最終確認のための打ち合わせを終え、自部隊に戻るところであった。将校のためのテントの前で、グレーベン少将が浮かない顔で葉巻を吹かしているのを見つけた。

「珍しいですね、グレーベン少将。いつもは自信満々ではないですか」

「自信なんてあるものか」

 周りに兵はいない。

「これまで何年も練りに練った作戦が上手くいかず、明日にゃ敵の要塞に突撃だ。明後日には、英雄になるか、さもなきゃ道化だ」

「戦争とは、そういうものでしょう」

「そうかもしれんな……だが、そうしないために俺がいたはずだった」

 そう言うと彼は葉巻の火を押し消した。

「シュヴェーリン殿に何か言わなくてもいいのですか」

 かの将は最前線で兵を鼓舞するだろう。言葉を交わせなくなる可能性を含意していた。

「兵たちを演習と偽り、だまし討ち同然で連れてきたんだ。誰しも故郷に家族がいるだろう。俺だけ特別扱いというわけにもいかん」

「…………そうですか」

「そうだ」

 それ以上の言葉は無粋なように思われた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

星暦八七七年一月二十日午前九時

エルフィンド王国 アルトカレ平原

 

 全くオルクセン軍にとって幸運であったのは、この一週間、一月のベレリアント半島にとっては本当に珍しいことなのだが、ほとんど雪が降らなかったことである。ちょっとした暖冬一つが、国一つの運命をも決してしまったのである。もし雪が例年のように降っていれば、オルクセン軍はまず戦闘前から寒さに凍えていただろうし、積もった雪は突撃の足をもつれさせ、勝ち負けはともかくとして万全には戦えず、被害はさらに増えていただろうというのが歴史家の共通した見解である。ちなみにこの逸話は、百五十年後の星欧世界で環境保護キャンペーンに引用されるのだが、これは全く異なる機会に話すべき話である。

 ともかくも攻勢開始を告げたのは、二十ハセンチ砲による六連続砲撃がアルトリア要塞西側の外壁に直撃する轟音であった。ついでそれよりは少し小さな砲たちが、その手前にある塹壕や擁壁を一斉に砲撃し始める。言うまでもなく攻勢準備砲撃である。射程の差は未だ大きな優位をオルクセン軍にもたらしている。時折鹵獲したヴィッセル砲や、グロワールの支援物資である最新の後装砲が反撃とばかりに火を噴くが、比べるのが悲しくなるほど砲撃の量も頻度も乏しい。例えるならオルクセン軍の砲撃は流れ落ちる大河、エルフィンド軍のそれはうっかり倒した小瓶から流れ出る一筋の水である。

 それでもアルトリア要塞は、建造時には想定外であったはずの巨砲による砲撃に、三時間ほどはよく耐えた。要塞外壁が崩壊し中隊が突撃できるほどの穴が開いたころには、すでに太陽が天高く輝いていた。

「突撃!」

 戦史に名高いオークの津波(オルクス・ラヴィーネ)が百二十年ぶりにエルフィンド王国に顕現する。しかし、すでに敵部隊は要塞の穴を塞ぐべく守備隊を集合させている。攻勢準備砲撃は、敵にどこを攻撃するか教えてしまうという問題を構造的に内包しているのだ。砲撃による援護を頼みに突撃するが、突撃して距離を詰めてしまえば射程の有利は消え失せる。こうなってしまえば前装砲だろうが同じことである。これまで射程の不利によってほとんど砲撃できていなかった鬱憤をはらすがごとく榴弾が降り注ぎ、そのたびに命がはじける。

 それでも勇敢なるオルクセン陸軍は、四度目の突撃で市街地に突入することに成功した。

 

 我先にと要塞に押し入らんとするオーク兵たちの背後を、アンファングリア旅団が固めている。オーク兵たちの手も借りて掘った塹壕に、山岳猟兵連隊があるだけの機関砲を持って詰め、騎兵たちは言うまでもなく乗馬して待ち構えている。

 一見すると、突撃するにはあまりに危険すぎるように見える。しかし黄金樹(マルローリエン)旅団長たるイヴァメネル中将の判断は違った。

「砲兵隊は予定通り突撃支援射撃で機関砲だけ潰せ。他は私についてこい」

 そう言うと、まず騎砲を塹壕に叩きつける。これはあまり有効な打撃を与えられない。

「突撃!」

 号令一下、いよいよ黄金樹(マルローリエン)旅団がアンファングリア旅団の塹壕を迂回しながら第三軍突入部隊の背後を突かんとする。もちろんこれを黙って見ているアンファングリア旅団ではない。山岳猟兵たちが塹壕から大急ぎで機関砲を取り出して、射撃の雨あられを降らせんとする。

「撃て!」

 その瞬間、黄金樹(マルローリエン)旅団の騎砲が、再度火を噴いた。突撃する騎兵たちの頭上をすれすれで超えて、機関砲に直撃弾を――――あるいは至近弾を直撃させて稼働不能に追い込む。簡単に書いたが、騎兵に比べればかなりゆっくりと走る歩兵を支援する突撃支援射撃ですら、誤射せずに敵に命中させることには熟練が必要である。ましてやそれを小さくコントロールが効きづらい騎砲を用いて、全力で突撃する騎兵の頭ごしに正確に命中させるなど、正気の沙汰ではない。黄金樹(マルローリエン)旅団と言えば猛然とした騎兵突撃ばかりが代名詞として語られるが、むろんこの栄光ある部隊の砲兵たちも、常人離れした技量を持っているのである。またこの絶技を成功させたのは砲兵隊だけの功績ではない。イヴァメネル中将の判断もまた的確であった。暖冬とはいえ冬は冬である。土は硬く、数日では十分に掘れなかったに違いない。「機関砲で騎兵を撃たないといけない」という、「塹壕から出る理由」を作ってやれば、不安定で脆いはずの塹壕から出てくるだろうという読みが当たった。実際のところは口径が小さく威力も低い騎砲で、塹壕を崩壊させられたかは甚だ疑問ではある。しかしそれを後世、暖かい部屋から指摘するのは、戦場の勇者たちに対して礼を失する行いであろう。

 

 ともかくも、塹壕に籠った山岳猟兵たちはその頭を砲兵隊に抑えられてしまった。すなわち、後は騎兵が、騎兵を止められるかという問題になる。

 星欧戦史最後の騎兵と騎兵のぶつかり合いが幕を開けた。

 

「踏みとどまれ! 踏みとどまれ! 逃げても命は助からんぞ!」

 戦史最後の、騎兵決戦――――という後世に残ったイメージほど、この戦いはかっこいいものではなかった。そもそもこの時点でのアンファングリア旅団の練度はさして高いものではなかった。この戦いが初めての実戦であるという兵もいたし、旅団結成時から所属していた兵にしても、初戦の渡河は騎兵としての戦闘とは言えなかった。馬もまた戦闘には慣れていなかった。兵の技量が低くとも操典と武器でカバーできる底力がオルクセン軍にはあったが、しかし騎兵運用については経験が浅く、操典は速度が遅く持久力に優れたオーク騎兵を前提として書かれていた。砲撃を生き残った何台かの機関砲も、騎兵が交じり合った混戦の中では、とても撃てる状態ではなかった。ではなぜアンファングリア旅団は持ちこたえられたのか。

 

 黄金樹(マルローリエン)旅団にとっては、これは前哨戦であった。ここを抜けて早く敵主力後方を叩かなければ、要塞に籠る味方が危険に陥るのであった。一方でアンファングリア旅団にとっては、ここは死地であった。たとえ負けようが、死のうが、味方が要塞を抑えるまで足止めできればそれでよかった。その気合、心の持ちようの違いが、戦い方にも表れた。そしてまた、黄金樹(マルローリエン)旅団はこれまでの敵鉄道や鉄馬車への襲撃、幾日かの野営で弾薬や体力をやや消耗していたというのもまた要因としてはあった。しかしそれだけではなかった。

 戦史最後の一騎打ち。そう呼ばれる出来事があった。

 

 乱戦の中、アンダリエル少将は自らもサーベルを振るって戦っていた。両部隊がぶつかって三十分もたったころだろうか、ふと見知った顔が目の前を通った気がした。アンダリエル少将が知っている顔なら、ロザリンド時代からの古強者だろう。まさかそこから勤め上げているものが兵ではなかろう。下士官か、よしんば将の首でも取れれば戦況は好転するかもしれない。そう思って振り向くと、そこには敵将イヴァメネルがいた。まさに両将が自ら最前線に出るがゆえに、かくがごときことが起きたのである。何もこの二人、ロザリンドのころに轡を並べて戦ったとか、そういった縁があるわけではない。ただ当時からイヴァメネル将軍は黄金樹(マルローリエン)旅団の旅団長であり、軍内では指折りの有名人であった。だからアンダリエル少将がイヴァメネル中将の顔を記憶していることは驚くに値しない。またイヴァメネル中将のほうではアンダリエルの顔までは覚えていなかったが、およそ周りの兵や下士官とは振る舞いからして違う、階級章も一人だけ豪華である、さてはこの女が敵将アンダリエルかと気づいた。

 気づいてしまえば、これを逃す理由はない。先に切りかかったのはアンダリエル少将であった。むろん周りでは兵がめいめいに切り合っているから、後世に一騎打ちとしてイメージされるようなものではないが、これに割って入れる技量の兵もそうはいない。

 アンダリエルの刃をいなしながら、イヴァメネルが口を開く。

「貴様が敵将アンダリエルか」

「そういう貴様はイヴァメネル!」

「然り」

「ロザリンドでは共に戦ったのに、なぜ我ら黒エルフを殺した!」

「知らん。我ら含め、軍の行動は女王陛下のお決めになること。軍が意思を持っては国のためにならん。お前らは復讐心のために戦っているのか。そうであろうな。あるいはそんなだから黒エルフは信用ならんのだ」

「なにを言うか!」

「その結果が降伏者の虐殺だ。新聞で読んだぞ? 新しい祖国の名に泥を塗ったそうだな。黒エルフを殺した国境警備隊と何が違う。祖国を鞍替えするようなら、せめて新しい祖国にはまともに仕えたらどうだ」

「貴様――――」

「黒エルフの旅団とやらは口喧嘩部隊なのか? 理由を説明してやれば、お前らは納得してロザリンドより南に逃げ帰るのか? 違うだろう。結局戦争とは、納得のいかないことの積み重ねだ。どれもう一つ重ねさせてやろう」

 

 後世、脚色され、盛りに盛られた劇や小説やゲームでは、ここから一時間もかかりそうな口論をした例すらある。しかし実際の戦闘ではそんな暇はない。何が言われ、何が言われなかったのか? それは本人らにしかわからないことだ。

 はっきりしていることは一つ。ディネルース・アンダリエル少将は自らのサーベルで敵将イヴァメネルに怪我を負わせ、指揮権委譲にまで追い込ませた。黄金樹(マルローリエン)旅団の指揮がわずかに乱れた隙に徒歩の山岳猟兵すら騎兵の戦闘に割って入り、これを押し返して撃退した。これがなければあるいは、黄金樹(マルローリエン)旅団は第三軍の後背を急襲しえたかもしれない。しかしその代償は大きかった。アンファングリア旅団はその構成員の二十五パーセント、すなわち約二千人を喪い、自ら戦功を挙げた旅団長も腰部を切り裂かれ意識を喪失。エリクシル剤を飲ませたが、鉄道による後送も今は叶わない状態である。

 

 一方そのころ、アルトリア市では一本の小道、一つの部屋を小隊単位で奪い合う熾烈な市街地戦が勃発していた。近距離での戦闘となれば運動能力の有利はオーク兵にあるが、一方でエルフィンドの小銃は近距離で高い威力を発揮する種類のものである。シュヴェーリン上級大将は市民への攻撃を厳禁していたが、時には恐怖から、あるいは愛国心から市民が熱い油をかけてくるような例もあり、こうなるとそれを無視して戦闘することはできなかった。時にはそのような市民ゲリラの恐怖から、()()()()()()例もなくはなかったようであるが、オルクセン政府は公式に認めてはいない。一日目の夕方になると、二十八センチ砲がアルトリア市東部の擁壁も破壊。東西から敵軍が押し寄せてくることになる。

 マルリアン大将の決断は早かった。

「明日の朝に降伏するぞ」

「今、ではなく明日の朝、でございますか」

「ああ。黄金樹(マルローリエン)旅団は撃退されたようだ。もはや我らに勝ち目はない。ないが、まだやるべきことがある。まだ市街地東部を保持しているうちに、エリクシル剤と砲弾、それに正規戦に慣れている精兵たちを可能な限り後送する。後送したら鉄道駅は爆破、そして夜襲だ。エルフが夜目が利くという種族的利点を生かせるだけ生かして、明日の朝に降伏するぞ」

「しかし、やつらも食糧が切れる寸前です。もう二日、三日粘れば――――」

「街中にある食糧倉庫を守りきるのは不可能だ。それにやつら、本当の本当に追い込まれれば市民の家に押し込んで、食糧を奪うぞ。いや、食糧を奪うだけではすまんだろうな。今はお行儀よく戦争をしているが、それはまだ曲りなりにも食い物があるからだ」

「……」

「アルトリア市は我が国の主要都市だ。市民が全滅するようなことがあれば、たとえ勝ったとしても我が国の未来は暗い」

 後世、この判断を指して「マルリアン大将は結局のところ、ロザリンドのころの尺度でオークたちを見ていたからしなくてもよい降伏をしたのだ」という批判がある。百二十年の間に近代化されたオルクセン軍は、食糧を切り詰めることはあっても、市民から奪うようなことはなかったのだから、食糧が切れそうなオルクセン軍に対してまだまだ市街地戦で抵抗できたのだ、と。敵を信頼することでかえって敵を撃退できたのだと。相手の合理性を信頼することで相手を不利に追い込む、それは後世における冷戦の核のチキン・ゲームめいていた。しかしこの時代の将軍がそのようなボタンを押せなかったことを誰が責められるだろうか。

 地の利と夜目の利を得た白エルフたちの夜襲は激しく、オークたちはすきっ腹を抱えながら眠れない夜を過ごした。まだ食糧は市外の本拠地には多少あったが、それを夜間に市内に運び込むことはほぼ不可能であった。ある路肩でまとまって寝た小隊が、翌朝には消滅していることすらあった。そのような夜でも、時間が経てば明ける。白エルフたちにとっては不都合なことに、明けてしまう――――

 

 翌星暦八七七年一月二十一日午前七時、マルリアン大将の名により、アルトリア市降伏。オルクセン第三軍の余剰食糧は一日分を割っていた。

 

 降伏したマルリアン大将はまず食糧倉庫の位置と貯蔵量の概数をまとめた書類を作成すると、現地指揮官に手渡した。それを正式な降伏文書署名よりも先回しにしなければならないほど、食糧事情はひっ迫していた。そしてその後、アルトリア市外にある第三軍の総司令部に連行された。シュヴェーリンの爺さんに降伏するのか。ロザリンドの時とは逆になったな。こちらの意図通り撤退することなく、要塞を攻め落として食糧を得るとは立派なものだ。そう思っていた。

 

 第三軍総司令部の天幕にどっしりと腰かけていたのは、見たこともない若いオークの牡であった。階級章も上級大将という割にはややさみしい。

「貴軍の総司令官はシュヴェーリン上級大将殿と聞いていたが」

 見慣れない牡は、感情をかみ殺して平然と振舞おうとしていた。しかし経験豊富なマルリアン大将の耳は、彼の声が少しだけ震えていることに気づいた。

 

「ああ、シュヴェーリン殿は戦死された。今はこの私、グレーベン少将が代理を勤めている」

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