野蛮なエルフの国はいかにしてただしいオークの国を撃退するに至ったか【完結】   作:只野夢窮

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会議は踊る、デュートネの前で

 アロイジウス・シュヴェーリン上級大将、敵要塞アルトリアにて戦死――――その知らせは瞬く間にオルクセンの国中を駆け巡り、多くの人が喪に服した。ロザリンドを体験した老オークも、彼の指揮下で星欧最強の軍隊たる大陸軍に突撃した中年のドワーフも、それを歴史の教科書で読んだことしかない徴兵前のコボルドですらも。上級大将の中においても猛将として伝わる彼は強いオルクセン陸軍の象徴であり、そして軍が国家においてこれほどまでに存在感の強いオルクセンにおいては、もはやグスタフ王に次ぐ国家の象徴とすら言えた。概念とは、はたして死ぬものなのだろうか。その死にざまもまさに英雄であった。最前線においてエルフたちの夜襲を受けたある中隊を、夜明けまでその野太く威厳ある声で鼓舞し続け、朝が来た時には仁王立ちのまま三十七発の銃弾を受け息絶えていたのだという。

 宿将たる彼の死に、グスタフ王も部屋に引きこもって半日泣いたという。

 出てきたグスタフ王は、心配して見守る家臣たちを前に、平然とした顔で一言呟いた。

「講和だ」

 何も長年の友人たるシュヴェーリン上級大将が死んだからではない。断じてない。グスタフ王は私情と国家運営とをきっちりと、バターをナイフで切るかのように分けられる男だ。王としての彼は、兵の犠牲が多すぎることに危機感を覚えていた。

 アルトリア要塞攻防戦における第三軍の兵力は約二十四万。前哨戦で数千、女王戦死攻勢(Queen's Death Offensive)で一万弱、そしてアルトリアでの市街地戦で五万。合計して六万数千、これにアンファングリア旅団の犠牲者を足して七万弱が戦死していた。もちろん重軽傷者は別計算である。それに対してアルトリア要塞に駐在していたエルフィンド軍の兵力は約二十万、この中から前哨戦でこれも数千、女王戦死攻勢(Queen's Death Offensive)で三万、市街地戦で六万強。合わせて十万名ほどが戦死している。ちなみに残りの十万のうち、ギリギリで後送できた精兵が四万、捕虜になったのが六万である。

 近代戦ゆえに犠牲が多いことは理解していた。しかしエルフィンド軍の策略の前に、ほぼ同数の兵力で要塞の無理攻めを強要されたあげく、敵方とほぼ同数の死者を出すというのは計画外であり、許容外であった。また戦費はたった三カ月の戦争で九億ラングを越えた。アルトリア市を際限なく砲撃するInfinite artillery works(無限砲兵機構)ドクトリンが主な原因であるが、これについて王はグレーベンを責めるつもりはなかった。このアイデアがなければ、もっとたくさんの兵が死んでいただろう。あるいは勝てていたかもわからない。しかし、要塞一つ落としただけでこれである。ましてやエイセル峠、エレド峠、トール峠を押し通るにはどれだけの躯、どれだけの金子を積み上げればよいのか。

 『P・P』さえいなければ。そう思わざるをえなかった。制海権さえ取れたなら、ファルマリアから北上できる。敵がアルトリア要塞を固めるならば、あえて放置してネニング平原を――――いや、今更こんなことを考えても詮無きことだ。

 

 オルクセン軍の強さを見せつけるための戦争で、これほど消耗するのは割に合わない。この戦争は損切りすべきだ。にもかかわらず国民は戦勝に沸いている。さらなる勝利を求めている。グスタフ王はこれ以上なく難しいかじ取りをしなければならないことを自覚した。

「ビューローよ、グロワールとキャメロットに講和仲介の依頼をかけてくれ」

「はい、直ちに」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

星暦八七七年一月二十五日午前十時

エルフィンド王国 エレントリ館

緊急国防委員会

 

「やった、やったわ! ついにオルクセン側から和平交渉の依頼が届いたのね!」

「はい、その通りでございます、女王陛下」

 死んでいることになっている女王は、実のところエレントリ館に身を潜めていた。首都から近く、それでいて限られた人物しか近寄らず、そして万が一敵がティリオンに侵略してきても西に逃げる余地がある。全くうってつけの潜伏場所である。そこでウィンディミア首相から、ついに和平交渉の依頼がオルクセンから届いたと報告を受けたのである。

「しかし、これからが本当に難しいところではないでしょうか、女王陛下。古来より戦争で勝っても外交で負けた例は数あります。ましてや我々は負けており、国内唯一の要塞を堕とされたばかり。オルクセンからの要求はしぜん厳しいものとなるでしょう。内容によっては講和を受諾しても、国内から『まだ戦える』と反発されるやもしれませぬ」

「あのね、プレンディル、そのためにあなたのやっている仕事があるの。秘密警察で鎮圧しなさい」

 プレンディルは首を横に振った。

「いいえ、陛下。秘密警察は暴動は鎮圧できますが、革命は鎮圧できません。プロとして進言いたします。もし革命が起きうるような条約を受諾されるのであれば、秘密警察は国外脱出にお使いください」

「……そう。まあ、そうしないためにウィンディミアがいるわけね」

「努力いたします」

「それで、どこで講和会議が始まるのかしら」

「二月の七日に、グロワール帝国の首都リュテス、カルーゼル宮殿です。以前女王陛下とは外遊で赴きましたね」

「懐かしいですわ、デュートネ三世にお会いしたら、動員と講和仲介にわたくしが礼を申していると……あっ」

「伝えられませんよ、あなた公式には死んでるんですから」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

星暦八七七年二月九日

グロワール帝国 首都リュテス カルーゼル宮殿

 

 最初の二日は、穏やかな挨拶と根回しとで過ぎていった。オルクセン王国の国王グスタフ、外務大臣ビューローは、内心どう思っているかは知れたものではないが、少なくともウィンディミアに対する態度は冷静で礼儀にかなったものであった。キャメロット王国とグロワール帝国の外務大臣からは、「オルクセンは戦勝に浮かれており、国民の手前いったんは強硬な条件をぶつけてくるだろう」という情報を聞いていた。だから多少の心の準備はしていたが――――

 三日目となる今日。交渉初日に『叩き台』としてクレメンス・ビューローから手渡されたメモは、後に『対エルフィンド十七箇条の要求』と呼ばれる、あまりにも異常なものであった。

 簡単にまとめると以下の通りとなる。

 

○領土について

①すでにオルクセン王国が占領しているノグロスト・モーリア・ファルマリア・アルトリアについては、エルフィンド王国からオルクセン王国に割譲し、新たな国境線はアルウィンとネヴラスを結んだ線を基本とする。

ただし詳細については現地地形を調査の上、協議する。

○賠償について

②エルフィンド海軍の残存艦リョースタおよびヴァナティースは、必要な修理をエルフィンド王国の費用負担で行った上で、賠償艦としてオルクセン海軍に引き渡される。

③ドラッヘクノッヘン港の復興費用及びドラッヘクノッヘン港襲撃によって死亡した者の遺族年金については、エルフィンド政府が負担する。

④アルトリア要塞の市街地設備(上下水道や鉄道等、国家および市が保有する公有財産)については、エルフィンド政府の負担によって修繕し、オルクセン王国に引き渡すものとする。

⑤キャメロット王国およびグロワール帝国に対する和平仲介の謝礼については一度オルクセン王国が立替支払いを行い、しかる後にエルフィンド王国からオルクセン王国に支払いを行うものとする。

これは両王国に対する支払遅延を防ぐためである。

⑥その他戦争賠償金として、エルフィンド王国はオルクセン王国に九億ラングを支払うものとする。

ただし分割払いについてはこれを認める。年利は複利の年一割とする。

○軍事について

⑦エルフィンド陸軍は総勢十万人に制限されるものとし、騎兵および二十センチを超える口径の砲の保有はこれを認めない。

⑧エルフィンド海軍については新造艦の建造・修繕・および購入を認めない。ただし沿岸警備や治安維持のための遠洋航海が不可能な艦艇については例外とする。

⑨エルフィンド王国はオルクセン王国以外の国の軍を国内に駐留させてはならない。

⑩エルフィンド王国はオルクセン王国軍が国内を通過する際には速やかに軍事通行権を与え、またその補給(食糧・銃弾・砲弾・医薬品・衣料を主とするがそれらに限らない)を最優先事項として協力しなければならない。

⑪エルフィンド王国はオルクセン王国以外の国と攻守同盟および防衛同盟を結んではならない。

○経済について

⑫エルフィンド王国はオルクセン王国の企業に対して、関税を課すことを認めない。一切の非関税障壁についても同様である。

また経済活動に必要な許認可の類は迅速に審査し許可を出すこと。

○その他

⑬エルフィンド領内にてオルクセン王国は領事裁判権を持つものとする。

⑭所謂「レーラズの森事件」についてはオルクセン王国の調査団を受け入れ、調査に全面的に協力すること。

⑮「レーラズの森事件」の首謀者および実行者については、オルクセン王国の法廷で裁判を行うため、迅速に引き渡しを行うこと。

⑯エルフィンド王国内における種族差別をなくすための立法およびその実効性を担保するための実務委員会を組織すること。

⑰この条約の有効期限は99か年とする。

 

「ありえない。このような非常識で実現不可能な条項を列挙するなど、オルクセン王国が和平を結ぶ気がない何よりの証左。仲介を引き受けてくれたキャメロット王国およびグロワール帝国にも失礼。これを『叩き台』とするのであれば、貴国と話すことは何もない」

 ウィンディミアはそう言って即座に割り当てられた私室に戻った。

 

 全ての項目が、非常識で実現不可能なわけではない。しかしながら冒頭の①からして非常識である。これでは和平を結ぶ意味などほぼないではないか。だいいちアルトカレ平原の農業を失えば、戦争をせずとも餓死者が出る。②⑦⑧⑨⑪を実行すれば、今回の講和をいつでも反故にできるぐらいエルフィンド軍は弱体化する。③④⑤⑥については、賠償をすること自体に異議があるわけではない。負けた国が賠償金を支払うのはよくあることだ。しかし九億ラングを一括で払え、さもなくば年利を複利で一割とは、もはや国を挙げての悪徳金融業としか思えない。⑭⑮は一見まっとうに見えるが、第三国による委員会ではなくオルクセン王国の調査団であれば、任意の追い落としたい人物を死刑にできるだろうし、するつもりだろう。おそらく政府関係者はほぼ死刑にするつもりだ。⑬についても、つい最近まで戦争していた国に領事裁判権を与えれば、国内で復讐にかこつけたどのような凶悪犯罪が蔓延るかわかったものではない。極めつけは末尾の⑰である。99か年。子供に条文を考えさせたのか? 確かに昨今、人間族の間では99か年の租借というのが流行っているらしいが、軍隊や経済の制限が99か年というのはある土地を貸し与えるのとは全く本質的に異なる。その99か年の間にオルクセンは我が国を9回は滅ぼせるだろう。

 妥協できるのはせいぜい⑩⑫⑯ぐらいか。オルクセン王国がエルフィンド王国内を通行してどこかに攻めることは立地上ありえないし、関税がなくてもエルフィンド国民はオルクセンの産物など買いたくないだろう。種族差別をなくせと言われても国民のほとんどは白エルフに()()()から実際は何も変わらない。

 しかしどうしたものか。キャメロット王国やグロワール帝国の顔を潰して、講和仲介が破談になることは確かに避けたい。しかしオルクセン側の認識がこれではいかんともしがたいではないか。せいぜい国境沿いの都市を割譲して賠償金を払う、その額を争う程度のつもりで来たのだが。

 

 オルクセン外務部もまた、追い詰められていた。ごく限られた人物にしか伝えられていなかったはずの、「エルフィンド王国を無条件降伏させる」という構想が、どこかから漏れ、新聞にスクープされていた。無条件降伏! 今からどれだけの血を流せば、そんなことが叶うのだろう。戦勝に沸き、エルフィンド併合という血なまぐさい夢物語を追い求める民衆の手前、ぬるい講和条件は出せなかった。政府内でも、財務省は「戦争特需を軟着地させるために、エルフィンド国内への投資先確保は必須」と言えば、海軍は「とにかく何が何でも船がないと国防上差し支える」と言う。陸軍は「もうあの国の騎兵とは戦いたくない」というし、軍人遺族会は賠償金を強く求めていた。それらを全てまとめると、どうしてもこうなってしまうのである。しかしこれではまとまる話もまとまらない、というのは外務部自身がよくわかっていた。妥協をするつもりではあった。しかし、その内容と時期とが問題である。

 

 キャメロット王国やグロワール帝国の大使たちは、困惑していた。オルクセン軍は確かに戦勝続きだが、アルトリア市での戦いではかなりの犠牲を出したと聞くし、エルフィンド軍は別に壊滅したわけではない。やろうと思えば講和の席を立ってあと半年、一年は戦えるだろうし、こんなものを見せられては彼女らがそうしたところで誰も文句のつけようがないだろう。万が一そうなったところで顔を潰されたと思うわけもない。そうなれば、仲介国の顔を潰したのはオルクセン王国になる。特にグロワール帝国は、国境沿いの動員を解いてはいなかった。ことと次第によっては、起きることが起きえた。彼らの陸軍は脅威だが、海軍はもはや壊滅状態だ。海上封鎖となればただではすまない。しかし、オルクセンにもそれぐらいのことはわかっているだろうにと思った。

 

 ウィンディミアからの秘密電信がエルフィンドにも届き、女王とプレンディルは顔を見合わせた。女王は外交の素人ではあるが、学校で習った歴史ぐらいは覚えていた。これを受諾したら明らかに国内で暴動が起きるだろうとわかるぐらいには不平等であった。

「それ以前に。ねえプレンディル、この額の賠償金ってうちの国は払えるのかしら」

「はい、こんな賠償金を支払ったら、来年の冬には餓死者が出ますな」

「そりゃそうでしょうね。わたくしが決裁していた書類とすでに桁が違いますもの」

 

 グレーベン()()――――要塞を落とした功績で、シュヴェーリン上級大将は元帥に、グレーベンは中将に昇進していた――――のところにも、外交交渉の経緯は届いていた。

「おい、こりゃ戦争終わらねえな。この和平交渉は、ただ二カ月の停戦にすぎねえってことだ。つまり峠を落とさなきゃいけねえ、三つもだ。クソみてえな外務部のせいでな」

 十七箇条の要求を見たとたん、グレーベンはそう言った。外交交渉が決裂すれば、狭く敵が待ち構えている峠に突撃しなければならない身であった。だいたい住んでみれば、こんな古くて不便な都市、血を流してまでこだわるようなもんじゃねえのに。

 

 毎夜のパーティーだけが空しく過ぎる。細かく、無駄な交渉が繰り返される。そうしてあっという間にひと月が過ぎてしまった。オルクセンの新聞は無責任に煽り立て、講和条件のハードルは上がり切っている。

 三月になった。もうすぐエルフィンドは春である。モーリア=アルトリア間の鉄道も、もうすぐ修復される。このまま条件闘争が続くならば、峠に両軍の血が流れることになるのは誰にとっても明白であった。あるいはそうなれば、白エルフも黒エルフもオークも大鷲も巨狼もコボルドもドワーフも、みな同じ血を流すことに遅まきながら気づくのだろうか。

 

 雪解け、鉄道、グロワールの動員。タイムリミットが近づきつつあった。

 

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