野蛮なエルフの国はいかにしてただしいオークの国を撃退するに至ったか【完結】   作:只野夢窮

17 / 19
同郷異夢

星暦八七七年三月十三日 正午

エルフィンド王国 エレントリ館

地下 秘匿会議室

 

 はたしてオルクセン王グスタフ・ファルケンハインは、エルフィンド側が用意した護衛たる白エルフの四名だけを伴って、女王が隠れ潜んでいる部屋の前まで赴いた。ビューローには「この和平をまとめるためにどうしても必要な会合なのだ」と言って、後事を任せてある。

「部屋にはお一人で入っていただきます。女王陛下のお望みゆえに。私たちはドアの前に詰めておりますので、もし御用があればお呼びください」

「ああ、ありがとう」

 白エルフの護衛たちは、みなオーク相手にもプロフェッショナルであった。しかもキャメロット語での意思疎通もできる。後から聞けば女王の警備隊の中でも最精鋭の人物たちであったという。

 ともかく、分厚いノックを三回した。

 「どうぞ」とキャメロット語で返事があった。重いドアノブをゆっくりと回す。重そうな鉄の扉は、しかし滑らかに開いた。十メートル四方の部屋は、ドアの反対側にあるストーブによって、冬のエルフィンドの地下室とは思えないぐらいに暖められていた。このストーブには、奥に座る人物に後光が差しているかのような印象を与える意図もあるのだろう。四方の壁は真っ白に塗り固められており、その真ん中には小さいけれども上品な手彫りの模様が刻まれている木製のテーブルが鎮座している。そのテーブルをはさんで部屋の奥側と手前側に一つずつ、人間なら二人は座れそうな大きなソファが置いてある。いずれもエルフィンド芸術の粋を凝らした家具なのだろう。テーブルの上には二人分のコップ、銀製の水差し、そしてカルヴァドスの瓶。

 奥側のソファに、その人はいた。

 エルフィンド女王。白エルフ基準で見ても若く美しい人物なのだろう、と思う。腰まで垂らされた金髪に、浅瀬の透き通った海のような碧眼。ほっそりとした体を、体形を過度に強調しない真っ白なドレスで包んでいる。顔には考えを覆い隠すヴェールのような微笑。

 鋼鉄のドアが背後でガチャリと閉じた。

 

「とりあえずお座りくださいな」

 口火を切ったのは女王であった。

「ええ、そうさせていただきましょう」

「カルヴァドスがお好きだそうで、準備させていただきましたわ。もしお酒を飲む気分でないのであれば、お水もありますし、外の者に言えばほとんどの飲み物は揃いますわ」

「ありがとうございます。それでは水をいただきましょうか」

「ええ、どうぞ」

 女王が手ずから、水差しから水を注ぐ。自分の分のコップにも同じ水差しから水を入れて、先に飲んで見せた。

「見ての通りですわ」

「私はあなたのことを疑ってはいませんよ。ですがお気遣いはいただきましょう」

 コップを傾ける。エルフィンド側がグスタフを暗殺するつもりなら、もっとシンプルに、ここまでの道中で鉄道事故でも装えばよかった。だからここで毒や暗殺の類を疑うつもりはなかった。

「ご信頼いただきありがたいことですわ」

「そうでなければ、ここまで来ていませんよ」

「そうですわね……それで」

「どこまで、気づかれておりますの?」

「……どこまで、というのは」

「死んだはずのわたくしとの面会を要求するなど、何かしらの確信がなければできないはずですわ」

「……率直に言えば、エルフィンド外交書簡事件のころから。よく言ってものんびりとしたエルフィンドの外交の中で、あの事件の謝罪だけは早すぎた。転生者(ヴィラ)の影を感じざるを得なかった」

「まあ、そんなに早く」

「開戦時の奇襲や電光弾の奇襲が読まれていたことで、確信に変わった――――エルフィンドには、未来がわかる人間がいると」

「……それで?」

「その人物が権力を握った、あるいは記憶を思い出したのは、開戦の一年前よりは後のことだ――――そうでなければ、レーラズの森事件を止めていた。いや、そもそも黒エルフの迫害をさせなかっただろう。そうすれば我々はもっと手ひどく負けていた。結果として、その人物は従軍記者によってわが軍の軍紀違反を発表させ、以てレーラズの森事件のインパクトを弱めるという持って回った手段を取らざるをえなかった」

「見事な推理ですわ。全く、あれは我が国を破滅に追いやった愚行ですわ……それで、その未来予知者が死んだはずのわたくしであるという根拠は?」

「電報ですよ、女王殿」

「……?」

「私は最初、ウィンディミア首相がその人物だと思っていた――――実質的なクーデターでつい最近権力を得た。そのカリスマの源は、未来を言い当てて見せたことなのだと」

「ほう。それでも辻褄は合うのでしょう?」

「しかし、和平交渉の場に出てきた首相殿は、毎夜電報を本国に送っていた――――電報を送ること自体がおかしいとは言いません。和平交渉の結果次第では、戦争再開の準備をせねばなりませんから。しかし毎夜毎夜、あまりにも規則正しい時間に、ある程度時間をかけて電報を打っていた。もし本当に女王が戦死していて、自分が国家の最高権力者なのなら、そこまでする必要はない。戦争を続ける準備をするか、戦争を終わらせるかのどちらかしかないのだから。もし首相が毎日、真面目に報告しなければならない人物がいるとすれば、それは――――」

「女王しかいない、と」

「その通り」

「……なるほど。素晴らしい。素晴らしいですわ。やはり多少、ほんの少し未来が見えたところで、わたくしたちに勝ち目はなかったのですね」

「そう、そこだ」

「……」

「多少。ほんの少し。あなたには実際、”どこまで”見えている? そこだけが我らにはわからない。十年、百年、それとももっと先か」

「…………意味のないことですわ」

「何が?」

「どれだけ遠くが見えていようとも、意味がないと言ったのです」

「そんなことはないでしょう」

「……わたくしの見た未来では、貴国の奇襲は完全に成功し、オルクセンはエルフィンドを全土併合しましたわ。あなたの望み通りね。おまけにオルクセン海軍は無傷で、ドラッヘクノッヘンは平和そのもの。わたくしはベレリアント半島の先端で火遊びをしたにすぎない。けれども歴史はこうも大きく変わった。未来はわたくしの知っているものとは乖離していくでしょう」

「……それでも、なお私はあなたに聞かざるを得ない。未来はどうなりうるのか、と」

「なぜ?」

「我が国を、戦争に巻き込まないため」

「都合のいい話ですわ。他人の国を難癖つけて攻め立てておいて、自分の国は攻め込まれたくない。その知恵を、敗戦国の王に聞こうと? わたくしは断じて拒否しますわ。それともオークらしく、身体に聞いてみるかしら。わたくしは公的には死んだ身。どこで何をしようと、誰も知ったことではないでしょうね」

「そんなことはしない」

「なぜ? レーラズの森のように、いずれ露見するリスクがあるから?」

「いいえ。我々は矛盾した生き物です。侵略戦争という巨大な悪をなしながら、同時に、いささかも己に恥じるところなく生きたいと思う」

 そして、とオーク族の王は続けた。

「あなたにも関係のない話ではないのです」

「……」

「未来は変わった。あなたの仰る通りです。もしあなたに、世界大戦の未来が見えているなら――――あなたの見た未来では、エルフィンドはオルクセンの一部になることで、言い方はともかく『守られていた』はずです。しかしエルフィンドが独立したまま世界大戦が到来するなら、エルフィンドは独力で自国を防衛しないといけない」

「ええ、それはそうでしょうね」

「私は非公式で片務的な防衛条約を提案する用意がある――――あなたの知識には、それだけの価値があると見込んでいます」

「あらまあ大げさな、どこかの国がエルフィンドに上陸するなら――――それはオルクセンへ攻め入るための橋頭保でしょう。我が国には資源もなければ、オルクセン以外との国境線もないのですから。防衛戦がエルフィンド国境からエルフィンド国内になるだけ。国内が戦火に遭わない分、あなたにとって得なだけですわ。それにもっと言えば、オルクセンに上陸したいなら何もわざわざ波の荒い北海を北上することもありませんわ。ハウプトシュタット州か、メルトメア州にでも上陸すれば済む話。我が国は、世界大戦に参戦することもなければ、攻められる理由もない。あるとすれば、貴国からの侵攻のみ。グロワール、アスカニア、アルビニー、オスタリッチ、そしてロヴァルナの五か国と国境を接する貴国が、それらを放置して我が国に侵略するという、意味のない仮定ですわ」

「それは――――今起きたばかりでしょう」

「世界大戦と並行して、やれるものならばどうぞご自由に」

「……」

「戦勝国に敬意を表して、一つだけならば無償で教えて差し上げましょう。条約も妥協していただいたことですしね」

「……」

「未来を変えようとすることは、本質的に危険ですわ」

「……それは理解しているつもりだ」

「本当に? 具体的なイメージができているかしら。第一次大戦は、オスタリッチの皇太子が暗殺されることが原因でスタートしますわ。そして敗戦した国には莫大な賠償金が課される――――」

「まさか……」

「わたくしの見た未来では、あなたは莫大な賠償金は危険だとして他国に警鐘を鳴らすが相手にされず、そして失意のうちに死亡した。そしてあなたが死んだあと、『バケモノ』が産まれます」

「待ってくれ、オーク族の寿命からすれば、私はまだ生きられるはずだ」

「あなたの天候操作の魔術、寿命を削っているわよ」

「……そうなのか。私も知らない、私の魔術の副作用まで知っているとは。未来予知だけではないのですね、あなたの能力は。しかしそれはともかく、そのバケモノは――――」

「そして、アスカニアは二度核攻撃される。()()()()()の代わりに」

「ちょっと待ってくれ、()()()()()? まさか――――」

「ええ、私も元は日本人なの」

「ならば! やはり協力してもいいじゃないか。この世界にたったの二人、同郷の――――」

「わたくし海外留学したら、日本人どうしでつるむグループはダサいと思うほうなの」

「……」

「なんにせよ、この世界でも核は開発され、そして二次大戦で二度落とされる。その後は核の恐怖を背景に冷戦が続くことになるわ」

「……」

「変えたいかしら。でもね、あなたが余計なことをして二次大戦の開始が五年遅れたら? あるいは一次大戦が起きず、列商国がみな核を開発し終わってから、世界大戦が起きたら? 落ちる核は二発じゃすまないでしょうね。十や二十でもまだ少ないほうでしょうね。あるいは全面核戦争になって、世界が滅ぶかも」

「……」

「嬉しいお知らせよ。オルクセンは二度の対戦で中立を保つことができるわ。中立義務を保つための空戦で少しはパイロットが死ぬけれど、他のどんな列商国よりも死者を少なくすることができる。核も落ちない。それどころか戦後には核保有国となり、冷戦では一国で東西のどちらとも対抗できるようになる。私の予言の通りになればね。オルクセンの民が生き残るのですからそれで十分でしょう。他国の民が死ぬからなんだというのか。あなたはオルクセンの王。他国の民のことは、他国の王や大統領が考えればいい。元より今回の侵略戦争とて、オルクセンの民のために他国の民を苦しめる覚悟があってのことでしょう」

「……」

「なぜわたくしがこんなことを教えたか、おわかりでしょう? 自分が世界をよりよくできると思いあがる転生者(ヴィラ)に、未来を変えさせないため。さすがに全面核戦争とそれに伴う核の冬には、エルフィンドも無関係ではいられないでしょうから」

 

「ならば。なぜあなたは未来を変えた?」

 

「……」

「あなたにだって未来を変えないという選択肢はあったはずだ。王族の財宝でも持って、キャメロットにでも亡命すればいい。民は苦しむだろうが、あなたはそれを気にするような性格には見えない。あなたが国を話す時は、国や種族という概念をそのまま取り扱っているように見える。あなたの話す国に住む人々の顔はのっぺらぼうだ」

「まあ一つには、白エルフたちへの情。わたくしにも、記憶が蘇るまでの三十年はこの国で暮らしているのですもの。そりゃあ、情も湧きますわ」

「……まあ湧いたことにしておきましょう。それから?」

「二つ目に、それが()()()()()()()

「正しくないから?」

「ええ。侵略戦争は正しくない。正しくないものは、叩きつぶしてもいい。そしてそれは気持ちの良いものだ。わたくし、そのように教えられて育ちましたの」

「……同じ日本でも、だいぶ時代が違うのだな」

「いえ、数十年ぐらい後の時代じゃないかしら」

「……」

「最後に。()()()()()

「面白い、だって……?」

「だってそうでしょう。オルクセンの偉大な王、グスタフ・ファルケンハイン。シュヴェーリン上級大将やグレーベン少将を始めとして、素晴らしい才覚と勇気に溢れた牡たち。世にシミュレーションゲームは数あれど、本物と戦う機会を得られる人間なんて、そう多くはないわ」

「自分の民の命をなんだと思っている!」

「あら。少なくともわたくしは、自分の民にとっても善いことをしたという自負がありますわ。無条件降伏、占領統治、そして併合。同じ日本人たるあなたがその惨めさを知らないなんて言わせませんわよ」

「……」

「自分が楽しくて良し。民が自国を守れて良し。一挙両得ですわね」

「……」

「己の欲するところに従えど、その則を超えず……いいですわね論語ってのは。白エルフに有利で」

「そもそもあなたは七十に達してはいないでしょうに」

「まあ私の話したいことは以上ですわ。さっぱりまとめると、これ以上あなたに未来を教えるつもりはありませんわ」

「……これから先、どうお過ごしになられるつもりか。公式には死んだことになっている人物が」

「あら、ご心配痛み入りますわ。余生の手はずは済んでおりますの。そしてそれは、オルクセンでのバカンスではないからご安心くださいな」

「……最後に一つだけ。これは女王殿と直接話したほうが良いと判断して、今の条約案には入れていません。黒エルフたちの白銀樹。これがある地域は黒エルフたちの自治区にして、わが国に編入させてほしい。ご存じの通り、それがなければ彼女たちは種族を維持できないのだ」

「……ふふふふ、ふっふふふふ……あっはっはっはっは! いいでしょう。その堂々としたニブリング戦術に免じて、その条文、入れることを許しましょう。どの道黒エルフたちの住んでいた土地なんて、こんなことがあった後ではまともに統治など出来ませんわ。ただし、非武装中立地帯にすることは必須という条件でね。これ以上奇襲されては叶いませんわ。あとは和平仲介の謝礼もオルクセン側で全額持ってもらおうかしら」

「ありがとうございます」

「いやあ、最後に懐かしいものが見れましたわ。わたくしが日本でOLだった時も、いつもそういう風に最後に『ちょっとしたお願い』を入れるだけで利益率がね、どーんと。いい思い出ですわ」

「……やはり、同じ日本人として、ともに協力してオルクセンとエルフィンドを盛り立てることは、叶いませんか?」

「ええ。わたくし、しばらくは隠居でも決め込もうかと。祖国には充分仕えたし、オルクセン王には勝利の対価として十二分な情報を与えた。そうは思わないかしら? まあそれに、わたくしのために死んでいった白エルフたちの友人が元気なうちは、正体を明かさないほうがよいでしょう」

「……気が変わったらいつでも連絡をください」

「ええ。気が変わったら、必ず」

 

 この会談の翌日。オルクセン王国とエルフィンド王国間の和平条約が締結された。条文は以下のとおりである。

 

①すでにオルクセン王国が占領しているノグロスト・モーリアについては、エルフィンド王国からオルクセン王国に割譲し、新たな国境線はシルヴァン川を基本とする。

ファルマリアとアルトリアについては、エルフィンド王国に返還する。

黒エルフの慣習的統治地帯は、黒エルフの自治領とし、帰属はオルクセン王国のものとするが、非武装地帯とする。黒エルフは一方の軍が自治領に侵入した場合は、速やかにもう一方の国に通知する義務を負う。

ただし詳細については現地地形を調査の上、協議する。

○賠償について

②キャメロット王国およびグロワール帝国に対する和平仲介の謝礼についてはオルクセン王国が支払いを行うものとする。

③戦争賠償金として、エルフィンド王国はオルクセン王国に八億ティアーラを支払うものとする。

ただし百年間の分割払いとし、年利は一分とする。

○軍事について

④エルフィンド陸軍は総勢二十万人に制限されるものとする。ただし防衛戦争時に動員される徴募兵については例外とする。

⑤エルフィンド王国はオルクセン王国以外の他国の軍を国内に駐留させてはならない。

⑥エルフィンド王国はオルクセン王国以外の国と攻守同盟および防衛同盟を結んではならない。

○その他

⑦所謂「レーラズの森事件」については第三国委員から成る調査団を受け入れ、調査に全面的に協力すること。

⑧エルフィンド王国内における種族差別をなくすための立法およびその実効性を担保するための実務委員会を組織すること。

⑨この条約の有効期限は50か年とする。

 

 昨年十月に開戦した、五カ月に渡る戦争の終結である。

 オルクセンの兵士たちはみな故郷に帰れると喜び、エルフィンドの兵士たちは胸をなでおろした。どちらにも、「もっと戦える」という不満げな勢力はいた。しかし膨れ上がった戦費と戦死が、ほとんどの民には厭戦感情をもたらしていた。要は頃合だった。

 各国の観戦武官たちはみな自国に帰り、オルクセンの戦略や戦術を研究した。それと同時に、しばらく戦争は起こらないだろうと結論付けた。戦争は金がかかりすぎる。人も死にすぎる。進歩し続けた兵器が、たった三カ月の戦闘で五十万の軍に約十万の損害をもたらした。こんなのは持続不可能だ。この戦争を見れば、どんな愚鈍な政治家だって、開戦を躊躇うだろう――――

 

 果たして四十年もしないうちに、()()()大戦が起きた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。