野蛮なエルフの国はいかにしてただしいオークの国を撃退するに至ったか【完結】 作:只野夢窮
侍女から告げられた日付は、星暦八七五年十月。
すなわち、黒エルフたちの虐殺が現在進行形で起きており、同時に――――何もしなければあと一年でオルクセンが攻めてくるということでもある。
「せめてあと一年早く記憶を取り戻していたらなあ……」
言っても詮無きことである。そしてそういうことほど言いたくなるのが知的生命体というものでもある。
「このタイミングだとしても、せめて自由に動ける専制君主ならなあ……」
エルフの女王と言えども、政治にはこれまでほぼノータッチだったわけである。実質的には憲法のない立憲君主制のようなものである。ダメすぎる。オルクセンの侵略がなくても滅びるんと違うかこの国。
何にせよ、今日からいきなり具体的な命令を乱発するわけにはいかない。もとより専制君主ですら、国民や臣下を完全に無視した命令を出すことはできないのだ(厳密には、出すことはできる。そのあとに首だけになっていいなら、だが)
Vict0ria3とは違うのである。
何よりこの国には、秘密警察があり、政府にとって都合の悪いものはどんどん投獄しているのである。そう、
内務大臣プレンディル。秘密警察を統括し、後ろ暗いことに何の良心の呵責も覚えぬ者。
「さすがに女王を殺すようなことはしないだろうけれども、
ただ『原作』で有能だと示された人物を一気に集めて命令一下すれば、一年早く行動が開始できるというわけではないのである。
「まあ気が向かないけど、やるしかないか……」
この初手で失敗するようなら、私もそれまでの人物だということだ。
エルフィンド王国内務大臣プレンディルは、宮中の風向きに、何らかの変化を感じ取っていた。それを感じ取っているのは、首相,大臣、衛兵、あるいは侍女まで総ざらいしても、なるほどプレンディル一人であるようにも思われた。プレンディルには正義や人道はわからぬ。プレンディルは、宮中の奸臣である。政争を好み、他人を蹴落として暮らしてきた。したがって権力者の意向に対しては、人一倍に敏感であった。
女王の侍女が、女王の様子がおかしいと報告を入れてきたのが、昨日の昼のことである。そして女王が自分を呼び出したのが、昨日の午後のことである。だからこうして朝いちばんに、女王の私室に向かっているのである。むろん事情も分からぬのに、無防備でのこのこ向かうプレンディルではない。自分が昼までに戻らなければ、原因を究明し、自分の居場所を探しだし、必要であれば武装した秘密警察一個中隊が救出する手はずを整えている。
当たり前のように書いているが、もちろん、宮中のことでプレンディルに解らぬこと等あるはずもない。
しかしいざ女王の私室に入ってみると、そこにいた女王は、プレンディルの知る人物とは全く異なる話し方で、驚くべき内容を彼女に告げるのであった。
「…………つまり女王陛下は
「信じがたいであろう? しかし事実であることよ」(この喋り方疲れるなあ)
私は真実のほとんどすべて(この世界が小説の世界であること以外、本当に全てだ)をプレンディルに伝えた。
「……不敬を承知で申し上げれば、確かに信じがたいことであります。そして、なぜそれを私めに……?」
「うん、私はこれから、野蛮なオークどもの侵攻を防ぐための準備をしようと思う。そのために選び抜かれた陸海軍の精鋭将校を我が館に集めて、極秘で何度も会議をするであろう。それを見たお前が、
「滅相もないことでございます」
精鋭将校。つまり、主流派の氏族バランスで将校になったようなやつらでは対処しきれないだろう、という宣言だ。同意見だ。まだ我が秘密警察のほうが練度が高いとすら思うほど、奴らはだらけきっているし、だからこそ、憲兵などではなく軍からも警察からも独立した秘密警察などというものの存在する余地があるのだから。
「これはお前にとっても損はない話だ。つまりね、戦時中となれば秘密警察の権限は強くならざるを得ないだろうし、そうなればお前の権力も自然強くなるのだからね。しかしそれは、
「あの野蛮なオークどもは、驚くべきことに、エルフィンド王国を丸ごと併合するつもりでいるとのことで……」
「そうだ。そうなればお前がいくら内務大臣だろうが、首相だろうが、詮無きことだよ」
「仰せの通りにてございます」
「まあここまで言ってもお前は信じないだろうけどね。しかしお前にとって都合のよいことではあるだろう。当然、私の命令の責任は私が取る。お前は戦時体制を――――秘密警察の権限強化を謳歌して、都合が悪くなれば私に責任を取らせればよい」
「滅相もございません」
実のところ、プレンディルは女王の言うことを信じ始めていた。女王が昨日までとは明らかに別人に過ぎるのである。喋り方も、理路整然とした考え方も。そうである以上は何か性格が激変するような出来事が起きたと考えるべきであり、そして配下の報告によれば女王は昨日一日、侍女以外の誰とも会っていないのだから、なるほど転生者としての記憶を思い出したというのは理にかなった、それ以外ないような説明に感じられたのである。
「ああそうだ、今日の本題は先に述べたとおりだが、あと二つほど、ついでに言っておくことがあるのであった」
「なんでしょうか、女王陛下」
「一つは改革派の官僚たち。ほら、農地改革の話があったろう。解放しておけ、そのうち必要になる。もう一つは――――レーラズの森に埋めた、
この瞬間、プレンディルは女王の言うことを無条件に信じた。それはごくわずかの政府高官と、実行部隊たる国境警備隊しか知らない――――女王も知らない最高機密のはずであった。
「もうちょっとうまくやりなさい。私の予言ではね、ひとところに埋めたものを黒エルフの生き残りたちが掘り起こしてね、外交上の失点になるの。手抜き作業をするな、掘り返してバラバラに埋めるか、海に沈めなさい……そう国境警備隊に伝えるの」
「はっ、仰せの通りに」
もちろん本当は、プレンディルを抱き込むなんてやりたくない。
それに、私のような政治・軍事・経済の素人が、いきなり予言だけを基にして口をはさみだすのだ。失策がないわけがない。その時に民主的に意見を聞いて、改革して……とは状況が許さないだろう。秘密警察自体は生かしておいて、そのネットワークと統制力を利用するほかはない。少なくとも戦時において、プレンディルは従うだろう。なにせ彼女はエルフィンド王国と一蓮托生なのだから。
それに。
戦勝の威光があれば。
勝ちさえすれば。
プレンディルって原作でもクーデターに抵抗する気概のある人物だし、理を持ち出せば聞く耳持たない人物ってわけではないと思うんですよね。
(むしろプレンディルが聞き耳持たない場合は女王が非主流派を毎夜集めるなんてことしたら普通に消されると思います)